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第44話『嫉妬』
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蜂蜜は二瓶ほしいというので、買って行った。その上で余った代金をクオンに渡すと、瞠目した。
「こんなに。いいのか」
「正当な取り分だ」
レヴィンが真面目な表情で言うと、クオンは「ありがとう」と、はにかんだ。
うれしそうな顔を見ることができ、気分が良くなる。
レヴィンは日課となっている薬草を洗うため、庭に出た。井戸の脇には籠が置いてある。今日は三分の一しか入っていない。いつもより少なかった。井戸水を汲んで土を落としていると、ガサ、と枝葉をかき分ける音がした。
ロッドだ。レヴィンを見つけ、軽く手を上げた。爽やかな笑顔にレヴィンも挨拶を返し、手元に目を戻した。クオンがロッドのことを好きだと知ってから初めて会う。
変な態度を取るつもりはないが、面白くはない。レヴィンは泥落としに専念することにした。ところがロッドは家に入らず、レヴィンのそばに来て、その作業を眺めていた。
無言で見られて居心地が悪かったので、話しかけることにした。訊きたいことはあった。
「ロッドには恋人がいたんだな」
世間話を装って確認すると、ロッドは「まあな」と答えた。レヴィンはないないのかと訊かれ、「いない」と言いながら続けて尋ねる。
「結婚するのか?」
「いや、しない」
即答したその一言に、レヴィンは水に浸けていた手を引き上げた。水滴が垂れ、小さくピチョンと鳴った。
「結婚しない? 一緒に暮らしているんだろう?」
見上げながら訊くと、ロッドは苦虫を噛み潰したような顔をした。レヴィンの胸がざわついた。
「ロッド?」
訝しむとロッドは宙を見て、頭を掻いた。
「悪い、今のは聞かなかったことにしてくれ」
瞬間、レヴィンの中で何かが弾けた。
レヴィンは静かに立ち上がった。
「ロッド」
頭をもたげ、ゆっくりと見据えた。
「聞かなかったことにしろとは、どういう意味だ」
レヴィンの心は暗い渦が巻いていた。彼に対して威圧的な態度を取るつもりはなかった。
そんなことはしたくないと思っていたのに、嫉妬がそれを抑えきれなかった。
答えに詰まったロッドに、レヴィンは低い声で言った。
「どういう意味かと訊いている」
レヴィンは支配する者の目でロッドをねめつけた。
視界の端で梢から鳥が羽ばたいていった。
ロッドは気圧されたかのように口を開きかけた。と、そのとき、玄関扉が勢いよく開いた。
クオンが出てきた。
「なにやってんだ、二人とも」
対峙している二人を見て、眉を潜める。
「レヴィン。終わったんならお茶にしよう」
クオンに誘われ、レヴィンは顔を逸らした。「まだ終わってない」としゃがんで、洗い桶に手を入れる。
「ロッドもどうしたんだ。今回はちょっと早いな? 病人でも出たか」
「いや、冬が近いから薬草茶がなくなる前にもらってきてほしいって言われてさ」
ロッドは家の中に入っていった。扉が閉められる。
レヴィンは水に浸けた薬草を握った。
恋人と同棲して結婚しない理由を他人に言いたくないのなら、そう言えばいいだけだ。それを聞かなかったことにさせるということは、知られたくないということではないか。
それは誰に? 自分に? それとも、クオンに?
ロッドは何かを誤魔化そうとした。
クオンが出てこなければ、それがわかったはずだ。しかし問い詰めたところでレヴィンにとっては良くない話のような気がした。
だが、クオンにとっては?
レヴィンは唇を噛んだ。薬草を洗いながら、心を落ち着かせようとした。
桶の水は土で濁っている。かまわず次の薬草を取ろうとしたら、もう終わっていた。
強い風が吹き、レヴィンの髪をさらった。振り返って閉じられた玄関を見る。
いま入っても、邪魔にしかならない。
キュッと口を引き結んだレヴィンは、洗い終わった薬草をもう一度、泥水に浸けた。
「こんなに。いいのか」
「正当な取り分だ」
レヴィンが真面目な表情で言うと、クオンは「ありがとう」と、はにかんだ。
うれしそうな顔を見ることができ、気分が良くなる。
レヴィンは日課となっている薬草を洗うため、庭に出た。井戸の脇には籠が置いてある。今日は三分の一しか入っていない。いつもより少なかった。井戸水を汲んで土を落としていると、ガサ、と枝葉をかき分ける音がした。
ロッドだ。レヴィンを見つけ、軽く手を上げた。爽やかな笑顔にレヴィンも挨拶を返し、手元に目を戻した。クオンがロッドのことを好きだと知ってから初めて会う。
変な態度を取るつもりはないが、面白くはない。レヴィンは泥落としに専念することにした。ところがロッドは家に入らず、レヴィンのそばに来て、その作業を眺めていた。
無言で見られて居心地が悪かったので、話しかけることにした。訊きたいことはあった。
「ロッドには恋人がいたんだな」
世間話を装って確認すると、ロッドは「まあな」と答えた。レヴィンはないないのかと訊かれ、「いない」と言いながら続けて尋ねる。
「結婚するのか?」
「いや、しない」
即答したその一言に、レヴィンは水に浸けていた手を引き上げた。水滴が垂れ、小さくピチョンと鳴った。
「結婚しない? 一緒に暮らしているんだろう?」
見上げながら訊くと、ロッドは苦虫を噛み潰したような顔をした。レヴィンの胸がざわついた。
「ロッド?」
訝しむとロッドは宙を見て、頭を掻いた。
「悪い、今のは聞かなかったことにしてくれ」
瞬間、レヴィンの中で何かが弾けた。
レヴィンは静かに立ち上がった。
「ロッド」
頭をもたげ、ゆっくりと見据えた。
「聞かなかったことにしろとは、どういう意味だ」
レヴィンの心は暗い渦が巻いていた。彼に対して威圧的な態度を取るつもりはなかった。
そんなことはしたくないと思っていたのに、嫉妬がそれを抑えきれなかった。
答えに詰まったロッドに、レヴィンは低い声で言った。
「どういう意味かと訊いている」
レヴィンは支配する者の目でロッドをねめつけた。
視界の端で梢から鳥が羽ばたいていった。
ロッドは気圧されたかのように口を開きかけた。と、そのとき、玄関扉が勢いよく開いた。
クオンが出てきた。
「なにやってんだ、二人とも」
対峙している二人を見て、眉を潜める。
「レヴィン。終わったんならお茶にしよう」
クオンに誘われ、レヴィンは顔を逸らした。「まだ終わってない」としゃがんで、洗い桶に手を入れる。
「ロッドもどうしたんだ。今回はちょっと早いな? 病人でも出たか」
「いや、冬が近いから薬草茶がなくなる前にもらってきてほしいって言われてさ」
ロッドは家の中に入っていった。扉が閉められる。
レヴィンは水に浸けた薬草を握った。
恋人と同棲して結婚しない理由を他人に言いたくないのなら、そう言えばいいだけだ。それを聞かなかったことにさせるということは、知られたくないということではないか。
それは誰に? 自分に? それとも、クオンに?
ロッドは何かを誤魔化そうとした。
クオンが出てこなければ、それがわかったはずだ。しかし問い詰めたところでレヴィンにとっては良くない話のような気がした。
だが、クオンにとっては?
レヴィンは唇を噛んだ。薬草を洗いながら、心を落ち着かせようとした。
桶の水は土で濁っている。かまわず次の薬草を取ろうとしたら、もう終わっていた。
強い風が吹き、レヴィンの髪をさらった。振り返って閉じられた玄関を見る。
いま入っても、邪魔にしかならない。
キュッと口を引き結んだレヴィンは、洗い終わった薬草をもう一度、泥水に浸けた。
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