照らす␣呪いの伝道者 〜【呪いの装備】しか使えない私流の攻略法〜

花咲実散

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第1章 【初咲きの夜明け】

【4話】 遭難者一人、超遭難者一人

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「……ねぇアギョウ、アギョウさん。その星の光は消さなくて大丈夫なのかしら? さっきみたいにおっかない化け物が寄ってきたりしない?」


 大熊のバグを振り切ったアギョウとエスカは、休息のため手頃なサイズの木の根に腰掛けていた。

 アギョウの真上で煌々と輝く無色の星。その光が二人の周りを照らしているのだが、エスカはどうにもその明るさが気になって仕方がなかった。

 暗く閉ざされた空間の中で自分の周囲だけが明るいと、当然遠くからでもよく目立つ。

 先程のような化け物がこの光に集まってこないか心配になり、恐る恐るアギョウに質問を投げかけるエスカだったが……。


「問題ない! バグは暗闇でもモノが見えていると調査結果が出ている。星を消しても意味がないということだ。むしろバグの接近に気づくことができないので絶対に消さないほうが良い!」


 アギョウはハッキリとした物言いで断言する。

 ここまで強く言い切られてしまうと、素人のエスカとしては素直に従うほかない。


「そ、そうなの……でも声のトーンはもう少し落として欲しいのだけれど」


 無駄に元気の良いアギョウの声は澄んだようによく響く。声を聞きつけたバグが集まってこないか心配するエスカだが、アギョウに気にする素振りは見られない。


「そんなに怖がることはないさ! こう見えても私、中々に腕利きの星持ちなのでね」


「いやでも……さっき熊みたいな化け物に殺されかけてたじゃない?」


 エスカは先程見た異形の姿を思い出し、身震いしながら言葉を返す。


「ああ……アレか。あの熊は特別だ! 今まで出会ったバグの中でも指折りの強さだったな。次追いつかれたら確実になぶり殺されるだろう!」


「次って……えぇっ!? アイツまだ生きてるの!?」


 完全に死んだと思って安心していたエスカにとって、アギョウのセリフは不意打ち以外のなにものでもなかった。

 一方、トドメを刺した張本人アギョウは「当然」とでも言いたげな表情で手に持っていた干し肉を噛みちぎる。


「バグは生命力と再生力が異常だからな、おそらくまだ生きているだろう……しかし安心しなさい。脳みそをグチグチにかき回してやったのでしばらくは大丈夫のはずだ!」


「そ、そうよね……あれだけメッタメタのギッタンギッタンにしてあげたんだから大丈夫よね! 距離もだいぶ空いただろうし――」
 

 なんとか現状に希望を見出そうとハイテンションに返すエスカ。


「まあ……熊は動物界最高とも言われる嗅覚を持っているので、どれだけ距離を空けても無駄なのだが!」


「ぶふっ!?」


 しかしエスカの精一杯の空元気からげんきは、アギョウの心無い一言によって粉々に叩き壊された。


「こ、こんなところで休んでる場合じゃないわ! 急いでここを出ましょう!」
 

 慌てて立ち上がったエスカは尻の土埃を払うと、瞳を潤ませ必死にアギョウに訴えかける。


「まあまあ、まだ先ほどのダメージが抜けていないんだ。もう少し休ませてくれ」
 

 アギョウは干し肉を口の中に放り込むと、脚を折り曲げ地面の上で座禅ざぜんを組み始めた。

 まだここからは動かない、ということを示す意思表示。


「まずはお互いのことを知る必要があると思う。君がここの地形に詳しい地元民なら心強いのだが」


「……う、うう」


 アギョウの落ち着いた態度を見たエスカははやる心を沈め、再び木の根に腰を下ろした。


「……そうね。そういえば、まだ名前すら言ってなかったわね」


 思い直したエスカは開き直るように大仰に胸に手を当て、ハッキリとした声で自身の名を口にする。


「アタシはエスカトーネ・フィルイン。リシャール領の地主職じぬししきクリングゾル家に仕えるメイドよ」


 エスカの名乗りを受けたアギョウは、それに返答する形で自らも自己紹介を始めた。


「私はアギョウ。東大陸のナパージュ国出身なのでラストネームは持っていない、アギョウだ。星持ちを生業なりわいとしている」


 アギョウの口から出た『星持ち』という言葉。

 エスカは目の周りの筋肉を収縮させ、分かりやすくその単語に大きな関心を示した。


「……星持ち、なのねぇ。本当に目にする機会があるとは思わなかったわ。へぇ~、これが……」


 頭から爪先まで細かく視線を移しながら、アギョウの全身を観察するエスカ。

 その純粋な二つのまなこには、子供のような無邪気な好奇心が溶け込んでいる。


「む? 星持ちがそんなに珍しいかい……?」


 エスカの目力めぢからに当てられたアギョウは、大きく丸いその瞳に疑問を投げかけた。


「アタシ、小さい頃からずっとメイドとして働いてたんだけど……外出はほとんど屋敷と街の往復しかしたことがなくて世間に疎いのよ」


 エスカは不躾ぶしつけにアギョウを見つめ過ぎていたことに気づき、自分で目線を逸らした。


「でも……アタシ、双子の弟がいるんだけどね。その弟が星持ちって職業にすごく憧れてて、子供の頃よく屋敷の本の知識を披露してくれたのよ」


「なるほど、弟さんが……」


 双子の弟のことを自分のことのように楽しそうに話すエスカ。その様子を見たアギョウは微笑ましそうに小さく相槌を打つ。


「だから実物を見ることができて……へへ、ちょっと得した気分」


「ふむ。私もかなりのポジティブシンキングであることを自負しているが、キミも中々に突き抜けたプラス思考の持ち主のようだ。夜に巻き込まれて得した気分と言い放てる人間は初めてだ!」


「ふへへへ~、そんなに褒めたってなんにも出ないんだからぁ~。ヤダもう!」


 頬に手を当て身体をクネらせるエスカ。褒められることに慣れていないのか、賛美と取れるかも怪しいセリフにすら反応して顔をほころばせてしまう。


「ふむ、では弟さんもさぞ心配していることだろう。なんとしてでもこの夜を出なければな! 遭難した者同士、頑張ってここを切り抜けよう!」


「ええ! 頑張りま――」


(――ん?)


 アギョウの台詞に快く首を縦に振ろうとしたエスカだったが、彼の口から出てきたとあるワードが引っかかり言葉をつまらせる。


「アギョウさん? アナタ、遭難……してるの?」


「うむうむ」


 まさか、と思いつつ恐る恐る訊ねるエスカ。

 コクコク、と小さく頷くアギョウ。


「……」


「どうした?」


「ええぇぇぇ!? だってアナタ星持ちでしょ? 救助に来てくれたわけじゃないの!?」


 エスカはあまりの衝撃に顎が外れんばかりの大口を開け、喉の奥に溜め込んだ絶叫を解放した。


「いくら星持ちと言えど、下調べもなしに夜に入るなど自殺行為だ。私は自らの意思で入ってきたのではなく、たまたま巻き込まれただけの正真正銘の遭難者。要救助者の一人だ! よろしく頼む!」


 無駄に威勢の良い要救助者アギョウはそれだけ言うと、手に持っていた干し肉を豪快に噛みちぎる。


「いや……あの……よろしく頼まれても困るっていうか」


 小さくボヤくエスカだったが、聞こえていないのかアギョウは構わず肉を咀嚼そしゃくし続ける。


「て、ていうか。夜ってどこまで続いてるの? どの方向に向かえば出られるか分かる?」


 小さい声で話しかけても反応しない。

 そう判断したエスカはほんの少しだけ声量を上げてアギョウに質問をした。

 しかし返ってきた答えは……。


「分からん!」


「嘘でしょ……」


 夜のエキスパートである星持ちについていけば、安全にここを抜けられる。

 そう思っていたエスカの心に巨大な雷鳴が響き渡る。

 命の危機に瀕しているこの状況でなぜそんなに楽しそうなのか。

 遭難者がなぜそんなに自信満々なのか。

 そもそもその頭に乗っている竜の頭蓋骨のような兜はなんなのか。つけてる意味あるのか。

 頭が壊れないように守るのが兜の役割だとするなら、残念ながらその役割は果たせているとは言い難いだろう。

 決壊した壁から溢れる水のように次から次に疑問が湧き出る。疑問に思わないようにと努めて目を逸らしていた事柄まで……。

 エスカの中のセンサーが、アギョウの勇ましいまでの危機管理能力の無さを検知。『この男は危険』だと警鐘を鳴らし始める。

 助けてくれたことは事実であるが、それ以前にこの男は何かがおかしい。

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