その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

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50.涙の理由

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 であれば、はっきり伝えておかなければならない。
「最後までは、誰、ともしてないよ」
 とはいえ言葉で伝えようとすると、なんとも恥ずかしい。
「その……ここは、他の誰も挿れたことはない……」
 恥ずかしいが、誤解をされたままでいるわけにはいかない。
「透以外は……だから」
 言い終える前に、いきなり抱きしめられた。そして驚く間もなくキスをされ、遠慮がちだった彼の舌が強引なほどの勢いで入ってきた。
「んっ」
 熱烈ともいえるそのキスは、数分前にしたものとはレベルが違う。まるで渇望していたものが得られたとばかりの猛りを感じる。
 キスをされながら、シャツで隠れていた部分に彼の手が触れ、びくと身体が反応してしまう。そして、肌という肌に触れなければおさまらないというほど指が這っていく。
 まるで、スイッチが入って豹変したときの彼だ。別人のように積極的で、手が出せないほど求めてくる。
「んはっ、とおる……」
 酸欠になりそうなほど舌を絡められ、声を漏らすこともままならない。
「……わるい、雅紀」
 キスがやみ、ようやく息をつぐことができると安堵した瞬間、くるりと態勢を変えられ、まばたきする間にこちらが仰向けになるよう組み敷かれた。
 息を切らせた彼の、熱っぽい顔が目の前にある。
 ばくばくと心臓が高鳴っているのは、酸欠のせいか、それとも期待に疼いているからだろうか。
「挿れてもいい?」
「っ、」
 答える前に、彼のものがあてがわれた。ん、と色っぽい声を漏らしながら、ぐぐっと彼のものが入ってくる。
「透……」
 思わず肩にしがみついてしまう。この圧迫感と異物感が懐かしい。彼と初めてしたときのことを思い出す。半年ぶりのせいか、鈍い痛みもある。
「痛い?」
 久世に問いかけられて、はっとする。優しく目元を拭ってくれた彼の指が濡れて光っている。
「痛みじゃないよ……嬉しいからだよ」
 そう。涙が流れたのは、久世と再び繋がることができて、嬉しかったからだ。
「……俺も」
 応えた彼は、頬をつたう涙を舌ですくいとってくれた。その愛おしむような所作に胸がじわりと熱くなる。
「わるい、安心したら、抑えられなくて」
「……いいよ。でも焦らさないで」
 久しぶりだから、馴染むまで待ってくれているのかもしれない。もしくは、涙を見たことでためらいが出た可能性もある。
 どちらにせよ、これでは満たされない。繋がって終わりじゃないんだから。
「透……」
 目と声でも懇願の訴えを示した。
「……愛してるよ」
 ちゅっと唇に触れてきた彼は、ゆっくりと動き始めた。労るように優しく、味わうかのように丹念に。
 彼のものが中に入っているという感覚が、じわりと身体に広がっていく。彼との行為でしか味わえない悦び、そして快感が、足の先まで身体を震わせる。
「んっ……」
 しかし、なんだろう。こちらを思いやり、労ろうとする愛情が、彼の理性を崩すまいと抑えているかのようで、歯がゆい。
「気持ちいい、から、もっと激しくして」
 正直なところ、疼いてたまらない。
「……いや、無理をさせたくな──」
 首に手を回してぐいと近づけ、反論の口を塞いだ。舌をからめて、指で攻め、精一杯煽ってみる。
 遠慮なんて要らない。
 気弱な彼も大好きだけど、一度入ったスイッチを切る必要はない。
「むしろ、して……」
 言葉での求めに、吐息を返してきた彼は、徐々に抽挿の速度を上げ始めた。
 浅いところを何度もこすり、奥へと少しずつ進みゆく。
 好きなところを熟知されている彼によって、快楽の海に沈められていく。
「雅紀……」
 息を切らせて肩が上下し、汗ばむ彼の肌が微動している。
「……あっ、透、んんっ」
 ようやく最奥に届いた瞬間、全身が震えた。
「……雅紀、かわいい……好き」
 言いながら、奥を激しく穿たれ、頭が痺れてくる。
「そんな、こと、言うな、んっ」
 ぞくりとして、彼のものがぐっと大きくなった。いや、締め付けたのかもしれない。
「愛してるよ」
 息を喘がせながら彼は上目でこちらを見た。それだけで達してしまいそうなほど扇状的で、くらりときてしまう。
 直後に激しくなった律動が、味わう余裕もないくらいに快感を貪り食わせてくる。
 声も出せないくらいに息が切れ、募り高まる絶頂感に飲まれてしまう。

 セックスなんてものは、以前の自分にとっては、よほど嫌悪を感じる相手でなければ、誰とでも簡単にできることだった。そのときの自分であれば、昴ともできたと思う。昴だけでなく、八乙女や西園寺、真尋や瑞希まで、する寸前までいったあいつらと、しようと思えばできたし、快楽を貪って普通に楽しんでいたと思う。
 それくらい、自分にとっては気楽に、誰とでもできる行為だった。

「雅紀、も、いくかも」
 抽挿がいや増しになっていた彼が、切なげに言った。
「うん、僕も、あっ」
「はあ、いくから、抜くよ」
「待って、そのまま……」
「……それは、だめだ」
「僕は透のものだから、心だけでなく身体も、ん、出して」
「そんなこと……」
「い、いいから、あっ」
 大きくなったの動きがぴたりと止まり、ぶるっと震えた彼のものから、中へと熱く広がりゆくものを感じた。
「そんなこと言われたら……」
 胸元にうなだれるように倒れてきた彼は、脱力しながら息を喘がせた。
「うん……」
 汗ばんだ肌を撫で、彼を抱きしめる。
「雅紀の中に出してしまうなんて……」
「嬉しいよ」
 言いながら、抱きかかえた久世の頭にキスをすると、肩で息をしながら久世は起き上がり、じっとこちらに熱い目を向けた。
「もう一回してもいい?」
「えっ? このまま?」
 まだ抜いていないそれは、確かに硬度を保ったままだ。
「ああ……雅紀はまだいってない」
「いいよ……あっ」
 しなくてもいいよ、という意味だったのに、久世は許可だと思ったらしく、いきなり激しく動き出した。
「俺ばかりが満足するなんて、申し訳ない」
 言いながら顔を真っ赤にした彼は、本気でいかせる気らしく、後ろへの刺激と同時に、前にも同様なほどの快楽を与え始めた。
「いいのに、って……んんっ」

 セックスなんて手を繋ぐのと変わらない。普通は誰とでもするわけじゃないから特別な気がするだけで、生物として、して当然の本能的行為に過ぎない。
 しかし、誰もが特別なものとして考えているのは、単なる行為であっても、そこに感情が生じるからだ。
 快楽や絶頂感はもちろん、好意や信頼感、強いものなら、その相手としか番いたくないという、強烈な独占欲も生まれる。
 そして、その相手のためなら、生物として最大の本能、生存本能にさえ抗えるほどの、愛情も。
 それを、彼に教えられた。
 彼とする行為には、快楽よりも先に愛がある。深く互いを求めて、相手の奥にまで自分を重ねる。
 彼以外としたくない理由は、そこに、愛を注ぎ込まれたからだ。
 もう二度と、他の誰とも繋がりたくない。
 たとえ、いつの日か彼を失うときが来たとしても、その気持ちが変わることはないだろう。
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