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許婚と結婚して本当に幸せになれるのか

話が通じない

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「さっきはごめん。頬は大丈夫か?」

 ステラが家で夕食をつくっていると、クロードが女の子を送り届けたあとステラの家に顔をだした。

「あの女の子、大丈夫だった?」

「多分」

「多分って、また調子のいいことばっかりいって相手をその気にさせちゃったんでしょう」

 鍋をかきまぜながらクロードをみるとふてくされていた。

「ステラって俺のこと女たらしと勘違いしてないか? いっとくけど消防士は非番以外で酒ものまない品行方正な男達の集まりだぞ。

 酒を飲んでも万が一を考えて酔っ払うまで飲まない紳士として知られてる。女性にやさしくするのも紳士として当たり前だ。

 それに俺にはステラという許婚もいるし。あの子の手の甲にキスをしたが、貴族の挨拶をまねただけだって分かるだろう? かわいいとほめただけで、それ以上は何もいってない」

 ステラはこれみよがしなため息をついた。

「あのね、もう口にするのもうんざりするほど何度もいってるけど、ここは『ディアス国』で、クロードは『ディアス人』なの。

 ディアスの常識まもろうよ。

 誰もノルン国のこともノルンの貴族のことなんかも知らないの。そもそもこの国には身分制度がないから、貴族の挨拶なんて知ってる人がいるわけないでしょう」

 クロードは「そんなことないだろう」小声でぶつぶついっている。

 ステラはクロードの頭をかちわって「ディアスの常識」を植えつけたいと切実に思う。

 ディアス生まれでディアス育ちなのだから、ディアス人としてディアスの習慣や常識をまもれと何度もいってきた。

 そのたびにクロードは「ディアスの常識はちゃんとわかってる」といいつづけてきた。

 クロードにディアスの常識を知っているだけでは十分ではなく、常識にそった行動をとれといっているが、なぜかその部分は都合良くクロードの頭から抜け落ちていた。

 料理をしているせいで室内に熱がこもり、ステラの顔に汗がながれた。

 女の子にぶたれた場所に汗がしたたりぴりっとした痛みをかんじた。

 ステラは汗の不快感と頬の痛みで、先ほどの怒りがふつふつよみがえるのをかんじた。

 なぜクロードのせいでステラが見知らぬ他人から危害をくわえられているのか? 

 このようなことはクロードが行動をあらためないかぎりつづいていく――。

「ねえ、クロード。婚約解消しよう」

 クロードが椅子にだらしなく座っていたが、音がしそうなほどの勢いでステラに向き直った。

「婚約解消ってどういう意味だよ?」

「どういう意味って許婚という関係を解消しましょうっていってるの」

「はあ? 俺たち年齢的に結婚できないだけで結婚してるようなもんだろう」

「ええ!? 何をさして結婚してるようなものなんていってるわけ? 一緒に住んでるわけでもなければ、夫婦といえるようなこと何もしてないけど」

「そういう意味じゃなくて、気持ち的に結婚してるようなものだってことだよ。俺たち家族だろう」

 クロードがまじめな顔をしていった。

 ――この男、何をいってるやら。

 生まれた時からお隣同士で兄妹のように育ったが、クロードの考えていることはいまひとつ理解しきれない。

 父親同士が親友で、二人はそれぞれの妻をつれてノルン国からディアス国へ移住した。移住してきてから両家はずっと隣同士に住みつづけ親戚のように付き合ってきた。

 父達は子供が生まれたら結婚させようと大いにもりあがったが、どちらの家も生まれたのが男の子で結婚させられないとなげいていたところにステラが生まれた。

 おかげでステラとクロードは、ステラが生まれたときから許婚だった。

 両家はノルン国とは言葉も文化もちがう異国で助けあって生活してきたこともあり、ステラの兄とクロードの弟をふくめた両家四人の子供達はいっしょくたに育てられた。

 一緒に育てられたのでクロードの性格や考え方はよく知っている。しかしそれでも「どういうこと!?」といいたくなることは多かった。

 クロードのことは好きだが、結婚する相手を自由に選んでもよいといわれたならステラがクロードを選ぶかは微妙だ。

 クロードは面倒見がよく頼れる存在だが、女の子への態度がステラにしてみればありえない。

 ノルン国ではディアス国とちがい男女が身体的に接触することを何とも思われないという。

 そして男性が女性をエスコートしたり、女性をおおげさなほどほめ、やさしくすることは男の義務といってよいほど普通らしい。

 そのためかノルン語は女性をほめる語彙や比喩が豊富だという。

 クロードの愛想がよすぎる女の子への接し方は、ノルン生まれ、ノルン育ちの女性達には許せる範囲らしい。

 しかしたまに「ちょっと調子にのりすぎ」と思うことはあるという。

「俺はステラをすでに自分の嫁だと思ってるし、お前が来年高等学校を卒業して、結婚できる十七歳になれば正式に妻になる」

 ステラはクロードの話にふりまわされている場合ではないと言いたいことをいう。

「クロードの好きな女の子のタイプって守ってあげたくなるような華奢で可愛らしい子だよね?」

 クロードがあわてて何かいおうとするのをステラはさえぎる。

「隠してるつもりだったかもしれないけどもバレバレ。私は女にしては背が高いし男顔だからクロードのタイプじゃないでしょう。ついでに性格もかわいくない。本当に私と結婚したい?」

 クロードがステラの肩をつかんだ。

「どうしたんだよ、ステラ! 人間、見た目じゃないだろう。それに俺たち生まれた時から許婚で、ずっと二人で育んできた愛があるだろう?」

 ステラがクロードの好みからはずれていることを少しは否定するかと思ったが、言い訳するつもりはまったくないらしい。

 その上「二人で育んできた愛」と鳥肌がたちそうな言葉までとびだし、クロードが動揺しているのがよく分かる。

「親が決めた人と結婚するのは古い。自分で選んだ人と結婚しようとなってる時代に、私達みたいに生まれた時から許婚がいるなんて時代遅れもいいところでしょう。

 だからしばられるのやめようよ。そうすればクロードは自分好みのかわいい女の子と結婚できるでしょう?」

 クロードがこれまで見たことのない表情でステラをみすえていた。

「誰だよ? 他の男を好きになったのか? いや、まてよ。言い寄ってきた奴がいるんだろう? 人の嫁に手をだすなんて許せるか!」

 怒りをみせるクロードにステラはおどろく。

 初等学校でステラをいじめていた男の子に厳重な注意という名のおどしをかけていた時と同じ目をしていた。

「落ち着いてよ、クロード。別に好きな人も言い寄ってきた人もいないよ。

 そうじゃなくて腹を立ててるの。あなたが愛想よく接している女の子達が勘違いして私に怒りをむけることに。

 クロードが女の子にやさしいのは知ってる。でもそのおかげで関係のない私が巻きこまれ――」

「関係なくない! ステラは俺の嫁だ!」

「待ちなさいよ、反応すべきところはそこじゃない! 巻き込まれる私の苦労を知れってところまでちゃんと聞いて!!」

 ステラは叫んでいた。

「なに大きい声だしてるんだよ?」

 いつの間にか兄のトマが帰っていた。

「さっきクロードの態度に勘違いした女の子にぶたれてむかついたから喧嘩してただけ」

 兄が眉間にしわをよせた。それを見たクロードが「ごめん。今日は帰る」そそくさと帰っていった。

「ステラ、もっとクロードにやさしくしたらどうだ?」

 ステラは兄がいったことを正確に耳でとらえたのかと疑問に思い聞き直したところ間違っていなかった。

「お前はいつもクロードにきつい態度だからなあ」

 どうやらここにもステラが理解できない男がいたようだ。

 同じ親から生まれた本当の兄妹で、一緒に育ってきたがなぜそのようにいわれるのか分からない。

 きつい性格なのは自覚している。

 しかしクロードの態度に勘違いした女の子がステラに危害をくわえるのと、ステラの性格に何の関係があるのかステラには分からない。

 話しが通じないのはクロードだけでなく、自身の兄もなのかとステラは壁に頭をうちつけたくなった。
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