その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

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27.さっきの続き、して

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 あれがただの煙草ではないことには真尋もすぐに気がついたと思う。

 貧乏くさい例えになってしまうが、UFOキャッチャーの筐体の中にあるものというのは、お店に並んでいたら手に取りもしないのに、なぜか惹かれてしまうものである。
 そして、100円程度ならいいかという気安さで、思わずプレイしてしまう。手に入れたいというよりも、ゲーム性を目的とする場合もある。
 どんな理由にせよ、100円を入れた瞬間、筐体の中にあるプライズ品との関係が生じる。そこまで欲しいものでもない。ただ、なんとなく惹かれた程度の、不必要でさえあるものとの間に。
 ほとんどが、数センチと持ち上げられずに終わるものだが、もしあと一歩というところにまで運べたらどうだろう。
 その商品の価値以上の金額をはたいてでも、落としてみたいとムキになるはずだ。
 最初からゴールのそばにあった場合にはそこまでムキにならない。自らの手で近くにまで運んだからこそ、その欲は強化されるわけである。

 真尋が自分に近づいた理由は、瑞希に命じられたから。それに間違いないと思う。
 ただ、彼女が自らの意思で部屋に留まり、合意を示したのは彼女自身の判断だ。仕事が理由だとしたら、不必要どころか、むしろヘタを打った真似と言えることなのだから。
 自分のくさすぎる誘惑にも簡単に陥落したのは、自らの手でゴールのほうへと運んできたからだ。さして欲しくなくても、手に入るならと考えないだろうか。
 つまり、真尋にとって命令は最初の100円で、じわりじわりとゴールにまで自ら持っていき、媚薬を差し出されたのは、穴の枠に引っかかったことと同じだった。
 そして媚薬によって高ぶらされた彼女は、なおのこと、最後の一歩を踏み出さずにはいられなかったのである。
 
「櫻田さんから誰も通すなと言われております」

 真尋が案内してくれた部屋は、華鳳の間からさらに数棟先の離れだった。
 
「その瑞希から頼まれているんだ」
 真尋は苛ついた様子でガードマンに詰め寄っている。部屋の前には二人立っており、西園寺が締め上げた相手よりもさらに屈強そうだ。
「櫻田様に確認いたします」
「……私を疑うのか?」
 答えながら、真尋はジッパーを下ろして肩を露出させた。そこには右肩の蝶ならぬ左肩の蝶がある。
「申し訳ありません」

 それだけで通じたようで、ボディガードはドアを通れるように身を引いた。
 鍵のかかっていないドアを開けて前室へ入ると、そこには誰もおらず、パソコン数台をほど乗せた机が設置されていた。
 西園寺はまっすぐに部屋のほうへと向かっていく。追いかけようとしたところ真尋に捕まってしまって、首元に腕を回してキスを求められた。彼女は舌を絡ませながら、焦れているとばかりにジッパーを下ろしていく。
 
「中で楽しみましょう」
「……もう、待てない」

 思考をぐずぐずにさせるためだったとはいえ、媚薬の効力が強すぎたようだ。
 
「なにがあったんだ?」
 
 襖越しに西園寺の驚く声が聞こえてきた。
 
「……あの程度で乱交なんてよくできたと思うよ。誰も満足させてくれやしない……それより、逃げたはずじゃなかったのか?」
 八乙女の声もする。真尋を離そうともがいている間に、整えたばかりのシャツのボタンが次々に外されていく。
「俺たちの存在がバレてしまったんだ。雅紀は、この部屋を突き止めるために……」
 西園寺の返答に合わせて足音が近づいてきた。
 久世はどうなったのだろう。不安が焦燥へと変わり、次はとベルトにかけてきた真尋の手をつかんで、なんとか引き剥がそうとする。
 
「なに? その女」
 
 襖の開く音と同時に、王の怒号が耳をつんざいた。
 
「志信さん、透は?」
 
 問いかけながら振り返ると、八乙女は下着一枚のうえにガウンを羽織っただけの姿で、真尋を睨みつけていた。そして、なぜやら彼の後ろから、もくもくと煙が舞い込んできている。
 
「外だよ……そんなことより、その女はなんだって聞いてるんだけど」
 八乙女の怒声を聞きながら、あの煙はいったいなんだろうと考えて、徐々に目がかすんでくる。
「案内してもらったんだ」
 西園寺の声がしたと同時に、目の前がぐにゃりと歪み始める。身体も熱くなってきている気がする。
「なんのためにだよ」
「だから、透を助けるために」
「なんだって? ぼくに任せろって言っただろ?」
 首元にまわってきた腕を引かれて、真尋にキスをされた。さっき見たばかりの蝶のタトゥーを見て、いつの間にやらボディスーツを脱いでいることに気がつく。
 それと同時に顕になったふくよかな胸元が目に入り、その弾力に惹きつけられてしまう。
「いや、さすがに腕ずくでこられたら無理だろうと」
 むらむらと高ぶってくる。この疼きをどうにかできないだろうか。
「ぼくを舐めるなよ。なんのために櫻田ともやったと思ってるんだ?」
「……志信が全員つぶしたのか?」
 舌を絡められて頭がぼうっとしてしまう。彼以外は拒否したいのに、抵抗の力が入らない。
「ほとんどが薬の時点でつぶれたけどね。この程度で乱行なんて笑わせるよ。久しぶりにタチ役もやったけど、誰も満足させてくれなかった」
「瑛里華は?」
「即帰らせた。さすがのぼくでも身内だけは無理……そんなことよりも、いい加減あの女を引き剥がしてくれないかな?」
「……ああ」
 
 真尋の身体がようやく離れていった。安堵する冷静な頭と、物足りず高ぶる劣情がせめぎ合う。
 
「おまえは透のとこへ行け」
 
 西園寺の声を聞きながら、その場にへたり込みそうになる。いや、くらくらとしているが、下半身の疼きをなんとかしたい気持ちのほうが強い。むらむらとして疼くこれは、これまでに経験してきた欲情の比ではない。
 
「雅紀くん、ぼく以外の孔に突っ込んじゃだめだよ」

 八乙女の手が背中に触れ、歩くよう誘導される。
 襖の向こうに出ると、一時間前モニター越しに見ていたそこは今や静まり返っており、もくもくと煙が漂う空間の床に、裸の男女があらぬ姿勢で横たわっていた。
 真尋は?と振り返ると、押し倒さんばかりに西園寺にすがりついているところだった。
 彼女の気持ちが痛いほどわかる。快楽を得られるなら、誰が相手でもいい。場所もどこであろうが、呼吸を求める以上にこの高ぶりを解消したいのである。

「あの女は、二度と雅紀くんに手を出させないから、安心してね」

 その声を最後に、八乙女は離れていった。目の前にあるガラス戸を開けると、目の前に見えた庭園へと至るドアの向こう側に、人影が見えた。
 もつれる足を動かしてそこへたどり着き、かつんと音をならしながら取っ手をかすめて、崩れ落ちた。
 
「雅紀?」
 ドアの開いた音の直後に、久世の驚いた声が聞こえてきた。
「……透」
 抱き寄せてくれた久世にしがみつく。彼の体温と匂いを感じて、安堵すると同時にどうしようもないほど高ぶってくる。
「どうした?」
「だめっぽい」
「何かされたのか?」
「違う……さっきの続き、して」


 ※※※



 ふと気がついたとき、瞼の隙間から光が漏れ入っているのを感じた。強すぎるその明るさに太陽が上っていることに気づく。

「大丈夫か?」

 サンローランの香りがふわりと漂い、抱き寄せてくれているこの温もりは彼であることに気がついた。

「……うん」
 
 目を開けると、不安げに覗き込んでいる久世が目に飛び込んだ。その後ろには横へ流れていくビルが見える。かすかに微動を感じることからも、車に乗っているらしいことがわかった。

「吐き気とかある?」
 久世からの問いになぜだろうと考えて、朧げながらも、徐々に記憶が蘇ってくる。
「僕、なにかやばいことした?」
 ぞっとしながら問いかけると、彼ははっとした顔を真っ赤に染め、目を泳がせ始めた。即答しないところが怖い。何をしたのだろう。
「なに? どんなことをしたとしても受け入れるから、言ってよ」
「いや……すごくよかった」
 うっとりと艶のある声で応えた久世に、ぎゅっと抱き寄せられる。
「何が……」
 何がよかったのかを問いかけて、途中で気がついた。また人前でしてしまったっぽい。
 頭を抱えたくなるも、目元や頬、耳から髪へとキスの雨を降らせてきた彼の反応を見るに、なにやら満足そうではある。

「透、足元にクーラーボックスがあるだろ?」
 
 運転席から西園寺の声がする。
 
「ああ」
「酒ばかりだが、水もあったはずだ。雅紀に飲ませてやれ」
 わかった、と答えた久世がごそごそと中を探って、見つけ出したミネラルウォーターを甲斐甲斐しくも飲ませてくれた。
「ありがとう」
「もういい?」
「うん……今何時? どこに向かってるんだ?」
「六時過ぎで、俺の家だ」
 
 ペットボトルを片付けている久世ではなく、西園寺が答えてくれた。
 
「宮本さんは?」
「誰だ?」
「あの……僕が同行をお願いした女性です」
「ああ」
 
 思い出したような声をあげた西園寺は、おかしげに説明し始めた。
 あのあと、自分が久世に相手をしてもらっている間、ガラス戸を隔てた部屋のほうでは、媚薬で充満した空気の中、完全に頭が飛んでしまった真尋を八乙女が相手をしていたらしい。
 西園寺が既に始めていたというのに、なぜ交代する必要があるのかと不思議に思ったら、「雅紀くんに欲情するなんて許さない」との理由でお怒りだったそうだ。何人、いや十何人と相手にした八乙女はさすがに疲弊したらしく、助手席で寝息を立て始めて以降まったく起きる気配がないのだと言う。

「志信がここまで執着するのは珍しい」
「志信さんが執着?」
 嫉妬はせずとも執着はするというのだろうか。いったい何に?
「ああ。気に入った途端、透に取られてしまったせいもあるだろうが、ここまでムキになるのはそれだけじゃないと思う」
「それって、僕のことですか?」

 好意を感じてもらえていることはわかっていたが、良くて友情、悪くて戯れの対象くらいに思っていた。

「……どうした?」
 久世がまた抱き寄せてきた。さきほどよりも力が強い。
「別に」
 小声でぽつりと答えた声を聞いて、もしかして不安になったのだろうかと思い当たる。
「僕には透だけ……」
 言いかけて、反省したばかりだったことを思い出した。
「愛してるよ」
 言い添えると正解だったようで、「俺も」と言った彼に、力の限りというほどの強さで抱きしめられた。
 
 想いが通じあえていると思い込んでも、口にしなければ伝わらない。人の気持ちは簡単に変わっていくものだからだ。
 だから、愛する彼が二度と不安にならないよう、伝え続けなければならない。
 たとえ、半日前という、まさかと思うような頻度であっても。
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