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本編
第7話 忘れたい過去
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私は、心地よい疲労に包まれながら、ソファでうとうとしていた。
休日の今日は、叔父に頼まれていた奉仕活動に初めて参加し、たくさんのひとを診察した。あとは、たくさんの子供達がいて、気づいたら一緒に遊びの輪の中に参加していて……本当にクタクタになってしまった。
(子供って遊びの天才なのね……でも……本当に楽しかった)
今日の事を頭の中で思い返して、つい笑みが浮かんでしまう。子供の頃にああやって子供らしく遊んでこなかったからなのか、何もかもが新鮮だった。
子供達にも、すっかり友達のひとりとして扱われて、一気に友達の数が増えてしまった。
(あら……じゃあ私、子供のお友達の方が多いってことよね)
最近やっと、スクルやログさん、フラスさん、そしてエディさんといった友達ができた。が、今日一日で、それを遥かに超える数の子供と友達になれたのだ。
私はそのアンバランスさに、ついクスクスと笑ってしまう。
(ふふ……疲れたけど、とてもいい気分だわ。今日はいい夢が見れそうな気がする……ああ……もうベッドに行くのもおっくう……)
寝るための身支度は整えてある。今日くらいソファで寝てしまってもいいだろう。そう思い、私はそのまま眠りに落ちた。
***
また、幼い頃の私が見える。側には、よく見えないけれど、きっとあの男の子がいるのだろう。
でも、何か様子がおかしい。幼い私は、信じられないくらいに怯えている。でも、その理由が、すぐに分かった。
「近寄るな……君なんて……大嫌いだ!」
男の子の言葉に、私の胸が抉られる。
「なんで……そんなこと……言うの?」
私から無意識に出た言葉は、そのまま幼い私から響く。まるで一体となったように。
「父様が言ったんだ。君に近寄ったら……人間の血が流れてるやつといたら……僕まで汚れるって。そうしたらもう、父様の子供としてふさわしくなくなるって……」
呆然と立ち尽くす幼い私。
「私……汚くなんかない!」
「でも父様の言う事は間違ってない!父様がそう言ったんだ!だからもう僕は、君を……君を嫌いにならないとだめなんだ!」
そう言ったきり、男の子の姿は消えてしまう。残された幼い私の頬には、一筋の涙が流れていくのが見える。
「嫌いに……ならないで……」
そして、私の頬にも、熱いものが流れていった。
***
目が覚めて、私は目の周りが重たい事に気づく。前に散々泣いた時と同じだ。
(……私、夢を見ながら、本当に泣いていたのね)
私は両手で、腫れているだろう自分の目を覆う。でも、私の温かい手のひらでは逆効果だろう。濡らした布ででも冷やそうとソファから体を起こそうとするが、体がとても重く感じる。
(……昨日、はしゃぎすぎたから、まだ疲れが取れてないのかしら)
何とか体を起こして、濡らして絞った布を用意する。ソファに戻って座り、布を目の上にのせると、ひんやりして気持ちいい。
「はあ……」
昂っていた気持ちも、心なしか落ち着いた気がする。
(……あの夢……本当にあった事なのかしら……それとも……私の頭が作り出しただけ……?)
いくら記憶を辿っても、前と同じで思い出せない。それに、男の子が輪郭もおぼろげなくらいはっきりしない。本当にあった事なら、もう少しはっきりしていてもいいのではないか。
(……それか、どうしても思い出したくなくて、必死で忘れようと……してた?)
嫌な事も、私はできる限りおぼえている。でもそれは、また同じように嫌な思いをしないためだ。忘れれば、また繰り返すかもしれない。
でも、自分を好きになってくれた存在に嫌われてしまった記憶など、それごと忘れてしまいたいと思っても、不思議ではない。
(そうよ……好きなひとに嫌われるなんて……きっと……忘れたいくらい辛い事だもの……)
もしフォールスに嫌われたら。そんな想像をするだけで、苦しくて、呼吸もできなくなりそうになる。
(……もう、考えるのはやめよう。そうよ……あれは過去の記憶じゃなくて、単なる夢……)
私は、無理矢理自分に言い聞かせる。いつの間にかぬるくなった布を目から外し、座っていたソファから立ち上がる。
締め切っていたカーテンを開き、窓を開く。太陽の光と、少し冷たい風を浴びて、ようやく意識が夢から現実を向けたような感覚になる。
(元気出さなきゃ……今日は、久しぶりにフォールスが来てくれるんだから……)
彼は仕事でこちらの方に来るそうで、それが済んだらこちらに立ち寄るという連絡をもらっていた。夕方までには来れそうとの事なので、きっとそれまでには目の腫れも引くだろう。泣いた事に気づかれたら、またからかわれてしまう。
(それまでは、のんびり読書でもしていよう)
そう思いながらふと窓の外、この建物に面した道を見下ろすと、よく知る顔が見えた。
「……スクル?」
見間違えかと瞬きを何度かするが、明らかにスクルだった。彼は、笑顔でこちらに手を振っている。
「おはようございます、お姫様」
「お……おは……よう」
まさかこんな風に朝の挨拶を交わすとは思ってもみなかった。戸惑いを隠せないままの私に、スクルは苦笑した。
「ちょうど外に出たら、お姫様の姿が見えて。いけないとは分かっていましたが、いつ気付くかなと思って見つめてしまいました」
「そうだったの……」
いつもの、冗談とも本気ともつかない口ぶりに、今の私はうまく反応できない。そんな私を、スクルは心配そうな顔で見る。
「元気、ありませんね。どうしましたか?」
「……ちょっと、変な夢を見ただけなの。ごめんなさい。せっかく声をかけてくれたのに」
「それはまた、よほど嫌な夢だったんですね……そうだ、もしよかったら気晴らしに出かけてみませんか?」
「え?」
「お姫様の事だ、どうせ部屋にこもって本でも読むつもりでしょう?」
ずばり言い当てられてしまった。そんな風に、すぐ行動パターンを見透かされてしまう自分が悲しくなる。
「……よく、分かったわね」
「はは、当たりましたか!とはいえ、娯楽小説を読むようになっただけ、進歩したと思いますが?」
「もう……でも、私なんか誘っても楽しくないでしょう?」
「なんて事言うんですか。俺はお姫様と一緒にいれるだけで楽しいですよ?どうです?広場でベンチに座りながら、読書なんてのは」
てっきり、街中にでも出かけるのかと思った私は
、思いがけない提案に驚く。
「……そんな事でいいの?私に合わせて無理していない?」
「無理だなんてそんな。元々、そのつもりだったんですよ?」
そう言いながら、スクルは手に持った本を見せてくる。
「ふふ……たまにはそういうのも素敵ね。……でも、私が一緒で、本当にいいの?」
「ええ。でなきゃ誘いませんよ」
「朝食とか、出かける準備とかで、1時間くらい待たせてしまうのだけれど……本当に大丈夫?」
「大丈夫です。先に行って待っています。ほら、見て下さいこの本の厚さ。1時間でも、読み終われませんからね」
確かに、彼の持つ本はなかなかの分厚さだ。一体何の本なのか気にさえなる。
「そう……なら、ぜひお付き合いさせて。場所はどこかしら?」
「魔王城の中庭の広場は分かりますか?」
「ええ、分かるわ。じゃあ、なるべく早く向かうから、待っていて」
「はい。慌てなくて大丈夫ですからね。では、先に行っています」
「分かったわ、また後で」
私は広場に向かうスクルを見送り、それから、慌ただしく出かける準備を始めた。夢のことなどすっかり頭の中から消え、準備を終えた私は、広場へと向かったのだった。
休日の今日は、叔父に頼まれていた奉仕活動に初めて参加し、たくさんのひとを診察した。あとは、たくさんの子供達がいて、気づいたら一緒に遊びの輪の中に参加していて……本当にクタクタになってしまった。
(子供って遊びの天才なのね……でも……本当に楽しかった)
今日の事を頭の中で思い返して、つい笑みが浮かんでしまう。子供の頃にああやって子供らしく遊んでこなかったからなのか、何もかもが新鮮だった。
子供達にも、すっかり友達のひとりとして扱われて、一気に友達の数が増えてしまった。
(あら……じゃあ私、子供のお友達の方が多いってことよね)
最近やっと、スクルやログさん、フラスさん、そしてエディさんといった友達ができた。が、今日一日で、それを遥かに超える数の子供と友達になれたのだ。
私はそのアンバランスさに、ついクスクスと笑ってしまう。
(ふふ……疲れたけど、とてもいい気分だわ。今日はいい夢が見れそうな気がする……ああ……もうベッドに行くのもおっくう……)
寝るための身支度は整えてある。今日くらいソファで寝てしまってもいいだろう。そう思い、私はそのまま眠りに落ちた。
***
また、幼い頃の私が見える。側には、よく見えないけれど、きっとあの男の子がいるのだろう。
でも、何か様子がおかしい。幼い私は、信じられないくらいに怯えている。でも、その理由が、すぐに分かった。
「近寄るな……君なんて……大嫌いだ!」
男の子の言葉に、私の胸が抉られる。
「なんで……そんなこと……言うの?」
私から無意識に出た言葉は、そのまま幼い私から響く。まるで一体となったように。
「父様が言ったんだ。君に近寄ったら……人間の血が流れてるやつといたら……僕まで汚れるって。そうしたらもう、父様の子供としてふさわしくなくなるって……」
呆然と立ち尽くす幼い私。
「私……汚くなんかない!」
「でも父様の言う事は間違ってない!父様がそう言ったんだ!だからもう僕は、君を……君を嫌いにならないとだめなんだ!」
そう言ったきり、男の子の姿は消えてしまう。残された幼い私の頬には、一筋の涙が流れていくのが見える。
「嫌いに……ならないで……」
そして、私の頬にも、熱いものが流れていった。
***
目が覚めて、私は目の周りが重たい事に気づく。前に散々泣いた時と同じだ。
(……私、夢を見ながら、本当に泣いていたのね)
私は両手で、腫れているだろう自分の目を覆う。でも、私の温かい手のひらでは逆効果だろう。濡らした布ででも冷やそうとソファから体を起こそうとするが、体がとても重く感じる。
(……昨日、はしゃぎすぎたから、まだ疲れが取れてないのかしら)
何とか体を起こして、濡らして絞った布を用意する。ソファに戻って座り、布を目の上にのせると、ひんやりして気持ちいい。
「はあ……」
昂っていた気持ちも、心なしか落ち着いた気がする。
(……あの夢……本当にあった事なのかしら……それとも……私の頭が作り出しただけ……?)
いくら記憶を辿っても、前と同じで思い出せない。それに、男の子が輪郭もおぼろげなくらいはっきりしない。本当にあった事なら、もう少しはっきりしていてもいいのではないか。
(……それか、どうしても思い出したくなくて、必死で忘れようと……してた?)
嫌な事も、私はできる限りおぼえている。でもそれは、また同じように嫌な思いをしないためだ。忘れれば、また繰り返すかもしれない。
でも、自分を好きになってくれた存在に嫌われてしまった記憶など、それごと忘れてしまいたいと思っても、不思議ではない。
(そうよ……好きなひとに嫌われるなんて……きっと……忘れたいくらい辛い事だもの……)
もしフォールスに嫌われたら。そんな想像をするだけで、苦しくて、呼吸もできなくなりそうになる。
(……もう、考えるのはやめよう。そうよ……あれは過去の記憶じゃなくて、単なる夢……)
私は、無理矢理自分に言い聞かせる。いつの間にかぬるくなった布を目から外し、座っていたソファから立ち上がる。
締め切っていたカーテンを開き、窓を開く。太陽の光と、少し冷たい風を浴びて、ようやく意識が夢から現実を向けたような感覚になる。
(元気出さなきゃ……今日は、久しぶりにフォールスが来てくれるんだから……)
彼は仕事でこちらの方に来るそうで、それが済んだらこちらに立ち寄るという連絡をもらっていた。夕方までには来れそうとの事なので、きっとそれまでには目の腫れも引くだろう。泣いた事に気づかれたら、またからかわれてしまう。
(それまでは、のんびり読書でもしていよう)
そう思いながらふと窓の外、この建物に面した道を見下ろすと、よく知る顔が見えた。
「……スクル?」
見間違えかと瞬きを何度かするが、明らかにスクルだった。彼は、笑顔でこちらに手を振っている。
「おはようございます、お姫様」
「お……おは……よう」
まさかこんな風に朝の挨拶を交わすとは思ってもみなかった。戸惑いを隠せないままの私に、スクルは苦笑した。
「ちょうど外に出たら、お姫様の姿が見えて。いけないとは分かっていましたが、いつ気付くかなと思って見つめてしまいました」
「そうだったの……」
いつもの、冗談とも本気ともつかない口ぶりに、今の私はうまく反応できない。そんな私を、スクルは心配そうな顔で見る。
「元気、ありませんね。どうしましたか?」
「……ちょっと、変な夢を見ただけなの。ごめんなさい。せっかく声をかけてくれたのに」
「それはまた、よほど嫌な夢だったんですね……そうだ、もしよかったら気晴らしに出かけてみませんか?」
「え?」
「お姫様の事だ、どうせ部屋にこもって本でも読むつもりでしょう?」
ずばり言い当てられてしまった。そんな風に、すぐ行動パターンを見透かされてしまう自分が悲しくなる。
「……よく、分かったわね」
「はは、当たりましたか!とはいえ、娯楽小説を読むようになっただけ、進歩したと思いますが?」
「もう……でも、私なんか誘っても楽しくないでしょう?」
「なんて事言うんですか。俺はお姫様と一緒にいれるだけで楽しいですよ?どうです?広場でベンチに座りながら、読書なんてのは」
てっきり、街中にでも出かけるのかと思った私は
、思いがけない提案に驚く。
「……そんな事でいいの?私に合わせて無理していない?」
「無理だなんてそんな。元々、そのつもりだったんですよ?」
そう言いながら、スクルは手に持った本を見せてくる。
「ふふ……たまにはそういうのも素敵ね。……でも、私が一緒で、本当にいいの?」
「ええ。でなきゃ誘いませんよ」
「朝食とか、出かける準備とかで、1時間くらい待たせてしまうのだけれど……本当に大丈夫?」
「大丈夫です。先に行って待っています。ほら、見て下さいこの本の厚さ。1時間でも、読み終われませんからね」
確かに、彼の持つ本はなかなかの分厚さだ。一体何の本なのか気にさえなる。
「そう……なら、ぜひお付き合いさせて。場所はどこかしら?」
「魔王城の中庭の広場は分かりますか?」
「ええ、分かるわ。じゃあ、なるべく早く向かうから、待っていて」
「はい。慌てなくて大丈夫ですからね。では、先に行っています」
「分かったわ、また後で」
私は広場に向かうスクルを見送り、それから、慌ただしく出かける準備を始めた。夢のことなどすっかり頭の中から消え、準備を終えた私は、広場へと向かったのだった。
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