二ーグディロスト

瀬戸森羅

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解樹歴元年ー

喪い、しかし君は生きて

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  昨日まで笑い合っていた者たちが、二度と動かぬ屍になる。想像し難い事だった。夢を見ているかのようだった。しかしそれは現実で、しかしそれはあまりにも現実離れしていた。
  見たこともない怪物が現れた。それは巨大な獅子のようで、しかしそれは鷹のようでもあった。獰猛な気性で人々を襲い、その恐ろしく鋭く残酷な牙で腸を引き裂いていく。それを喰うでもなくただ街を血で染めていく。やがて広場は真紅に沈み先程までの凄惨な悲鳴の渦は掻き消え、築き上げられた背徳的な山の上に静寂のみを残した。
  僕はただ息を潜めてその山の中で怪物をやり過ごしていた。怪物は全てを引き裂いたと思ったのか、翼を広げると憎くなるくらい快晴の空へ羽ばたいていった。怪物はとうとう最後までただの一口もその屠った者たちを喰らうことはなかった。逆に言えばこれを全てたいらげようとしたならば、僕は助からなかっただろう。
  命があった。むせ返るような臭いの中でただぼんやりとその言葉だけを反芻していた。慣れ親しんだ街は瓦礫と硝煙に塗れ、その全てが紅く黒い血に沈んでいた。やがて僕は意識を失った。

「おい!起きたぞ!」
  僕がベッドの上で身を起こすと、近くにいた男が声を上げた。そもそもここはどこだ?夢であって欲しかったが、家のベッドでないことは確かだ。
「何か憶えているか?!話せるか?」
「おいよせ!そいつはあの街の数少ない生存者なんだ。あまり刺激してやるな」
「だが…あの出来事から始まる異常生物の襲撃事件の重要参考人でもあるんだぞ」
「だからこそだ。慌てるな。黙秘されたらそれこそおしまいだ」
「えっと…なにが起こったんですか…?」
「あのな…。その…なんだ…」
 僕の問いに男が言葉を詰まらせる。
「単刀直入に言おう。君の街は滅んだ」
 だがもう片方の男は実にあっさりと衝撃的なことを言い放った。
「え…」
「憶えていないのか?」
「いや…憶えて…います…。みんな…みんな殺されて…うぅ…」
「辛かったろう…。それで、その仇は見たのか?」
「はい…」
「特徴を覚えているか?」
「獅子と鷹の特徴を合わせたような…そんな怪物でした…。みんなを……したあと…空に向かって飛んでいきました…」
「ふむ…やはりそうか…」
 男は顎に手を当てると急に考え込むように黙ってしまった。
「空想上の生物が各地で暴れ回る…か。フィクションではぱっとしなくとも現実に、それでいて人に牙を剥くとなると恐ろしい存在になるな…」
「少年の街に現れたやつはまた強力な生物だったな。街が破滅させられてもおかしくはない」
「あのっ…!僕…これからどうすれば…」
「あぁ、すまん。この後も捜査の協力を頼む」
  それから僕はこの人たちに色々と質問をされた。
「よし、もういいか」
「辛いところ悪かったな…。だがお前の仇は必ずとる。心配するなよ」
 背中をぽんと叩かれ勇気づけられる。しかしこの陰惨な気分はどうしても晴れる気はしなかった。
「うん…」
  自信なさげに返事をして部屋を出ると知らない廊下が伸びていた。
「おっとすまん。君は眠っている時に運んできたんだったな。係の者を呼ぶ。少し待ってくれ」
  三分ほど待つと白い服を着た女の人がやってきた。
「この度はご協力に感謝します。外にご案内いたします」
 その人はうやうやしく礼をした。
「あの…ここはどこなんですか?」
「ここは緊急事態対策機関アンシェロー。あなたの住んでいた街から遠く離れたフリディリアの街にあるわ」
「僕は…あの街のことしか知らないんだ…。ここはどこなんだ…どうすればいいんだ…僕は…どうすれば…」
 右も左もわからない状況に僕は頭を抱えることしかできなかった。
「……あの、僭越ながらご助言させていただきます。あなたはこれから多くのことで悩み苦しむでしょう。住む場所を失い、友を失い、愛する者をさえ失い、果てなき絶望に沈むでしょう。しかし、必ず光はあるものです。諦めなければ、必ず彼らに報いることができましょう」
「僕…こどもだからわかんないよ…」
「ならば簡単にお伝えしましょう」
 僕の嘆きをはねつけるようにその人は咳払いした。
「え…」
「強くなりなさい!」
 気迫のこもった喝が僕に突きつけられる。
「そんな…無理だよ…」
「いいえ、感じます。あなたには才能がある。何故怪物に見つからなかったと思いますか?それはきっと単なる偶然ではなかったはずです」
「お姉さん、言ってることおかしいよ…」
「いいえ!おかしくありません!あなたは私の家に来るのです!」
  そう言うと女の人は僕をひょいと持ち上げると走り出した。
「ちょっと!何するの!下ろして!」
「私の家に!来るんですよっ!」
  女の人が廊下を抜けてガラスの大きな扉を開けると、空調慣れしていた肌がじっとりとした蒸し暑い大気に触れた。
「そうです…。ここがフリディリア。あなたが暮らす街です…」
 外に出るとその人は走るのを止めゆっくりと歩き出した。
「いや、だから僕…暮らすなんて…」
「いいえ、暮らすんです…」
「なんでちょっと落ち着いてるのさ…」
「もう家に帰るだけですから」
 そう言うと僕を降ろすことなくずんずんと道を進んでいく。
「うわー!待ってよ!僕はじゅうようさんこうにんなんでしょ?」
 身の危険を感じた僕はその腕の中で力の限りもがいた。でもその抵抗も全くなんの意味も成さなかった。
「あんまり意味もわかってないくせにきいたばっかりの言葉を使うんじゃありません」
「そんなことないって!」
「どちらにせよあなたのことは街で自由にさせることまでしか言われてません。…あなたに、家はないのです」
「……そりゃ…そうだけど…」
「だから、私があなたを強くします」
「その強くするってのが…わかんないんだよ」
「あなたは…仇を討ちたくないですか?」
「あの怪物を倒すってこと?」
「そうです。見たところあなたには強くなる素質があります。それは私が保証しますから」
「…でも、いいの?」
「何がです?」
「僕を住ませてくれるんでしょ?」
「遠慮はいりませんよ。私はあなたのような人を探していたんです」
「じゃあ…頼みます…えっと…」
「ルルーと申します」
「ルルー…さん」
「はい。では参りましょうか」
  ルルーさんはやっと僕を下ろしてくれた。ガッチリと掴まれていた時は身動きひとつ取れなかった…。この人は何者なんだろう…。
「ところで、ルルーさんはこういうことを結構してるの?」
「いや、あなたがはじめてです」
「やけに手馴れているようだったけど…」
「私には失敗はありませんから」
  多分…誘拐だよね…これ…。でもあの男の人も街に放置するつもりだったみたいだし…ストリートチルドレンになるくらいならばこの方が良いことは明白だろう。

「さて、ここがあなたの家になるんですよ」
「わぁ…」
  それはただの係員の家と言うには似つかわしくないような大きな屋敷だった。
「あ、ちなみに私はアンシェローの案内係員ではなく特別遊撃隊部隊長…。あの人達はスタッフをいちいち覚えてないのですり変わりやすいです」
「やっぱりすごい人だったんだ…。あ、でもそれってぐんきいはんってやつじゃ…」
「あなたは子どもだからそう思うんですよ」
「ぐ…」
 多分違うんだろうけどルルーさんは平然とそう言い放つ。
「それじゃああなたの部屋を用意しましょう」
  簡素なベッドと、机と椅子の置かれただけの部屋に案内された。
「ここを好きに使ってください。床や壁に穴を開けない限りはなんでもするといいでしょう」
「ありがとうございます…」
「トレーニングルームも用意してありますので、そこも使ってください」
「使い方が…」
「大丈夫です。みっちり教えますから」
「……」
「楽しみでしょう?私もです」
  薄い表情が少しだけ和らいだ気がした。最もこちらは恐怖でしかないのだけれど…。
「あとは食事場と浴場ですね。もういい時間ですからご一緒しましょう」
「え…」
「お風呂も…一緒がいいですか?」
  ルルーさんは突然耳元までしゃがみこんで僕に囁いた。
「い…いや、その…」
「……寂しくなったらいつでも来てください。私は拒みませんから」
「…はい」
  まあ、そんなこと恥ずかしくて言えるわけがないが…。
「では食事の準備をしますので。あなたも手伝ってください」
「うん。お願いします」
「えらいですよ。じゃあこれを…」

  しばらく手伝うと夕食は完成した。
「あなた、意外と器用なんですね。私の見込んだ通りです」
「お母さんの手伝い…よくしてたからサ…」
「……失礼しました」
 僕が視線を逸らしたのを察してルルーさんは謝罪の言葉を出した。
「いや、ルルーさんはなんだか…お母さんみたいで…つい昨日まで一緒にいたはずなのに…懐かしく感じた」
「……お姉ちゃんとなら呼んでもいいですよ」
「遠慮しておきます」

  夕食を終えて浴室を借りた。…今でもまだ信じられない。全部を失った。でも命だけは残っていて、それが今こうして食事をして、風呂に入って…そして、仇を討とうとしている。
 僕は必ず強くなる。ルルーさんの許でなら、絶対に強くなれる。だから、僕はもう逃げない。
「よいしょっと」
「えっ!?」
「ふぅ…やっぱり寂しいだろうと思いましてね」
  ルルーさんが浴室に入ってきてしまった。
「それにまだあなたとは色々と話しておきたかったんです」
「また後でもいいんじゃ…」
「裸の付き合いって言葉があるんです。こういう場所の方が話しやすいものですよ」
「女の人とじゃそうじゃないと思うけど…」
「子どものくせに何言ってるんですか」
「う…」
 そうは言っても僕はルルーさんの方を向くことはできなかった。
「そうそう。1番大切なことを訊こうとしてたんですよ」
「なんですか?」
「あなたの名前、きいてなかったです」
「あ…忘れてた…」
「教えてください」
「僕はジェイク。よろしくお願いします」
「ジェイクくん…ジェイくん…ジーくん…うーん…」
「何言ってるんですか…」
「いや、いい呼び名はないかと思いまして…」
「ジェイクでいいですよ…」
「じゃあこれからはいっくんって呼びますからね」
「全然違う名前じゃん…」
 言いにくそうな呼び名なのにルルーさんは満足気な顔をしている。
「頭洗ってあげますね」
「も、もういいですよ~!」
  僕は浴室から逃げるように飛び出した。


「はぁ…。これからどうなるんだろ」
  ベッドに腰掛けて窓から空を眺めた。ちらほらと星が輝いていて、僕のことを見下ろしていた。
「眠れないんですか?」
  星を眺める僕の真後ろに、ルルーさんがいた。
「また!?いつの間に入ったの!」
「ついさっきです。今日あったことは…寝付くまでに色々と頭にチラつくと思いましたので。私が寝かしつけてあげます」
「いいよ…。子どもじゃないよ僕は…」
「子どもですよあなたは」
「ぐ…」
 これについては正論である。
「ほら、布団に入りましょう」
「え、ちょ…一緒に入るの?」
「あたりまえです」
  そう言うとルルーさんはもうすっかりベッドに入ってしまっていた。
「いっくんの分も空いてますから」
「その呼び方やめてよ…」
  住ませてもらってる限りは仕方ないと思い僕はベッドに入ることにした。…2人用のベッドではないからとても狭い…。
「あの、狭いんですけど…」
「それがいいんじゃないですか」
  そう言うとルルーさんは僕をぎゅっと抱き寄せた。
「苦しい…」
「抱き心地は満点です」
「これじゃあ眠れないよ…」
「おっと、そうでした。眠らせるのが目的でしたね。それでは歌でも歌ってあげましょう」
  ルルーさんは優しい歌声で子守唄を歌い出した。今日のこと、昨日までのこと、色々と思い出して僕は、泣いてしまった。
「あらあら、結局こうなっちゃうんですね」
「うぅぅ…」
「まあ、沢山泣くといいでしょう。泣き疲れたら、おやすみなさい。私がずっとそばにいてあげますからね」
  歌を歌うルルーさんの胸の中で、僕の意識はやがてゆっくりと溶けていった。
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