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本編
3 火花散る庭園
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まさか「お嬢様に剣の相手を頼まれたが、問題ないか」などと屋敷の主人に聞く事になろうとは。
だが、あっさりと許可が出てしまい、それどころか申し訳なさそうな主人の態度に僕は驚いた。
「うちのじゃじゃ馬が申し訳ない。だが、あなたさえよければ、ぜひ相手をしてやってほしい」
「いいのですか?」
「かまわないさ。もちろん、手加減なしで頼むよ。あの子は、そういう事をされるのが嫌いな性格だから」
「ですがもし怪我をさせてしまったら」
「はは!大丈夫大丈夫。あの子はそんなやわな子じゃない。それに」
「それに?」
「もしそうなったら、君が責任をとって嫁にもらってくれ!……なんてな!」
急に嫁と言われ、僕の心臓は痛いくらいに跳ねた。
(ば、ばれてないよな?)
爺は、僕の本当の目的を屋敷の主人にも伝えていないと言っていた。万が一にもご令嬢に話が漏れては計画が台無しになる、という考えだそうだが、そんな事が本当に可能なのか若干疑っていた。だが、どうやらばれてはいなかったらしい。屋敷の主人は腹から笑い声を上げた。
「はっはっは!冗談冗談。まあ、顔に傷がつかない程度に頼むよ」
「は、はい。かしこまりました」
――
服が汚れ、息が上がり、汗だくの男女が、美しい庭園に座り込んでいる。もちろんそれは、僕とご令嬢の二人である。
額の汗を服の袖で拭いながら、ご令嬢は不機嫌そうな顔で言った。
「ねえあなた、手加減したでしょう?」
聞かされていた通りだった。だが、僕にも言い分がある。
「最初はそうでした。でも、すぐにその考えを改めました」
手を抜いてくれるなと言われていたものの、やはり女性に対して怪我をさせるような事は避けたいと無意識に思っていた。だが僕はすぐに、その考えが甘かった事を思い知らされた。
小柄で素早く、一撃の重さはそこまでではないものの、急所を確実に狙ってくる。防ぐのか精一杯で、なかなか反撃に転じる事ができなかったのだ。
それをご令嬢に素直に説明すると、彼女は意外そうな顔をして僕を見た。
「あなた……悔しくないの?」
「悔しい、ですか?」
「だって、女にしてやられるなんて、プライドが傷つくのでしょう?わたくし、それで元婚約者に婚約破棄されたもの」
「へ?」
婚約破棄など初耳だ。爺からそんな話、全く聞かされていない。思わず変な声が出てしまった。
「女のくせにとか、野蛮人とか、顔を真っ赤にして怒鳴られたわ」
「ははは……」
「あなたはそうじゃないの?」
それはどこか、僕を試しているように聞こえる。僕は、ご令嬢と剣を交えた時のことを振り返り、その時感じた気持ちを素直に説明した。
「悔しいとは思っていました。でもそれは、お嬢様が女性だからという理由ではありません。お嬢様の強さに自分の無力さを思い知らされて、思い上がっていた事に気づいて……うまく言葉にできませんが……そんな自分が悔しくて……でも、それと同時にとても……楽しいと思いました」
「楽しい?」
「はい。まるで好敵手に出会ったとでも言うのでしょうか……そういう楽しさです」
好敵手、そう言われたご令嬢は、機嫌を損ねるどころか顔をくしゃっとさせ、嬉しそうな、それでいて少し泣きそうな、そんな笑顔を見せる。
「そんな事を言ってもらえるなんて思わなかったわ……嬉しい」
ご令嬢の言葉に、僕の胸は不用意に高鳴る。生まれて初めて抱く感情が、僕を揺さぶる。
だが、それと同じくらいの不安が僕を襲う。僕の正体を知った時、ご令嬢はどう思うのだろう。真摯に向かい合わなかった僕の事を、はたして受け入れてくれるのだろうか。いいや、きっと彼女はそんな僕を許しはしない。そんな気がする。
(爺……僕は、どうしたらいい?)
ご令嬢に悟られないよう、不安を必死で押し込んで。僕は、楽しみだと脳天気に喜んでいた過去の僕を殴りたい気持ちで一杯になった。
だが、あっさりと許可が出てしまい、それどころか申し訳なさそうな主人の態度に僕は驚いた。
「うちのじゃじゃ馬が申し訳ない。だが、あなたさえよければ、ぜひ相手をしてやってほしい」
「いいのですか?」
「かまわないさ。もちろん、手加減なしで頼むよ。あの子は、そういう事をされるのが嫌いな性格だから」
「ですがもし怪我をさせてしまったら」
「はは!大丈夫大丈夫。あの子はそんなやわな子じゃない。それに」
「それに?」
「もしそうなったら、君が責任をとって嫁にもらってくれ!……なんてな!」
急に嫁と言われ、僕の心臓は痛いくらいに跳ねた。
(ば、ばれてないよな?)
爺は、僕の本当の目的を屋敷の主人にも伝えていないと言っていた。万が一にもご令嬢に話が漏れては計画が台無しになる、という考えだそうだが、そんな事が本当に可能なのか若干疑っていた。だが、どうやらばれてはいなかったらしい。屋敷の主人は腹から笑い声を上げた。
「はっはっは!冗談冗談。まあ、顔に傷がつかない程度に頼むよ」
「は、はい。かしこまりました」
――
服が汚れ、息が上がり、汗だくの男女が、美しい庭園に座り込んでいる。もちろんそれは、僕とご令嬢の二人である。
額の汗を服の袖で拭いながら、ご令嬢は不機嫌そうな顔で言った。
「ねえあなた、手加減したでしょう?」
聞かされていた通りだった。だが、僕にも言い分がある。
「最初はそうでした。でも、すぐにその考えを改めました」
手を抜いてくれるなと言われていたものの、やはり女性に対して怪我をさせるような事は避けたいと無意識に思っていた。だが僕はすぐに、その考えが甘かった事を思い知らされた。
小柄で素早く、一撃の重さはそこまでではないものの、急所を確実に狙ってくる。防ぐのか精一杯で、なかなか反撃に転じる事ができなかったのだ。
それをご令嬢に素直に説明すると、彼女は意外そうな顔をして僕を見た。
「あなた……悔しくないの?」
「悔しい、ですか?」
「だって、女にしてやられるなんて、プライドが傷つくのでしょう?わたくし、それで元婚約者に婚約破棄されたもの」
「へ?」
婚約破棄など初耳だ。爺からそんな話、全く聞かされていない。思わず変な声が出てしまった。
「女のくせにとか、野蛮人とか、顔を真っ赤にして怒鳴られたわ」
「ははは……」
「あなたはそうじゃないの?」
それはどこか、僕を試しているように聞こえる。僕は、ご令嬢と剣を交えた時のことを振り返り、その時感じた気持ちを素直に説明した。
「悔しいとは思っていました。でもそれは、お嬢様が女性だからという理由ではありません。お嬢様の強さに自分の無力さを思い知らされて、思い上がっていた事に気づいて……うまく言葉にできませんが……そんな自分が悔しくて……でも、それと同時にとても……楽しいと思いました」
「楽しい?」
「はい。まるで好敵手に出会ったとでも言うのでしょうか……そういう楽しさです」
好敵手、そう言われたご令嬢は、機嫌を損ねるどころか顔をくしゃっとさせ、嬉しそうな、それでいて少し泣きそうな、そんな笑顔を見せる。
「そんな事を言ってもらえるなんて思わなかったわ……嬉しい」
ご令嬢の言葉に、僕の胸は不用意に高鳴る。生まれて初めて抱く感情が、僕を揺さぶる。
だが、それと同じくらいの不安が僕を襲う。僕の正体を知った時、ご令嬢はどう思うのだろう。真摯に向かい合わなかった僕の事を、はたして受け入れてくれるのだろうか。いいや、きっと彼女はそんな僕を許しはしない。そんな気がする。
(爺……僕は、どうしたらいい?)
ご令嬢に悟られないよう、不安を必死で押し込んで。僕は、楽しみだと脳天気に喜んでいた過去の僕を殴りたい気持ちで一杯になった。
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