騎士の妻ではいられない

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イーサンの願い

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 イーサンは騎士団の食堂で同僚のアダムと昼食を食べながらお互いの近況をはなしていた。

 イーサンは傷口の抜糸がまだなことから通常業務からはずれており、これまでのようにアダムと顔を合わせることがなかった。

「そろそろ暇すぎて通常業務に戻りたいってうずうずしてるんじゃないか?」

「ぜんぜん。いっそのこと騎士をやめて違う仕事しようかと考えてるよ」

「えっ!? 嘘だろう」

「嘘だよ」

 アダムにしてやったりという顔をする。

 アダムはイーサンの背中をバンバンと音がでるほどの力でたたいた。

「おどかすなよ。けがして怖じ気づいてやめる団員はいるから冗談になってない」

 イーサンは素直にあやまったあと転職の話は半分は本当だとつづけた。

 リンダとの離婚を回避するため騎士をやめることを視野にいれている。リンダに反対されたのですぐにはやめないが状況によってはやめるつもりでいる。

「まじかよ。ただでさえ減ってる同期がいなくなったら寂しいぞ。泣くよ、俺」

 アダムの返事にイーサンはかすかに笑みをうかべた。

「治安維持隊の仕事は好きだけどもっと定時に帰れる部署に異動するのも悪くないと思ってる。

 けがをして生活が変わったからリンダが騎士の妻になりたくないと思った気持ちが痛いほどよく分かった。

 前は呼び出しや残業で本当に一緒にいられる時間が少なかった。それにずっと心配かけどおしだったしな」

「そうだよな。俺も嫁さんに本当に頭があがらない。いつも俺のこと心配してくれてる」アダムもしんみりという。

「でもまあ、リンダが家に帰ってきたし、いろいろ話もしてるようだから離婚は完全になくなったんだよな?」

 アダムの言葉にイーサンは気が重くなった。

 数日前に義母が家にきてリンダに王都行きについて話しているのをドア越しに聞いてしまった。

 義母とリンダが玄関の近くで話していたので家に帰ったイーサンの耳にはいった。

 リンダと話し合いをした時に王都行きの話をされたが、その後リンダから何も聞かされていないので話自体がながれてしまったと思っていた。しかしそうではなかった。

 リンダにそれとなく義母とどのような話をしたのか聞いたが、リンダは王都のことはまったく話さなかった。

 それは王都行きをあきらめたのか、それとも真剣に考えているのか、どちらなのかイーサンには分からない。

 リンダに聞けばよいだけのことだが、もしリンダに王都に行くといわれた時のことを考えると聞けなかった。

 リンダが自分を捨てようとしている。考えただけで涙がでそうだった。

 リンダと一緒にいる時間がふえ、一緒に笑ってすごせることが幸せだった。いま手にある幸せをうしないたくない。

「離婚のことはまだ分からない。けがのこともあるし一時的に棚上げしてる状態だ」

 笑顔で話していたアダムの表情がくもった。きっと自分も同じような表情をしているだろう。

「急いで結論をだす必要があるでもなし、いまはけがを治すことに専念することが大切だよ」

 アダムが仕事のことを話しはじめ、イーサンはアダムがわざと話を変えてくれたことに感謝した。

 同僚だけでなく近所の人達もイーサンとリンダの間がおかしいことに気付いていたが、ずっと知らないふりをしてくれた。

 騎士の家で妻の姿を見かけなくなれば、それが何を意味するのかは明らかだ。

 しかしリンダがもどってくるまで誰もイーサンにリンダのことを聞かなかった。

 一度だけ隣人と話していた時にリンダの名前がでたが、隣人はすぐに話をかえた。

 イーサンは自分が地域の人達を守っているという意識を強くもっていた。

 しかしリンダのことを何も聞かずに見守ってくれ、そしてリンダがもどってきたことを喜んでくれたことに、イーサンは自分も周りの人達に守られていたと思った。

「そうそう、嫁さんから誕生日にほしいものがあるとおねだりされたんだが、これがもう泣けてくるおねだりでさあ。俺も一瞬、騎士やめようかと思ったよ」

 アダムの口調は軽かったが表情は明るいといえない。

「嫁さんの誕生日は、嫁さんが抱きしめろといったら俺が何をしていようとすぐに抱きしめて愛してるという。一日中その要望にこたえる日にしてほしいといわれた。

 家にいるときは必ず嫁さんを抱きしめるし、口づけて愛してるもいってるが、まったく足りないから一年に一度くらい嫁さんが満足するほど抱きしめて愛しているといってほしいといわれた。

 嫁さんにそんなお願いをさせるほど寂しい思いをさせていたのかと情けなかったよ。ちょっとだけ騎士であることを後悔した」

「お前が後悔する気持ちはわかるが、奥さんに愛されていてよかったじゃないか。愛想尽かされてたら他の男に抱きしめてくれっていってるぞ」

 アダムがぎょっとしたあと、

「嫌なこというなよ。騎士団でそれはしゃれにならない。きっとここで食べてる団員の誰かが嫁さんが浮気してると愚痴ってるはずだ」

 心底そのようなことは考えたくないといった顔で首をふる。

 イーサンはアダムがうらやましかった。妻に愛され幸せな家庭をきずいている同僚がうらやましかった。

 それはアダムが妻との関係を良くするため努力しつづけているからだと分かっているが、離婚されそうになっている身には、ただただうらやましく、そしてその幸せがまぶしかった。

 リンダは王都行きの話をどうするのだろう。行くかどうかを決める前に相談してくれるだろうか。

 イーサンはアダムの妻がアダムに寂しいという気持ちをぶつけたように、リンダから寂しいという気持ちをぶつけられたかった。

 もっと一緒にいたい、抱きしめてほしい、愛してるといってほしい。リンダがこれまでイーサンに何もいわずにいた気持ちを口にしてほしい。

 もしそのような気持ちを離婚の話をする前にいってくれていたら――。

 しかしリンダから離婚をいいだされる前の自分なら、リンダの気持ちを聞いたとしても仕事が忙しいのだから仕方ない、好きといわなくても分かるだろうといった傲慢な態度しかとれなかっただろう。

「これからだ。これから変えていくんだ」イーサンは心の中で誓う。

 イーサンはリンダがやり直す機会を与えてくれることを願う。

 けがのおかげで思いがけない猶予をえた。もしけがをしなければ別居がつづき、リンダの気持ちが固まったところで離婚となっていただろう。

 リンダがまだ離婚しようと思っているのは分かっている。しかしけがをしたイーサンの世話をするために帰ってきてくれた。

 まだ決着はついていない。

 イーサンは「まだ大丈夫だ」自分に言いきかせた。
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