終点は異世界でした。

翠玉 結

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終電のお時間まで残り僅かです。

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ズキズキと響く痛みに徐々に意識が覚醒していく。


ハッと起き上がれば、見知らぬ森の中で月明かりでようやく辺りが見えるぐらいだ。


どうしてこんな所にいるのかと考えるよりも先に、知らない男が私に声をかけてきた。



「目が覚めたかい、物珍しい黒髪さん」



少し長めのアッシュグレーの髪を一つに束ね、全身真っ黒なローブに身を包んだ男が木の上から降りてきた。


ローブの隙間から見える腰に付けた弧を描いた鋭い剣が、月明かりに不気味に輝いた。



「あなたは……一体誰?」



近づいてくる男を睨みながら、そう問うと男はニヤリと不敵に笑った。



「ガザン。盗賊さ」



盗賊というあまり聞きなれない言葉でも、こいつはやばい奴だと頭が認識する。


徐々に詰め寄ってくるものだから、立ち上がって距離を取る。


全身の痛みが走るものの、ここはなんとかして逃げなきゃ。



「その盗賊が私に、一体何の用なの」



キッと睨みつけると、なぜか嬉しそうに男ーーガザンは笑った。



「威勢のいいトリプラーだ。そういう奴嫌いじゃないぜ。それにその目は好きな目だ」


「いい加減にして」


「トリプラー、それは迷い人。俺らの世界とは全くもって違う世界で生きる奴ら。そんな奴らは物珍しく、俺たちには持っていない知識がある」


「だから、一体なんだっていうのよ」


「そんな奴らを物珍しがって欲しがる貴族共がいるんだよ。しかも高額で買い取ってくれるしな」



全身が凍りつくようなその言葉に、私は若干足が縺れる。


その隙を見てガザンは一気に距離を縮めてきた。


腰に手を回されて、もう身動きは取れない。


ガザンは嬉しそうに私を見つめては、そっと頬を撫でてくる。


抵抗したいのに、悔しいけど何故か力が入らない。



「ずっと追いかけてたの薄々気づいていたんじゃないの?俺の愛用の剣の音に反応してくれた時には、ドキリとしつつも絶対手に入れてやるって心に誓ってたんだぜ。金さえ手に入れば、なんでもしてやろうってな」


「離し……てっ!!」


「抵抗しようとしても無駄だぜ。俺の魔力はそんなにヤワじゃない」



ゆっくりと近づいてくるガザンの顔に、どうしようもなくギュッと目を閉じた。


一筋の涙がそっと頬を濡らしたその時だった。



「俺の大事な人を、返してもらう」



懐かしい、そして暖かい温もりが全身を包んだ。


ハッと目を開ければ、アルスが私を抱きしめるようにして剣を構えていた。


いつの間にか吹き飛ばされたガザンの肩は、大きく上下に動いている。



「クソッ……このイカれ野郎の血を引いた分際でっ!!」


「妬ましいんだろ。お前にはほとんど宿っていない、この魔力が」


「っ!!黙れ!!」



そう言って勢い良く剣を引き抜き、こちらへと向かってくるガザンにアルスはそっと前へと手を突き出した。


頬の刺青が腕に向かって伸びたかと思えば、バチリと火花が散った。


それと同時にガザンの剣が宙へと弾き飛ばされていく。



「諦めろ。お前には俺に勝てる力はない」


「くっ……」



眉間にしわを寄せて睨みつけてはくるものの、これといって立ち向かう術もなくなってしまったガザンはその場で力なく座り込んだ。


月明かりが照らすアルスの顔に、私は思わず自ら抱きついてしまう。


恐怖心が溶けて消え、安心感が広がっていく。



「怖い思いさせてごめんね、カンナ」



そっと抱きしめてくるアルスの胸でそっと涙を流す。


溢れてくる涙と共に、アルスは何度も耳元で大丈夫と優しく囁いていく。


そして私が落ち着きを取り戻し始めた頃、アルスが再び低い声で唸るようにガザンに声をかけた。



「さあ、お前は街に行け。今頃街は警備隊で溢れかえっている。大人しく自首した方が罪は軽くなるぞ」


「言われなくても分かってる」


「女将さん達が店を閉め続けていたのは、お前達が街を荒らしていたからなんだな」


「荒らしてはいねえよ。あいつらと一緒にするな」



拗ねた子供のような言い方をしてそっぽを向いたガザンを見つめた。


この人も何かを見失っている。


そう直感的に感じた私は、アルスの胸から抜け出してガザンの元へと近づいた。



「ねえ、なんで私を狙ったの」


「ったく、お前も頭悪いな金欲しさにーー」


「違う。だったらこんな森に私を置くんじゃなくて、そのまま貴族の所に行けば今頃お金が手に入ってたはずよ」



吃るガザンに私は勢いをつけて言い放った。



「何に迷っているのか分からないけど、そうやって他人を巻き込んでまで、やり遂げなきゃ前へ進めないことなの?アルスを散々馬鹿にした言い方してるけど、あんたの方がよっぽど馬鹿よ」



先程までの恐怖心はどこへ行ったのか分からないくらい、今度は怒りが溢れてくる。



「アルスはね、辛い過去を背負いながらでも自分の信じるべき道を前へと進んできた。その苦労は人並みなものじゃない。それでも毎日頑張ってるアルスを馬鹿にするなら私が許さない」


「……黒髪、もういい黙れ。そいつの言う通り、俺は魔力がない」



ガザンが私の勢いをかき消すようにそう本音を漏らし、私は口を閉じた。


私を見上げるガザンは一つため息をついて、口を開けた。



「元々いい階級に生まれた俺だが、魔力がない。戦争のせいで家は破綻した。そんな俺に残されたものは……何もなかった」



ぽつりぽつりと話すガザンの声に私が耳を傾けていると、アルスも私の隣へとやってきた。



「盗みをして生きることしか俺には出来なかった。頼るべき相手もいなければ、家もない。俺と同じような境遇にいるはずのあんたが……すこぶる羨ましかった」



アルスを見て言うと、ガザンは力なく頭を垂れた。


戦争のせいで、未来あるはず人達が希望を奪われた結果がこういう事を引き起こしてしまうんだ。


でも、出来ないからって道を無理やり反らすのはおかしい。



「出来なくてもいいじゃない。人には必ず得意、不得意ってものがある。最初から全てを否定してしまっていたら何もできないのは当たり前でしょ」


「でも俺には帰るべき場所も何もないんだぞ」


「それは自ら拒んでいるからでしょう?見つければいいのよ」



そう、アルスみたいに笑顔でいっぱいの暖かい環境がある場所を。


自分の帰るべき場所を、作ればいい。



「魔力がない、それは私に取ってみては想像のつかないことだけど……それでもいいと思う」


「……」


「人にはそれぞれ良さってものがある。私はガザンには優しさがあると思う。本当は悪になんか染まりたくないんでしょ?」


「ああ……」



小さくでもハッキリとそう呟いたガザンに、私はそっと微笑みしゃがみ込む。


間違ったっていい、出来なかったらもう一度やり直せばいいんだ。


何かに迷うことはたくさんあるけれど、怖がってちゃ何も始まらない。



「大丈夫だよ、ガザン。自分の帰るべき場所と、やりたいこと……きっと見つけられるよ」


「ーートリプラーって落し物をひたすら探すだけの奴だと思ってたけど、この世界に馴染みすぎだろ」


「え?」



聞き返した途端、腕を掴まれてそっと耳打ちされる。



「帰れなくなる前に、その感情を断ち切れよ」



バランスを取ろうとした手が地面に着いた時、掴まれていた感覚がふっと消えた。


目の前にいたはずのザガンが姿を消した。


そう理解するのには時間がかかって、気づいたらアルスが私の顔を覗き込んでいた。



「助けに来てくれてありがとう、アルス」



そう笑ってアルスに言うと、急に抱きしめられた。


展開にさっきから頭が追いついてこない。


夜風がそっと吹き抜けていき、サラサラと木々が揺れる。



「心配したんだからな。急にいなくなるなんてカンナの……馬鹿」



子供みたいな文句に思わずクスリと笑ってしまう。


そんなアルスの背中に私も腕を回した。


暖かい温もりが全身を包み込んでいく。



「ごめんね。ちゃんと私ここにいるよ」


「大事な人を急に無くすなんてもう絶対に……嫌なんだ」



お父さんにお母さん、どちらもアルスのかけがえのない存在だったのに、急に無くした悲しみをアルスは知っている。


だからこそ、大切にする気持ちを忘れないんだ。


とことん本当にかっこいい人だ。


この世界に迷い込んでこんな素敵な人に出会えて、私はもしかしたら運がいいのかもしれない。


でもガザンが言った言葉に、私はようやく理解する。


最初にアルスに言われた『帰りたいと思う気持ち』が、濁っている。



「ねえアルス、私見つけちゃった」


「え?」


「私の落し物。でも、落し物は最初から自分の中にあった」



頬を擦り付けるようにアルスに甘えるけれど、自然と涙が滲む。



「私、自分に自信がなかった。毎日何気なく生きてはいたけど、周りと比べては自分に自信を無くして、壁を作ってた」


「そっか」


「でもアルスと出会ってこうやって小さな旅をして、落とした気持ちを拾い上げれた」



ガザンにも伝えた言葉は、私自身にも言えること。


間違ってもいい、自分の進むべき道を信じて前へ進めばいい。








ーーそして私は……帰るべき場所に帰らなければならない。





それは、アルスとの別れを意味することになる。





帰りたくない、そう思ってしまうのはいつの間にか私の心の中で大切と思うーーアルスの存在がいるから。


気づかなれば良かった、でも気づいてしまった。


この気持ちはきっと……



「アルス、私あなたが好き」



いつの間にか芽生えた恋心は、気づけばこんなにも大きくなってしまっていた。


でも、私とアルスは本来交わることの無い世界の人。


この気持ちを伝えた所で、私達は結ばれることはない。


それでもこの気持ちだけは伝えておきたかった。


後悔しないように、次の自分の道に繋げるために。



「私ね、最初はもうどうしたらいいのか分からなくて途方に暮れてた。でもアルスが私を助けてくれて、すごくすごく嬉しかった。本当にありがーー」


「お願いだから、行くな!」



私の言葉をかき消すようにアルスが強く言い放った。


きつく抱きしめてくるアルスに胸が苦しくなる。


私の頭や背中を愛おしそうに撫でてくるアルスに、キュッと下唇を噛み締めた。



「手助けするだけ、そう思ってたのに。一目見た時からなぜか心が奪われてた。きっとこの子といると楽しくて、幸せなんだろうなって考えたら止まらなくなって。手を繋ぐだけなのに胸が高鳴って……意識しちゃいけない、そうは分かってても無理なんだ」



嬉しい言葉なのに、切なくなる。


アルスはそっと抱きしめる力を緩めて私の額に、自分の額を当てた。



「カンナ、俺の物になって。もう気が狂いそうなくらい、君が愛おしくてしょうがない」


「アルス……」


「好きだ、カンナ。お願いだから……俺の傍にいて」



ゆっくりと唇に優しい温もりが広がっていく。


アルスの吐息と私の吐息が交わっていく。


落し物なんかしなきゃ良かった。


でも、アルスには会いたかった。


矛盾だらけのこの感情に喝を入れるかのように、アルスの温もりが遠ざかっていく。




……ああ、神様どうかもう少しだけ。





そう願っても時間は止まってくれなかった。


私の体が光に包まれ徐々に薄くなっていく。



「やめろ、カンナ!お願いだから、行くな!」


「ごめんねアルス、もう終電の時間に間に合わないみたい」



アルスが必死に抱きしめるけれど、私の体は消えていく。


そんなアルスから少しだけ離れ、今度は私からそっとアルスにキスをした。


少し驚いた顔をしたアルスに小さく微笑んで、小さく手を降った。



「ありがとう、アルス。私絶対アルスのこと忘れない」


「カンナッ!」


「アルスが保証してくれたから、私自分の道見つけてちゃんと前へ進むね。だからーー」



最後の言葉はアルスには届かなかった。


眠気が急に襲ってくるような感覚と共に、体が軽くなっていった。






******



出発します。閉まる扉にご注文ください。


次の駅はーー……



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