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序章
9話 修行過程とかもすり抜けられたらよかったのに
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「さあ! どこからでもかかってきてください! ちゃんと手加減してあげますので、本気で来てくださいね!」
「えぇ……」
早朝。
ようやく昇り始めた太陽の欠片がうっすら見えるくらいの時間帯に、俺はフーリさんに叩き起こされて使われていない空地へと連れられていた。
俺が今手にしているのは木剣。持てないほどじゃないけど結構重い。
木刀なら中学生の時に触れたことはあるけど、こいつは刀ではなく直剣を形どっている。
ちなみに木刀の件は修学旅行の時に買おうか迷ったけど、結局買わずに終わったというよくあるパターンだ。
フーリさんは何やらプラスチックみたいな軽めの素材でできていそうな細い棒を一本だけ握って、それを掌にぱしぱしと叩きつけながら俺の動きを待っている。
もしこれが漫画の一シーンで、俺がその読者だったら「舐めやがってこのエルフめ。分からせてやれ!」と思ってたかもしれないけど、今の俺は蛇に睨まれた蛙の気分だ。
そもそも昨日は飯を食った後一人呼び出されて「子供のうちは魔力を限界まで使い切った方が、体に馴染んで強くなりますよ!」と言われて、その通り限界まで絞りつくされて気絶するように眠る羽目になったのだ。
体が動かないわけじゃないが、精神的にめちゃめちゃだるおもーって感じの状態だな。
「おや、どうしましたヴェル坊ちゃん。ぼーっと突っ立ってても始まりませんよ!」
「えっと、あの、いきなり実践、ですか?」
「はい! まずどのように育てていけばよいかの方針を決めるには、直接剣を交えるのが一番手っ取り早いですから!」
「そ、そうですか……」
昨日は一晩じっくり考えろと言われたけど、どうやら俺がフーリさんの弟子になるのはもうほぼ確定事項らしい。
まあどっちにしろこの世界で生きるなら強い方がいいということは理解していたからそうするつもりだったけど、なんか複雑な気分だ。
そしてこの状況。
自慢じゃないが俺は生まれてこの方、他人に対して暴力を振るったことなど一度もない。
人を暴力で従えるやり方が嫌いだったし、そもそも腕に自信もなかったからな。
だから真剣じゃないとはいえ、こんなものを他人に振るうのにはそれなりに抵抗がある。
とは言え……
フーリさんは俺が動き出すのをずっと待っている。
急かすことも、目を逸らすこともなく、ただ俺を待っている。
俺が自分の意思で、こいつを振るうのを待っている。
だったら、もう……
(ここはもう、俺がいた世界じゃない。こんな木剣すら振れない奴が、やっていける世界じゃないんだ)
「……いきます」
覚悟を決めた。
人前で発表するときは、客席をジャガイモ畑と思えと言われたことがある。
だから俺は、目の前のフーリさんを丸太人形だと思うことにした。
大きく息を吸って、そして吐く。
今一度、柄をきつく握って、俺は地面を蹴った。
遅い。走り幅が小さい。足に力が籠らない。
あぁ、そういえばこの姿になってから本気で走るのはじめてだっけ……
「うあああああああっ!!」
喉から発した子供特有の甲高い声を響かせながら、俺は思いっきり剣を縦に振り下ろした!
この身長差では、近づけばフーリさんの顔は見えない。
だからもう、俺はすべての思考を取っ払って振り下ろしたのだ。
「――ぇ?」
思わず、小さな声が漏れる。
それは決して、俺の木剣がフーリさんにあたったことへの驚きではない。
当然のように木剣は細い棒で受け止められた。
だけど、その反動が来ないのだ。
普通、棒か何かの硬いものを叩きつけた時、腕や手首にも同じような衝撃が襲い掛かってくるはず。
いくらフーリさんの持っている棒が軽そうな材質とはいえ、この重めの木剣を受け止める強度があるのならば多少なり反動が来てもおかしくはないのだが……
「――っ」
なんというか、硬いものに受け止められているというよりは、木剣をこれ以上奥へ進めることを拒絶されているような不思議な感覚だ。
今も全力で力を込めているのだが、ピクリともしない。
ふと、顔を見上げてみると、フーリさんはにやりと薄く笑い、こちらをじっと見つめていた。
これは……
(このままでいいんですか? 次の攻撃はまだですか? そう煽られているような気分だ)
正しくはきっと、俺の次の動きを待っている。
ここで終わらないことを期待している。
そんな感じの視線を、俺にぶつけてきている。
その時、俺の中で何かのストッパーが外れる音がした。
(こうなったらもうヤケクソだ!!)
「おおおおおおおっ!!」
腹の底から声を絞り出して、悪い思考を押さえつける。
俺の昔からの悪い癖。それは考えすぎて動くべき時に動けないこと。
だからもう、全ての思考を麻痺させて俺は思いっきり木剣を振りまくった。
そして――
「はぁ、はぁ、も、もうダメ、だ……」
当然ながら一撃も与えることなく全て受け流されて終わった。
俺はもはや立っていることすらできずにその場にばたりと倒れ込んだ。
なんだよあの棒マジで! 絶対やべー補助魔法かなんかを付与してあるだろ!
体は五歳児なので仕方ないかもしれないが、こうも涼しい顔で受け流されるとなんというか、男としてのなけなしのプライドがズタズタになったような気がする。
「おっとっと、思ったより粘りましたねえ」
一方のフーリさんは、俺の頭が地面に着く寸前のところで自分の手を挟み込んで支えてくれた。
そのまま軽々と抱き上げられ、埃を払い落とすように軽く手で叩いてくる。
そして真っ白な掌が淡い緑色に光ったかと思えば、一瞬にしてその光が俺の全身を包み込む。
次の瞬間、体がすっと軽くなり、手足の痛みが急速に薄れていくのを感じた。
なるほど、これが回復魔法って奴か。
分かってはいたけどこれじゃあ文句なしの完敗だなぁ……
「なかなか筋が良かったですよ! 攻撃が一切通らない相手に対しても、どうにか立ち向かおうとする姿勢はとても評価が高いです!」
「そ、そうですか……」
どうやら俺のヤケクソラッシュは評価として悪くなかったようだ。
まあ正直実践的な剣術なんてこれっぽっちも分からないし、この世界での有効な戦い方なんかも当然知るはずもない。
フーリさんもそういったことには期待してなかったはずだ。
「ただ、剣を持ちながら思考を放棄するのは良くありませんね。そこは後でじっくり叩き込むとして――ヴェル坊ちゃん。一つ気になることがあったのですが……」
「え? えっと、なんでしょうか」
「ヴェル坊ちゃんが持つその【壁抜け】のスキル。剣術に応用することはできませんか?」
「……へっ?」
急に真面目な顔をしたフーリさんは、俺が想像すらしなかったことを口にしたのだった。
♢♢♢♢
「――っは、はぁ、はぁ。め、めちゃくちゃだあの人……」
俺の【すり抜け】が剣術に活かせるかもとかなんとか言ったかと思えば、
「まあそれは後でじっくり考えるとして、まずは体力作りからですね! 少なくとも一万回剣を振っても呼吸が乱れないくらいにしましょう! と、言うわけでレッツ走り込みです!」
とか言い出して、俺を見知らぬ森の中に拉致したかと思えば、ここで死にたくなければひたすら北に向かって走り続けてください! とだけ言って消え去ったのだ。
すぐ近くに生き物の気配はなかったが、遠くの方から猛獣の唸り声のようなものが聞こえたときには流石に背中からいやーな汗が流れてきて、大慌てで走り出す羽目になった。
そして限界まで走り込んでぶっ倒れたら一瞬だけフーリさんが現れて、軽く回復魔法をかけられてから再開というのを日が暮れるまで繰り返しやらされた。
「こんなことしてマジで大丈夫なのか、俺の体」
何の漫画か忘れたが、超回復系の技は使いすぎると寿命が縮まるとかそういうのを見たことがある気がする。
まあもしそんなデメリットがあるならば、フーリさんが何の確認もせずに使うとは思えないけど……
とまあ、そんなわけで俺はひたすら地獄の走り込みをやらされ続けて心も体もへとへとだ。
最後の回復魔法は、自分自身での疲れのケアも学ぶべきという理由で動ける最低限度しかかけてもらっていないから、体が死ぬほど重い。
「ダメだ。少し休憩……」
図書館からいつもの建物に戻る途中、俺は歩くのすらきつくなって視界に入った樹の根元で休もうと足を引きずっていった。
これは寄りかかるのにちょうどよさそうだな。
そう思って日陰になっている反対側に回り込んだ時、
「……ん? キミは――」
「ひゃっ!? だ、だれ、です、か?」
そこには先客が一人。
俺と同じ髪色をした大人しそうな少女が、体育座りで本を読んでいた。
「えぇ……」
早朝。
ようやく昇り始めた太陽の欠片がうっすら見えるくらいの時間帯に、俺はフーリさんに叩き起こされて使われていない空地へと連れられていた。
俺が今手にしているのは木剣。持てないほどじゃないけど結構重い。
木刀なら中学生の時に触れたことはあるけど、こいつは刀ではなく直剣を形どっている。
ちなみに木刀の件は修学旅行の時に買おうか迷ったけど、結局買わずに終わったというよくあるパターンだ。
フーリさんは何やらプラスチックみたいな軽めの素材でできていそうな細い棒を一本だけ握って、それを掌にぱしぱしと叩きつけながら俺の動きを待っている。
もしこれが漫画の一シーンで、俺がその読者だったら「舐めやがってこのエルフめ。分からせてやれ!」と思ってたかもしれないけど、今の俺は蛇に睨まれた蛙の気分だ。
そもそも昨日は飯を食った後一人呼び出されて「子供のうちは魔力を限界まで使い切った方が、体に馴染んで強くなりますよ!」と言われて、その通り限界まで絞りつくされて気絶するように眠る羽目になったのだ。
体が動かないわけじゃないが、精神的にめちゃめちゃだるおもーって感じの状態だな。
「おや、どうしましたヴェル坊ちゃん。ぼーっと突っ立ってても始まりませんよ!」
「えっと、あの、いきなり実践、ですか?」
「はい! まずどのように育てていけばよいかの方針を決めるには、直接剣を交えるのが一番手っ取り早いですから!」
「そ、そうですか……」
昨日は一晩じっくり考えろと言われたけど、どうやら俺がフーリさんの弟子になるのはもうほぼ確定事項らしい。
まあどっちにしろこの世界で生きるなら強い方がいいということは理解していたからそうするつもりだったけど、なんか複雑な気分だ。
そしてこの状況。
自慢じゃないが俺は生まれてこの方、他人に対して暴力を振るったことなど一度もない。
人を暴力で従えるやり方が嫌いだったし、そもそも腕に自信もなかったからな。
だから真剣じゃないとはいえ、こんなものを他人に振るうのにはそれなりに抵抗がある。
とは言え……
フーリさんは俺が動き出すのをずっと待っている。
急かすことも、目を逸らすこともなく、ただ俺を待っている。
俺が自分の意思で、こいつを振るうのを待っている。
だったら、もう……
(ここはもう、俺がいた世界じゃない。こんな木剣すら振れない奴が、やっていける世界じゃないんだ)
「……いきます」
覚悟を決めた。
人前で発表するときは、客席をジャガイモ畑と思えと言われたことがある。
だから俺は、目の前のフーリさんを丸太人形だと思うことにした。
大きく息を吸って、そして吐く。
今一度、柄をきつく握って、俺は地面を蹴った。
遅い。走り幅が小さい。足に力が籠らない。
あぁ、そういえばこの姿になってから本気で走るのはじめてだっけ……
「うあああああああっ!!」
喉から発した子供特有の甲高い声を響かせながら、俺は思いっきり剣を縦に振り下ろした!
この身長差では、近づけばフーリさんの顔は見えない。
だからもう、俺はすべての思考を取っ払って振り下ろしたのだ。
「――ぇ?」
思わず、小さな声が漏れる。
それは決して、俺の木剣がフーリさんにあたったことへの驚きではない。
当然のように木剣は細い棒で受け止められた。
だけど、その反動が来ないのだ。
普通、棒か何かの硬いものを叩きつけた時、腕や手首にも同じような衝撃が襲い掛かってくるはず。
いくらフーリさんの持っている棒が軽そうな材質とはいえ、この重めの木剣を受け止める強度があるのならば多少なり反動が来てもおかしくはないのだが……
「――っ」
なんというか、硬いものに受け止められているというよりは、木剣をこれ以上奥へ進めることを拒絶されているような不思議な感覚だ。
今も全力で力を込めているのだが、ピクリともしない。
ふと、顔を見上げてみると、フーリさんはにやりと薄く笑い、こちらをじっと見つめていた。
これは……
(このままでいいんですか? 次の攻撃はまだですか? そう煽られているような気分だ)
正しくはきっと、俺の次の動きを待っている。
ここで終わらないことを期待している。
そんな感じの視線を、俺にぶつけてきている。
その時、俺の中で何かのストッパーが外れる音がした。
(こうなったらもうヤケクソだ!!)
「おおおおおおおっ!!」
腹の底から声を絞り出して、悪い思考を押さえつける。
俺の昔からの悪い癖。それは考えすぎて動くべき時に動けないこと。
だからもう、全ての思考を麻痺させて俺は思いっきり木剣を振りまくった。
そして――
「はぁ、はぁ、も、もうダメ、だ……」
当然ながら一撃も与えることなく全て受け流されて終わった。
俺はもはや立っていることすらできずにその場にばたりと倒れ込んだ。
なんだよあの棒マジで! 絶対やべー補助魔法かなんかを付与してあるだろ!
体は五歳児なので仕方ないかもしれないが、こうも涼しい顔で受け流されるとなんというか、男としてのなけなしのプライドがズタズタになったような気がする。
「おっとっと、思ったより粘りましたねえ」
一方のフーリさんは、俺の頭が地面に着く寸前のところで自分の手を挟み込んで支えてくれた。
そのまま軽々と抱き上げられ、埃を払い落とすように軽く手で叩いてくる。
そして真っ白な掌が淡い緑色に光ったかと思えば、一瞬にしてその光が俺の全身を包み込む。
次の瞬間、体がすっと軽くなり、手足の痛みが急速に薄れていくのを感じた。
なるほど、これが回復魔法って奴か。
分かってはいたけどこれじゃあ文句なしの完敗だなぁ……
「なかなか筋が良かったですよ! 攻撃が一切通らない相手に対しても、どうにか立ち向かおうとする姿勢はとても評価が高いです!」
「そ、そうですか……」
どうやら俺のヤケクソラッシュは評価として悪くなかったようだ。
まあ正直実践的な剣術なんてこれっぽっちも分からないし、この世界での有効な戦い方なんかも当然知るはずもない。
フーリさんもそういったことには期待してなかったはずだ。
「ただ、剣を持ちながら思考を放棄するのは良くありませんね。そこは後でじっくり叩き込むとして――ヴェル坊ちゃん。一つ気になることがあったのですが……」
「え? えっと、なんでしょうか」
「ヴェル坊ちゃんが持つその【壁抜け】のスキル。剣術に応用することはできませんか?」
「……へっ?」
急に真面目な顔をしたフーリさんは、俺が想像すらしなかったことを口にしたのだった。
♢♢♢♢
「――っは、はぁ、はぁ。め、めちゃくちゃだあの人……」
俺の【すり抜け】が剣術に活かせるかもとかなんとか言ったかと思えば、
「まあそれは後でじっくり考えるとして、まずは体力作りからですね! 少なくとも一万回剣を振っても呼吸が乱れないくらいにしましょう! と、言うわけでレッツ走り込みです!」
とか言い出して、俺を見知らぬ森の中に拉致したかと思えば、ここで死にたくなければひたすら北に向かって走り続けてください! とだけ言って消え去ったのだ。
すぐ近くに生き物の気配はなかったが、遠くの方から猛獣の唸り声のようなものが聞こえたときには流石に背中からいやーな汗が流れてきて、大慌てで走り出す羽目になった。
そして限界まで走り込んでぶっ倒れたら一瞬だけフーリさんが現れて、軽く回復魔法をかけられてから再開というのを日が暮れるまで繰り返しやらされた。
「こんなことしてマジで大丈夫なのか、俺の体」
何の漫画か忘れたが、超回復系の技は使いすぎると寿命が縮まるとかそういうのを見たことがある気がする。
まあもしそんなデメリットがあるならば、フーリさんが何の確認もせずに使うとは思えないけど……
とまあ、そんなわけで俺はひたすら地獄の走り込みをやらされ続けて心も体もへとへとだ。
最後の回復魔法は、自分自身での疲れのケアも学ぶべきという理由で動ける最低限度しかかけてもらっていないから、体が死ぬほど重い。
「ダメだ。少し休憩……」
図書館からいつもの建物に戻る途中、俺は歩くのすらきつくなって視界に入った樹の根元で休もうと足を引きずっていった。
これは寄りかかるのにちょうどよさそうだな。
そう思って日陰になっている反対側に回り込んだ時、
「……ん? キミは――」
「ひゃっ!? だ、だれ、です、か?」
そこには先客が一人。
俺と同じ髪色をした大人しそうな少女が、体育座りで本を読んでいた。
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※30話程で完結します。
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