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第10話
しおりを挟む翌日――
「ええ!?今日、アーロン王子とティータイムをご一緒するですって?しかも候補者の中で私だけってどういう事!?」
「だって、アーロン王子がカーラと二人でお茶が飲みたいって言うんだから、仕方がないじゃない。それよりも、それを伝えに来たのが、ヴェルナー様でね。間近で見たヴェルナー様にもう私、ドキドキし過ぎて、叫びたいのを我慢してたのよー!!」
とステフィは赤い顔でキャアキャア言って嬉しそうにしている。
ステフィが嬉しそうにしているのとは反対にカーラは焦っていた。
ちょと、ちょっと!私だけがアーロン王子とティータイムだなんて……ジャクリーナに知られたら確実に睨まれるじゃない!
◇◆◇
カーラは目の前に座るアーロン王子を訝しげな顔で見た。
他の妃候補を差し置いて私とだけお茶をするなど、私がこの宮廷でどんな事になるか考えないのかしら?
「ん?どうした?」
「……いいえ」
カーラが冷たく答えると、アーロンは肩をすくませた。
その時、ちょうど侍女が淹れた紅茶のニオイがフワッと香ってきた。
その匂いにカーラは勢いよく顔を侍女の方へ向ける。
「どうした?」
すると、アーロンはニコリして、カーラを見る。
この独特な香り……。これは……リーブシス産のお茶だわ。前世で王子が取り寄せてくれて、飲んだあのお茶の香り……。
目の前にお茶の入ったカップが置かれ、カーラは逸る気持ちを抑えて、カップを手に取りお茶を口に含んだ。
ああ、この味よ……、この独特な香りと豊かな味わい……。
懐かしいわ……。
カーラは目を閉じて前世の時の事を思い出していた。
「どうだ?」
リーブシスのお茶の味に浸るカーラにアーロンが訪ねた。
「ええ。とても美味しいですわ……。王宮はリーブシス王国から茶葉を取り寄せてらっしゃるの?」
前世も今も国外には流通していない高級茶だけれど、ここハンメルン王国はリーブシス王国とは友好関係を結んでいるし、ハンメルンの王宮には出しているのかもしれないわ。
するとアーロンは可笑しそうに笑った。
「ハハッ。いや、これはレギナ様が君にと、置いていったものだよ。それにしても、国外に流通していない希少なリーブシス産の高級茶葉の味をよく知っていたな」
しまった!簡単に手に入らない物なのに、下級貴族令嬢の私が飲んだ事があるはずないのに!
「ええーと、文献で読んだ事がありまして……」
「ハハッ。そうか、何という本だ?」
とニヤニヤしながらアーロン王子は聞いてくる。
「ええーと……、何だったかしら?各国のお茶を紹介している本だったかしら?ホホホホ」
と笑って誤魔化してみたけれど、多分嘘だとバレてるな。
もう余計な事は言わないように気を付けないと。
折角、妃教育だって手を抜いて目立たないようにしてるのに……。
「そ、それにしても、アーロン王子はお忙しくてなかなかお茶もご一緒出来ないと聞いておりましたけれど、それでしたら今日は、他のご令嬢もご一緒にお茶を楽しめば良かったのではありませんか?」
「カーラ、私は君の事が気になるんだ。だから、今日はカーラと二人で話したかった。それに、このお茶も君に飲ませたかったしな」
と言ってアーロンは真っ直ぐにカーラを見つめた。
「そ、それは、下位の令嬢と話す機会がなくて、だた珍しいだけですわ」
自分に真っ直ぐ向けられるアーロンの視線にカーラは動揺していた。
「いや……、そうではない。爵位など関係なく、私はカーラが気になる。それに、君が時折見せる毅然とした振る舞いも好みだ」
「わ、私、アーロン王子に好まれるような振る舞いをした覚えはありませんわ!」
だって、アーロン王子と対面したのは舞踏会の時だけだし、前世ならともかく、今は常に地味に生きてきたのよ。
するとアーロン王子は立ち上がり、私にゆっくりと一歩一歩近付いてくる。
「例えばリーブシス語が堪能だったり……」
「そ、それは、たまたまで……。それに語学の先生に私の語学が他のご令嬢より劣っている事は聞いてらっしゃるでしょう?」
すると、アーロン王子は見透かすような視線を向けてくる。
「君は、語学の授業で本当の力を発揮していたのか?手を抜いていたのではないか?」
「そ、それは……」
アーロン王子の視線にカーラは戸惑いを隠せないでいた。
「リーブシス語だけではない。今だって、この茶葉がリーブシス産だと言い当てた」
「そ、それは文献を読んで……」
「それから、以前、劇場でライバス家の子息リドットに食ってかかっていただろう?あれはなかなか面白かったぞ」
「あ、あの時、アーロン王子もいらっしゃったのですか?」
確かにヴェルナーがいたらアーロン王子がいる可能性もあったわ。
「ああ、あの時も物怖じしない令嬢だと思ったが、この間のレギナ様に対する的確な対応を聞いて、それだけではなく、君には上の者になる素質があると思った」
間近に迫ったアーロン王子は、私の瞳を捕らえて離さない。
「カーラ、今は形式上、妃候補の一人となっているが、俺は結婚するなら君しかいないと思っている。だって、そうだろう?君は隠しているだけで、本当は知性も品性も兼ね備えたとても魅力的な女性だ」
どうしてアーロン王子はそんなに私が欲しかった言葉をくれるの?
駄目よ。泣いたりなんかしたら……、今まで我慢していた気持ちが溢れてしまう。
カーラが涙を堪えていると、フワリと優しい腕に包まれた。
「なぜ、涙を堪える?泣きたいのなら泣けばいい」
アーロンの言葉に、カーラの涙は決壊した。
優しくカーラの髪を撫でる手に、広い胸板にカーラは身を委ねて泣いた。
どうして、私を選んでくれなかったの?貴方に釣り合う為に私がどれだけの努力をしてきたのか。どれだけの重圧に晒されていたか……。それでも頑張れたのは――貴方の事が大好きだったからよ!!それなのにどうして、どうしてあの娘を選んでしまったの!!
それは、前世でカーラが王子に受け止めて欲しかった気持ちであった。
そして、やっと泣き止んだカーラは顔を上げると、アーロン王子は苦笑いを浮かべていた。
「しかし、泣くほど私の妃になるのは嫌なのか。困ったな……」
「い、いいえ。この涙は王子の妃になるのが嫌だからというわけではありません」
「なんだ!そうなのか!」
嬉しそうに言ったアーロンにカーラは内心、可愛いと思いながらも今度は前世のような思いはしたくないので素直になる事は出来ない。
「しかし、王子の妃になるのは嫌ですが……」
「なんだよ。抜か喜びじゃないか」
と目に見えて残念そうにするアーロンに、カーラは小さく笑った。その顔を見て、アーロンは嬉しそうに聞く。
「じゃあ、どうしたら俺と結婚してくれるんだ?」
カーラは少し難し顔をした後に、以前の公爵令嬢だった時のような高飛車な顔をした。
「そうですね……。敢えて言うなら、身分を捨ててくれるなら?」
その言葉にアーロンはわざとらしく頭を振る。
「それは、無理だ」
「それなら私の事は諦めてください」
「いいや。俺はますますお前の事が気に入った。絶対に妃になってもらう!」
そう言って強く抱き締められて、また涙が溢れそうになる。アーロンにとって、自分はそれ程諦められない存在なのだという事に、嬉しくて堪らない気持ちが込み上げる。その気持ちの正体をアーロンに伝えてしまったら、私の平穏な生活はもうなくなってしまうだろう。
「強気過ぎです……」
「嫌か?」
嫌なわけがない……。
カーラはアーロンの腕の中で、首を横に振った。
するとアーロンはカーラの耳元に口を寄せて囁いた。
「口付けて、いいか?」
「え?い、今!?」
カーラの顔は真っ赤になって口はアワアワとする。
「そう。今」
「だ、だって皆が見て……」
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「皆、出来る従者らだからな。空気を読んで出て行ってくれた。……ここには俺とカーラしかいない」
そう言ってアーロンはカーラの瞳を間近で見つめる。
カーラはアーロンの碧い瞳に吸い込まれるように自身の瞳を閉じた。そして、二人は口付けを交わしたのだった。
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