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車内での飲酒はお断りします。
しおりを挟むもう少し長い時間教会で過ごしていたかったけれど、アルスはまだ連れて行きたい場所があるからと教会を後にすることになった。
『大丈夫です。あなたならきっと探し出せます。それと……一度これと決めたら絶対変えないので、覚悟しててくださいね』
去り際にテーラさんに耳打ちされたその言葉の意味が分からずに、考えながら日が傾きかけた世界の中街灯が街を照らし出す。
そっと繋がれている右手を見つめながら、凛とした表情を見せるアルスの顔を盗み見た。
改めて見ると整ったその顔に、今更ながらドキリとする。
異世界人は顔もいい上に、性格もいいというのにどうして争いごとが起こってしまうのかが不思議でしょうがない。
ドキドキする心臓を抑えながら、ゆっくりと変わっていく景色を眺めた。
こうでもしなきゃまた意識してしまうし、なんか負けた気持ちになる。
勝ち負けなんていつ誰が決めたことでもないのに、変な感情が渦巻いては消えてくれない。
穏やかな街の中で私の心だけがざわめいている。
どうしてかは分からないけれど、なんとなくアルスの手を少し強く握った。
そんな私の手を握り返してくれたアルスは、そっと私に声をかけた。
「俺が幼い頃から行きつけの小さい店があるんだけど、お腹の空き具合どう?」
「結構歩いたからペコペコに近いかも」
「じゃあ、少し早い夕ご飯としようか」
こくりと一つ頷くと優しくアルスがリードして行く。
水の流れるせせらぎと、花が風にそっと舞うその光景が夕日によってきらりと輝く。
美しいこの世界での1日がもう少しで終わってしまう。
明日が来たとしても……私は帰るべき場所はここにはない。
本当の住むべき世界に帰らなくてはいけない。
もう少し、この人と一緒にいたい……
っていけない、いけない。
私とアルスは住む世界が違うんだから、こんな感情抱いちゃダメよ。
少し寂しくなるようなそんな感情を振り払うようにして、私はアルスを見た。
「おすすめのメニューとかあるの?」
「それは着いてからのお楽しみ。きっとカンナも気に入るよ」
弾んだアルスの声に、私もなぜか嬉しくなる。
今はアルスとこうやっていれる時間を楽しめばいい。
一時のこの楽しみを思う存分味わえばいい。
少し大きな道へと出たかと思えば、またしても細い路地裏のような道へと入った。
ほのかに明かりを灯す提灯に似た何かが、怪しげに揺れた。
今までと違った雰囲気のあるこの場所はどうやら、日本でいう居酒屋の通りのようなものみたい。
ふわりと香るお腹の虫を動かすいい匂いが、あちこちから漂ってくる。
一件のお店の前で立ち止まったけど、アルスは首を傾げた。
「おかしいな……今日は休みじゃないはずなのに」
どうやら店自体がお休みなのか、店内は真っ暗だ。
よくよく見れば近隣の店もポツポツと店を閉めている。
時間的に少し早いかもしれないが、活気がないようなこの感じに私も首を傾げた。
「仕方ない……開いてる店に入るしかないか。ごめんね、カンナ」
「ううん、平気」
「にしても、女将さんが店を閉めるなんてよっぽどの事があった時にしか閉めないのに……」
アルスと共に心配しながらも、開いている店へと向かう。
言い方は悪いが、輩の悪そうなおじさん達がお酒を交わしながらガハガハと笑ってはお行儀悪く食い散らかすような所が多かった。
お店の中はそんな雰囲気じゃないのに……違和感がある。
ーーカラン、と昼間聞いたあの音が聞こえたような気がして後ろを振り返った。
「カンナ?」
「あ、ごめん」
何もないように振る舞いながら、胸のざわめきを落ち着かせる。
昼間から何かに敏感に、そして何かに怯えてる自分がいる。
少しはしゃぎすぎて疲れたのかな……今日の夜もきっとぐっすりなんだろうな。
あまりまだ人が入っていない店を見つけて、アルスに教えるとそのままその店に入ることとなった。
いい匂いはしてくるけど、やっぱり少しお酒臭い。
店の奧の席にしてもらえるように店員と相談すると、オロオロしながらも小さく微笑んで席へと案内された。
何品かアルスが注文を頼み、運ばれてくる頃には宴会が始まったかのように男性達が騒ぎ出した。
「一体何があったんだ……」
「いつもはこんなんじゃないの?」
「うるさくする奴も中にはいるけど、どこもかしこもこんな雰囲気になってるのは初めて見た。大体うるさくしていいのは夜が更けってからのはずなんだけど……」
あまりのうるささにアルスの声も聞こえにくいし、楽しく食べるはずのご飯がちっとも楽しくない。
男達のうるささにムッとしてると、ジョッキを机にバンと強く叩きつけるようにして置かれた。
体を震わせていると、知らないガタイのいいおじさんの顔が目の前にあった。
「こりゃあ珍しい、黒髪のトリプラーじゃねぇか」
「おい、見世物じゃない。こっちは食事中だぞ」
アルスが立ち上がっておじさんの体を私から引き離した。
私とおじさんの間に入るようにアルスが立つと、おじさんはジョッキに入ったお酒を一気に飲み干した。
「っぷは!王子様気取りかぁ??笑わせてくれるなあ!優雅に食事でもしたかったらそいつを置いて立ち去れ」
「断る。一緒に出て行かせてもらう」
「頭ぁー!そいつ確かゼーサンの息子ですよ」
「ゼーサンの?ああ、あのイカれた野郎の息子か」
いつの間にか店中の客達が私達に注目しては、いやらしい目で見ていた。
アルスをジロジロと上から下まで見つめたおじさんは、ふんと鼻で笑った。
「あいつの血を受け継いでいるだけあって、お前もどうせイカれてんだろ。あの魔法ヲタクには反吐が出るぜ」
シュッと風を切る音が聞こえた、そう頭で認識した時にはもうおじさんはそこにはいなかった。
その場でしゃがみ込むおじさんの息が乱れている。
何が起こったのか分からずにいると、店の男達が一斉に構えた。
「父を侮辱した罰だ」
「ぐおっ……」
「この場でやり合うつもりはない。ただこいつみたいになりたい奴がいたらーー表に出ろ」
聞いたこともないアルスの低い声に体が竦んだ。
舌打ちが聞こえたかと思えば、男達は構えるのをやめた。
「カンナ、一先ずここを出よう」
そう言われて力の入らない体に喝を入れて、なんとか立ち上がる。
感じる視線の波をかき分けて出口の扉へと手を伸ばす。
「会計済ませるから、先に店の外に出てて」
そっとアルスに言われて、頷いて店の外へと出た。
いつの間にか真っ暗になっていた夜空に、目を向けながら店の外でアルスが来るのを待つ。
どこを見ても輩の悪い男達ばかりだ。
こんな素敵な街だと言うのに、なんでこんな人達が……
そんな事を考えていると私に近づく足音にアルスと声を出した、その時だった。
ーーカラン、とあの音が目の前で聞こえた。
全身に走る電流に痛みを感じるものの、声が出ない。
「悪いが大人しくして貰おうか」
知らない男の声に抵抗しようも力が入らない。
そのまま私は深い闇の中へと意識を手放してしまった。
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