五人目のご令嬢

じぇいそんむらた

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本編

9 僕とダンスを

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 僕は、肉体的にも精神的にも限界だった。起き上がっている気力も尽き、剣先を突きつけられたまま後ろに倒れ込んだ。

「大丈夫!?」

 ご令嬢は慌てて剣を置き、僕の横に座って覗き込んでくる。大の字になって転がった僕は、力無く笑う。

「はは、大丈夫ですよ。気が抜けたらどっと疲れが出てしまって」
「そう……ならよかった」

 それでもご令嬢は心配そうな顔のままだ。そんな顔をさせたくなくて、僕は彼女が喜んでくれそうな話題を考える。

「腕、上げましたね」
「ふふ、ありがとう」

 ご令嬢は、満更でもないといった笑顔になる。

「でもこれ、あなたのせいなのよ?」
「僕の?」

 腕を上げるのがなぜ僕のせいになるのか。意味が分からず困惑する僕に、ご令嬢はくすくすと笑った。

「あなたが出て行ってから、わたくし、とても寂しかったの。だからね、それを紛らわすために、ひたすら剣の稽古をしたのよ?」
「寂しいと……思って下さったんですか?」
「ええ、ついさっきまでね」
「さっきまで?」
「そうよ。だって今はあなたがいるでしょう?」

 花が咲いたような美しい笑顔に、心臓が止まってしまいそうになる。

「……怒っては、いないのですか?」
「怒る?……ああ、そうね、父とおじにはとても腹を立てているわ」
「……え?」
「え?」

 僕らは、意味がわからないという顔で見つめ合う。

「てっきり、僕に怒って剣の相手をさせたの……かと」
「あなたに怒る?なぜ?」
「だって、身分を偽って、お嬢様を試そうと……」
「それは、おじが提案したのでしょう?でもまあ……そうね、おじの提案に乗ったというところは許せないわ」

 やっぱりそうか。僕は、申し訳なさにご令嬢を見ていられなくて、両手で顔を覆う。でも、ご令嬢は、怒るどころか、くすくす笑い出したではないか。

「でもね、わたくし、あなたの事は許せる。ねえ、どうしてか分かる?」
「……分かりません」

 指の隙間から覗き見るご令嬢は、何かを懐かしむような優しい表情で僕を見る。

「だって、わたくしの事を知りたいなら、わたくし以外に正体を告げて、わたくしの前以外では手を抜く事だってできたでしょう?でも、あなたはそれをしなかった」
「なぜ……それを……」
「わたくし、何度もこっそり覗いていたのよ、あなたの仕事ぶり。あなた、ミスをして怒られても不貞腐れたりしないで、その次には完璧にやり遂げていたでしょう?」
「そんな……格好悪いところ……」
「格好悪い?そんな事ないわ、とても素敵よ」
「……ありがとう……ございます」

 感謝もまともに声に出せない。顔が熱い。そんなに僕の事を見ていてくれていた事が、嬉しくて、苦しくて。

「まあ、そんなあなたの思いも虚しく、わたくし以外みーんな、あなたの正体を知っていたって言うんだもの。わたくしもあなたも、まんまと騙されて。ふふ、みんな、お芝居が上手だわ」
「まったくです……でも、優しいお節介でした」
「そうね……」

 顔の熱がようやく引いた僕は、顔から手を外す。僕と目が合って、嬉しそうに笑うご令嬢。そして、窓の向こうからこちらを見守る、お節介な保護者たちの優しい眼差し。

「そろそろ、戻りましょうか」
「そうね。……あの人たち、少しは反省してくれたかしら」
「さあ……どうでしょう?」

 そう言って、僕らはくすくすと笑い合い、屋敷の中へと戻った。
 
 ――

 裏口から屋敷に戻った僕らを、なぜか執事とメイド長が 待ち構えていた。「そんな汚らしい格好で戻すわけにはいきません!」と叱られた僕らは、それぞれに連行され、あれよあれよという間に綺麗に整えられてしまった。

 そして僕は、またしても執事にどこかへと連れて行かれる。だが、屋敷で一ヶ月も過ごした僕には、どこへ向かっているのかなど、すぐに分かった。でも、その理由が分からない。

 執事はその部屋の扉を開く。そこには。

「お嬢様……」

 僕の目に、間に合わなかったあの日と同じ姿が飛び込んできた。立ち尽くす僕の耳に、ピアノの音が聞こえる。あの日の光景が蘇る。

 僕は、恐る恐る、足を踏み出す。これは夢で、近づいたら消えてしまうのではないか。でも、その姿は、近づくたびに鮮明になっていく。

 そして、手を伸ばせば届く距離に、僕は足を止める。

「無理を言って、準備してもらったの」
「お嬢様……」
 
 立ち尽くす僕に、ご令嬢は優しく微笑む。

「約束したでしょう?またいつか、って」

 そうか。僕は、ようやく間に合ったのだ。僕はそっと、ご令嬢に手を差し出し、言った。

「どうか僕と一曲……踊って下さいませんか?」

 僕の手に、ご令嬢の手が重なる。僕はその手を、握る。熱が伝わる。夢なんかじゃない。

 ご令嬢は、僕を見上げて、嬉しそうに答える。

「ええ、喜んで」
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