見逃してください、邪神様 落ちこぼれ聖女は推しの最凶邪神に溺愛される

イシクロ

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1巻

1-2

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   * * *


 朝のお勤めを終えた後は朝食の時間だ。巫子見習いのメニューは黒パンとスープという素朴そぼくなものだが素材は上質なものを使用していて、味はいい。ペコラは椅子について寝不足の目を擦った。

(なんだかいろいろ夢を見た気がするけど……)

 寝たのに寝た気がしない。あくびを手で隠しつつ、目の前のスープに沈むひよこ豆をつついた。衝撃的な事実が判明してから一晩が過ぎた。
 集めた情報をひとまず整理してみることにする。
 ――一、ここは前世で遊んだゲームの世界(十八禁)。
 ――二、ペコラは物語の舞台である神殿の巫子見習い。
 だがゲーム内にその名のキャラがいた記憶がない。つまり自分は主人公かそれに準ずるキャラではない。
 ――三、捜してみたがヒロインらしき巫子及び巫子見習いはいない。
 六精霊に愛されているのだ、いるとすればさすがに存在を知らないわけはない。まだ力が具現化せず神殿に見出されていないのだろう。

(確か住んでいた村が魔物に襲われるのだっけ……)

 目の前で父親が魔物に殺された時に眠っていた力が現れ、孤児になった彼女は神殿に保護される。

「……魔物、かぁ」

 ――四、隣に座っているリベリオはどこかの時点でヒロインの護衛になる。

「……な、何か?」

 真横から刺すような彼の視線に耐えきれず、ペコラはへらりと口をゆがめた。いつの間にか隣の席で頬杖をついて座っているリベリオは今日も愛想よく微笑んだ。

「おはようございます。気にしないでください、ペコラ様が真剣にひよこ豆をつつくのを見ていただけですから」

 リベリオが頬杖をついたまま明るく返す。なんだか今日はいつもより無駄に元気そうなのは気のせいだろうか。

(……ううぅぁかっこいいい……!)

 真面目につくろった顔をそむけて、赤くなった頬を押さえた。大好きだったキャラが隣にいるのだ。そうと気づいてしまえば冷静になれるはずがない。
 そもそも、ペコラはリベリオのことを嫌いなわけはなく――むしろ、頼り甲斐かいがあって好ましく思っていた。ただ謎の声が怖すぎるから敬遠していただけで。
 けれど彼が好きなのはヒロインだ。こうしてペコラにちょっかいを出すのにもそのうち飽きるのだろう。ということで一番大切なことはというと。
 ――五、一刻も早く、物語の舞台である神殿から離れるべきである。

(だって今生こそは長生きしたい!)

 切実な問題である。しかもペコラがリベリオの正体に気づいたと知られれば、問答無用の邪神バッドエンドが待っているならなおさら。

(信者や魔物を集めてみんなで落ちこぼれ巫子の私をはずかしめるんだ。エロ同人誌みたいに! エロ同人誌みたいにいいいいい)

 指を組んでガタガタ震えた。ちなみに享楽きょうらく、快楽、堕落、強欲を好む邪神は王都でも一部に圧倒的人気を誇る。表立ってはもちろん信仰出来ないので隠れ信者がとっても多い。

(……早急に、行動にうつさないと)

 そこで、ぷに、とリベリオの指が頬をついた。

「……何してるんですか?」
「美味しそうなほっぺだと思って」

 それはお肉的な話でしょうか。

「あ、ありがとうございます……?」

 引きつりながらそそくさとトレイを持って席を立つ。考えごとをしていた間に他の巫子見習いは座学に移動していた。振る舞いや歴史を習うその授業をペコラはとっくに合格しているので出席する必要はない。
 廊下に出たペコラを当然のようにリベリオが追いかけてきた。

「今日も貧民街に?」
「その前にちょっと用事を済ませてからですが。……今度こそは試験に合格しないと……っ、地元の神殿に勤める夢もありますし!」

 力を使えば使うほど精霊との結びつきは強くなる。お役にも立てて一石二鳥だ。

「ペコラ様が合格したら俺もついていこうかな」
「い、いいいいです! リベリオさんはここですることたくさんあるじゃないですか。せか……」
「せか?」
「せー……かっこうをはかったり?」
「背格好?」
(は! そうだ!)

 言い訳にしても苦しすぎるが、自分で言って気づいてしまった。ヒロインが神殿に来たら、リベリオが世界滅亡をたくらんだり、ヒロインちゃんに迫ったりするゲーム内容が始まるのだ。

(見てみたい……!)

 出来れば特等席で、かぶりつきで心のメモリーに収めたい。そう思いつつペコラはちらりと隣を歩くリベリオを見た。

(それと……邪神の恋を成就じょうじゅさせてあげたい……な)

 ゲームではハッピーエンドは六精霊や正神とばかりだった。
 リベリオルートは悲恋、もしくはメリーバッドエンド。でもペコラはヒロインが神殿に来てからどんなことが起こるのかはわかっている。それを利用したら、もしかして幸せな二人の結末を見ることが出来るかも。

(いやいや、何を大それた……)

 心の中に浮かんだアイデアを首を振って追い出した。それよりも先にしなければならないことがある。ついてきたそうなリベリオをペコラは全力で走って振り切った。


「……エルモ地方に行きたいというんですね?」

 ペコラは見習いの管轄かんかつをしている神官の元を訪ねた。ひげをたくわえた壮年の神官はペコラの話を聞いて、机の上に広げた地図を前に顔をしかめる。

「はい。転移陣を使う許可はいただけますか?」

 ペコラが地図で示した赤丸は魔物が住む地域と人間の住む地域の境界近く――ゲームのヒロインが住んでいるはずの場所だ。
 ライバルのエカテリーナが神殿に来たということは彼女にもそろそろ動きがあるかもしれない。つまり、住んでいた村が魔物に襲われて壊滅状態になる。本当にそんなことが起こるのか、回避出来る方法はないか、出来れば自分で確認したかった。
 神官が咳払いをした。

「ペコラ様。……さすがに次の試験で何の奇跡も起こせないようなら、見習いの身分も剥奪はくだつさせていただくという話が出ているのですが」
「うぐっ」
「神殿の外のことは聞いております。ですが巫子の力はあくまで平等に国と民を支えるもの。特定の区域にだけ目をかける行為は目に余ります」
「で、ででも、あそこにはもともと必要なものもないのです。それなら国のほうからもう少し目を配るようお願い出来ませんか」
「とにかく、あくまで決められた基準で、どこの場所であれ同じ能力を使っていただかなければなりません」
「……はい」

 シュンとして部屋を出た。それでも長期出張の名目で外出証はもらえた。神殿の転移陣を使う許可も。
 各地の神殿には転移部屋がもうけられていて、使えば一気に長距離を移動出来る。ご都合主義だがゲーム世界なのでそういうものだと思おう。もちろん見習いの地位を剥奪はくだつされて神殿を追い出されれば使えなくなるものだ。

(……これが最後のチャンスかも)

 なんとしてもヒロインちゃんを見つけ出さなければ。ペコラは気合を入れ直した。



   第二章 ヒロインを捜して


 床に描かれている転移陣から一歩外に出ると、その光が収束して消えていく。

「ようこそお越しくださいました、ペコラ・ハーパー様」

 目の前にいる神官がペコラに頭を下げる。それに下げ返して顔を上げた。
 エルモ地方に唯一ある神殿は王都のものに比べてごく小さく簡素なものだ。仕えている神官も少ないが綺麗に整頓されていた。

「突然の無理を言って申し訳ありません」
「いえ、こんな辺境までわざわざお越しいただき光栄です。……ですが」

 きょろきょろと周りを見回して、神官が首を傾げた。

「護衛の神官騎士も連れずお一人で、ですか」
「ええ、まぁ……」

 ペコラはあいまいに笑って言葉をにごした。キュ、と肩に乗っているダンゴムシ型の精霊も返事をした。
 四精霊に愛されているエカテリーナに目のかたきにされてしまい、出立までの間にも何かと嫌がらせを受けていた。他の巫子や女官、騎士が落ちこぼれのペコラにつくかエカテリーナにつくかといわれれば……

(これがいじわるイベント……!)

 笑みを隠して両手を握る。感動せずにいられようか、ゲームのイベントを疑似体験出来るとはなんたる幸運。

(意地悪な笑い声を上げているエカテリーナの立ち姿は綺麗だったし、役得役得)

 そんなわけで一人旅になったのである。ちなみに派閥のゴタゴタを気にしない、仲のいい神官騎士ビートはちょうど奥さんの出産で休暇をとっている。

「危険でしたらすぐ戻ります。えっとでは、連絡したとおり近くの村々を回らせていただきますね」

 だいたいの地域はわかるが、ヒロインがいる具体的な村の名前はわからない。神官に付近の集落の場所を教えてもらってひとつずつ確認していくつもりだった。
 巫子と知られると大ごとになるので普通の旅人風の貫頭衣、ズボン、サンダル、旅用マントに肩かけの鞄という格好で川に沿って進む。神官がついていくと言ってくれたが、遠慮させてもらった。野生動物や魔物がいる可能性もあるけれど、危険があればすぐダンゴムシが知らせてくれる。
 初夏でまだ気温は高くはないのが幸いだ。途中、川辺の岩に座ってサンダルを脱ぎ素足を冷たい水にひたす。
 ――キュウ。キュウ。

「あんまり遠くに行かないようにね」

 ダンゴムシもペコラの肩からおりて岩の上をてちてちと散歩している。川辺からはすぐ森になっていて、端は太陽の光が明るく射し込んでいるが先はほぼ獣道しかない。それを眺めて足を動かした。

(冷たくて気持ちいい)

 ぱちゃぱちゃと水の表面を足ですくっては飛沫しぶきをあげて遊んでいると。
 ――……

「っ」

 ふいに何か邪念が入ってきて、ペコラは固まった。
 ――あの足、舐めたら甘いだろうな。
 そろりと川から足を上げる。
 ――爪先から舌で撫でて指の間を泣くほど○○して×××。
 いる。邪神リベリオが確実に近くにいる。不穏な声に何事もない顔をして素早く足を拭いてサンダルをき、ダンゴムシを拾って歩き出した。
 ――キュ?

(ど、どうして……っ、神官以外には行き先を言ってないのに!)

 不思議そうに見上げるダンゴムシをなだめて、あわあわと足早にその場を去る。
 ――ペコラ様も水くさい。言ってくれれば魔物の十や二十、俺が一人で蹴散らすのに。

(あなた魔物の総大将ですしね!)

 人間の住む外の世界を支配し、たまに境界を越えてくる魔物は邪神の管轄かんかつとされている。十や二十どころか、その気になれば絶滅もさせられるだろう。

「……きゃあぁ!」
「!」

 森の奥から悲鳴が聞こえたのはその時だった。切羽詰せっぱつまった子どもの声にペコラはその方向に走った。

「ウルルルウウォォォ‼」

 狂暴そうな獣の声。近くの村の子だろうか、十を超えたくらいの子どもが狼たちの群れに囲まれていた。

「ダンゴムシくんお願い!」

 ――キュー!
 ペコラがダンゴムシに呼びかけると一斉に土の中にいた虫たちが狼に殺到する。突然の攻撃に飛び跳ねる獣の間を走って、地面に座り込む子どもの手を引いた。

「今のうちに!」
「で、でも、足が」

 よほど怖い思いをしたのだろう、栗色の髪の少女はガクガクと震えていた。

「背中に……っ」

 おんぶをしようと背中を向けてしゃがんだところで、虫をまとった狼がもだえながら襲いかかってくる。とっさにペコラが手を広げて女の子を庇うと――ドン、という大きな音とともに目の前で稲妻が狼に直撃した。

「……え」

 赤くて大きな口を開けたまま狼が黒焦げになって倒れる。呆然としているうちに、慌てふためく群れの真ん中にも雷が落ちた。思わず空を見上げるが、雲一つない青空だ。

「大丈夫ですか!?」

 そこで、腰の剣を抜いたリベリオが駆け込んでペコラたちと狼の間に入り込んだ。

「……」
「ペコラ様?」
「あ、いえ……ありがとうございます……」

 濃紅の髪を風に揺らして立つリベリオの姿がかっこよくて見惚みとれていた。
 雷で腰が引けた狼たちが後ずさりしていく。転身した彼らを見てほっとペコラが息を吐いたところで、まだ周囲を警戒しつつリベリオが剣をしまった。
 眉をひそめた彼がペコラの目の前で膝をつく。

「神殿を一人で出たという話を聞いて慌てて追ってきました。……どうして俺に相談してくれないんですか」
「そ、それはその」

 ねたように言った彼がペコラの頬に手を伸ばす、その指が触れる直前で、女の子がペコラの服を引いた。

「もしかして巫子様!? 今のは精霊の奇跡の力!?」

 青い目をキラキラと輝かせた彼女に先にうなずいたのはリベリオだった。

「そうだよ。君は近くの村の子?」

 改めて見ると、簡素な服を着ていても人目を引く愛らしい少女だ。リベリオの言葉に彼女は視線を下げた。その小さな手には白い花のついた植物が握られている。

「うん……お母さんの、病気に効く薬草を取りに来たの」

 ペコラは微笑んでその頭を撫でた。

「そう、偉いね。でも一人で無茶をしてはダメよ」
「……ペコラ様は人のことを言えないような」

 非難の声と視線に小さくなると、リベリオが女の子に背を向けた。

「村まで送ろう」

 簡易よろいを身につけたまま背負って軽々と立ち上がる。もう少し行ったところに小さな集落があると女の子は指で方角を指示した。

「お名前は?」
「ニナです、巫子様!」

 頬を染めてハキハキ答えるその名前にペコラは引っかかりを覚えた。
 ニナ。リベリオ×主人公ニナ
 ペコラはリベリオが負ぶっている女の子を見た。明るい栗色の髪に青い目。成長したら美女になるのがわかる愛らしい容貌。この子はもしかして……

(――ヒロインちゃん!?)
「どうかしましたか?」
「い、いえ、何も!」

 まさかこんな偶然があるものだろうか。半信半疑のままニナの住む村に向かう。
 辺境の山間は日が暮れるのも早い。足早に夕暮れの森を抜けると、さくを巡らせた村の周りに松明たいまつかれていて、遠目にも武器を持った村人たちの姿が見えた。

「お父さん!」

 リベリオの背から地面におりたニナが、その中の一人に向かって駆け出した。

「ニナ!? 心配したんだぞ、最近は夜以外でも狼が出るのに……っ」
「ごめんなさい! でも、巫子様たちが助けてくれたの!」

 体格のいい父親がこちらを見た。

(……やっぱり)

 その顔を見てペコラは確信した。魔物に村が襲われた時に、ヒロインであるニナを庇って亡くなる父親その人だ。

「巫子様……あぁ、ありがとうございます! なんとお礼を言えばいいのか」
「いえ、私は見習いで……それに助けたのは彼です」

 リベリオを示すと、彼はにっこり笑った。

「俺はペコラ様の専属騎士ですから、俺の手柄はペコラ様の手柄ということで」
「せ……?」

 いつの間にそうなった。ペコラが肩を震わせていると、その言葉を聞いた父親が並ぶ二人を見比べる。

「はぁあ、なるほどどうりでお似合い……」
「違います! 彼は普通に神官騎士で」
「そんな水くさいこと言わないでくださいよ」
「みみみみ水くさいとかそういう問題じゃ」
「あ」

 そこで小さく声がした。皆がそちらに注目すると、大きな目を見開いていたニナがぱっと口に手を置いた。その手に握られたままの薬草を見て大事なことを思い出す。

「奥様がご病気だとお聞きしましたが」
「ええ……」

 父親はニナの頭を撫でて、山の向こう、魔物の住まう領域に目を向ける。

「最近、ここらで魔物の動きが活発化していて……住処を追われた獣に襲われまして」
「魔物が……」

 ちらりと隣にいる青年に視線だけを向ける。平然といつもの表情をしている彼の感情はうかがえない。
 こんな時に限って邪神の心の声は聞こえない。何か考えがあるのか、単なる魔物の暴走か気まぐれか……。そこでリベリオがペコラを見つめ返した。

「俺の顔に何かついてます?」
「いえ!」

 姿勢を正す。

「傷の治りが遅くてずっと伏せっているのです。なにぶん、こんな辺境では医者にてもらう余裕もなく」
「あの、よかったら奥様のようすをてもいいですか? お手伝いが出来るかも……」
「いいのですか! 立ち話もなんですし、とにかく中へ入ってください」

 そこではたと気づいたように、ニナの父が集まっている村人に解散を伝えた。


 村で唯一の酒場兼宿屋がニナの家だった。ここに来た本当の目的は話せないので、神殿からの用事の帰りと伝えたペコラとリベリオの姿に、村中の者が酒場に押し寄せる。
 好奇の視線を背に、母親が寝込んでいるという部屋におもむいた。

「……あなた、ニナ……」

 ほとんど調度品もない簡素な部屋の中、ベッドで寝ている女性が夫と娘に気づいて苦しげに目を開けた。その枕元にニナが寄る。部屋に入る前にペコラはリベリオにささやいた。

「リベリオさんはどこかで待っていても」
「近くにいます。専属騎士ですから」
「違います」

 なんだかやたらと押してくる。サブリミナル効果でうっかりうなずいてしまいそうで怖い。

「巫子見習いのペコラ・ハーパーです。少し、お身体を見せてくださいね」

 ベッド脇の椅子に座って、汗の浮いた彼女の額をそっと布で拭いた。
 許可を得て服を開く。肩から胸元にある獣に襲われた傷口が痛々しい。ペコラには傷をいやす力はないけれど、傷口から入った菌が悪さをしているのなら少しは手助け出来る。

(ダンゴムシくん、いい?)

 ――キュ。
 目を閉じて、精霊の声に波長を合わせた。手の甲の精霊の印を光らせながら話しかけると、思った通り身体の中で無数の菌が好き勝手をしていた。時間をかけて話しかけて彼らをなだめ、目を開ける。苦しげではあるが、呼吸が安定した母親はおだやかな顔で眠っていた。

「……すごい」

 ニナの言葉に微笑む。自分よりよほどすごい巫子――大聖女になる少女に。

(あなたならすぐ怪我ごと消しちゃうのにね)

 自分にはこれくらいしか出来ないけれど。

「これでもう大丈夫だと思うわ。怪我自体を治しているわけではないので、無理は禁物だけれど」
「ありがとうございます!」
「っ」

 頬を染めてまっすぐ見上げる青い目に、ペコラは撃ち抜かれた。

(か、可愛い!)

 キュンとする胸を押さえる。にやけた顔で、目の前の頭をよしよしと撫でた。
 ――可愛い。
 そこでまたリベリオの声が聞こえてきた。だが今回ばかりは同意だ。

(そうです、ニナちゃん可愛いですよね!)

 ――あぁぁあペコラ様、早く食べごろになってくれないかな……
 違った。こんな可愛いニナを前にして、なぜペコラをまだ注視しているのだろう。その後も次々と聞こえてくる声に震えていると父親がペコラの手を取った。

「巫子様、ありがとうございます! この礼は必ず」

 ピシャ! ゴロゴロゴロ。
 その時、突然外で雷の音が響いた。突然のことにびっくりして外を見ると、星空がみるみる暗雲におおわれ大粒の雨が窓を叩く。立て続けに稲光が空を駆けた。あっという間のどしゃぶりに村人たちが慌てて家に戻っていくようすを見ていた父親が、雨戸を閉めた。
 ペコラの隣に立っているリベリオが、そっぽを向きながら口を開いた。

「晴れていたのに急ですね」
「……そう、ですね」

 ペコラは静かな寝息を立てている母親の汗を拭いた。その間にも雷はゴロゴロと存在感を増していた。

(雷といえばリベリオさん……あの時、助けてくれたんだよね)

 昼間、狼を襲った一撃は偶然とは思えない。
 駆けつけたリベリオの表情、たくましい背中、それを思い出して――ペコラは知らず赤くなった頬を押さえた。


 その夜はニナの父親の厚意で宿の一室に泊まることになった。今日はニナが夜の看病をするからゆっくりしてくださいと言われている。

(よかった、お母さんが元気になって) 

 あの後、施術のお礼だとニナの父親は一階部分の酒場で存分に腕を振るってくれた。鳥の丸焼きに牛の串焼き、魚の煮込みに山盛りのじゃがいも。どれもアツアツ出来立てでほっぺたが落ちそうなほど美味しかった。押し寄せた村人に王都のことを話したり皆で歌ったり踊ったり、お腹がいっぱいで楽しい時間になった。

(ニナちゃんも見つけられたし、後は六精霊の能力を確認して申請すればすぐ神殿に……あれ?)

 寝間着に着替えたところで、はたと重要なことに気づく。

「そうすると話が変わっちゃう……?」

 このままニナが巫子の修行を始めてしまうと、孤児で神殿に入る設定も、父の死による魔物に対する強い負の感情も生じない。

(じゃあ、何も言わずにこのまま……いやいや)

 村人たちが魔物に殺されるかもしれないのをわかっていて放っておけない。腕を組んでうなりながら部屋の中を回る。
 ――キュ、キュキュキュ。
 何かの遊びと思ったのかダンゴムシがその後ろをちょこちょこと追ってきた。三周ほどして結論を出した。

「よし、リベリオさんのためにも、世界のためにもやっぱりニナちゃんにはすぐ神殿に行ってもらおう!」

 そして何としてもペコラは次の試験に合格し、ここの管轄かんかつの神殿に配属してもらうのだ。たとえ不合格で巫子の資格をもらえなかったとしても、神殿の下働きくらいはさせてもらえるだろう。
 もし今後、魔物の異変があった場合でも即座に警報を出せば大被害は防げる、はず。

「完璧な計画……!」

 我ながら惚れ惚れする。ストーリーが変わってしまおうが構うものか。あくまで主軸は、六精霊やリベリオといちゃいちゃしながらニナが大聖女になるお話だ。

(それを見られないのはちょっと、かなり寂しいけれど……っ)

 ダンゴムシを抱き上げる。

「二人で頑張ろうね、ダンゴムシくん!」

 ――キュウウ!
 頼もしい返事をしてくれたダンゴムシを抱いてペコラはお日様の匂いのするベッドにもぐり込んだ。クッションに頭を預けると、一日の疲れもあって眠りはすぐに訪れた。


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