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本編
第14話 一筋縄では行かない女
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「アステ氏、この感染症の薬って、君が前いたところの研究所のやつだよね?もうすぐ認可の手続きもおわりそうだよ。魔王様に回して問題なければ正式に認可だよ」
仕事が終わり帰宅しようとした私に向かって、手に持った書類をヒラヒラと見せてきたのは、パイラさんと同じく事務全般を担当しているポートさんだ。
その書類は、前に勤めていた研究所で私が関わった、発症すれば必ず死に至る病を治療する事ができる薬の、認可の承認を貰うためのもの。
「それはよかった……」
思ったより時間がかかっているようで心配だったが、ようやく認可されるのだ。私はほっと胸を撫でおろす。と、ポートさんは急に違う話題を私に振ってきた。
「ところでアステ氏、君はなんであんなにパイラ氏から嫌われてるんだい?」
私はそんな事を言われ驚く。何と答えていいか分からず、少し考えた後、肯定も否定もしない事にした。
「……同僚として適切な関係だと思いますが」
「そうなの?周りからみたら何かあったようにしか見えなかったけど。……でも、アステ氏には辞めないで頑張ってもらいたいなあ」
には、という言葉に、私は引っかかりをおぼえる。
「……それはまるで、過去にも同じような事で辞めてしまった方がいるように聞こえますが」
「いっ、いや、それは誤解だよアステ氏!ただちょっと関係がうまく行かない事なんてそんなのいくらでもあるだろう?君にはちゃんと先輩らとうまくやってほしいなあ……なんて?」
「そうですか。でもご心配なく。私、辞めるつもりはないので大丈夫ですよ」
「はは、なら安心だ。若くて仕事もできて何よりきれいな女性に辞められたら、仕事に来る楽しみがなくなるから、こっちとしても困るんだよね」
「……若いと仕事ができるは間違っていないと思いますが……最後の一言は、私には不要ですよ」
「おっ、お世辞なんかじゃないって!ほんとうにきれいだと思ってるよ!」
「……そういう言葉は、ただの同僚の私にではなく、もっと大切な方に言ってあげて下さい。私と違って、きっと喜んでくれますよ。では、お先に失礼しますね」
そう答えて、私はまとめてあった荷物を手に取り、部屋を出た。
(フラスさんの言っていた通り、だったわね……)
廊下を歩きながら私は、ついこの間フラスさんから言われた事を思い出す。
『いい?アステさん。おそらくこれから、あなたに言い寄ってくる男が現れるわ。相手はあなたの事を、男に不慣れでちょっと褒めてやればその気になると舐めている。だからね、あなたがそんな一筋縄では行かない女だと思い知らせてやりなさい。ふふ……健闘を祈るわ』
フラスさんの情報網恐るべし。ただ……思い知らせるなんて事がはたして自分にできるのか、不安で仕方なかった。
でも、実際に遭遇してみると、意外にも私の心は動かされる事なく、しかも割と上手い返しができたような気さえする。
(不思議……あんな風に言われたのに、私、動揺さえしなかったわ)
似たような事を、フォールスやスクルに言われた時とは明らかに違っていた。彼らの言葉には、私はいちいち反応していたというのに、ポートさんの言葉はまるで心を素通りしていくようだった。
(他のひとだけじゃなく、自分の心も謎だらけね……。もっと色んなことを経験すれば、少しは理解できるようになるのかしら……)
そう考え事をしながら歩いていた私の手が、急に後ろに引っ張られる。
「アステ氏!」
「きゃっ!」
突然の事で私は大声をあげてしまう。
「あ、あの!」
「ポートさん……」
「本当に……お世辞なんかじゃないんだ!」
「え……ええと……それをわざわざ言いに?」
「何というか……その……もう少し仲良くなりたくて……でもアステ氏には取り付く島がないから……」
慌てた様子のポートさんに、私は呆気に取られてしまう。なぜ彼がそんな事を言い出すのか、全く理解できないからだ。
「仲良く……?」
「そう!アステ氏と、同僚以上の関係になりたいと思ってる」
(これはやっぱり言い寄ってるという認識で……いいわよね?)
「……とりあえず、手を離していただいてもいいですか?」
「あ!ご、ごめん」
そうして解放された手は、強く握られ引っ張られたためか、手首が少し痛む。でも今はそれを気にしている場合ではない。逆の手をそっと痛む場所に添えて、私はポートさんに聞いた。
「確認させて下さい。同僚以上の関係と言うのは、具体的にどのような関係なのですか?」
「そ……それは……とりあえず親しく会話できれば……」
「それは、同僚のままでも可能では?」
「いや、それよりももっと……例えば、仕事以外の時間も会って話すような、そんな関係というか」
つまり、友達、あるいはそれよりも先の関係なのだろう。でも私は、ただでさえ急に増えた親友で手一杯で、これ以上は自分の身の丈に合わなくなると思う。
それになにより、フォールスは、自分が知らない男性と私が親しくなるのをよく思わないだろう。私は、フォールスを悲しませてまで、友人を作りたくはない。
「……ポートさん。私、今は、新しくお友達を作るつもりはないんです」
「そ……そんなの、と、とりあえず、なってみてからどうするか決めてくれてもいいのでは?」
そこまでで、私は理解した。フォールスやスクルと、目の前にいる彼との違いに。
(フォールスもスクルも、常に私の気持ちに寄り添ってくれていた……私がどうしたいかをきちんと聞いてくれて、私が答えを出すまで待ってくれた)
でも、ポートさんはきっと、私が何を言っても諦めないように思える。自分の思いを叶える事だけに必死で、私の気持ちなど関係ないのだ。
「いいえ、それはできません。いつか、そうなってもいいと思った時は、私からお伝えします。だから今は、ごめんなさい」
「そんな……」
まだ何か言おうとするポートさんに私は頭を下げて、足早にその場を去った。
仕事が終わり帰宅しようとした私に向かって、手に持った書類をヒラヒラと見せてきたのは、パイラさんと同じく事務全般を担当しているポートさんだ。
その書類は、前に勤めていた研究所で私が関わった、発症すれば必ず死に至る病を治療する事ができる薬の、認可の承認を貰うためのもの。
「それはよかった……」
思ったより時間がかかっているようで心配だったが、ようやく認可されるのだ。私はほっと胸を撫でおろす。と、ポートさんは急に違う話題を私に振ってきた。
「ところでアステ氏、君はなんであんなにパイラ氏から嫌われてるんだい?」
私はそんな事を言われ驚く。何と答えていいか分からず、少し考えた後、肯定も否定もしない事にした。
「……同僚として適切な関係だと思いますが」
「そうなの?周りからみたら何かあったようにしか見えなかったけど。……でも、アステ氏には辞めないで頑張ってもらいたいなあ」
には、という言葉に、私は引っかかりをおぼえる。
「……それはまるで、過去にも同じような事で辞めてしまった方がいるように聞こえますが」
「いっ、いや、それは誤解だよアステ氏!ただちょっと関係がうまく行かない事なんてそんなのいくらでもあるだろう?君にはちゃんと先輩らとうまくやってほしいなあ……なんて?」
「そうですか。でもご心配なく。私、辞めるつもりはないので大丈夫ですよ」
「はは、なら安心だ。若くて仕事もできて何よりきれいな女性に辞められたら、仕事に来る楽しみがなくなるから、こっちとしても困るんだよね」
「……若いと仕事ができるは間違っていないと思いますが……最後の一言は、私には不要ですよ」
「おっ、お世辞なんかじゃないって!ほんとうにきれいだと思ってるよ!」
「……そういう言葉は、ただの同僚の私にではなく、もっと大切な方に言ってあげて下さい。私と違って、きっと喜んでくれますよ。では、お先に失礼しますね」
そう答えて、私はまとめてあった荷物を手に取り、部屋を出た。
(フラスさんの言っていた通り、だったわね……)
廊下を歩きながら私は、ついこの間フラスさんから言われた事を思い出す。
『いい?アステさん。おそらくこれから、あなたに言い寄ってくる男が現れるわ。相手はあなたの事を、男に不慣れでちょっと褒めてやればその気になると舐めている。だからね、あなたがそんな一筋縄では行かない女だと思い知らせてやりなさい。ふふ……健闘を祈るわ』
フラスさんの情報網恐るべし。ただ……思い知らせるなんて事がはたして自分にできるのか、不安で仕方なかった。
でも、実際に遭遇してみると、意外にも私の心は動かされる事なく、しかも割と上手い返しができたような気さえする。
(不思議……あんな風に言われたのに、私、動揺さえしなかったわ)
似たような事を、フォールスやスクルに言われた時とは明らかに違っていた。彼らの言葉には、私はいちいち反応していたというのに、ポートさんの言葉はまるで心を素通りしていくようだった。
(他のひとだけじゃなく、自分の心も謎だらけね……。もっと色んなことを経験すれば、少しは理解できるようになるのかしら……)
そう考え事をしながら歩いていた私の手が、急に後ろに引っ張られる。
「アステ氏!」
「きゃっ!」
突然の事で私は大声をあげてしまう。
「あ、あの!」
「ポートさん……」
「本当に……お世辞なんかじゃないんだ!」
「え……ええと……それをわざわざ言いに?」
「何というか……その……もう少し仲良くなりたくて……でもアステ氏には取り付く島がないから……」
慌てた様子のポートさんに、私は呆気に取られてしまう。なぜ彼がそんな事を言い出すのか、全く理解できないからだ。
「仲良く……?」
「そう!アステ氏と、同僚以上の関係になりたいと思ってる」
(これはやっぱり言い寄ってるという認識で……いいわよね?)
「……とりあえず、手を離していただいてもいいですか?」
「あ!ご、ごめん」
そうして解放された手は、強く握られ引っ張られたためか、手首が少し痛む。でも今はそれを気にしている場合ではない。逆の手をそっと痛む場所に添えて、私はポートさんに聞いた。
「確認させて下さい。同僚以上の関係と言うのは、具体的にどのような関係なのですか?」
「そ……それは……とりあえず親しく会話できれば……」
「それは、同僚のままでも可能では?」
「いや、それよりももっと……例えば、仕事以外の時間も会って話すような、そんな関係というか」
つまり、友達、あるいはそれよりも先の関係なのだろう。でも私は、ただでさえ急に増えた親友で手一杯で、これ以上は自分の身の丈に合わなくなると思う。
それになにより、フォールスは、自分が知らない男性と私が親しくなるのをよく思わないだろう。私は、フォールスを悲しませてまで、友人を作りたくはない。
「……ポートさん。私、今は、新しくお友達を作るつもりはないんです」
「そ……そんなの、と、とりあえず、なってみてからどうするか決めてくれてもいいのでは?」
そこまでで、私は理解した。フォールスやスクルと、目の前にいる彼との違いに。
(フォールスもスクルも、常に私の気持ちに寄り添ってくれていた……私がどうしたいかをきちんと聞いてくれて、私が答えを出すまで待ってくれた)
でも、ポートさんはきっと、私が何を言っても諦めないように思える。自分の思いを叶える事だけに必死で、私の気持ちなど関係ないのだ。
「いいえ、それはできません。いつか、そうなってもいいと思った時は、私からお伝えします。だから今は、ごめんなさい」
「そんな……」
まだ何か言おうとするポートさんに私は頭を下げて、足早にその場を去った。
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