照らす␣呪いの伝道者 〜【呪いの装備】しか使えない私流の攻略法〜

花咲実散

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第1章 【初咲きの夜明け】

【5話】 利害は一致させるもの

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「夜は通常、半径1マイルから……大規模なものでは3マイルほどのドーム状に展開される。外から入ってきた人間なら夜の正確な範囲と自身の現在地を知っているので、どの方角に進めば出られるか分かるだろう」


 エスカが夜に関する知識をほとんど持ち合わせていないことを察したアギョウは大きく、ゆっくりと、丁寧に解説を始めた。


「しかし! 残念ながら私たちは夜が展開された段階で既に中にいた。つまり自分がこの巨大な円形エリア内のどこにいるのか把握できていない。一歩進めばもう夜の外かもしれないし、今ちょうど夜のど真ん中にいるかもしれない」


 アギョウはマントの下からコンパスを取り出してエスカに見せる。

 星持ちの標準装備なのであろうその方位磁針は使い込まれ、縁は鈍色にびいろくすんで輝きを失っていた。


「ので! ここで私たちが取れる選択肢は二つ。大人しく待機して星持ちの救助を待つか、当てずっぽうでもとにかく進んで外に出られることを祈るか」


「……他の星持ちの救助を待たないの?」


「待機の択は……ない! 大熊型の強力なバグに狙われているので一刻も早く夜から出たい。それに、今は私の元気が著しく損なわれているので休みたい!」


 自身の胸を強く叩きながらコンディションが最悪であることを訴えかけるアギョウの語調には、著しく損なわれているはずの元気がいっぱいに詰まっているのだが……。

 いまさらツッコむ気にもなれないエスカは、アギョウの言葉を話半分に受け入れた。


(それにしても、結構広いのね夜って。3マイル……3マイル……)


「…………ああっ!」


「! どうしたんだい、急に大声出して」


 なにかに気づいたように突然大きな声を上げたエスカ。

 その表情からはみるみる血の気が引いていき、薄明かりでもよく分かるほどに青白くなった。

 エスカはその顔でアギョウの方を真っ直ぐに見つめると、恐る恐る口を開いた。


「……ねぇ、アギョウ。どうせ適当に進むなら、アタシが働いてるクリングゾル邸を目指したいのだけれど」


「……」


 突然の提案を受けたアギョウは、色素の薄い二つの瞳をエスカのほうに向けた。


「ふむ。理由を聞かせてもらえるかい」


 そして顎に手を当てながら、エスカの提案の意図を訊ねる。


「クリングゾル邸ね、ここから1マイルも離れてないのよ。もしかしたら夜のエリア内に入ってるかもしれない」


「なんと! こんな目印もない森の中で現在地がわかるのかい!?」


 関心したように目を見開くアギョウ。

 エスカは十七年に渡る生涯のほとんどをクリングゾル邸で過ごしていた。ゆえにその土地鑑とちかんは近隣の森の奥地にまで行き渡っている。

 しかしエスカは褒められたことも意に介さず、焦るように話を続けた。


「うん。それでね、とっても小さな屋敷だから人は少ないんだけど……そこには知り合いが沢山いるの。ご主人様も、同僚の子も……」


 そこで一旦言葉を区切ったエスカは息を吸い、震えるような声で呟いた。


「アタシの双子の弟も」


「……」


 エスカの声は小さくか弱いものだったが、不思議とアギョウの耳を鋭く震わせた。

 気まずそうに語る彼女がなにを訴えかけているのか、痛いほどに伝わってくる。


「なるほど。私にその屋敷の人々を保護してほしい、というわけだね」


「お願いします! たった一人の家族なんです!」


 勢いよく頭を下げるエスカ。

 清く濃い青色の髪が、尾をたなびかせ落ちてゆく。

 それを見たアギョウは顔に貼り付いた笑顔を消し去り、真剣な表情でエスカに向き直った。


「う~む……」


 そしてたっぷり数十秒の間黙考し、出した結論を口にする。


「……申し訳ないが、私は今ベストとは言えない状態だ。一刻も早くフカフカのベッドに身を投げ出して布団にくるまりたい」


 アギョウは腕を固く組みながら、真顔でエスカに語りかける。


「うぅ……」


 アギョウの反応を見たエスカは眉を下げ、今にも泣きそうな唸り声を震わせた。

 難しいとは分かっていた。血反吐を吐きながら自分を助けてくれただけありがたく思わなければならない。

 ボロボロの体でここまで自分を運んでくれただけでも感謝しなければならない。


(……そう、ね。自分の命が危ないって状況で他人のことを考えるなんて……無理に決まってるわよね)


 無理やり自身を納得させ、下げていた顔を上げようとした、次の瞬間――


「地主職さまの屋敷の布団は……さぞ良質な羽毛が使われているだろうな!」
 

 いつの間にかエスカの目の前まで移動していたアギョウはポンッ、とエスカの頭の上に左手を乗せ、満面の笑顔で言い放った。


「…………ふぇ?」


「よいしょぉっ!!」


 そのまま不意を突かれたエスカの太ももを右手で掴み取り、有無を言わさず持ち上げる。


「ひぇやぁぁぁぁっ!? なにをするつもりかしら!?」


「しっかり掴まりなさい。ちょっと本気で走るのでね! クリングゾル邸の方角は!?」


「えっ!?」


 エスカはほんの一瞬、思考する。

 このタイミングで屋敷の位置を確認する、その行為が意味するところは一つ。


「もしかして……助けてくれるの!?」


「なに、まだ屋敷が夜に巻き込まれてるとは限らないだろう」


 アギョウはエスカを背中に乗せると、彼女の脚に腕を通して固定しながら口を動かす。


「これは賭けだよ。屋敷が夜の範囲内だった場合は中々厳しいが……運が良ければ天蓋てんがい付き高級ベッドにありつける! お抱えのメイドを助けたともなれば報酬も期待できそうだ!」


 打算的な発言をするアギョウだったが、エスカはすぐに察するとこができた。

 エスカの負い目を少しでも軽くするため、あくまで「自分の意思」で屋敷に向かうのだと強調しているのだと。


「あ、ありがとう! ありがとうございます! さすがに天蓋付きのベッドなんてなかったと思うけど!」


「それで方角は!? 障害物は考えなくていい。直線上の方角を!」


「こ、こっち! ここを真っ直ぐ進めば着くわ!」


 エスカが指差した方向に向き直ったアギョウは左胸を大きく一つ叩くと、右足を前に突き出し腰を落とした。

 
「フゥゥゥゥゥゥ……」


 大きく息を吐き、吸い。

 深呼吸を何度か繰り返したあと、小さな声で呟く。


枯骸魂カーカスハート


 声が響くと同時に、アギョウのマントの下……胸元の辺りから小さな光が漏れ出る。

 そして――


「ぶふっ!」


 アギョウの足元が弾け飛び、次の瞬間には二人は数ヤード先を走り抜けていた。

 不意にエスカの全身に圧がかかり、肺中の空気が体外に殺到する。


「絶対に手は離さないように!」


 エスカを乗せた暴走列車アギョウは、屋敷に向かって一直線に。

 低木をなぎ倒す勢いで夜の中を駆け抜けていった。

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