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守護天使は進むべき道をささやいてくれるのか

天使はささやかない

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「先生、さようなら」

 子供達が帰宅していく姿をみながらステラは大きく息をはく。今日も無事に一日をおえられた。

「おとこ女先生、さようなら」

 声がした方をみると予想通り赤毛の男の子が走り去っていく後ろ姿がみえた。

 ステラは劇の代役をつとめたことを死ぬほど後悔していた。

 第五初等学校では十二月最終週にある神にこの一年の恵に感謝し祈りを捧げる宗教行事を意識し、十二月のはじめに神への感謝をあらわすためにクラスごとに歌や踊り、芝居を発表する伝統があった。

 六年生のクラスのひとつが芝居を発表することになっていた。芝居好きの担任教師が端役として登場することになっていたが、発表会の前日に風邪で寝こみ発表会当日に出勤できるかどうかがあやしくなった。

 そのため担任教師の代役を下っ端のステラがやることになった。代役をやるのはよいが、男性教師の代役なので男性の格好をしろといわれた。

 ステラは男装を拒否したが認められず仕方なく男装したところ、違和感なく男性にみえたことから「おとこ女先生」といわれるようになってしまった。

 ステラは小さい頃から背が高く、よく「おとこ女」とからかわれたことからそのように呼ばれるのを嫌っていた。

「まさかこの歳になってまで『おとこ女』とよばれるとは……」

 ステラは自分の運の悪さをうらみながらデルーカ先生のところへ向かう。

 ステラはステラのことをおとこ女先生とよんだ四年生の赤毛の男の子、トマシュのことが気かかっていた。

 もともとやせていたが、最近やせすぎではと思うほどになっている。デルーカ先生はすでに卒業しているトマシュの兄も受けもっていたことがあり、トマシュの家庭の問題を気にしていた。

「お父さんが亡くなってからいろいろ大変なようで、お母さんがトマシュの面倒をみられなくなっているのかもしれない」

 トマシュの兄が初等学校を卒業して働いているので経済状況はよくなっているはずだが、何か別の問題があり状況が以前より悪くなっているような気がするとデルーカ先生は心配していた。

 しかし教師としてできることは限られていた。

 デルーカ先生は校長と相談しトマシュの母に当たり障りのない家庭の様子をうかがう手紙をおくっているが状況は変わっていない。

 トマシュの学校での行動に懸念があったり、欠席が多いといった理由があればトマシュの母を呼び出すこともできる。しかしいまのところトマシュが問題行動を起こしているわけでもないため出来ることがなかった。

 ステラはデルーカ先生とトマシュについてと来週の授業の話を終えたあと、家に帰る前に市民公園へむかった。

 市民公園は市の西側にあった空き地を大陸にあるユール国の憩いの公園をモデルにして作ることになり、建設が半分すんだところで完成した部分が開放された。

「よかった日が暮れる前に間に合った」

 ステラは公園にある噴水の中央に設置されている天使像をみつめる。この町の守護天使だ。

 大きな羽を背にした天使が人を抱きしめようとするかのように両腕をひろげている像で、ステラは初めて見た時に自分が望む場所につれていってくれるような錯覚におちいった。

 それ以来、気持ちをおちつけたくなったり、何かしら考えをまとめたい時や悩んでいる時に来るようになった。

 ステラは新年があけてすぐに西地区でディアス初の女性弁護士が誕生した話を聞いて以来あせりをおぼえるようになった。

 ディアス国は東西南北の四つの行政地区に分かれており、地区ごとに医師や弁護士といった資格を必要とする職業の許可をだしている。

 資格を必要とする職業は高等学校を卒業した男性のみに許され女性には門戸が開かれていなかった。その唯一の例外が教師で女性でも資格をえることができた。

 女性が教師の資格をえられるようになったのは三十年前に隣国と戦争があったからだ。男性教師が徴兵され教師不足になったことから女性がおぎなうことになった。

 ステラがノルン国にいる間に西地区でディアス初の女性医師が誕生しステラはその功績に興奮した。

 状況的に仕方なく制度をかえるのではなく、医師になりたいと思った女性が制度を変えた。女性であっても医師になれる、女性だからとあきらめなくてもよいのだとうれしかった。

 そして西地区で女性弁護士が誕生した。女性だからとあきらめるのではなく挑戦すればよいのだという希望がステラの中でふくれあがった。

 しかしそれと同時に焦燥感がわきおこり、自分でも何に対しあせりを感じているのかが分からない漠然としたあせりに悩むようになった。

「私は何をあせってるんだろう? 結婚でないのはたしかだけど」

 十七歳で高等学校を卒業すると周りから結婚はどうするのだといわれるようになった。

 十七歳で成人とみなされるディアス国の庶民は十七歳を過ぎると結婚が身近なものになる。十七歳をまって初等学校時代の同級生が結婚した。

 もしステラが元許嫁のクロードと婚約解消しなければステラも十七歳で結婚していたかもしれない。

 裕福な子女が通うスペンサー学園の生徒達は、卒業したあと成人として自分の立場をかためたあと結婚するため庶民よりも結婚するのがおそかった。

 それでも女子は男子よりも結婚するのがはやいこともあり婚約がどうのという噂を聞くようになった。

 ステラの親友、イザベラも学園時代の恋人、フィリップ・コリンズと婚約をという話になっている。

「結婚かあ。面倒くさいなあ。私と結婚したいなんていう物好きなんかいないし」

 見た目がよいわけでもなければ、性格がよいわけでもない。可愛げもない。取り柄といえば真面目なことぐらいだろう。

「どう考えても私と結婚したいという相手はあらわれないよね。そういえばモテたことなんてないし」

 ステラは自嘲しながらクロードにプロポーズされたことを思い出した。

「私に結婚したいというのは、誰でもいいから結婚してしまえとやけになってる幼馴染みぐらいなもんだよね。モテない女って悲しい」

 ステラは声をだして笑う。

「私は何をあせっているのでしょう?」

 ステラはオレンジ色に染まる空にうかんでいるように見える天使像に問いかける。

 自分のことなのに自分のことがよく分からない。

 そのように思うことが増えてきたことにステラはより一層あせりをおぼえる。

 ステラは天使像をふたたびあおぎみる。

 天使がステラの問いに対する答えをささやくことはなかった。
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