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第40話 兄と妹
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フォールスの部屋で一晩を過ごしてから、結婚式当日までの間、私は特に何も予定を入れず、家で穏やかな毎日を送った。
特に印象深いのは、母がパトロンをしている画家や作家に、彼らの作品をあれこれ解説してもらった事。芸術に疎い私には、それら全てが興味深く、彼らもそんな私を面白がって、これはどうだあれはどうだと、色んな物を紹介された。
そんな楽しい時間とは別に、母がいなくなった後の事も考えていた。
私は、母の事業を継ぐわけでもなく、そうなれば、私にこの大きな屋敷を維持していく事は難しい。母がパトロンをしている男性たちも、生活する場が失われてしまうだろう。家で働いてくれているひとたちも、仕事を失う。
恐らくそこも、母がきちんと考えてはいるだろう。でも、母にそれを聞けないでいる。それを聞くというのは、母がもうすぐ死んでしまう事を認めるのと同じようで、怖いのだ。
そして、自分自身が、これからどうしていけばいいのかも、何も考えられていない。
いっそこの地を離れて、新しい生活をしてみようか、という気持ちも浮かぶ。
どれだけ残されているかもわからない時間に、私の不安は募る。
(私は……どうするべきなのだろう……)
その悩みの答えは出ないまま、私はとうとう、嘘の結婚式の日を迎えた。
「おはようございます、お姫様」
「スクル、おはよう。朝早くから迎えに来てもらってごめんなさ……じゃなかったわ、ありがとう」
結婚式当日、時間のかかる私の準備のため、早くに迎えに来てくれたスクル。彼に挨拶と、感謝を伝える。
スクルの顔は、感慨深いといった表情に見えた。
「とうとうこの日が来ましたね。……さ、行きましょう、お姫様」
私は、差し出された彼の手を取り、馬車に乗り込む。
走り出す馬車に揺られ、流れる景色を眺めながら、左手は無意識に、右手薬指にある指輪をなぞっていた。
「サイズ、合っていてよかったですね」
「え……?」
「いつか役に立つと思って、測っておいてよかった」
スクルの言葉に、私は目を丸くしてしまう。
「測っておいたって……それ、いつの事?」
「眠り姫を、馬車で送り届けていた時です。幸い、紙とペンを持っていたので、それを使って測りました。いつか役に立つかと思って」
「いつか役に立つって……」
「現に、役に立ったじゃないですか」
「まあ……確かにそうだけれど。いつ測ったのか、フォールスは教えてくれなかったから、ずっと気になってたのよね」
私がそう言うと、スクルはこれでもかとわざとらしく、やってしまったといった顔をした。
「ああ、そうでしたか。いけないいけない、俺とした事がついうっかり口を滑らせてしまいました」
「ふふっ……仕方ないわね、これも秘密にしておいてあげるわ」
「ああ、お姫様の慈悲深さに感謝しますよ」
(こんな調子じゃいつか、私が知らないフォールスの秘密も、全部聞けてしまうんじゃないの?)
そう思って、私は思わずクスッと笑ってしまった。
「ああそうだ、今のうちに式の流れを説明しましょうかね。先に一通り説明するので、質問はその後で」
「分かったわ」
私は姿勢を正して、彼の説明に耳を傾ける。
「大まかな流れはこうです。フォールスが既に入場してるので、俺のエスコートでお姫様が入場。フォールスの元まで送り届けたら、俺は席に着く。ふたりで立会人に結婚を誓い、指輪の交換、誓いのキス、そして結婚証明書にサインをして、ふたり一緒に退場……以上です。ここまでで質問は?」
私は挙手して、おそるおそる彼に質問した。
「ねえ、誓いのキスって……どうするの?」
「花婿が花嫁のベールを上げて、その唇にキスします」
「あ……あなたと、母の前で!?」
「ええ」
「……やらないという選択肢は?」
「ありません。まあ、嘘だってバレてもいいなら、やらなくてもいいかもしれませんが?」
「わ、わかったわよ……するわ、すればいいんでしょ……はぁ……」
ふたりきりでも緊張する行為を、まさか他のひとの前でする事になるとは思ってもみなかった。でも、嘘だとバレてはいけないのだ。絶対にやり通すしかない。
「他に質問は?」
「入る時は、あなたがエスコートしてくれるのね」
「はい。本来なら父親の役目ですが、いないものは仕方ない。僭越ながら俺が」
そういうものなのかと驚き、そして、父親代わりをスクルがやってくれると言った事に、私は嬉しくなった。
「僭越?そんな事言わないで。むしろこちらが、お願いしますと頭を下げなきゃいけないくらいよ。あなたには悪いけれど、私にとってあなたはもう、兄みたいな存在なの。そう……あなたじゃなきゃ駄目だわ」
「……そりゃあ光栄です。兄として、精一杯つとめさせてもらいますよ。俺の可愛い妹さん」
「ふふ、お願いします……兄様」
そう言ってお互い顔を見合わせ、笑い出してしまう。
「さて、お姫様。まだ質問はありますか?」
「いいえ、もうないわ」
私は、笑い泣きによる目尻の涙を拭いながら言う。それに応えるように頷くスクル。
「じゃあ、それぞれを少し細かく説明します。まず、結婚の誓いは立会人に聞かれるので、ちゃんと話を聞いてそれに答えれば大丈夫です」
「分かったわ」
「そして指輪の交換ですが、フォールスがお姫様の左手薬指に指輪をつけます。次に、お姫様がフォールスに指輪を……という流れです。指輪は立会人に預けておくので、そこから受け取って下さい」
「ええ、分かった」
「結婚証明書は、署名欄があるので、まずはフォールス、次にお姫様が署名して下さい。立会人が確認して問題がなければ結婚は成立です。……駆け足でしたが、覚えられました?」
「覚えたわ……一部だけ、受け入れづらい部分はあるけれど」
覚悟を決めたとはいえ、やっぱり、皆の前でキスをする事に引っ掛かりをおぼえてしまう。そんな私を笑うスクル。
「ははっ、そんな事言って。どうせキスより先まで済ませてるんでしょう?」
「キスより……先?」
「性交渉に決まってるじゃないですか」
そのあまりに直球な言い方に、私は口をあんぐり開けて驚いてしまう。
「……そ、そ、そ、そんなわけないでしょう!!!???も、もう、みんなして、孫の顔が見れるだのなんだの……一体なんなのよ!!!」
突然のとんでもない発言に加え、朝の執事の言葉も思い出され、私は思わず頭に血がのぼってしまう。
私が怒り出すとは思わなかったのか、スクルが珍しく慌て出した。
「お……お姫様……落ち着いて……孫の事はよくわからないが、とにかくすまない、デリカシーのない事を聞いた俺が悪かった」
「言っていい事悪い事くらい分かるでしょう!?……そうだわ、この事、ログさんに言いつけてやるんだから!」
私はログさんという、最強の切り札を出した。さすがのスクルも、これには敵わないだろう。私の読み通り、スクルは両手を上げて降参するポーズを取った。
「そっ、それだけは勘弁してください!殺される!」
「……わかればよろしい。じゃあ、もうこの話はおしまいよ」
いつもフォールスを言いこめているスクルが、私に言い負かされている。その光景に、私はなんだか、すっきりした気分になってしまった。
……そうこうしているうちに、気づけば馬車は目的地に着いた。
花嫁用の控室と案内された部屋に入ると、そこにはフラスさんとログさんの姿があった。
「アステさん、おはようございます」
「おはようございます!」
「おはようございます……今日はよろしくお願いします」
優雅なフラスさんと、元気なログさんの挨拶。私はふたりに圧倒されつつ、深くお辞儀をし挨拶を返した。
「じゃあフラスさん、ログ。あとは頼みます。俺は他の準備を済ませてきますので。時間になったら呼びに来ます」
「ええ、任せてちょうだい」
部屋を覗き込んでいたスクルは、そう声をかけるとすぐに出ていってしまった。
「さて。じゃあ早速、準備しましょうか。アステさん、こちらにいらっしゃいな」
フラスさんに手招きされ、私は彼女の側へ向かう。彼女に指示され、私は着ている服を脱ぎ、手渡されたガウンを羽織ってから、鏡台の前の椅子に座る。
「髪をセットしてからメイクをして、最後にドレスを着るという流れになるわ。その間退屈でしょうし、たくさんお喋りしましょうね」
そう言うと、フラスさんは器用に私の髪を整え始める。その器用な手つきに目が離せない。
フラスさんとログさんとの会話で盛り上がり、時間を感じさせないくらい楽しい時を過ごすうちに、私の姿はまるで別人のようになっていった。
「ひとって……こんなに変わるものなのですね……」
鏡に映る自分の姿に、ただただ驚くしかない。本当に自分なのかさえ疑ってしまう。
「でも、まだ完成してないわよ。さあ、ドレスを着ましょう?」
私の手を取って、ドレスの前まで誘導するフラスさん。ふたりと一緒に選んだドレス。これを着たら、あとは式をはじめるのだ。後戻りはできない。
フラスさんとログさんに手伝ってもらいながら、私はコルセットやパニエやドレスを身につけていく。自分ひとりでは絶対に着れない作りのそれを着るという事が、この日というのが色んな人の協力で成り立ってる事を思い起こさせる。
そして、最後にベールを付けてもらう。
鏡に、今まで見た事のないような綺麗な自分の姿が映る。そして、それを嬉しそうに覗き込むフラスさんと、ログさんの顔も見える。
「こんな素敵な花嫁さん……見たことない……素敵……」
「そうでしょう?わたくしの最高傑作と言っても過言ではないわね」
私は、何も言えず、ただ鏡の中の自分から目が離せない。
「……フォールス、喜んでくれるでしょうか」
私の問いに、フラスさんは私の肩に手を乗せて、鏡越しに優しく微笑みながら言った。
「喜ぶに決まっているわよ、自信を持って、アステさん。あなたは間違いなく、最高の花嫁よ。わたくし、この素敵な姿を一生忘れないわ」
「わたしも、絶対忘れられない……やだ、泣きそう!」
フラスさんとログさんの言葉に、私の涙腺が緩む。でも、涙を流してはせっかくのメイクが台無しになってしまう。私は必死でこらえる。
そんな、感動に浸る私たちの耳に、扉をノックする音が響いた。フラスさんが、どうぞと声をかけると、開いた扉の向こうにスクルの姿が見えた。
彼は、私を見て動きを止めてしまう。
「お兄ちゃん!ぼーっと見とれてないで、扉!閉める!」
ログさんに注意されて、慌てて中に入り扉を閉めるスクル。その慌てように、つい笑ってしまった。
「いや……これはまた……」
「ふっふっふ、言葉を失う美しさでしょ?でも、フォールスくんより先にお兄ちゃんが見るの、なんか癪だなあ」
「ああ……これはフォールスに後で謝るしかないな……お姫様、本当に、お綺麗ですよ」
「あなたが色々と手配してくれたおかげよ。本当に、ありがとう。何度お礼を言っても足りないくらい」
「いいえ。フォールスより先に見れたってだけで、十分ですよ。……さあ、役者は揃いました。あとはお姫様だけです。行きましょう」
スクルの言葉に私は頷き、彼の腕に手を添える。ログさんが入り口の扉を開け、私に声をかけた。
「がんばって!後ろで見守ってます!」
「ログさん、本当にありがとう……」
そして私は、スクルと共に向かう。母の望みを叶える、偽りの結婚式の会場へと歩き出した。
特に印象深いのは、母がパトロンをしている画家や作家に、彼らの作品をあれこれ解説してもらった事。芸術に疎い私には、それら全てが興味深く、彼らもそんな私を面白がって、これはどうだあれはどうだと、色んな物を紹介された。
そんな楽しい時間とは別に、母がいなくなった後の事も考えていた。
私は、母の事業を継ぐわけでもなく、そうなれば、私にこの大きな屋敷を維持していく事は難しい。母がパトロンをしている男性たちも、生活する場が失われてしまうだろう。家で働いてくれているひとたちも、仕事を失う。
恐らくそこも、母がきちんと考えてはいるだろう。でも、母にそれを聞けないでいる。それを聞くというのは、母がもうすぐ死んでしまう事を認めるのと同じようで、怖いのだ。
そして、自分自身が、これからどうしていけばいいのかも、何も考えられていない。
いっそこの地を離れて、新しい生活をしてみようか、という気持ちも浮かぶ。
どれだけ残されているかもわからない時間に、私の不安は募る。
(私は……どうするべきなのだろう……)
その悩みの答えは出ないまま、私はとうとう、嘘の結婚式の日を迎えた。
「おはようございます、お姫様」
「スクル、おはよう。朝早くから迎えに来てもらってごめんなさ……じゃなかったわ、ありがとう」
結婚式当日、時間のかかる私の準備のため、早くに迎えに来てくれたスクル。彼に挨拶と、感謝を伝える。
スクルの顔は、感慨深いといった表情に見えた。
「とうとうこの日が来ましたね。……さ、行きましょう、お姫様」
私は、差し出された彼の手を取り、馬車に乗り込む。
走り出す馬車に揺られ、流れる景色を眺めながら、左手は無意識に、右手薬指にある指輪をなぞっていた。
「サイズ、合っていてよかったですね」
「え……?」
「いつか役に立つと思って、測っておいてよかった」
スクルの言葉に、私は目を丸くしてしまう。
「測っておいたって……それ、いつの事?」
「眠り姫を、馬車で送り届けていた時です。幸い、紙とペンを持っていたので、それを使って測りました。いつか役に立つかと思って」
「いつか役に立つって……」
「現に、役に立ったじゃないですか」
「まあ……確かにそうだけれど。いつ測ったのか、フォールスは教えてくれなかったから、ずっと気になってたのよね」
私がそう言うと、スクルはこれでもかとわざとらしく、やってしまったといった顔をした。
「ああ、そうでしたか。いけないいけない、俺とした事がついうっかり口を滑らせてしまいました」
「ふふっ……仕方ないわね、これも秘密にしておいてあげるわ」
「ああ、お姫様の慈悲深さに感謝しますよ」
(こんな調子じゃいつか、私が知らないフォールスの秘密も、全部聞けてしまうんじゃないの?)
そう思って、私は思わずクスッと笑ってしまった。
「ああそうだ、今のうちに式の流れを説明しましょうかね。先に一通り説明するので、質問はその後で」
「分かったわ」
私は姿勢を正して、彼の説明に耳を傾ける。
「大まかな流れはこうです。フォールスが既に入場してるので、俺のエスコートでお姫様が入場。フォールスの元まで送り届けたら、俺は席に着く。ふたりで立会人に結婚を誓い、指輪の交換、誓いのキス、そして結婚証明書にサインをして、ふたり一緒に退場……以上です。ここまでで質問は?」
私は挙手して、おそるおそる彼に質問した。
「ねえ、誓いのキスって……どうするの?」
「花婿が花嫁のベールを上げて、その唇にキスします」
「あ……あなたと、母の前で!?」
「ええ」
「……やらないという選択肢は?」
「ありません。まあ、嘘だってバレてもいいなら、やらなくてもいいかもしれませんが?」
「わ、わかったわよ……するわ、すればいいんでしょ……はぁ……」
ふたりきりでも緊張する行為を、まさか他のひとの前でする事になるとは思ってもみなかった。でも、嘘だとバレてはいけないのだ。絶対にやり通すしかない。
「他に質問は?」
「入る時は、あなたがエスコートしてくれるのね」
「はい。本来なら父親の役目ですが、いないものは仕方ない。僭越ながら俺が」
そういうものなのかと驚き、そして、父親代わりをスクルがやってくれると言った事に、私は嬉しくなった。
「僭越?そんな事言わないで。むしろこちらが、お願いしますと頭を下げなきゃいけないくらいよ。あなたには悪いけれど、私にとってあなたはもう、兄みたいな存在なの。そう……あなたじゃなきゃ駄目だわ」
「……そりゃあ光栄です。兄として、精一杯つとめさせてもらいますよ。俺の可愛い妹さん」
「ふふ、お願いします……兄様」
そう言ってお互い顔を見合わせ、笑い出してしまう。
「さて、お姫様。まだ質問はありますか?」
「いいえ、もうないわ」
私は、笑い泣きによる目尻の涙を拭いながら言う。それに応えるように頷くスクル。
「じゃあ、それぞれを少し細かく説明します。まず、結婚の誓いは立会人に聞かれるので、ちゃんと話を聞いてそれに答えれば大丈夫です」
「分かったわ」
「そして指輪の交換ですが、フォールスがお姫様の左手薬指に指輪をつけます。次に、お姫様がフォールスに指輪を……という流れです。指輪は立会人に預けておくので、そこから受け取って下さい」
「ええ、分かった」
「結婚証明書は、署名欄があるので、まずはフォールス、次にお姫様が署名して下さい。立会人が確認して問題がなければ結婚は成立です。……駆け足でしたが、覚えられました?」
「覚えたわ……一部だけ、受け入れづらい部分はあるけれど」
覚悟を決めたとはいえ、やっぱり、皆の前でキスをする事に引っ掛かりをおぼえてしまう。そんな私を笑うスクル。
「ははっ、そんな事言って。どうせキスより先まで済ませてるんでしょう?」
「キスより……先?」
「性交渉に決まってるじゃないですか」
そのあまりに直球な言い方に、私は口をあんぐり開けて驚いてしまう。
「……そ、そ、そ、そんなわけないでしょう!!!???も、もう、みんなして、孫の顔が見れるだのなんだの……一体なんなのよ!!!」
突然のとんでもない発言に加え、朝の執事の言葉も思い出され、私は思わず頭に血がのぼってしまう。
私が怒り出すとは思わなかったのか、スクルが珍しく慌て出した。
「お……お姫様……落ち着いて……孫の事はよくわからないが、とにかくすまない、デリカシーのない事を聞いた俺が悪かった」
「言っていい事悪い事くらい分かるでしょう!?……そうだわ、この事、ログさんに言いつけてやるんだから!」
私はログさんという、最強の切り札を出した。さすがのスクルも、これには敵わないだろう。私の読み通り、スクルは両手を上げて降参するポーズを取った。
「そっ、それだけは勘弁してください!殺される!」
「……わかればよろしい。じゃあ、もうこの話はおしまいよ」
いつもフォールスを言いこめているスクルが、私に言い負かされている。その光景に、私はなんだか、すっきりした気分になってしまった。
……そうこうしているうちに、気づけば馬車は目的地に着いた。
花嫁用の控室と案内された部屋に入ると、そこにはフラスさんとログさんの姿があった。
「アステさん、おはようございます」
「おはようございます!」
「おはようございます……今日はよろしくお願いします」
優雅なフラスさんと、元気なログさんの挨拶。私はふたりに圧倒されつつ、深くお辞儀をし挨拶を返した。
「じゃあフラスさん、ログ。あとは頼みます。俺は他の準備を済ませてきますので。時間になったら呼びに来ます」
「ええ、任せてちょうだい」
部屋を覗き込んでいたスクルは、そう声をかけるとすぐに出ていってしまった。
「さて。じゃあ早速、準備しましょうか。アステさん、こちらにいらっしゃいな」
フラスさんに手招きされ、私は彼女の側へ向かう。彼女に指示され、私は着ている服を脱ぎ、手渡されたガウンを羽織ってから、鏡台の前の椅子に座る。
「髪をセットしてからメイクをして、最後にドレスを着るという流れになるわ。その間退屈でしょうし、たくさんお喋りしましょうね」
そう言うと、フラスさんは器用に私の髪を整え始める。その器用な手つきに目が離せない。
フラスさんとログさんとの会話で盛り上がり、時間を感じさせないくらい楽しい時を過ごすうちに、私の姿はまるで別人のようになっていった。
「ひとって……こんなに変わるものなのですね……」
鏡に映る自分の姿に、ただただ驚くしかない。本当に自分なのかさえ疑ってしまう。
「でも、まだ完成してないわよ。さあ、ドレスを着ましょう?」
私の手を取って、ドレスの前まで誘導するフラスさん。ふたりと一緒に選んだドレス。これを着たら、あとは式をはじめるのだ。後戻りはできない。
フラスさんとログさんに手伝ってもらいながら、私はコルセットやパニエやドレスを身につけていく。自分ひとりでは絶対に着れない作りのそれを着るという事が、この日というのが色んな人の協力で成り立ってる事を思い起こさせる。
そして、最後にベールを付けてもらう。
鏡に、今まで見た事のないような綺麗な自分の姿が映る。そして、それを嬉しそうに覗き込むフラスさんと、ログさんの顔も見える。
「こんな素敵な花嫁さん……見たことない……素敵……」
「そうでしょう?わたくしの最高傑作と言っても過言ではないわね」
私は、何も言えず、ただ鏡の中の自分から目が離せない。
「……フォールス、喜んでくれるでしょうか」
私の問いに、フラスさんは私の肩に手を乗せて、鏡越しに優しく微笑みながら言った。
「喜ぶに決まっているわよ、自信を持って、アステさん。あなたは間違いなく、最高の花嫁よ。わたくし、この素敵な姿を一生忘れないわ」
「わたしも、絶対忘れられない……やだ、泣きそう!」
フラスさんとログさんの言葉に、私の涙腺が緩む。でも、涙を流してはせっかくのメイクが台無しになってしまう。私は必死でこらえる。
そんな、感動に浸る私たちの耳に、扉をノックする音が響いた。フラスさんが、どうぞと声をかけると、開いた扉の向こうにスクルの姿が見えた。
彼は、私を見て動きを止めてしまう。
「お兄ちゃん!ぼーっと見とれてないで、扉!閉める!」
ログさんに注意されて、慌てて中に入り扉を閉めるスクル。その慌てように、つい笑ってしまった。
「いや……これはまた……」
「ふっふっふ、言葉を失う美しさでしょ?でも、フォールスくんより先にお兄ちゃんが見るの、なんか癪だなあ」
「ああ……これはフォールスに後で謝るしかないな……お姫様、本当に、お綺麗ですよ」
「あなたが色々と手配してくれたおかげよ。本当に、ありがとう。何度お礼を言っても足りないくらい」
「いいえ。フォールスより先に見れたってだけで、十分ですよ。……さあ、役者は揃いました。あとはお姫様だけです。行きましょう」
スクルの言葉に私は頷き、彼の腕に手を添える。ログさんが入り口の扉を開け、私に声をかけた。
「がんばって!後ろで見守ってます!」
「ログさん、本当にありがとう……」
そして私は、スクルと共に向かう。母の望みを叶える、偽りの結婚式の会場へと歩き出した。
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