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 重苦しい空気が休憩室を包んでいた。

 エリーナは、微かに震え、ローレンに縋るように彼女のドレスを力強く握っていた。ローレンは、そんなエリーナの様子に意を決する。

「あの、ルドルフ皇太子殿下。エリーナ様はお目覚めになったばかりのお顔を見られたくないのです。身支度を整えるまで、少し部屋の外でお待ち頂けますか?」

「し、しかし……」

 言い淀むルドルフにローレンは、クスリと笑って言った。

「エリーナ様の寝起きのお顔は、結婚されてからのお楽しみにとっておいて下さい、ね」

 ローレンが軽くウインクすると、ルドルフはいつもクールなローレンの思わぬ行動に面食らって「そ、それもそうだな」とそそくさと部屋から出ていった。

「あ、ありがとう。ローレン嬢」

「いいんですよ。それよりも先程……転生者と仰ったのを聞いてしまったのですが、それが、ルドルフ皇太子殿下を避ける理由ですか?」

「ええと……、私も混乱しているの。夢で見た事が前世の記憶だっていうのは確信できるのだけれど……」

「前世の想い人を思い出されてしまったんですね」

 悲しそうにそう言うローレンに、エリーナは慌てて首を振った。

「ち、違うの!そういう前世の記憶ではなかったわ」

「ええ!?違うのですか!?」

 ローレンが驚くのも無理はない。転生者の多くは恋愛絡みので転生しているのだから。

「ええ……。でも……そうね。私の前世にルドルフが無関係ではないようなの……。それで、かなり混乱しているわ。できれば、今日はもう会いたくないくらい……」

 自身を抱きしめて、小さく震えるエリーナにローレンはこれ以上の詮索は出来ないと思った。

「分かりました。このまま、強行突破して、帰りの馬車に乗り込みましょう!」

「え?どうやって?」

 エリーナが聞くと、ローレンは仕舞っていた鮮やかな紫の扇をバサッと広げた。

「エリーナ様、これで顔を隠していて下さい。私がうまく誤魔化しますから!」

 そういうと、ローレンはエリーナを連れて休憩室のとびらを開けた。
 もちろん、そこにはルドルフが待ち構えていた。そして、アランと医者も待機している。

「お待たせいたしました。ルドルフ皇太子殿下」

 ローレンは、エリーナを隠すようにルドルフとエリーナの前に立ちはだかっていた。

「あ、ああ。いや、こちらこそ、不躾に部屋を訪れて悪かった……ん?」

 ローレンの後ろに隠れて、扇で顔を隠すエリーナに、ルドルフが顔を横に動かす。すると、同じ方向にローレンの顔も動く。すかさず、ルドルフが反対に顔を動かすと、ローレンも反対に顔を動かした。

「ブフッ!」

 小さくアランが吹く声が聞こえたが、ルドルフはそれには反応せず、ローレンを訝しむ。

「ローレン嬢、なぜ、邪魔をする」

「ルドルフ皇太子殿下、実は……」

 とローレンは、アランと医者を避けるようにルドルフに顔を近付けて小声で言った。

「エリーナ様は、お顔に寝跡がくっきりとついておりまして……」

 ローレンは、自身の右頬を指してこれでもかと悲惨な顔をした。
 その後は背筋を伸ばして居直るといつものクールなローレンの圧で一気に巻く仕立てた。

「とてもそんなお顔を、ルドルフ皇太子殿下にお見せできないと仰っておられます。ですから、申し訳ございませんが、本日はこれで失礼いまします。ご心配なさらず、私がしっかりとお屋敷までお送りいたしますから」

 では……と深くカーテシーをするとローレンは、エリーナを連れて、そそくさとその場を後にしようとする。

 エリーナもローレンのあとに続いて、その場を去ろうとすると、その背中にルドルフが声を掛けた。

「エリーナ、暖かくしてゆっくり休むんだよ。明日……会いに行ってもいいか?」

 ルドルフの声はどこか不安げだった。
 その声に、エリーナの心がギュウっと掴まれたように痛む。

 ルドルフ……ごめんなさい……

「た、体調があまり良くないの。元気になったら手紙を出すから、それまで待っていて」

 エリーナは、ルドルフに背を向けたままそう答えると、舞踏会の会場を去っていった――


 残されたルドルフは、こちらを振り向くことなく去っていくエリーナの背中を、切ない表情で見つめていた。

「……思い出して、しまったのか……?」

 絶望するようにそう呟くルドルフを、アランは複雑な表情でみつめていた。
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