ライオンガール

たらこ飴

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第2章〜クラウンへの道〜

第40話 パナマシティ

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 中米の入り口、パナマを2つに割るように存在するパナマ運河は全長82メートルの巨大運河で、大西洋と太平洋を結びつける大きな役割を果たしている。

 車窓の外、眼下に広がるパナマ運河は壮麗で息を呑んだ。白い客船やカラフルな箱を積んだコンテナ船がゆっくりと海路を進んでゆく。

 ケニーは食堂車の窓から身を乗り出さんばかりにしている私の横で「僕よりパナマ運河の方が遥かに世の中の役に立ってるよ」と死んだ魚のような目でため息を吐いた。

「一体どうしたの、ケニー?」

「ちょっと最近疲れててさ」

 疲れているケニーのために、私はちょっとしたサプライズを用意していた。

「ねぇケニー、今日シンディと一緒にランチしてきたら?」

「ええ?!」

 シンディは斜め前の席でアルフレッドたちと楽しそうに話している。最近ケニーはやっとのことでシンディと挨拶を交わせるようになった。シンディもケニーに好感を持っているようだし、この際だから2人に距離を縮めてほしいと思ったのだ。

「むむむむ、無理だ!! 彼女を誘うなんて……」

「彼女言ってたわ、あなたのこと優しそうだって。あと、タイプだとも」

 ケニーにはあえて今までシンディの気持ちについては伝えていなかった。意識し過ぎてギクシャクしても悪いと思ったからだ。

「ううう嘘だ嘘だ! 君が聞いたのは幻聴か何かだろう。てゆうか彼女には恋人がいないのかい?」

「いないみたいよ。フリーだって。だけど……」

 言い淀んだ私にケニーは不思議そうな目を向けた。

「詳しくは分からないけど彼女、何か過去にトラウマがあるみたいなの。今すぐ恋愛って感じでもないのかも。だからまずはゆっくり友達から始めたらいいわ」

 ケニーはチラリとシンディの方を見た。

「だけど、2人で食事なんて……」

 ケニーはまたぶんぶんと首を振った。

「断られるに決まってる。期待して誘って、断られたときが一番辛いんだ」

「簡単に諦めちゃ駄目よ。言ってたじゃない、変わりたいって。それとも、代わりに誘ってきてあげようか?」

 ケニーはじっと俯いて何か考えているみたいだった。私は口を閉じてただ返事を待った。視線の端を青く雄大な運河が通り過ぎて行く。

「分かった、誘ってくるよ」

 ケニーは立ち上がり大きく深呼吸をし、シンディの方に歩いて行った。

 成長したな、前はシンディと話すことすらできなかったのに。感心して見守っていたらすぐにケニーが踵を返して戻ってきた。

「やっぱり無理だあああ」

 落胆してため息が出た。こんなとき文明の力スマートフォンさえあれば、私がシンディの連絡先を聞いてケニーに教え、2人がメールで交わることが可能になるというのに。この頃は以前依存しきっていたスマートフォンのない生活にすっかり慣れていたけれど、こんなとき不便だとつくづく感じる。が、この長期間で女性への免疫を完全に消失してしまったケニーにとっては勇気を振り絞る大切さを知るためのいい機会かもしれない。

 そこにタイミングよくシンディがやってきて、アルフレッドとジャンたちと一緒にランチを食べに行かないかと誘った。皆でならケニーも気が楽かもしれない。

 私は迷わずOKした。ルチアが珍しく自分も行きたいと言ったので、シンディは笑顔でOKしていた。

 雨季と乾季の2つの季節だけが存在するパナマの9月は雨季にあたる。頭上はるか高く曇り空が広がり、じっとりと汗ばむような湿気に気が滅入りそうになる。

 ランチはパナマシティのビーチの側にあるレストランでとることにした。椰子の木に囲まれたレストランの名前の書かれたアーチをくぐった先にある白壁の店の店内には、大きなフードコートのような光景が広がっていた。

 メンバーは私とケニーの他にシンディとルチア、アルフレッドとジャンの6人だ。ジャンはずっと身体を動かすこともできずつまらない生活を送っていて、気晴らしに出かけたかったみたいだ。ケニーは「まるでリア充みたいだな」と苦笑いしていたが嬉しそうだった。男女グループで食事に行くなんて、彼にとって予想だにしない展開だろう。

 店内は混雑していて待つことを余儀なくされた。そこで、敢えてグループを2つに分けようと提案した。その方が早く席につける可能性があるし、ケニーとシンディを2人きりにするチャンスでもある。他のメンバーは快く賛成してくれた。

 間もなく店員が2人用の席が空いたと告げにきた。これはチャンスだ! 

「ケニーとシンディ、先に行っていいよ」

 ケニーは「ええ?!」と驚いていたが、シンディは不思議そうにしながらもケニーに目配せをした。2人が席に向かうのを見つめながら、心の中でガッツポーズをした。

 5分後に4人がけのテーブルに座ったとき、カウンター側の窓際にいるケニーたちと店の奥の壁際の私たちで結構距離が開いていて様子が見えにくいことに気づいた。

 2人が楽しく話してくれることを祈りながらメニューを眺める。私とジャンとアルフレッドは3分以内に即決したが、隣のルチアは迷っているみたいだった。

「ごめんねみんな、帰るのが遅れるわよね」

「いいよいいよ、どうせ今日は休みだし」とジャンがフォローした。

「私決めるの遅いのよ、いつも迷うの。皆先に頼んで」

 ルチアの言葉に甘えて料理を注文して待つ間も、彼女はなかなか決められずにいた。

 そういえば、子どもの頃はオーロラとよく家の側のファミレスに行っていた。私はメニューを網羅していたから予め何を食べたいか決めて行く。オーロラは5分くらい迷って「これにする」と決める。オーロラが選ぶのは季節限定メニューや新しく出たメニューだった。当たりもあればハズレもあった。ハズレだとしてもオーロラは口に合わないということを口に出さない。でも私は察して自分のハズレじゃない方の料理を半分オーロラにあげて、オーロラのハズレを完食した。

 その話を聞いたジャンは、「お前いつもオーロラのこと喋ってるけどさ、そいつのこと好きなんじゃね?」と真顔で言った。

「僕もそう思う、彼女のことを話すとき楽しそうだもんな」アルフレッドも同意する。

「友達としてのLOVEだよ、彼女とは付き合いが長いんだ」

 もちろんオーロラには会えるものなら今すぐ会いたい。話したい。彼女に会ったらきっと全てのメッキが剥がれ落ちて私自身に戻ってしまう。それはいつも心地よく繊細で春のように暖かい感覚だった。

「まぁいいんじゃね? 男女の友情だって成立すんだろ?」

「うん。それに、自分たちなりの関係があるならいいよね」

 ジャンとアルフレッドがいいことを言ってくれた。

 この気持ちを友達以外にどう定義するかなんて、これまで考えたこともなかった。ソウルメイトと呼ぶ気になれば呼べたけれど、そんな風にわざわざ名前をつけなくても私たちはずっと私たちの関係性でいられた。無理やり名前をつけると途端に陳腐に思えそうだった。

「決めたわ」とルチアがメニュー表の魚料理の写真を指さした。

 立ち上がってケニーとシンディの方を見ると、2人は思っていたよりも話が盛り上がっているみたいだった。

 店員が料理を運んできた。

 私の頼んだシュリンプ料理のシュリンプの一つを、テラス席から店内に侵入した猫が咥えて走って行った。

「ああっ」

 慌てる私を見てジャンたちが笑った。ルチアだけが1人悲しげに俯いていた。
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