その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

文字の大きさ
37 / 54

37.その手に乗らないためには

しおりを挟む
 瑞希のマンションを出たあと、待機してくれていたジャガーの助手席に乗り込んだ。

「呼び出さずに解決か?」

 運転席から西園寺が訝しげに声をかけてきた。
 もともとの計画では、途中で西園寺と弁護士を呼び出して対峙する手筈になっていたため、驚いたのだろう。

「いや、まるで振り出しだ」
「えっ? なにがあったの?」

 後から声がしたので振り返ると、後部座席には弁護士だけでなく、八乙女の姿もあった。
 
「志信さん? どうしたんですか?」

 かなり久しぶりである。忙しくて気に留めていなかったが、考えてみればかれこれ一ヶ月以上顔を合わせていなかった。

「クライマックスでしょ? 見学したいと思ってね」
「観客ってことですか?」
「いいじゃん。で、振り出しってどういうこと?」

 促されるも、弁護士の前で話すにはディテール部分に気を使うため、自宅へと送り届けてから、瑞希の部屋で起きたことを説明した。

「なかなかの趣味だね」
「あの顔でそんなことされたら最悪だな」

 にやにやとした八乙女とは裏腹に、さすが久世の元彼なだけはある西園寺のほうは、こちらの心境を推し量ってくれた。

「結果的に、なんの解決にもなりませんでした」
 
 ため息交じりに言うと、八乙女は「そうかな?」との反論を返してきた。
 
「フランスはとっくの昔に貴族制度なんてなくなってるよ。言いくるめられてるんじゃないの?」

 西園寺が「ああ」とその事実には肯定しつつも、割って入ってきた。
 
「だが、名乗っているやつはいるし、何だったか協会みたいなものは存在しているはずだ」
「そうなの? まあ、櫻田家の50倍だっけ? 資産はあるようだし、名ばかりでも伯爵夫人になれるなら、ファーストレディを諦めてもいいってことなのかな?」
「そのファーストレディに関しても諦めたわけではないかもしれない。相馬も一応は血統的に首相の孫なんだからな」
 
 西園寺の指摘にも、八乙女は相変わらずの調子でせせら笑う。
 
「血統? バカバカしい。そんなのはおまけであって、重要なのはコネと履歴だよ。久世の名も継がず、しかも未婚で生まれた息子だろ? その程度でのし上がれるほど甘くはない」

 ぴしゃりと言った八乙女は、普段のひょうひょうとした王侯貴族然とした調子とは違って、名家の跡継ぎたる表情になっていた。
 最近はスマホゲームにのめり込んでいる様子だったが、会社へ通い始めたとも聞いていたから、遊び呆けてばかりいる頃とは心境も変わってきているのかもしれない。

「じゃあ相馬の狙いはなんだと思いますか?」
「なんでぼくに聞くの?」
「やっぱり同じグリードの志信だろ、やっぱり」
「グリードってのは否定はしないけど、雅紀くんに不愉快な真似をする奴らと一緒にされるのは面白くないな」
「……申し訳ありません」
「いいけど……ていうか、こんなのぼくじゃなくても考えつくだろ。要は透に一泡吹かせたかっただけの話じゃん。あいつは人より恵まれているくせに、それを利用しようともせず、無欲だし、そのうえ苦手なものもないだろ? 誰でも苛つくよ。櫻田を寝取ったのも、一応は対外的な婚約者なんだから、奪い取りたかったってだけだろ」

 非常に納得のいく分析だった。
 グリード仲間というよりも、八乙女と昴は久世に対して抱いている感情が同種だからかもしれない。
 
「確かに、弟の不幸が自分の幸福なんて台詞をその男に向かって言うんだから、相当歪んでいるよな」
 西園寺の感心した声を聞いて、その台詞を吐かれた場面を思い出してしまう。
「しかもセックスを見せつけながらですからね」
 思い出すだけで吐き気がこみ上げてくる。
「そうやってダメージを受けていると相馬たちの思う壺だ。忘れろ。それより別の計画を立てなきゃならん」
 
 西園寺の言うとおりだ。やつらの手に乗っている場合ではない。
 セックスなんて、単なる行為だ。
 八乙女が以前言っていたように、手を繋ぐのと似たようなものだと思うようにして忘れたほうがいい。
 計画の仕切り直しのほうが重要というのも同感だ。
 まさか実の兄から妨害を食らうとは思わなかったが、早いところ気持ちを切り替えて、別のアイデアを考え出さなければならない。
 そう、兄の妨害なんて……と考えてふと思いつく。
 
「あのさ、久世の血を引いていればいいってことは、透の妹さん、悠紀さんだっけ? 彼女が婿を取るってのはだめなのかな?」

 問いかけると、西園寺は珍しく顔を強張らせ、返答に詰まった様子を見せた。

「その反応はなに? どんな人なんだ?」
「……いや、透から聞いていないのか?」
「存在自体この間知ったばかりだ」
「帰国してからの様子は知らないから、今も相変わずかはわからないが……」

 そう言いながらも西園寺が口重く説明してくれたことによると、久世の妹である悠紀は、二歳上の兄と比較しても劣らないくらいの変わり者らしい。
 婿を取ることが難しいとされる理由は、金を積んで異国の大学を卒業しなければならないほど勉強嫌いだからでも、父親そっくりの不器量のせいでもなく、会話が成り立たないからだという。

「会話が成り立たないってどういうこと? 知的障害があるとか?」
「……いや、そういう意味ではない。簡単に言うと自分の世界に浸りきってるから……要は、重度のオタクなんだ」
「オタク? 映画バカの透と同じじゃん」
「透はまだ可愛げがある。あいつも一方的なところがあるが、一応は会話が成立してるだろ?」
「え……」

 あれ以上のオタク語りなんてものがあるのだろうか。
 まさかと思っていたところに、八乙女が詳しく解説してくれた。
 
「あの子の場合は度が過ぎているんだよ。挨拶くらいはできるけど、会話のキャッチボールが続かないんだ。こちらの世界にまったく興味がないって感じで、『はあ』とか相槌にもならないような反応しか見せないし、目を合わせないどころかうつむきっぱなしだしね」
「どんな場でもスマホばかり見てぶつぶつ何か言ってるしな」
「人から離れれば遠巻きにこちらの様子を見てるから、完全にやばい子ってわけじゃないんだけど」
「……神代を覚えているか?」
 
 いきなり西園寺が懐かしい名前を出してきた。
 神代とは、晶の相手を久世から逸らすために別の婚約者として提案した名家の御曹司だ。

「うん。神代氏がどうしたんだ?」
「後になって聞いた話によると、神代のところには悠紀が嫁ぐことになっていたそうだ」

 そんなところが繋がっていたとは驚いた。
 しかし、納得もいく。神代氏は一人息子だという話だから、婿に入ることができない理由にも繋がってくる。

「だから出ていくはずだって話だったんだ」
「ああ、あいつの母親が言ってたのか?」
「そう……でもまだ婚約の段階なら、相手を替えることはできる?」

 問いかけると、西園寺が答える前に八乙女が笑い声をあげた。

「あの二人がくっつかなかったら、被害者が二人出ることになるって」
「被害者って……」
「まともに会話できない同士、その二人に収まってもらわないと」

 酷い言い様だが、言わんとすることはわかった。
 神代氏は精神的疾患があるという話だから、会話の成立しない悠紀と二人、そこでまとまって欲しいということなのだろう。
 だとすると、もしかしたらそれ以外の要因はないのかもしれない。他に現れたら変更が効くのではないか。つまり、婿に入ってもいいという相手が見つかれば、一挙解決するのでは、と思いついた。

「僕が婿に入るってのはどう思います?」

 御曹司連中の中では神代一択だとしても、婿に入るからと言えば一般人でもいけるのではないだろうか。
 と、思ったのだが二人の反応は過度なほど、絶句といえるレベルだった。

「……おまえ、何言ってんだ?」
 西園寺の震えた声を聞いて、やはり無茶な提案だったのだろうかと不安が走る。
「やはり僕じゃ相手にはならないでしょうか……」
「雅紀くん……冗談だよね?」
「結婚するってことは、おまえの子種で久世家の子孫を残すつもりなのか?」
「えっ……」

 確かにそうだ。後継ぎの婿になるということは、つまり久世と同じ立場になるということである。

「透は許せないのに自分は棚に上げるのが? 勝手なやつだな」
 
 それも西園寺の言うとおりだか、タチの彼が女を相手にするのと、ネコの自分がするのとでは状況が違う……ってのは身勝手過ぎるだろうか。
 瑞希のあられもない姿を何度も見てきているのに、何も感じなかった。というか、久世を愛して以来、他の誰に対してもそういった気が起きなくなっている。
 セックスは愛があれば意味のある行為になるが、愛がなければただ粘膜を擦り合わせるだけに過ぎない。
 
「セックスなんて愛がなくてもできるし、手を繋ぐのと変わらないじゃないですか」
 
 これは八乙女しかり、彼らの常套句だ。
 同調してくれると思ったのだが。

「ふざけるのもいい加減にしよ。俺が透の立場なら……いや、俺としてもキレるぞ」
「そうだよ。いきなりどうしたの? 透が嫉妬しないと思ってたら勘違いだよ。ぼくらにも二度と雅紀くんに触れるなとか宣ってきたんだから」

 そう言えばそうだ。
 なぜそれを忘れていたのだろう。というか、なんでこんなことを思いついたんだ?
 二人の言葉で冷静になってみたら、自分らしくないどころか、狂ったレベルの提案だと気がついた。

「……すみません。手がなさ過ぎて藁にもすがりたくなったのかもしれません」
「そんな藁があるか。それを許容するなら、透の結婚を阻止する意味がないだろ」
「そうだよ。ていうか、二度とぼくのまえで他の孔に挿れる話はしないで」

 結局はそんなバカな提案しか出ないまま自宅へ到着したため、計画を練るのは翌日ということになり、その場はお開きとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

処理中です...