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しおりを挟む謁見の間に入ると、国王夫妻だけではなく見覚えのある重鎮たちも顔を揃えて待っていた。
正式な礼もとらず、私が真っ直ぐに歩いて行くと、周囲はざわざわとする。「異世界人だから仕方ない」といった声が聞こえてきたが、知らん顔で通り過ぎた。
「体調は?」とデュドネ。
「だいぶ良くなりました。遅くなりましたが、アマネ・トガシと申します」
「大神官、聖女アマネの聖痕の確認は?」
「はい、見事な証がございました」とガエルは水晶をクリステルのもとに持って行こうとする。
「お待ちください!」と私は声を張った。
「国王陛下、ガエル様、クリステル様から離れてください! 呪いが暴走しそうです」
「なっ?! 何を仰って――」とクリステルは目を見開いた。
デュドネを護るため、近衛が動く。聖騎士は反対にクリステルに集まって行く。
「皆様、動かないで!」
私の鶴の一声で全員がピタリと止まる。
「クリステル様、私が呪いを解いてもよろしいですか?」
「……あなたが?」
胡乱げに私を見た。それはそうだろう、呪いなんて最初から無いのだから。
「私には見えています。鮮やかな赤い髪の女性が。瞳は、そのペンダントの宝石と同じ色……。あ、手にはペンダントとお揃いのブレスレットをしています」
半信半疑だったその場の空気が、ピリリと張り詰めた。
聖痕の祝いに、クリステルが一緒に持とうと、プレゼントしてくれた対になったアクセサリー。アウローラの瞳と同じ色の魔石がうめこまれ、聖女の証だとクリステルは笑って言った。私はブレスレットを選び、彼女はペンダントを選んだ。
まさか埋め込まれた魔石が、私の魔力を吸うものだとは微塵も思わなかった。
「クリステル……其方の呪いを解いてもらおう」
青褪めながらデュドネは言う。
クリステルはこの状況で断れるわけがない。ついさっき異世界から召喚されたばかりの私が、アウローラの容姿を言い当てたのだから。
「で、ですが……」
「クリステル。其方が予言し呼んだ聖女だ、大丈夫だ信じようではないか」
なるほど。私が召喚された理由が想像できた。
「……はい」
私はクリステルの目の前に立ち、「では」と手のひらを顔の前にかざし、クリステルの視界を遮った。
『解呪!』
『浄化!』
と連続で唱えて、ペンダントの魔石に触れて魔道具を破壊する。
「っ、何を!!」
慌てたクリステルは、私のことを突き飛ばす。
すかさず「シルヴァン!」と叫ぶと、ガチャリとクリステルの手首には魔力封じの枷が嵌められた。
「終わりました」と私は告げる。
「どういうことよ……」と、クリステルはわなわなと唇を震わせた。
「え? ですから、解呪したのですよ。あなたにかけられた、この場にいる皆さんの魅了の魔術と、他人の魔力を吸い上げる、呪いのような禍々しい魔石を浄化し壊しました。何か不都合でも?」
私はコテリと首を傾げてみた。
「それは、どういうことだっ!?」
「ああ、デュドネ……陛下。正気に戻ったようですね。あっ、その枷は外しちゃだめですよ。また魅了にかかっちゃいますから」
魅了という言葉に、バッとクリステルの方を見る。その場の全員の視線が、同じようにクリステルに注がれた。
「その女は、嘘を言っています! 騙されてはいけません! わ、私にはちゃんと聖痕だって――」
「聖痕? その手に彫られた偽物ですか? それは、初期に現れる未完成の形ですよ。まあ、かのご令嬢に現れたものを、そっくりそのまま再現したのでしょうけど。聖属性に変わった本物の聖痕はこっちです」
私は髪を上げると、うなじの聖痕を光らせた。
あんな水晶など触る必要もない。自分の力を巡らせればいいのだから。
ハラリと髪を落とす。
「ガエル様、クリステル様の聖痕のご確認を」
「そ、そうよ! 早く水晶をこちらにっ」
手を置く直前。
「ああそうだ。水晶の中に埋め込まれた魔石も、先に浄化してあるので、安心してくださいね」
「え」
触れた瞬間、水晶は光るどころか禍々しい色を映し出し、手の甲にあった聖痕だった物はドロリと形を崩した。
「く……クリステル様は、聖女ではありません!」
ガエルの震える声が響くと、今までクリステルに心酔していた人々は愕然とする。
「クリステル……私を、騙していたのか?」とデュドネ。
「………」
「では、――まさかっ」
「ご令嬢が閉じ込められていた牢に、聖水を撒いてみてください。真実が現れるかもしれませんよ」
私の助言に、デュドネは顔面蒼白になった。
同じようにガタガタと震え出す者が続出する。
当たり前だろう。本物の聖女を投獄して、命を奪ったことに気づいたのだから。魅了されていたとはいえ、過去は変えられない。
もうとっくに消されているだろうが、閉じ込められた私は自分の血で、床に文字を書き続けた。願いだったか、恨みだったかは覚えていないが。
私の血に混じった魔力が、今なら聖水に反応する気がした。まあ、脅しには十分みたいだから、反応しなくても構わないけど。
「クリステルを捕えよ!」
悲痛な声でそれを叫んだのが、デュドネではないと分かった。耳に残る懐かしい声。
けれど、私はその声の方を向きはしない。もうアウローラはこの世にいないのだから。
笑顔が剥がれ、騎士に捕らえられたクリステルを黙って見送る。
本当は、悲しそうに微笑んで「私だけは信じていたのに、残念です」と言ってやろうと思っていた。クリステルが、捕らえられた私に言った言葉をそのままに。
「聖女アマネ。其方のおかげで、我々は正気を取り戻すことができた、感謝する。延いては、このまま我が国の聖女に」
「嫌です」
被せ気味にキッパリ断った。
「あなた方がしたことは、私の国では犯罪です。私の意思に関係なく、拉致したのですから」
「陛下になんて無礼を!」と、野次が飛んで来るが無視する。
「今のこの国に、聖女は本当に必要なのですか? 偽者のクリステルには、聖女としての勤めは果たせていなかったはずです。ですが、それで何かがありましたか?」
聖女が癒しで救える人数なんて限られている。それに依存するよりも、国をどう発展させ、民の暮らしをより良くすべきかを考えるべきだろう。
デュドネは言葉に詰まる。
「彼女が私を召喚したかったのは、この国には他に聖女がいなかったから。アウローラと同じように、私の力を奪う為だけに呼んだのでしょう」
「ど、どうして、その名を……」
「ですから、私は見えたと言ったでしょう?」
にっこり微笑むと、デュドネはヘナヘナと座り込んだ。
「クリステルの予言は嘘です。そして、聖女は神ではありません。聖女が居なくても信仰はできます。どうぞ皆様ご自身で神に祈ってくださいませ」
それだけ言って、私は謁見の間を出て行く。
もう、私を引き止められる者はいなかった。
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