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許婚と結婚して本当に幸せになれるのか

許婚? くわしく話を聞かせてもらいましょう

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 裕福な子女が通う高等学校、スペンサー学園は町の中心地からさほどはなれていない便利な場所にあった。

 庶民は十二歳で初等学校を卒業したあと働くのが普通だが、裕福な家庭の子女は初等学校卒業後は五年制の高等学校へ進学した。

 ステラは庶民だが特待生としてスペンサー学園に通っていた。

 スペンサー学園に授業終了をしらせるベルが鳴りひびく。教師が教材をまとめ教室からでていくと、生徒達はこれまで静かにしていたのが嘘のようにさわがしくなる。

 一時間目の授業がおわったとたん、ステラの友人、イザベラ・シュミットが「大丈夫?」とステラに声をかけた。

 遅刻ぎりぎりで学校に到着したステラは、かろうじて教師が教室にはいる前にすべりこんだ。

「疲れてるみたいだけど」

 イザベラが心配そうにステラにきく。

「本当だ。目の下に隈できてるぞ」

 ステラの前の席に座っているアレックス・ホワイトも会話に参加する。

「ちょっと昨日いろいろあって寝不足なだけ」

「どうしたの?」

「許婚の行動に勘違いした――」

 ステラの声はイザベラとアレックスの「許婚!?」と叫ぶ声でさえぎられた。

「許婚って、ステラ、許婚がいたの?」

 ステラは許婚がいると話したことがなかったことを思い出した。

「許婚といっても親同士の口約束で、正式に婚約したとかではないんだけどね」

 二人がおどろいた顔をしているのをみながら、ステラは許婚がいる経緯をはなした。

「クロードって消防士の幼馴染みよね? ほめ上手な」

「イザベラはクロードと会ってたかな?」

「一度だけ。ディアス国の男の人にはめずらしいほどの愛想のよさだったからよく覚えてる」

 アレックスが「イザベラ、それはディアスの男が無愛想だっていってるのか?」まぜかえす。

「もしかして学園卒業したら結婚するとか?」

 イザベラの問いにステラはどのように答えようかと迷う。

 最終学年の五年生になり卒業が一年後にひかえているとはいえ、クロードとステラの間で結婚という文字はぼんやりしたままだ。

 ステラが知らないだけで親の間で結婚の話が進んでいるのかもしれないが、ステラがクロードとの結婚について何かいわれることも、聞かれることもなかった。

 二人が結婚するのは決定事項なのであえて何もいわれないのか、忘れられているのかステラには判断がつかなかった。

「正直わからない」

 休み時間終了のベルがなる。

「詳しい話をあとで聞かせて」

 イザベラが好奇心いっぱいの表情をみせている。どうやら今日の昼休みはイザベラに追究されることになりそうだ。

 昨晩はクロードとのことを考え寝つけなかったので、できれば昼休みにすこし休みたかったが無理だろう。

 ステラは眠気をとばすため、ふとももをこぶしで強くたたいた。





 ステラの予想通り昼休みはイザベラにがっちり腕をつかまれカフェテリアに連行された。

 スペンサー学園には生徒が昼食をとるためのカフェテリアがあった。

 しかしステラのような庶民の特待生にとって学園のカフェテリアで提供される食事はぜいたくだった。

 学費は免除されているが、カフェテリアで昼食をたべる費用は別なこともあり、ステラは自分でつくったサンドイッチを学園に持参している。

 イザベラがマフィンがのった皿とコーヒーカップをステラの前においた。

「しっかりデザートも食べて、くわしく許婚のことを教えてもらおうかな」

 イザベラが満面の笑みをうかべている。

 お金持ちのお嬢様らしくイザベラの髪の毛は使用人の手によって流行の形に結われ、乱れらしい乱れはまったくみえない。

 イザベラは女のステラでさえみとれるほど美しい。見目だけでなく性格もよい。

 ステラはイザベラを見るたびに「私もイザベラのように神様から偏愛されたかった」と世の中の不公平さをしみじみかんじる。

「結局いつ結婚することになってるの?」

 イザベラは単刀直入だ。

「よく分からない。許婚という関係ではあるけど本当に結婚するのかもよく分からない」

「親に決められたけど二人は結婚したくないと思ってるということ?」

 ステラは何と説明してよいのか自分でもよく分からなかった。

「クロードも私もずっと周りから二人は許婚で結婚するといわれて育ってきてるから、お互いそのうち結婚するもんだと思ってる。

 私にとってクロードは二人目の兄というか、実の兄より兄らしく私のことを守ってきてくれたし、一緒に育ってきたから気心もしれてる。頼りがいがあってやさしいしね」

 ステラは一呼吸おく。

「でもクロードはディアスで生まれてディアスで育ってるくせに、ノルン国の男性のように女の子をほめてやさしくすることにこだわってる。

 イザベラも会ってるから分かるとおもうけど、愛想がよいし息を吐くように女の子をほめるからよく誤解される。おかげでクロードと私が許婚だと知った女の子からいろいろいわれてきたんだよね」

 ステラは昨日おこった見知らぬ女の子に頬をたたかれたことや、そのせいか本当にこのまま結婚してよいのかと強く思ったことなどを話した。

 イザベラが美しいしぐさでコーヒーを飲む姿をみていると、

「そうね。それはお仕置きしないと。倍返しでいい?」

 さらりとぶっそうな言葉がきこえた。

 イザベラは演劇部の部員だ。そのせいか芝居の台詞のようなことを口にすることがある。

「なんかお仕置きって言葉が聞こえたような気がするけど気のせいだよね?」

 イザベラがにっこり笑う。

「あっ! とっておきのお仕置きを演出してくれる殿方を発見」

 イザベラの視線を追うとイザベラの恋人のフィリップ・コリンズとアレックスがこちらへ向かっているところだった。

 イザベラが手をふるとフィリップがうれしそうに手を振りかえしている。

「お仕置きの演出してくれる殿方ってフィリップ?」

「まさか。ステラ、我が演劇部の脚本担当、アレックスのことを忘れてない? 素晴らしいお仕置きを考えてもらおう」

「おいしそうな物を食べてるじゃないか。食べないなら俺が食べていい?」

 イザベラからもらったマフィンをみたアレックスが、ステラの返事を聞く前にすでに皿を自分の方へ移動させようとしていた。

「ちょっと、まだ一口も食べてないのに」

 ステラは皿をうばいかえすと切り分けたマフィンを口の中へいれた。

 ステラとアレックスがマフィンをはさんでいがみあっている間に、フィリップはイザベラの隣にすわりうれしそうにイザベラにほほえみかけている。

 イザベラに出会う前のフィリップは「女の子と付き合うような時間があるなら走りこむ」といっていた、フィールドホッケーに一筋な男子だった。

 すっかりイザベラに骨抜きにされ、フィールドホッケーをしている時の勇姿からは考えられないほどデレデレしている。

 イザベラがさっそくアレックスにクロードへの倍返しのお仕置きについて相談していた。

「お仕置きしても一時的に改善されるだけだろう。女好きって何かしてなおるようなものとは思えないが。面倒だから婚約解消したら?」

「女好きってクロードは別にそういう人じゃな――」

「いや、俺からしたら十分女好きだけど」

 とっさにイザベラをみると、どっちだろうと考えているような表情をしていた。

「女好きかどうかはひとまずおいといて、性格なんてそう変わるものじゃないからむずかしいよ。

 今の状況が嫌なら婚約解消した方がお互いのためだと思う」

 アレックスが皿に残っていたマフィンの最後の一切れを口にいれた。

 イザベラが小首をかしげ、

「ステラはクロードのこと好きなの? 結婚したいの?」と聞いた。

 ステラがうなりながら考えていると、

「考えこんでるということは、それなりに好きなんだろうけど結婚したいと思うほど好きじゃないってことでは?」

 アレックスが指摘する。

 ステラは昨日からずっとすっきりしない気持ちをかかえていた。

 これまでクロードが自分の許婚で結婚するのが当たり前と思ってきたが、昨日思わず口にしてしまった婚約解消という言葉が心を大きく占めるようになっていた。

 クロードとの結婚は政略結婚のように絶対にしなくてはならないものではない。

 親友同士が自分達の子供を結婚させることによって正式に親戚になろうという意味でしかない。

 これまでもクロードを好きになった女の子達からいろいろといわれてきたので、クロードのせいで嫌な目にあうことにステラは慣れていた。

 しかし昨日、頬をたたかれ怒りを感じたことから、本当にこのままでよいのかという気持ちが芽生えた。

 そしてその気持ちは確実に大きくなっている。

「なんか自分の気持ちがよく分からない。少し頭を冷やしてくる」

 ステラはイザベラにコーヒーとマフィンの礼をいったあと、一足先にカフェテリアをはなれ教室へむかった。





◆◆◆◆◆◆







 ステラの姿が完全にカフェテリアから消えると、イザベラがアレックスに意味ありげな視線をおくってきた。

「ステラに婚約解消させようと必死だったね、アレックス」

「当たり前だろう。好きな子に許婚がいたなんて、なんの冗談だよ? 何とかしないとな」

 アレックスはステラに許婚がいることを聞いてから、どうすれば状況をくつがえせるかを考えていた。

 三年生の時にイザベラを通してステラと知り合い意識するようになった。五年生で同じクラスになりこれから仲良くなるぞと意気込んでいたところに許婚の話がとびだした。

「話をきいた感じだとステラは許婚のことを好きだけど結婚するのにためらいがあるって感じよね。

 許婚は女の子に馴れ馴れしい態度はとるようだけど、浮気をしてる感じではなさそうだからちょっと面倒かなあ。浮気してたら、そんな男やめちゃえっていいやすいんだけど」

 アレックスはイザベラの言葉を聞きながらステラのおかれた状況を考える。

「許婚の女の子への態度はディアス国では完全にアウトだけど、ノルン的には問題にはならないところが厄介よね。

 ステラも許婚もディアス人だけど、二人の両親がノルン人でノルン村に住んでるから、ノルンの基準でどうかというのがどうしても入り込んでくるし」

 イザベラがそのようにいったあと無言になった。フィリップがイザベラの顔をじっとみつめていた。

「フィリップ、お前、ステラの話ぜんぜん聞いてなかっただろう? イザベラしか興味ないもんな」

 フィリップが「よくご存知で」と笑う。

「でもアレックスが何とかするために策をねろうとしてるのは分かるよ。頭が回転している音が聞こえる」

 フィリップの発言にイザベラが気持ちのよい笑い声をたてた。

 アレックスは頭の中で情報を整理する。

 たとえステラが許婚のことが好きだとしても、はいそうですかとあきらめられない。

 あきらめないなら取る行動はひとつだ。

 ステラがアレックスにほれるようにするのみだ。
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