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2. 非現実的な状況
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「おはようございます」
「おはよー。あ、花巻さん!」
「はい、何でしょうか?」
「今日から小児科に新しい先生が来るからね。準備よろしく」
「あ、はい」
私を指導してくれる上司に返事をすると、まだ何か話したそうにソワソワしている。
「他に何かありますか?」
「てゆーかね、今度の先生ヤバいのよ」
「ヤバい……んですか? 厳しいとかですか?」
「いや、顔。イケメン過ぎる」
「は?」
「マスク外した姿を見ちゃったけど、あれはハーフだわ」
「はあ、そうなんですね」
顔立ちの彫りが深いということだろうかと、適当に相槌を打ちその場を離れた。
「はっ!」
男なんてコリゴリよ。
元カレも夢の王子も、信じた人間を裏切れる、ただの浮気者だった。
「まったく、冗談じゃないわよ」
どうにか必要書類を落とさないよう、腕に抱えながら扉に手をかけようとすると、背後から伸びてきた腕がガラリと扉を開けてくれた。
「あ、すみません。ありがとうござ――」
振り返った瞬間、ヒュッと息が止まる。
「何が冗談じゃないんだ?」
見慣れた白衣を着ていた、見知らぬ青年。落とさないようにしていた書類が、腕から離れる。
私は過呼吸になり、そのまま意識を失った。
◇
目を覚ますと、明るめの蛍光灯が眩しくて顔を顰めた。
「やっと……気がついたか」
聞き慣れない男性の安堵の声。
どうやら私に向かって言っているらしい。
そこで、自分が横たわっているのが、今日は使われない予定の診察室のベッドだと理解した。
「あっ! 申し訳ありません! 私また……」
過呼吸で迷惑をかけてしまったと言おうとして、息を呑む。
夢で見た王子がそこに座っていたのだ。さっきのは見間違いではなかった。
ど……どうして彼が!? いや違う、似ているけど別人? 髪も黒だし……あっ、確かハーフらしい先生が来るって。
混乱する頭を整理しようとするが、なかなか上手くいかない。椅子に座ってこちらを見ている人物が、上司に言われた新しい小児科医だと気付くのに少しかかった。
「覚えているようだな」
淡々と話すイケメン。倒れる前の話かと思い「はい」と答えた。
「ならば話は早い。向こうの世界には君が必要だ」
「それはどういう……なっ、向こうの世界?!」
ゾクッと全身が粟立った。
イケメン先生は立ち上がろうと――否、肉体から浮き上がったのだ。まるで幽体離脱のように。
椅子に残された白衣の人物は、まるで別人だった。
まさか、これって憑依!? じゃあ、やっぱりあの王子……本人!?
そして、うっすら透けた王子らしきイケメンは私に向かって手を差し出す。
「さあ、一緒に行こう」
無理だ――!
思わず手を引っ込める。
「……行くって、どこにですか?」
もう嫌な予感しかない。
断片的な夢に出てきた王子にそっくりな男。その上……あちらの世界ときたら、オタ脳は異世界という言葉しか浮かばない。
冗談じゃないっ!
「私がはいと答えたのは、倒れたことを覚えているという意味です。あなたが……何を仰っているのか分かりません」
「嘘をつくな。この顔を覚えているのだろう?」
ズイッと近付けられた顔に、またも呼吸が止まりそうになる。手も尋常じゃないほど震えてしまう。
「おっと、また倒れるなよ。俺はお前が知っている奴とは別人だ」と、私が覚えている前提で話してくる。
「……はい?」
言っていることが滅茶苦茶だ。双子やそっくりさんでもあるまいし……と思って、マジマジと顔を眺めた。
――あれ?
確かに、私を見下ろした王子に似ているが、雰囲気が違う。チラリと椅子で眠っている医者の姿を見て、もう一度イケメンに視線をもどした。
憑依と関係なく、髪が黒い。
イケメンは、自分の首にかかったネックレスのチェーンを引っ張りだすと、それに通された指輪を見せる。
「それは……」
夢でも見た覚えのない映像が、自然と脳裏に浮かんだ。
閉じ込められていた塔の格子窓から、堀に向かって――その指輪を、私は確かに投げた。
「お前の物だろう?」
それにしても、さっきからこの男はお前お前と煩い。私にはちゃんと名前があるのに。
そうだ、私はクリスティナ・シャテルロー……いやまって、無い無い! 私は純日本人、花巻琴音だ。
慌てて浮かんだ名前を消し去るように、頭をブンブン振った。
「……何をしている?」
本気で不思議がっている表情に、グッと言葉が詰まる。
この指輪が自分の物であると……漠然とだが分かった。
名前と同時に夢の出来事も鮮明になっていく。今の私には到底理解できない感情までも。断片的な記憶ではあるが、受け入れたくないものだった。
――だって、怖い。
「なんでもありません! それより、私はこの世界を離れるつもりはありませんから。指輪も……もしも私の物だったとしても、必要ないので差し上げます」
今の生活が幸せとは言えないし、私が居なくなって悲しむ人なんていない。ハピエン確定の、異世界ファンタジーが待っているなら喜んで行くけれど、あの夢の世界は……。
「それは無理な話だ。この指輪がお前を見つけたのだからな」
一瞬表情を曇らせ、男は小さくため息を吐いた。
そのまま有無を言わさず、指輪を私に握らせる。焦りがあるのか、重ねられた大きな手は振り解かれないように、しっかりと私の手を包みこんでしまった。
すると、手の中から漏れ出した閃光が部屋全体を覆う。
「――な、何!?」
眩しさで目をギュッと瞑った。
「おはよー。あ、花巻さん!」
「はい、何でしょうか?」
「今日から小児科に新しい先生が来るからね。準備よろしく」
「あ、はい」
私を指導してくれる上司に返事をすると、まだ何か話したそうにソワソワしている。
「他に何かありますか?」
「てゆーかね、今度の先生ヤバいのよ」
「ヤバい……んですか? 厳しいとかですか?」
「いや、顔。イケメン過ぎる」
「は?」
「マスク外した姿を見ちゃったけど、あれはハーフだわ」
「はあ、そうなんですね」
顔立ちの彫りが深いということだろうかと、適当に相槌を打ちその場を離れた。
「はっ!」
男なんてコリゴリよ。
元カレも夢の王子も、信じた人間を裏切れる、ただの浮気者だった。
「まったく、冗談じゃないわよ」
どうにか必要書類を落とさないよう、腕に抱えながら扉に手をかけようとすると、背後から伸びてきた腕がガラリと扉を開けてくれた。
「あ、すみません。ありがとうござ――」
振り返った瞬間、ヒュッと息が止まる。
「何が冗談じゃないんだ?」
見慣れた白衣を着ていた、見知らぬ青年。落とさないようにしていた書類が、腕から離れる。
私は過呼吸になり、そのまま意識を失った。
◇
目を覚ますと、明るめの蛍光灯が眩しくて顔を顰めた。
「やっと……気がついたか」
聞き慣れない男性の安堵の声。
どうやら私に向かって言っているらしい。
そこで、自分が横たわっているのが、今日は使われない予定の診察室のベッドだと理解した。
「あっ! 申し訳ありません! 私また……」
過呼吸で迷惑をかけてしまったと言おうとして、息を呑む。
夢で見た王子がそこに座っていたのだ。さっきのは見間違いではなかった。
ど……どうして彼が!? いや違う、似ているけど別人? 髪も黒だし……あっ、確かハーフらしい先生が来るって。
混乱する頭を整理しようとするが、なかなか上手くいかない。椅子に座ってこちらを見ている人物が、上司に言われた新しい小児科医だと気付くのに少しかかった。
「覚えているようだな」
淡々と話すイケメン。倒れる前の話かと思い「はい」と答えた。
「ならば話は早い。向こうの世界には君が必要だ」
「それはどういう……なっ、向こうの世界?!」
ゾクッと全身が粟立った。
イケメン先生は立ち上がろうと――否、肉体から浮き上がったのだ。まるで幽体離脱のように。
椅子に残された白衣の人物は、まるで別人だった。
まさか、これって憑依!? じゃあ、やっぱりあの王子……本人!?
そして、うっすら透けた王子らしきイケメンは私に向かって手を差し出す。
「さあ、一緒に行こう」
無理だ――!
思わず手を引っ込める。
「……行くって、どこにですか?」
もう嫌な予感しかない。
断片的な夢に出てきた王子にそっくりな男。その上……あちらの世界ときたら、オタ脳は異世界という言葉しか浮かばない。
冗談じゃないっ!
「私がはいと答えたのは、倒れたことを覚えているという意味です。あなたが……何を仰っているのか分かりません」
「嘘をつくな。この顔を覚えているのだろう?」
ズイッと近付けられた顔に、またも呼吸が止まりそうになる。手も尋常じゃないほど震えてしまう。
「おっと、また倒れるなよ。俺はお前が知っている奴とは別人だ」と、私が覚えている前提で話してくる。
「……はい?」
言っていることが滅茶苦茶だ。双子やそっくりさんでもあるまいし……と思って、マジマジと顔を眺めた。
――あれ?
確かに、私を見下ろした王子に似ているが、雰囲気が違う。チラリと椅子で眠っている医者の姿を見て、もう一度イケメンに視線をもどした。
憑依と関係なく、髪が黒い。
イケメンは、自分の首にかかったネックレスのチェーンを引っ張りだすと、それに通された指輪を見せる。
「それは……」
夢でも見た覚えのない映像が、自然と脳裏に浮かんだ。
閉じ込められていた塔の格子窓から、堀に向かって――その指輪を、私は確かに投げた。
「お前の物だろう?」
それにしても、さっきからこの男はお前お前と煩い。私にはちゃんと名前があるのに。
そうだ、私はクリスティナ・シャテルロー……いやまって、無い無い! 私は純日本人、花巻琴音だ。
慌てて浮かんだ名前を消し去るように、頭をブンブン振った。
「……何をしている?」
本気で不思議がっている表情に、グッと言葉が詰まる。
この指輪が自分の物であると……漠然とだが分かった。
名前と同時に夢の出来事も鮮明になっていく。今の私には到底理解できない感情までも。断片的な記憶ではあるが、受け入れたくないものだった。
――だって、怖い。
「なんでもありません! それより、私はこの世界を離れるつもりはありませんから。指輪も……もしも私の物だったとしても、必要ないので差し上げます」
今の生活が幸せとは言えないし、私が居なくなって悲しむ人なんていない。ハピエン確定の、異世界ファンタジーが待っているなら喜んで行くけれど、あの夢の世界は……。
「それは無理な話だ。この指輪がお前を見つけたのだからな」
一瞬表情を曇らせ、男は小さくため息を吐いた。
そのまま有無を言わさず、指輪を私に握らせる。焦りがあるのか、重ねられた大きな手は振り解かれないように、しっかりと私の手を包みこんでしまった。
すると、手の中から漏れ出した閃光が部屋全体を覆う。
「――な、何!?」
眩しさで目をギュッと瞑った。
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