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必要としてくれる人のために

こんなにかわいいのに

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「親愛なるエリザへ

 あなたと消灯後の寄宿舎でおいかけっこする夢をみました。大好きなお菓子をあなたが私からうばったので必死に取り返そうと揉みあっているところで目が覚めました。

 夢がまるで現実のようで目が覚めてから思わずあなたが側にいるのではと姿をさがしてしまいました。

 あなたが愛してやまないあのお菓子を用意するので、ぜひ子供達をつれて遊びにきてください。あなたに会えるのを楽しみにしています。

お菓子を取られた恨みをこめて
グレイス」



 故王太子妃グレイスの長男、ルイ王太子殿下の結婚式の日程が発表された。久々のめでたい話題に王国中がわきたっていた。

 七年前、エリザ・ジョーンズの親友であった故王太子妃グレイスが慰問先で土砂崩れに巻きこまれ亡くなり、王国民に悲しみをもたらせた。次代の希望として親しんできた王太子妃の突然の死に王国民の動揺は大きかった。

 一年の喪が明けたあとアーサー現国王陛下はグレイスを亡くした悲しみをなぐさめてくれた初恋の女性と婚約し、その一年後に再婚した。

 王家は初恋を成就させたという美しい話にしたかったようだが、喪が明けてすぐの婚約発表はまだグレイスを悼んでいた王国民にとって受け入れがたいものだった。

 そのため王太子妃となった現王妃ミア陛下に対する王国民の感情は良いとはいえず、アーサー現国王陛下の評判も落ちた。

 そのため前国王陛下が崩御しアーサー王太子殿下が国王へ即位した時には、すっかり次代の希望という言葉はアーサー現国王陛下に対し使われなくなっていた。

 そしていつしかアーサー陛下とグレイスの嫡男、ルイ王太子殿下が次代の希望とよばれるようになった。ルイ殿下はグレイスによく似ていたこともあり小さい頃から人気が高かった。

 そのルイ殿下の結婚発表に王国民はわいた。

 エリザとグレイスは寄宿学校で出会い親しくなった。休暇中にお互いの屋敷や別荘に泊まりがけで遊びにいき楽しい時間をすごした。

 エリザはグレイスの子として生まれた時からルイ殿下のことを知っている。そしてエリザとグレイスの子供達は幼馴染みとして育った。

 ルイ殿下の結婚はエリザにとって自分の甥が結婚するような気分だった。

 エリザが週に一度通っている孤児院に馬車が到着すると、子供達が屋外で遊んでおりはつらつとした声であふれていた。

 走り回っている子供達から少しはなれた場所にいる女の子をみてエリザは近付いた。

 土に小枝や石で絵をかいているのは八歳になるクロイだ。絵をかくのが好きなクロイだが、孤児院には子供達が使える紙や絵の具といったものはなくクロイは土の上に絵をかいていた。

「何をかいてるの?」
「ふくいんちょう先生」

 声をかけたのがエリザだと分かるとクロイは笑顔をみせた。エリザがクロイのとなりに腰をおろすとクロイはエリザへ体をもたせかけた。

 エリザがクロイの小さな手をにぎるとクロイがエリザの腕に頬をうずめるようにすりつける。

 ――こんなにかわいいのに――

 ふとグレイスがいった言葉がうかんだ。

 ルイ殿下がグレイスにまとわりついていた時に、グレイスが「大好きよ」といいルイ殿下を抱きしめ顔中を口づけたあとにぽつりとこぼした言葉だった。

 そのあとグレイスは子が親にむける無償の愛について話した。話しながら悲しそうだった。

「子供って存在そのものがかわいいし、私のことを王太子妃だからとか、優しくしてくれるからといったことで好きになるわけじゃない。私をただ好きで愛してくれる。

 これほど無条件に自分のことを愛してくれる存在を無視する親って、自分達が人生においてどれほど損をしているのか分かってないわよね」

 冗談めいた口調だったがグレイスがそのようにいった時に、「なぜ私の両親は私のことを愛さなかったのだろう」という彼女の声を聞いたような気がした。

 グレイスは自身の父から愛情を向けられたことがないといっていた。グレイスがエリザの実家に遊びにきたときに、エリザが両親から抱きしめられ愛しているといわれているのをみて「羨ましい」といった時の寂しそうな笑顔が忘れられなかった。

 エリザの両親は政略結婚ではあったが仲がよく、両親が日常生活の中で抱きしめあっていたり、口づけたり、手をつないだりといったふれあいが普通だった。そして子供達にも同じように愛情をあらわしてくれた。

 エリザにとってそれが家族として当たり前の光景だった。

 しかし政略結婚をした夫婦は仲がよいこと自体がめずらしいと、親戚や友人といった周囲の人達からの話を聞きしった。

 貴族の子供の養育は使用人の仕事で子供にとって乳母が母親がわりとなる。そして貴族として必要なマナーや教養をみにつけるために教師があてがわれる。

 親が子に関心をもたなければ親子が顔を合わせる機会は最低限で、子がテーブルマナーを守れるようになるまでは一緒に食事をすることもない。

 寄宿学校で話される学友の家庭の状況は似たりよったりで、エリザのような家はすくなかった。

 エリザに羨ましいといったグレイスの寂しげな笑顔が強く記憶に残っているのは、そのあと「どうしてなのかしら」とつぶやいたからだった。

 グレイスが何をいおうとしたのか聞いたが、何でもないとかわされ聞けずじまいだった。

「できた!」
クロイがエリザを見あげ満面の笑みをみせる。

「こんなにかわいいのに」グレイスの言葉がよみがえった。





「いらっしゃっていることに気付かずすみませんでした」
副院長がエリザに声をかけた。

「少しご相談したいことがあるので院長室へきていただけますか?」

 無駄な装飾品がいっさいない院長室は掃除がいきとどいている。清潔な環境を第一に考えている院長らしい部屋だ。院長は外出していた。

 副院長はこの孤児院で育ちそのまま孤児院で働いている。孤児院の日々の業務を実質的にまわしているのは副院長だった。

 副院長は五歳のときに親に捨てられこの孤児院で育った。エリザと副院長は年も近く、付き合いも長いため二人は気安い関係だった。

 エリザと副院長はすぐにでも手を打たなくてはならない事柄について話したあと、ルイ王太子殿下の結婚についての話となった。

「ルイ王太子殿下のご結婚もお城のバルコニーでお披露目があるんですよね?

 グレイスとアーサー国王陛下が結婚された時にお城のバルコニーに姿をあらわすと聞いて、孤児院のみんなとお城へ行こうとしたんですよね。止められましたが。

 まさか私達が知っているグレイスが王太子妃だと知らず、院長先生からきいた時はびっくりしましたよ」

 エリザが母に連れられこの孤児院で慈善活動をするようになり三十年以上がたっている。エリザがグレイスと一緒に慈善活動をしていた場所でもあった。

 グレイスは王太子の婚約者になったことも、結婚したことも、慈善活動していた施設の人達にあえていわなかった。それは肩書きが変わることで周囲の人達からこれまでとは違う扱いをされたくなかったからだ。

 慈善活動先の大人達はグレイスが侯爵令嬢であることも王太子妃であることも知っていたが、孤児院の子供達にとってグレイスはグレイスというただの女の子だった。

「ルイ殿下の結婚をグレイスはきっと天国で喜んでいるでしょうね」

 副院長がしみじみとした声でそのようにいったあと、実は自身の母親がつい最近亡くなったのだといった。

「これまでお話ししたことはないですが、私を捨てた母が大人になってから会いにきたことがあるんです」

 エリザは驚いた。副院長は母に捨てられてから会うことなどなかったと思っていた。

「父が亡くなり途方にくれたとはいえ母が私を捨てたことを恨んでました。それでも子供の頃は心のどこかでいつか迎えに来てくれるかもしれない、いつか一緒にくらせるかもしれないと思ってました。

 だから母が会いに来た時、母のことを恨んでましたが会いに来てくれて嬉しかったんです。自分のことを覚えていてくれた。迎えにきてくれるつもりだったんだと。いまさら何をしに来たんだと思いながらも嬉しかったんです。

 でも母が私に会いに来たのはお金の無心のためでした。馬鹿ですよね。孤児院育ちで孤児院で働いている私に人を助けられるようなお金も伝手もあるはずないのに」

 副院長はエリザと目が合うとほほえんだ。

「それでも頼られたのが嬉しくて母が働ける先を見つけようとしたんですよ。見つかるまでの間は孤児院の仕事を手伝ってもらって母が滞在できるようにしたり。

 でも母が私にいったのは『出来損ない。親が困ってる時に助けることもできないの』でした」

 エリザは怒りのあまり「なんということを」大きな声をだしていた。副院長はエリザに大丈夫ですというように頭を軽くふった。

「親が忘れた頃に会いにきた孤児達をみてきただけに、絶対に親に期待してはいけないと分かっていたんですよ。

 でもいざ自分が同じ状況になると期待してしまいました。自分を愛してくれているはずだ。自分のことを娘として大切に思ってくれているはずだって。

 見事に裏切られました。ろくでなしだと分かっていたんですけどね」

 エリザは思わずため息をついた。エリザも彼女と同じような目にあった子供達をみてきている。

「ちょうど母のことで苦しんでいた時に、お忍びでグレイスがきて私のことをなぐさめてくれたんです。

 話しながら泣いてしまった私を何もいわず抱きしめてくれました。

 そして私がすべて話し落ち着いたあとに『あなたが思うほど貴族だって親との関係に恵まれているわけじゃないのよ』と自分のことを話してくれました。

 小さい時に亡くなったお母様とふれあったのはわずかで、お父様とはほとんど顔を合わせなかった。王太子妃にのぞまれた時にはお父様から面倒な相手に嫁ぐことになってと文句をいわれたと」

 グレイスがそのようなことを副院長に話していたことに驚いた。副院長は信用できる相手とはいえ不用意にもらしてよい話ではない。

「そういえば継母との関係が悪く嫌がらせされたといってましたね」

「彼女、そのようなことまで話したの?」

 副院長がうなずいた。エリザはグレイスがそのような個人的な話を副院長にしていたとは思ってもみなかった。

「たしかルイ殿下が三歳か四歳ぐらいの時で、まだ第二王子殿下は生まれてなかったと思います。

 自身が子の親になって分かったのが、子に関心をもたない親がどれほどもったいないことをしているかだといってました」

「そうよね。グレイスは私にもよくそのようにいっていたわ」

「でもグレイスは子を捨てたくなる親の気持ちも分かるといってました」

 エリザはまさかと副院長の顔をみると彼女は大きくうなずいていた。

「自分は子を育てるのに多くの人の手を借りることができるけど、それでも子供に大泣きされたり、時間がない時にまとわりつかれたり、聞き分けてくれない時はもう嫌だと放りなげたくなるといってました」

 貴族の女性として例外的にグレイスとエリザは育児に積極的にかかわった。普通であれば乳母や教育係にまかせることを自分でやったりと、二人は育児にかんする愚痴をいいあったりした。

「グレイスがあなたにそこまで話していたなんて何だか妬けるわ。彼女があなたのことをとても信用していたのはしっていたけど」

 副院長がおかしそうに笑った。

「エリザが私にお子さんの困り事を話しているのをしったグレイスが同じことをいってましたよ。妬けるわねって」

 副院長が笑みをうかべると話をつづけた。

「あの時グレイスが、大人になっても親になってもまだ心のどこかで両親に愛されたいと小さな子供のように求めていることがあるといって、私が苦しむ気持ちを分かってくれ救われました」

 副院長がやわらかい表情をみせていた。エリザは自分がグレイスのように副院長をなぐさめることができないことに寂しさをおぼえた。

「副院長」
ドアをノックし返事を待つことなく入室した職員が、エリザの姿をみて申し訳ありませんと謝罪しながら小声で副院長に伝言をつたえた。

「あわただしくてすみません。問題がおこったようなので――」

「私のことは気にしないで。子供達のところへいくから」

 職員と共に去っていく副院長の背中を見送ったあと、エリザは子供達がいる作業室へとむかった。
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