五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

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本編

1 五人目のご令嬢

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 王家に生まれた以上、僕もいつかは決められた女性と結婚しなければいけない。だが、第三王子で、かつ兄達にはもう何人も子供がいるという状況もあって、僕の相手は、問題のない家柄の娘であれば構わないそうだ。

 ただ僕は、結婚というものにまるで気が乗らない。理由?ただ面倒臭い、その一点だ。
 そのため僕は、幼い頃から身の回りの世話をしてくれている爺に、結婚相手選びを丸投げ……いや、一任した。

 そして今まさに僕は、候補のご令嬢達の情報を、爺から聞かされていた。

「……以上の5名でございます。さて若様、皆様にお会いになりますか?」
「ああ。……でも、普通に会うだけじゃ、少しつまらないな」
「若様はそう言うと思っておりました。……では、爺からひとつご提案を」

 爺は、綺麗に整えた髭を撫でながら、まるで子供が面白い事を思い付いた時のような、わくわくを堪えきれないというような顔で言った。

「それぞれのご令嬢の家に、執事見習いとして忍び込んでみてはいかがでしょう?なあに、若様の地味顔なら、王子だとはバレますまい」
「おいおい爺……地味顔は若干傷つくぞ!」

 自分でも、地味顔である自覚はある。が、他人に言われるとそれはそれで悲しい。
 ……だが、それはともかく、爺の提案には大いに興味がわいた。

「しかし爺、よくもまあ、そんな面白そうな事を思いつくな。ご令嬢も、家の中での振る舞いにはつい油断も出るだろう……彼女らの人となりを知るには手っ取り早そうだ」
「では?」

 僕は身を乗り出すようにして答えた。

「やるに決まっているだろう?そうと決まれば、早速手配してくれ。訪問順は爺に任せる」
「……かしこまりました。では、日程が決まりましたら、またお知らせに参りますぞ」
「頼んだぞ爺。はは……楽しみだなあ」

 そして、話はトントン拍子に進み、僕はそれぞれのご令嬢の家に、執事見習いとして1ヶ月ずつ滞在する事になった。

 ――

 爺の決めた順番は、どうやら爺の「おすすめしない順」だったようで、一人目のご令嬢などは語り尽くせないくらいの酷さだった。

(見た目はとても美しかったのに、あんな性格の悪さでは宝の持ち腐れだろう……)

 結局、四人目まで見てきたものの、残念ながら、僕の心をグッと掴むような令嬢はいなかった。

 そして僕は今、最後のご令嬢の屋敷の前に、ほぼ諦めとほんのわずかな期待を抱いて到着した。

 僕が門番に声をかけようとした、その時だった。

「ほら見て!おっきいカエル!」

 塀の向こう側から、楽しそうな女性の声と、子供達の歓声が聞こえてくる。

(この家の子供と乳母だろうか?……いや待てよ、この家にいるのは、俺の婚約者候補の娘とその兄だけという話だったような)

 訝しむ僕に気づいた門番が、ガハハと笑いながら僕に話しかけてきた。

「びっくりしたかい?あれがうちのお嬢さんさ。ああやって近所の子供を呼んでよく遊んでいらっしゃる。ほら、カエルを掴んで子供を追いかけてるだろう?あれだよ」

 僕は恐る恐る庭を覗き込むと、まるで男のような動きやすそうな格好で、大きなカエルを掴んで子供達を追いかけ走り回る女性の姿が見えた。

 僕はあまりの衝撃で、その光景を口を開けたまま眺める事しかできない。そんな僕に、門番の男は再び笑い出し、なぜか自慢げに話し出した。

「いやあ、すごいお転婆だろ?でもな、本当にいいお嬢さんなんだぜ。俺たちみたいな下働きの奴らにも気さくに話しかけて下さるし、話してるとご立派な家のお嬢さんだって事をついつい忘れちまう」
「は……はは。確かに、普通のご令嬢とは少し……いやかなり違いますね……」

 野生児。五人目のご令嬢の第一印象は、その一言しかなかった。

 ――

 再びその野生児……いや、この家のご令嬢に会ったのは、僕が執事見習いとして紹介された時だ。

「やんごとなき身分の方にお仕えするための執事の修行……ですか?」
「そうだよ。お前に言うのをすっかり忘れていてすまないが、今日から一ヶ月、我が家で預かる事になっている」
「まあ、そうなの!」

 さっきが夢だったのか、それとも今この瞬間が夢なのか。

 僕は、目の前のご令嬢に、思わず自らの太ももをつねった。痛みに、夢ではない事をようやく認識する。

 ご令嬢は、その姿や立ち振る舞い、身に纏う雰囲気、どれをとっても非の打ち所がなかった。カラトリーよりも重いものなど持った事もなさそうで、カエルなど論外にしか見えない。

 そして声も、鈴を転がすようという表現がぴったりで、大声で下品に笑っていたなど、まるで信じられない

「ねえあなた。我が家の執事は世界一なのよ。きっとその、やんごとなきお方にも満足していただけるよう、しっかりと教えてくれるわ。時には厳しい事もあるでしょうけれど、それは成長の好機よ。挫けずに頑張って。……わたくし、応援しているわ」

 大輪の花が咲いたよう、という表現が似合うような笑顔で、ご令嬢は微笑む。

(本当に、同一人物なのか……?)

 僕は、混乱のうちに、ご令嬢との初対面を終えた。

 ――

 その日から、僕の五回目の執事修行が始まった。この家の執事は、それまでのどの家の執事より洗練されていて、思わず勧誘してしまいたいくらいだった。

 そして、本来の目的である、五人目のご令嬢とはというと……。

「お嬢様!窓掃除など我々にお任せ下さい!危険です!」
「え?だって、自分で綺麗にした方が早いでしょう?」

 廊下を歩いていた僕は、とんでもない光景を目にした。ご令嬢がなんと、脚立に登って廊下の窓を拭いていたではないか。
 慌てて止めようとした僕だったが、ご令嬢は「何を言っているの?」と言わんばかりの表情で僕を見下ろしている。だが、ハッと何かに気づいた様子を見せ、僕に言った。

「……ああ、そうよね。ここではこれが当たり前だから、あなたが驚く事に驚いてしまったわ。ごめんなさい」
「分かっていらっしゃるのなら、こんな事、今日からおやめ下さい。ここでは許されても、いずれ嫁ぐ事になれば、決して許されませんよ」

 するとご令嬢は、子供のように頬を膨らませてしまう。まるで餌を頬張ったリスのようで、その可愛らしさに思わず頬が緩みそうになる。いけないいけない。

「……そんな事くらい、言われなくても分かっているわ。でも、我が家はずっとこうしてきたの。いつか嫁ぐとしても、わたくしはまだこの家の人間なの。だから、ここはわたくしに任せておいて」
「駄目です」
「もう!わからずやね!まったく……しつこい男は嫌われるわよ?」

 その言葉は、僕の心を大いに抉った。彼女には嫌われたくない……そう思う気持ちが、とうとう僕を折れさせた。

「……それは困ります」
「でしょう?ふふ、でも大丈夫よ。やんごとなき方のお屋敷にいるのは、きっと、脚立に乗って窓を拭くなんて絶対にしないご令嬢よ。そんな風に気を揉む事もなくなるわ」

 そう言ってご令嬢は、窓拭きを再開する。僕は、立ち去る事も忘れて、一生懸命に窓を拭く彼女を見上げ続けた。

「…………さ、もういいかしら」

 ご令嬢は満足そうに窓を見る。その横顔は、太陽の光に照らされて、きらきらと光り輝いて見えた。

「ふふ……曇り一つない窓になったわ。ねえあなた、どう?窓越しの景色が、輝いて見えると思わない?」
「……っ!そ、そう、ですね」

 僕は思わず「景色ではなく、あなたが光り輝いて見える」と口走りそうになるのを必死で抑え、なんとか無難な答えを返す。
 僕の答えに満足したのか、ご令嬢はようやく脚立から降りてきた。

「張り切ったら喉が渇いたわ。……ねえ、あなた。執事の修行をしているのなら、紅茶をいれるのも上手よね?」
「ええ、一通りはできます。ただ、お口に合うかどうかは分かりませんが」
「じゃあお願いできる?わたくし、練習台になるわ」

 ――

 美しい庭園の隅の東屋で、ご令嬢……となぜか僕が向かい合って座っている。
 僕は困惑したまま、呟く。

「執事に同席させるなんて……」
「あら、紅茶は入れ終わったでしょう?だから執事としての仕事は終わり。今ここにいるのは、ただの男と女。さあ、冷めないうちに頂きましょう?」
「お嬢様、そういうのを屁理屈と言うのですよ……」

 僕の言葉に、ご令嬢は不満そうな目をこちらに向ける。

「あなた、真面目すぎるわ。せっかくの楽しい時間が台無しよ。我が家自慢の焼き菓子そっちのけで、いつまで睨めっこするつもりかしら?」

 そう言うとご令嬢は焼き菓子をひとつ摘み、ひょこひょこと動かし始める。

「ほら、この子も言っているわ。美味しいよ、早く食べてよ!って」
「……ぶっ!菓子は、話したりしませんよ?」

 僕は思わず吹き出してしまった。でも、そんな僕を見て、ご令嬢はとても楽しそうだ。

「あら、この子達は愛情を込めて作られたのよ、お話しくらいするわ。ほら、今にもあなたの口に飛び込みそう」

 ご令嬢はそう言って、僕の口に菓子を突っ込もうとする。僕は慌てて、彼女の手から菓子を奪い取る。

「わかりましたわかりました!いただきますから……ん!これは……すごく美味い」
「でしょう?我が家のシェフは世界一なのよ」

 ご令嬢は、執事だけではなく、シェフに対しても手放しで褒め称える。それが当然だと言わんばかりに。

(他のご令嬢など、褒めるどころか、してもらって当然という顔をしていたというのに……)

 見つめる僕に気づかず、ご令嬢は紅茶に口をつけた。

「この紅茶……とても美味しいわ……!」
「お褒めにあずかり、光栄です」

 目を輝かせるご令嬢に、僕は感謝を述べた。だがなぜか、ご令嬢は少し不満そうにこちらを見たではないか。

「もう、ほんとに堅苦しいわねあなた。執事の仕事はおしまいって、わたくしそう言ったでしょう?もう忘れてしまったの?」

 その、困ったようにこちらをからかう表情に、とうとう僕は白旗を上げる事にした。

「全く……仕方ないですね。今だけ特別、ですよ?」
「ふふっ、あなたとわたくしだけの特別な時間よ。思い切り楽しみましょう?」

 それは何だか、ご令嬢と僕だけの秘密ができたようで、僕の心はくすぐったくて、たまらなくなった。
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