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本編
2 秘密の茶会
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お互いの立場を胸の中にしまい込んで過ごした秘密の茶会。それはとても楽しい時間で、何日か経った今も、僕の心の中に甘い余韻として残っている。
(願わくば、ご令嬢も同じ気持ちでいてほしいものだが……)
そんな事を考えていた僕は、背後から呼びかける声に歩みを止めた。僕はその声だけで、声の主が誰なのか分かってしまった。
「はいお嬢……」
返事をしながら後ろを向いた僕の目に映ったのは、忘れようとしても忘れられないあの姿。
「ああ……またその格好ですか……」
初めて彼女を見た時と同じような、動きやすさに全振りした洋服を身に纏った姿。遊んだ後なのだろうか、少し汚れも見える。
ご令嬢は、僕の言葉の意味が分からないといった様子で首を傾げる。
「また?」
「この家に来た最初の日、今と同じ格好で庭を駆け回るお嬢様を目撃したんです。あんなご令嬢など生まれてこのかた一度も見た事がなかったので、驚きのあまり開いた口が塞がらず顎が外れるかと思いましたよ」
「そうだったの?……じゃあ聞くけれど、他のご令嬢は、一体何をして楽しんでいるの?」
心の底から不思議だといった様子で質問してくるご令嬢。
「それは……刺繍とか」
「……」
「綺麗に着飾って、パーティーに参加するとか」
「……」
「女性同士、他愛もないおしゃべりを飽きずに何時間もするとか」
「…………本当に?」
徐々に表情が険しくなったご令嬢が、疑いの眼差しを向けてくる。が、僕は断じて嘘などついていない。実際に、母や姉妹、従姉妹らがそうしているのをこの目で見ているのだから。
「まさか……本当にご存知ない?お嬢様にも、ご令嬢のお友達の一人や二人くらいいらっしゃるでしょう?」
「あなたにこんな質問している時点で分かるでしょう?」
「つまり、お嬢様にはお友達がいらっしゃらない、と」
僕の言葉に、困ったような、怒ったような、そんな様子で腕を組むと、ご令嬢はこう言った。
「友達は……いるわ。近所の子供達が」
その答えに、僕は堪える暇もなく吹き出してしまう。
「ぶっ!……も、申し訳ありません……ぶふっ……」
「もう、そんなに笑う事!?子供達に失礼でしょう!?」
腕を組んでこちらを睨むご令嬢。自分の事より子供達のために怒るところが、何となく彼女らしく感じる。
「すみません。お嬢様の前だとつい笑い上戸になってしまうようで」
「なあに?わたくし、あなたを楽しませようとなんかしてないわよ?……ねえちょっと、いつまで笑っているの?もう……ふふ……いやだ……わたくしまでつられちゃったじゃない……ふふ!やだ……やめて……おかしい……!」
笑いを堪えつつ肩を震わせていた僕を見て、ご令嬢もつられて笑い出す。そんな彼女を見て、僕もますますおかしくなってしまう。
そうして僕たちは、もう何で笑っているのか分からないまま笑い続け、呼吸困難になりそうになってようやくその笑いを止める事に成功したのだった。
――
「たくさん笑ったから、喉が渇いてしまったわ」
というご令嬢の言葉で、早くも二度目の茶会が開催される事となった。
全てのセッティングを終えた頃、野生児がご令嬢に変身して現れた。
「待たせてごめんなさい」
「いいえ、ちょうど今準備が終わったところなので」
「そう、ならよかった」
ご令嬢のために椅子を引き、彼女を座らせてから、僕は給仕を始める。彼女の前にカップを置き、紅茶を注ぐ。
「ありがとう。ほら、あなたも早く」
僕は、渋々といった態度でご令嬢の向かいの椅子に腰掛けるも、内心では大いに喜んでいた。僕は自分のカップにも紅茶を注ぎ、そこから二人きりの茶会が始まった。
場の話題は、先ほどの話の続きから始まった。
「刺繍もパーティーも興味ないなんて、一体君は何をしている時が楽しいの?」
「そうね……わたくし、体を動かすのが大好きなの。子供達と駆け回るのも、屋敷の中を掃除するのも……ねえちょっと、笑わないでちょうだい?」
笑いを必死で堪える僕を、睨むご令嬢。
「だって、初めて君を見た時の事を思い出したら……あんなに大きなカエルを掴んで走り回って……」
「だって!あんなに大きな子を見つけたら、そうしたくなるでしょう?」
「そうですね……確かにあの大きさじゃ仕方ない」
「でしょう?……もう、また笑ってる!」
そんな感じで、僕らはまた他愛もない会話を続けた。そして、気づけばティーポットの中もすっかり空になっていた。
ご令嬢は空のティーカップに視線を落として、残念そうな表情を浮かべながら言った。
「名残惜しいけれど、そろそろお開きにしましょう?」
それは魔法を解く言葉。夢のような時間を終わらせて、ふたりを本来の立場に戻してしまう。
熱を失いひんやりとしたティーカップやティーポットを片付けていく僕に、ふと、ご令嬢がこんな事を聞いてきた。
「ねえ、ひとつ聞きたいのだけれど。あなた、剣は得意?」
「ええ、人並みには。それが何か?」
思いもよらぬ質問に、僕は目を丸くしながらも答えた。するとご令嬢は、花が咲いたように満面の笑みを浮かべ、両手を合わせて喜んだ。
「本当!?それならぜひ、わたくしと手合わせをお願いしたいのだけれど」
「……僕が、お嬢様と?」
「ええ、そう。いつも手合わせをお願いしている者が腰を痛めてしまったの。このままだと体がなまってしまいそう」
まさか、ご令嬢が剣を嗜んでいるとは思わなかった。あんなものは野蛮だと顔を顰めるどころか、自ら進んで剣を取るのか。このご令嬢には、一体いくつの驚きが隠されているのだろう。
僕は、必死で動揺を隠し、心底困ったという表情のご令嬢に答えた。
「……僕は構いませんが、念のため、お館様に許可を頂いてきます」
「ありがとう!あなたならそう言ってくれると信じていたわ」
ご令嬢は、会ってまだ間もない僕に、疑う事のない眼差しを向け、信頼の言葉を口にする。
その瞬間、僕は、彼女に嘘をついている事を思い出し、どうしようもないくらいに心が痛んだ。
(願わくば、ご令嬢も同じ気持ちでいてほしいものだが……)
そんな事を考えていた僕は、背後から呼びかける声に歩みを止めた。僕はその声だけで、声の主が誰なのか分かってしまった。
「はいお嬢……」
返事をしながら後ろを向いた僕の目に映ったのは、忘れようとしても忘れられないあの姿。
「ああ……またその格好ですか……」
初めて彼女を見た時と同じような、動きやすさに全振りした洋服を身に纏った姿。遊んだ後なのだろうか、少し汚れも見える。
ご令嬢は、僕の言葉の意味が分からないといった様子で首を傾げる。
「また?」
「この家に来た最初の日、今と同じ格好で庭を駆け回るお嬢様を目撃したんです。あんなご令嬢など生まれてこのかた一度も見た事がなかったので、驚きのあまり開いた口が塞がらず顎が外れるかと思いましたよ」
「そうだったの?……じゃあ聞くけれど、他のご令嬢は、一体何をして楽しんでいるの?」
心の底から不思議だといった様子で質問してくるご令嬢。
「それは……刺繍とか」
「……」
「綺麗に着飾って、パーティーに参加するとか」
「……」
「女性同士、他愛もないおしゃべりを飽きずに何時間もするとか」
「…………本当に?」
徐々に表情が険しくなったご令嬢が、疑いの眼差しを向けてくる。が、僕は断じて嘘などついていない。実際に、母や姉妹、従姉妹らがそうしているのをこの目で見ているのだから。
「まさか……本当にご存知ない?お嬢様にも、ご令嬢のお友達の一人や二人くらいいらっしゃるでしょう?」
「あなたにこんな質問している時点で分かるでしょう?」
「つまり、お嬢様にはお友達がいらっしゃらない、と」
僕の言葉に、困ったような、怒ったような、そんな様子で腕を組むと、ご令嬢はこう言った。
「友達は……いるわ。近所の子供達が」
その答えに、僕は堪える暇もなく吹き出してしまう。
「ぶっ!……も、申し訳ありません……ぶふっ……」
「もう、そんなに笑う事!?子供達に失礼でしょう!?」
腕を組んでこちらを睨むご令嬢。自分の事より子供達のために怒るところが、何となく彼女らしく感じる。
「すみません。お嬢様の前だとつい笑い上戸になってしまうようで」
「なあに?わたくし、あなたを楽しませようとなんかしてないわよ?……ねえちょっと、いつまで笑っているの?もう……ふふ……いやだ……わたくしまでつられちゃったじゃない……ふふ!やだ……やめて……おかしい……!」
笑いを堪えつつ肩を震わせていた僕を見て、ご令嬢もつられて笑い出す。そんな彼女を見て、僕もますますおかしくなってしまう。
そうして僕たちは、もう何で笑っているのか分からないまま笑い続け、呼吸困難になりそうになってようやくその笑いを止める事に成功したのだった。
――
「たくさん笑ったから、喉が渇いてしまったわ」
というご令嬢の言葉で、早くも二度目の茶会が開催される事となった。
全てのセッティングを終えた頃、野生児がご令嬢に変身して現れた。
「待たせてごめんなさい」
「いいえ、ちょうど今準備が終わったところなので」
「そう、ならよかった」
ご令嬢のために椅子を引き、彼女を座らせてから、僕は給仕を始める。彼女の前にカップを置き、紅茶を注ぐ。
「ありがとう。ほら、あなたも早く」
僕は、渋々といった態度でご令嬢の向かいの椅子に腰掛けるも、内心では大いに喜んでいた。僕は自分のカップにも紅茶を注ぎ、そこから二人きりの茶会が始まった。
場の話題は、先ほどの話の続きから始まった。
「刺繍もパーティーも興味ないなんて、一体君は何をしている時が楽しいの?」
「そうね……わたくし、体を動かすのが大好きなの。子供達と駆け回るのも、屋敷の中を掃除するのも……ねえちょっと、笑わないでちょうだい?」
笑いを必死で堪える僕を、睨むご令嬢。
「だって、初めて君を見た時の事を思い出したら……あんなに大きなカエルを掴んで走り回って……」
「だって!あんなに大きな子を見つけたら、そうしたくなるでしょう?」
「そうですね……確かにあの大きさじゃ仕方ない」
「でしょう?……もう、また笑ってる!」
そんな感じで、僕らはまた他愛もない会話を続けた。そして、気づけばティーポットの中もすっかり空になっていた。
ご令嬢は空のティーカップに視線を落として、残念そうな表情を浮かべながら言った。
「名残惜しいけれど、そろそろお開きにしましょう?」
それは魔法を解く言葉。夢のような時間を終わらせて、ふたりを本来の立場に戻してしまう。
熱を失いひんやりとしたティーカップやティーポットを片付けていく僕に、ふと、ご令嬢がこんな事を聞いてきた。
「ねえ、ひとつ聞きたいのだけれど。あなた、剣は得意?」
「ええ、人並みには。それが何か?」
思いもよらぬ質問に、僕は目を丸くしながらも答えた。するとご令嬢は、花が咲いたように満面の笑みを浮かべ、両手を合わせて喜んだ。
「本当!?それならぜひ、わたくしと手合わせをお願いしたいのだけれど」
「……僕が、お嬢様と?」
「ええ、そう。いつも手合わせをお願いしている者が腰を痛めてしまったの。このままだと体がなまってしまいそう」
まさか、ご令嬢が剣を嗜んでいるとは思わなかった。あんなものは野蛮だと顔を顰めるどころか、自ら進んで剣を取るのか。このご令嬢には、一体いくつの驚きが隠されているのだろう。
僕は、必死で動揺を隠し、心底困ったという表情のご令嬢に答えた。
「……僕は構いませんが、念のため、お館様に許可を頂いてきます」
「ありがとう!あなたならそう言ってくれると信じていたわ」
ご令嬢は、会ってまだ間もない僕に、疑う事のない眼差しを向け、信頼の言葉を口にする。
その瞬間、僕は、彼女に嘘をついている事を思い出し、どうしようもないくらいに心が痛んだ。
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