ふたりでひとりの悪役令嬢

じぇいそんむらた

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部屋の外にて語られる話

誰よりも近くで

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 大好きな人の香り。わたしを抱きしめる腕の重み。嬉しいはずのそれは、夢が終わった証でもあった。

「……いたい」

 つねった頬の痛みに滲む涙は、痛みだけのせいじゃない。目尻から流れる一筋の涙をぬぐってから、目の前で眠る殿下を見る。

 夜の緊張が嘘みたいだった。心は、優しい春の風が吹くように穏やかで、ただ殿下を愛おしいと思う気持ちだけがある。
 でも、殿下が目を覚まして、その賢くて優しい瞳と目が合ったら、わたしはまた緊張してしまうんだろう。

(大丈夫よ)

 頭の中で聞こえたその声は、後ろ向きなわたしを、そっと前に向かせてくれる。

 カーテンの隙間から、柔らかい光が差し込んで、部屋を明るくしていく。
 ああ、夜が明けるんだ。昨日までのわたしより大丈夫だと思えるわたしになっていくんだ。

「……早起きだな」

 いつの間にか、殿下の瞳がわたしを見ていた。びっくりして思わず離れようとするわたしを、殿下の腕が無理やり元の位置に引きずり込む。

「やっと捕まえたんだ、逃げるな」

 もしかして、わたしが不安に思っていたのと同じように、殿下も不安だったのだろうか。

「……逃げません」
「本当か?」
「はい」

 わたしは、殿下の顔をしっかりと見て答える。でも、言葉だけじゃいけないような気がして、わたしは行動に移した。

「殿下」
「何だ?」
「お顔に触れても、いいですか?」
「ああ、好きにしろ」

 わたしは、殿下の頬に手を伸ばして、そっと触れる。指先にも心があるように、熱くなる。そしてわたしは、見えない力に引っ張られるみたいに、殿下に口付けをした。

「……ニル」

 驚き顔の殿下に、わたしは慌てて手を引っ込めようとしたけれど、すぐに殿下に掴まれてしまう。

「なぜ離れようとする」
「お、お嫌だったのかもと思って」
「嫌がってなどいない」
「でも、驚いた顔をしていたから」
「驚くに決まってるだろう」

 そう言うと殿下は、自分からわたしに口付けをして、嬉しそうに微笑む。

「君から求められたんだ、嬉しくて仕方ない」
「うれしかった……です、か?」
「ああ。やっと、心が通じ合えたような気がする」

 殿下は、ずっとわたしを思っていてくれた。なのにわたしは、そこからずっと目を逸らし続けてきた。呆れるほど長い時間をそうしてきた。

「ごめんなさい……」

 謝っても、泣いても、過ぎた時間を戻す事なんてできない。でもせめて、伝えないといけない。わたしがどれだけ殿下を思っているか。

「愛しています、殿下」

 わたしは、涙を流しながら、殿下に口付ける。それに応えるように、殿下から口付けられる。
 そしてわたしたちは何度も何度も、それを繰り返す。触れて、触れられて。愛を告げて、告げられて。いつのまにか、隔てるものも全部なくなって、全身で触れ合って。怖いくらいに幸せを感じる。

 でも、初めて受け入れる時だけは、恐怖に飲み込まれそうになる。唇を噛んで、必死で耐える。

「……っ!」

 体の奥、初めての場所に殿下を受け入れた痛みに、息が止まる。

「すまない」

 眉間に皺を寄せて申し訳なさそうな殿下に、わたしは必死で首を振る。

「だいじょ……ぶ……です……でんかのものだから……がまんできます……」

 殿下は、必死な顔で、それでもわたしに笑いかけて、いい子とあやすように頭をなでてくれる。胸の前で握りしめていたわたしの手をほどき、指を絡めるように握ってくれる。

「もう少し、こらえてくれ」

 そこからは必死で、受け止めるのが精一杯だった。殿下はわたしを気遣うように、ゆっくりとわたしの真ん中を、何度も貫いていく。わけがわからなくて、わたしは殿下にしがみついたまま、悲鳴のような声を上げ続けるしかできない。

 それでも、慣れてきたのか、少しずつ痛みも薄れている。それと同時に、体の奥を埋め尽くしている殿下の一部分を感じられるようになっていた。

「なか……でんかが……」
「そうだ、奥まで俺でいっぱいだ」

 隙間なんてきっとないくらいに、満たされているのが分かる。さらに奥へと押し付けられ、体の奥が鈍く疼く。

「苦しいか?」
「いいえ……」

 決して嫌な感覚じゃない。それどころか、何度も疼いて仕方ない。無意識に腰を浮かせて、中のものを締め付けてしまう。
 殿下は驚いた顔をして、それからすぐにわたしの腰を強く掴むと、何度もわたしの奥を強く突き上げる。

「ぁあ!」
「くそっ!」

 優しさのかけらもないその行為が、なぜかどうしようもなくわたしの全てを満たしていく。

 そして、汗ばむ体を強く抱きしめられ、殿下の呻き声と共に、疼いて仕方なかった場所が満たされていく。視点が定まらない。ぼんやりと殿下を見つめる事しかできない。

 殿下が、わたしの中から出ていく。奥から、熱いものが伝って流れ出すのを感じる。殿下は荒い呼吸を繰り返しながら、わたしの頭を力強く撫でる。

「ニル……無理をさせたな」

 申し訳なさそうな殿下に、わたしは首を横に振る。

「わたし……誰よりも殿下の近くにいられて……とても幸せです」

 ――

 それから殿下は、月のものが来ている日以外、ほぼ毎日のようにわたしを求めた。まるで、長く待った分を取り戻すかのように。

 そして、何ヶ月か経った頃。ようやくわたしの中に新しい命が宿った。それを知った殿下が、一筋だけ流した涙を、わたしは死ぬまで忘れないだろう。

 わたしたちの子供を待ち望んでいた弟殿下にも、誰かから話が伝わる前にと打ち明けた。彼は可愛らしい目を丸くして、それから、目尻をこれでもかと下げた満面の笑顔で喜んでくれた。

 あの人の元にも、いつか伝わるだろうか。喜んでくれるだろうか。わたしはまだ膨らみもないお腹に、そっと手を当てる。この子を、あの人の腕の中に抱いてもらえる日は来るのだろうか。

 でも、大丈夫だと信じたい。いつの日かまた、そう約束したのだから。
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