その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

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19.一人あたり十秒弱

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 華鳳の間へ向かうと、確かに離れへと至る門の前に屈強そうな男が二人立っていた。
 西園寺と二人でこそこそと近くの茂みに隠れる。

「どうするんですか?」
 一応変装はしてきたのだが、西園寺が帽子にサングラスをしたところで意味がない。見た目だけでなく体格からも特徴がありすぎる。
「……一人あたり十秒弱だ」
「それって締め上げるってことですか?」
「他にアイデアがあるのかよ」
「……暴力的解決以外にないんでしょうか?」
「あんな舐めた真似をする奴ら相手に遠慮なんて必要ない」
「確かにあくどいことだとは思いますが……」

 久世が自らここ蓼科へと来た理由とは、簡単に言えば恫喝されたからだった。
 レイプされたときの写真を撮られて、それを親に見せると脅されたのだと言う。
 櫻田本人が名のしれたインフルエンサーでもあるため、全世界にばらまくわけにはいかないから久世の両親の名を出したのだろうけど、だとして我が子の恥ずかしいシーンを見せられるだけだ。しかも相手は婚約者である。
 久世が同行する程度の理由にはなっても、西園寺がそこまでブチギレる理由となると、正直なところ理解できない。

「ああ、雅紀は透の母親のことを知らないのか?」

 久世の母親?
 神妙なほどの表情をした西園寺に何のことなのかを問い返すと、ブチギレるのも納得の理由を知ることとなった。
 久世の母は、久世と同じく気弱で引っ込み思案の性格なのだそうだが、そのレベルは段違いなほど高く、社交性はゼロなうえに人の話をまるで聞かず、思い込みが激しいタイプなのだと言う。
 結婚前のご令嬢を無理やり手籠めにしたなどと写真を見せられ、もしも信じ込んでしまったら、息子と自分を責めて寝込み、果ては自殺をも考え込んでもおかしくない。脅しの本懐は、常にマイナス思考がゆえの母の性格を計算した点にこそあるのだと言う。

「つまり透は、自分の母親の命を握られているってことですか?」
「飛躍してるように聞こえるかもしれないが、まあそういうことだ。一度でも会ってみればわかる」

 そんな人を母に持っていて、よく同性愛者として生きてこれたな、とぞっとした。
 世間体を気にして命をも天秤にかけるほどの極端な思考の持ち主の母がいて、結婚しない選択なんてできないんじゃないだろうか。
 もしかして暴力を正当化するために、大げさに盛ってるだけなんじゃないか?
 疑念を覚えつつも、確かに15分以内に済ませるためには、他にめぼしいアイデアはないとも考える。どちらにせよ盗撮という罪はすでに犯しているのだし、ガードマンというからには覚悟もあるはずだと、考えを変えた。

「十秒ほど気を逸らせばいいんですね?」

 確認のために問いかけると、西園寺はにやりと不敵な笑みを返してきた。

「十秒も要らないと思うがな」
 
 じゃあ、と持ってきた酒を手に立ち上がる。
 平凡で特徴のない自分なら、パーマがかった金髪のウィッグと伊達メガネをつけて、西園寺から借りた高級スーツをまとうだけでも、ぱっとみた印象はかなり変わっているはずだ。
 門へ向かうべく歩き出したところ、西園寺が逆方向へと消えていく姿が見えた。

「ここって、櫻田瑞希さんの部屋?」

 ガードマンに近づきながら問いかける。しかし、当然だとでも言うように無視をされた。
 
「ねえ、聞いてる?」
 
 不満げな声をあげたところ、じろりと睨まれる。
 
「部屋を間違えている。ここに訪問者の予定はない」

 ようやく口を開いてくれた。が、これまた当然のごとくにべもない反応だ。

「予定はない? だって瑞希さんから呼ばれたんだよ?」
 がっかり、という演技をしておもむろに煙草に火をつけた。
「おい、こんなところで吸うな」
「……なんで? ここは喫煙禁止とか?」
「そうだ」
「どこにそんな注意書きがあるの?」

 絡みながら、ふぅと目の前に煙を吐いてやる。

「……俺が吸ってんだから、あんたたちが吸っても同じだろ?」

 言いながら、箱を差し出してみた。
 煙に対して顔をしかめつつも、咳き込んだり顔を背けたりしない反応を見るに、二人とも喫煙者であると判断したからだ。
 長時間ニコチンを経ていない喫煙者は、たとえ他人の煙でも吸いたくなるのである。
 しかし、さすがは名家のご令嬢をガードするだけはあり、誘惑には乗らないらしい。

「ねえ、本当に呼ばれたんだって。ここに彼氏と来ているからって」
「訪問者の予定はない」
「さっき連絡がきて飛んできたから、事前に決まっていた予定じゃないんだよ」
「その場合もこちらに報せがくる」
「これからくるんじゃないの? 瑞希さんの婚約者って、久世家の長男だろ?」
「……おまえの名前は?」
 おっ、ようやく反応してくれた。副流煙でも多少はニコチンを吸収できるため、苛立ちが和らいできたのかもしれない。
「俺?」
「一応確認する」
「ああ、聞いてみてくれ。そしたらすぐにわかるはずだ。俺は……」
「くっ」

 答えようとした瞬間に横からうめき声が聞こえた。しかし、当然ながらガードマンも相棒の様子に気がついている。さすがの素早さで、腰のあたりから警棒のようなものを取り出した。
 
「……生田雅紀だ」

 警棒が西園寺に向けて振りかざされたとき、すかさず自己紹介をする。

「えっ?」

 ガードマンは、西園寺からこちらへと視線を向けた。
 そのとき、どさりと地面のうえに倒れた音がして、同時にガードマンが釣り上げられた。

「相手が調べ上げているであろうことを逆手に取ったか」

 190センチを超える上背でヘッドロックをキメている西園寺が、にやりとした笑みで言った。
 疑念を抱えているであろう相手には、もしかしたら、と気づかせるよりも先に意表を突く。どれほど真に迫った嘘をついたとしても、根回しもしていない状況では事実が一番有効だ。

「とりあえず、どこかに隠しましょう」
「じゃあ、裏手にでも運ぶか」
 
 二人でガードマンを裏手へとひきずり、木の幹に縛り付けた。どの角度から見ても完全に犯罪だけど、すぐに目覚めるだろうから、仕方がないのである。
 見た目の印象と演技でどこまで別人に見えたかの懸念はあるものの、まさか本名は名乗るまいとまで深読みをしてくれたらありがたい。
 
 西園寺とともに母屋の待合スペースへ到着し、ウィッグと眼鏡をポケットに突っ込んだ。そのすぐ後に久世が現れた。ギリギリセーフである。
 とりあえず話すのは後にしようと言って、説明もそこそこに久世を連れて部屋へ戻った。
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