《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

美姫の場合㉕

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 『あ…あ…あ…』突起は上下左右に揺さぶられました。私は声にならぬ吐息を漏らしながら緊縛縄に情状酌量の余地を探します。逃げられない。逃げられない。逃れ不知(しらず)は未知の忖度十字路。


 不自由の極みにして突端。右突起を噛むのは倶楽部のエース。『乳首への刺激で達したのだろう。』『どうなんだ。』『答えろよ。』


 私は首を横に振りました。精一杯の抵抗として。外交的失敗の返還価値として。私は首を横に振りました。嘘をついたという訳です。私は十分に達していましたもの。


 両突起から下腹部へ向かう通路は見事に開通しているようでクレバスからは洪水に似た液体の種々。絶頂の証拠の一つとなりましょう。夫とのまぐわいが遅疑(ちぎ)であり稚技(ちぎ)でしかなかったと思う革新の夜。確信の弓反り。


 絶頂表現。それは止められない。帆布に散布される衣擦れに潜む陰(いん)の音/韻(いん)の花と印(いん)の大蛇。


『…もう…よして…くだ…』


 言いかけた私の唇を颯爽と塞ぐダイヤモンドのキング。舌先の動きは帝国が定刻に派遣した密猟者のような味を連れてくるのです。


 その唾液でもうお腹が一杯になっておりまして/少々/吐気をもよおしながらも溜飲するしかない哀れな運命。御主人様はそれを御覧になって射抜目(いぬきめ)で次の犬決(いぬき)めに必要な発言をします。柘榴のような夜。我が国特有のものとして認可されている添加物が添えられるという訳です。何の暗示なのかは不明でいいの。解らなくていいわ。そんな気分だったの。それだけ。それだけ。


 御主人様『皆の衆。楽しませてもらっておるぞ。美姫よ。奴隷生活の初夜を堪能せい。どうだ。心地良かろう。どうだ。』『完全に誰かのものになること。完全に支配されること。此れは喜びだ。女性(おんなさが)にとっては最上の。そうだろう。美姫。』


『…は…』


『答えなさい。』


『は…い』


 御主人様は契約書の中で私の人語を剥奪しました。私の言葉を骸骨旅団に売り渡しました。調教初夜から現在時まで複数年が流れましたが…私は彼の言葉を傾聴/拝聴したのちに必ず「はい」と答えます。夫との生活を守る為。子供の未来を守る為。現在の生活を守る為。交わされた契約を守護する玄武が居るのです。同契約の破棄を許さぬ青龍が居るのです。独り言すら監視する朱雀が居るのです。嘘を見破るのが得意な白虎が胃の中に巣食うのです。


『そろそろか。』

誰かの発言に

潜んだ疒(やまいだれ)


『ああ/そうだな』

私に迫る疒(やまいだれ)


『夜は未だ長い。始まったばかりさ』

言葉責の最奥地に

被座馬づく私に疒(やまいだれ)


『奥さん。これを御覧よ』

それは疒(やまいだれ)

それは契約遂行の為の广(まだれ)


『……?』具合の悪い人間像をモチーフとした木製のテーブルが眼前に運ばれてきます。部屋の隅で出番を待っていた『晩具(ばんぐ)』と呼ばれるもの達が勢揃いで睨みを利かせてきます。男性器を模した模型(もがた)の佇まいに畏怖する私。


 種々の色合いをもった蝋燭が在ります。主用途不明な煙を出すビーカーが在ります。黒いコードを延々と伸ばす電技箱が在ります。その箱の逆端にはふっくらとしたパッドのようなものが付いています。


 嫌。嫌。嫌。洗濯鋏が在ります。ヒマラヤの蜂蜜が在ります。嫌。嫌。嫌。嗚呼。怖い。どれも真っ当な用途に使われそうもないことだけが確か。


 優しいだけの野菜なんて今は要りません。陰陽五行道の真偽なんて今は要りません。必要なのは救いの手。


『これを使用する。御主人様。よろしいですな。』ハートのクイーンが同机から手に取り持ち上げたのは小さなガラス瓶。


{…助けて。}


 内部には液体が八分目程。


{…御願い。}


 数回振られた液体は上端から不気味な粘り気を発揮してゆっくりと落ちてゆく。


{…だ…め}


 堕ちてゆく。


{た…すけ…て}


 墜ちてゆく。


{だれ…か}


 粘性の中に粒子状の粒が確認できます。癖の強い液体はどのように使われたのでしょうか。効能はどうだったのでしょうか。思い出すと脊柱起立筋が震えるのです。


 身震い。寒さ。過去形でない私にもありありと。科学(かがく)の力と下顎(かがく)の力で捕縛された突起が疼(うず)くのです。消えない疼痛を残すのです。


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