36 / 54
本編
第29話 許される、初めての夜
しおりを挟む
母親が泣いて喜ぶ姿は、フォールスの中のわだかまりを少し消してくれたのだろうか。あれから彼らは、ぎこちなさを残しつつも会話を交わしはじめた。
(家族って……こんな風に会話するのね……)
彼らの様子を見つめながら、私はそんな事を思う。もちろん、家族の数だけ違うのだろう。穏やかに語り合う事のなかった母と私のような関係も、またひとつの家族の形ではある。
でも、私がずっと求めてやまなかったものは、今、目の前に見えているようで、私はただそれを見られる事の幸せを噛み締めていた。
……と、フォールスが心配そうに私を覗き込んできた。
「……アステ、ごめん。退屈だよな?」
「あ……ち、ちがうの。こういう、他の家庭の会話というのを見た事がなかったから……なんだか……いいなって思って」
私がそう言うと、なぜかトールさんがクスッと笑う。
「ははっ……失礼。他の家族だなんて、アステさんだってもう、この家族の一員だっていうのに」
「そうよアステさん。わたくし達は、もう家族なのよ?」
そうだ。フォールスと結婚した私にとって彼らは、義理ではあるが兄と母で、当然その関係自体は理解していた。でも、家族というものの中に私が加わる事まで、考えが及んでいなかったのだ。
私は、混乱の中、フォールスを見て、彼の袖を掴み引いた。
「ねえフォールス……わ……私……急に家族がたくさんできてしまったわ……どうしよう……」
「どうしようって……嫌なの?」
「ち、違うわ!嬉しいの……嬉しいんだと思うの……でも……私……」
自信が、ないのだ。私は、家族とはどうあるべきなのかというのを、ちっとも知らない。だから不安で、たまらなくなる。
でも、そんな私を心配そうに見ていたエルさんが、優しく声をかけてきた。
「大丈夫よ、アステさん。わたくし達、まだ会ったばかりでしょう?慌てないで。少しずつでいいの。そして、もしあなたの心の準備ができたら、その時は……母様と呼んでちょうだい?」
「…………はい」
そうして、私の新しい家族との緊張の初対面は、無事に終わった。
――
よかったら夕食を一緒に、というトールさんの誘いがあったものの、フォールスは「早くアステとふたりきりになりたい」と断ってしまった。
そして、お行儀が悪くないかと心配する私をよそに、フォールスは夕食を部屋まで運ばせてしまう。そして私達は、ふたりきりで夕食の時間を過ごした。
その後は、フォールスが呼んだ下働きの女性達に連れられ、前にこのお屋敷に来た時と同じように浴室へ押し込まれた。でも、浴室を出た後、私は前回よりもやけに丁寧に手入れをされてしまった。髪や体に、とてもいい香りのものを塗り込まれ、さらにマッサージまでされている。
「あの……なぜここまで丁寧にして下さるんですか……?」
私が戸惑いながら聞くと、周りからクスクスと笑い声が上がる。
「もうアステさんったら!なぜって……そんなの決まってるじゃないですか!結婚されて最初の夜ですよ?」
途端に、黄色い悲鳴が上がる。私は何のことか分からないまま、でもそれ以上聞くのが何だか怖くて、そのまま納得するしかなかった。
そして、フォールスの部屋に戻った私は、ようやくその言葉の意味を理解する事になる。
私が部屋に戻るとすぐ、フォールスは私を強く抱きしめる。見上げた先に見える彼は、私がいない間に入浴を済ませたのか、いつもふわふわとしている髪がペタンとして、まだ少し湿っているのが分かる。
「待ってた、僕の奥さん」
「ふふ……待たせてしまってごめんなさい、旦那様」
まだ照れくさいその呼び方に、私は、こそばゆい気分になる。フォールスは、私の腰に両手を回したまま、少し体を離すと、私の顔を覗き込んで言った。
「ねえアステ……新婚初夜ってどういう事か、知ってる?」
「結婚して、最初の夜って意味よね?さっきもそんなような事を言われたの……ねえ、何か特別な意味でもあるの?」
私がそう質問すると、フォールスは悪戯っぽい笑顔を見せ、それから、顔を近づけて、おでこ同士を合わせてきた。間近に見えるフォールスの瞳は潤んでいて、それがとても綺麗に見えて、私は目が離せなくなってしまう。まるで、魅入られてしまったよう。
そんな私に、フォールスは逆に質問をしてきた。
「結婚したら許される事って、一体何だと思う?」
私は考える。
やけに丁寧に手入れをしてもらった事。夜という時間。そして、夫となったひとと、ふたりきり。
私は、閃く。それと同時に、頭が急速にのぼせていく。だって。
「…………ええと、それは、つまり、あれよね」
そうだ。結婚をしたのなら、もういいのだ。私は、ぎこちなく言葉を続ける。
「こ……子供ができてしまっても……いいって事……よね?」
その瞬間、フォールスは私の膝裏に腕を差し込み、私の体を軽々と抱き上げてしまう。そして、怪しく微笑んで、言った。
「それは、お許しが出たって事?」
その時、急に、私のお腹の奥深くが、ずくんと疼き出す。思わず熱い吐息が喉の奥から漏れる。
……そうなってしまったら、答えはもう、一つしかない。
「…………うん」
フォールスはそれを聞き逃さない。彼は、嬉しそうに笑い、私に軽く口付けると、私を抱き上げたまま、扉で繋がる寝室へと歩き出した。
(家族って……こんな風に会話するのね……)
彼らの様子を見つめながら、私はそんな事を思う。もちろん、家族の数だけ違うのだろう。穏やかに語り合う事のなかった母と私のような関係も、またひとつの家族の形ではある。
でも、私がずっと求めてやまなかったものは、今、目の前に見えているようで、私はただそれを見られる事の幸せを噛み締めていた。
……と、フォールスが心配そうに私を覗き込んできた。
「……アステ、ごめん。退屈だよな?」
「あ……ち、ちがうの。こういう、他の家庭の会話というのを見た事がなかったから……なんだか……いいなって思って」
私がそう言うと、なぜかトールさんがクスッと笑う。
「ははっ……失礼。他の家族だなんて、アステさんだってもう、この家族の一員だっていうのに」
「そうよアステさん。わたくし達は、もう家族なのよ?」
そうだ。フォールスと結婚した私にとって彼らは、義理ではあるが兄と母で、当然その関係自体は理解していた。でも、家族というものの中に私が加わる事まで、考えが及んでいなかったのだ。
私は、混乱の中、フォールスを見て、彼の袖を掴み引いた。
「ねえフォールス……わ……私……急に家族がたくさんできてしまったわ……どうしよう……」
「どうしようって……嫌なの?」
「ち、違うわ!嬉しいの……嬉しいんだと思うの……でも……私……」
自信が、ないのだ。私は、家族とはどうあるべきなのかというのを、ちっとも知らない。だから不安で、たまらなくなる。
でも、そんな私を心配そうに見ていたエルさんが、優しく声をかけてきた。
「大丈夫よ、アステさん。わたくし達、まだ会ったばかりでしょう?慌てないで。少しずつでいいの。そして、もしあなたの心の準備ができたら、その時は……母様と呼んでちょうだい?」
「…………はい」
そうして、私の新しい家族との緊張の初対面は、無事に終わった。
――
よかったら夕食を一緒に、というトールさんの誘いがあったものの、フォールスは「早くアステとふたりきりになりたい」と断ってしまった。
そして、お行儀が悪くないかと心配する私をよそに、フォールスは夕食を部屋まで運ばせてしまう。そして私達は、ふたりきりで夕食の時間を過ごした。
その後は、フォールスが呼んだ下働きの女性達に連れられ、前にこのお屋敷に来た時と同じように浴室へ押し込まれた。でも、浴室を出た後、私は前回よりもやけに丁寧に手入れをされてしまった。髪や体に、とてもいい香りのものを塗り込まれ、さらにマッサージまでされている。
「あの……なぜここまで丁寧にして下さるんですか……?」
私が戸惑いながら聞くと、周りからクスクスと笑い声が上がる。
「もうアステさんったら!なぜって……そんなの決まってるじゃないですか!結婚されて最初の夜ですよ?」
途端に、黄色い悲鳴が上がる。私は何のことか分からないまま、でもそれ以上聞くのが何だか怖くて、そのまま納得するしかなかった。
そして、フォールスの部屋に戻った私は、ようやくその言葉の意味を理解する事になる。
私が部屋に戻るとすぐ、フォールスは私を強く抱きしめる。見上げた先に見える彼は、私がいない間に入浴を済ませたのか、いつもふわふわとしている髪がペタンとして、まだ少し湿っているのが分かる。
「待ってた、僕の奥さん」
「ふふ……待たせてしまってごめんなさい、旦那様」
まだ照れくさいその呼び方に、私は、こそばゆい気分になる。フォールスは、私の腰に両手を回したまま、少し体を離すと、私の顔を覗き込んで言った。
「ねえアステ……新婚初夜ってどういう事か、知ってる?」
「結婚して、最初の夜って意味よね?さっきもそんなような事を言われたの……ねえ、何か特別な意味でもあるの?」
私がそう質問すると、フォールスは悪戯っぽい笑顔を見せ、それから、顔を近づけて、おでこ同士を合わせてきた。間近に見えるフォールスの瞳は潤んでいて、それがとても綺麗に見えて、私は目が離せなくなってしまう。まるで、魅入られてしまったよう。
そんな私に、フォールスは逆に質問をしてきた。
「結婚したら許される事って、一体何だと思う?」
私は考える。
やけに丁寧に手入れをしてもらった事。夜という時間。そして、夫となったひとと、ふたりきり。
私は、閃く。それと同時に、頭が急速にのぼせていく。だって。
「…………ええと、それは、つまり、あれよね」
そうだ。結婚をしたのなら、もういいのだ。私は、ぎこちなく言葉を続ける。
「こ……子供ができてしまっても……いいって事……よね?」
その瞬間、フォールスは私の膝裏に腕を差し込み、私の体を軽々と抱き上げてしまう。そして、怪しく微笑んで、言った。
「それは、お許しが出たって事?」
その時、急に、私のお腹の奥深くが、ずくんと疼き出す。思わず熱い吐息が喉の奥から漏れる。
……そうなってしまったら、答えはもう、一つしかない。
「…………うん」
フォールスはそれを聞き逃さない。彼は、嬉しそうに笑い、私に軽く口付けると、私を抱き上げたまま、扉で繋がる寝室へと歩き出した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる