奴隷アルファに恋の種

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5 ガレ幼少期 ※ガレ視点

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【ガレ視点です】




 お腹へった。動けない。ひもじい。

 お日さんの光が熱くて、地面がゆらゆら。喉が渇いた。オレもこのまま焦げて焼かれてしまいそう。


 ゴミでもなんでもいいから分けて欲しい。


 オレは、どこぞの貴族とメイドの母ちゃんとの子供だ。
 屋敷から追い出された母ちゃんは懸命に働いてオレを育ててくれた。
 だけど、独り身の母ちゃんが生きていくにはこの国は優しくなかった。
 身を粉にして働いてくれた母ちゃんは、あっけなく病でなくなった。優しくてとても温かだった。
 母ちゃんの毛布だけを持って街にふらついた。いつの間にか奴隷商に奴隷として売られていた。


 オレを買った主人は、仕事を教えることを面倒くさがった。進んで仕事が出来るほどの年じゃなかった。

 仕事を充分に出来ない役立たずは、食事も与えられずそのまま放置しされる。オレもそう。

 同じ奴隷にもそっぽを向かれる。栄養がないと次第に何か考えることが億劫になって、毎日野草を食べてぼんやり過ごした。身体が丈夫だったのかもしれない。いつまでも死なないオレは屋敷の主人に放り出された。
 それでまた奴隷商の元に逆戻り。足に鎖を付けて外の路地で見世物だ。


 パクリ。草を食べて、花を食べて、それでもなんとなく生きていた。食べ物の匂いがしてもオレが口に出来ることはない。誰かが持っている美味しそうなパン、にく、飲み物もオレの口には入ってこない。


 誰もオレを見ないから、オレも誰かを見るのを止めた。

 ひもじいなぁ。


「君がいい」
 オレが垂らしていた汚い涎を小さな真っ白な手が拭った。その手が俺のこれまた汚い手を握った。

 オレは顔を少し上げた。
 伸ばしっぱなしの髪の隙間から覗くと、天使のようなキラキラした子供がオレに笑いかけていた。

「おいでよ」
「……」

 ——……オレ、しんぢゃったんだ。ついにとうとうしんぢゃった。

 その子を見て天使が迎えに来たんだと、本当に死んだと思った。




 次に目が覚めるとふかふかのベッドの上で別世界だった。どうやらオレは天国に行けたらしい。

「起きた?」

 ニコニコと先ほどの天使がオレを見ていた。

「汚れてるからお風呂入ろうか」

 天使がオレを見て風呂に入れ、清潔な服を着せて、ご飯を与えてくれる。
 天国に行けたのなら、母ちゃんに出会えるはず。母ちゃんはとても働き者で優しくてオレを一番好きだって言ってくれた。どこにいるんだろう。いつ会えるんだろう。



「うぅ……うぅ……」

 天国なのに、ご飯を沢山食べたら苦しくなった。美味しくて思わず沢山食べた。おなかが痛くて寒気までしてくる。
 ぶるぶる震えるオレに天使が温かい布団をかけてくれる。

「大丈夫?」

 天使がオレのことを心配そうに見つめてくる。
 違う。天使じゃない。オレが会いたいのは……

「母ちゃ……ん、母ちゃん、会いた、い」
「……ここには、いないよ」

 天使がオレの手をぎゅっと握った。
 オレは、なんで、どうして、と天使に問い詰めた。母ちゃんは天国にいる。どうして会えないの。

「君のお母さんはどこにいるの?」
「天国……」

 そう言うと、天使は小さく謝ってきた。ごめんね。会わせてあげられない。ごめんね。と。
 天使が悪いわけじゃない。

 けれど、天使がそう言うから、もう母ちゃんには会えない気がした。

「母ちゃ~……ん」

 オレはただポロポロと涙を流した。


 次、目覚めた時、天使が一緒に眠っていた。真っ白な肌にピンクの頬。
 天使が起きるまでずっと彼のことを眺めていた。暫くすると天使がぱちっぱちっと瞬きをして起きた。

「おはよう。おなか痛いの治った?」

 頷くとおいでと天使がオレの手を握って庭に連れ出した。きょろきょろと周りを見る。天使以外にもここには何人か人がいる。
 天国にも奴隷がいるらしい。でも、天国の奴隷は健康そうだ。昨日みたいな美味しいご飯を天国の奴隷も食べているのだろう。

「君にご飯をあげると一気に食べちゃうから、僕が食べさせてあげるよ」

 そう言って、彼の手からご飯が運ばれる。オレの口の中が空っぽになるのを見計らって口に運んでくれる。
 ふぅふぅっと小さな口でアツイお粥を冷まして、あーんと言って差し出してくれる。

 こんな風に食べさせてもらえたのは、いつだったかなぁ。
 母ちゃんと別れたのはもうずっと前のことなのに、今頃になって淋しく感じるのはなんでかな。

「グズ……グズ……」

 ご飯を食べながらまた涙がポロポロ勝手に出てきた。
 オレが大きな声で泣いても天使は怒ったりしなかった。昨日からずっと泣いている気がする。


「僕じゃ駄目かい?」
「?」
「僕が君の傍にいてあげるよ」


 泣いているオレに悲しそうな顔をした天使が言ってきた。
 スッとその言葉がオレの中に入ってきた。この子がオレの傍にいてくれる?
 オレは天使の手を掴んだ。


 それからオレは天使の後を付いて行動するようになった。トイレにすら一緒に付いていく。
 天使の姿が見えないと怖くなって、目に見えるとホッとして抱き着く。

 天使の名はリオン。リオンは名を覚えていないオレの名をガレと名付けた。

「ガレ、そんなに引っ付いていたら出掛けられないよ」
「いやだ。離れない」

 どこかに出掛けるリオンを困らせたり、一緒のベッドで寝ると強請ってみたり、我が儘放題だった。

「よしよし」

 リオンに抱き締め返されたら全身の力が抜ける。怖い気持ちがなくなり温かい気持ちになる。きっと天使の力だ。
 リオンが柔らかい頬をオレの頬に擦りつけてくる。オレにいい匂いだねって言ってくる。いい匂いになったのはリオンが風呂に入れてくれるからだ。

「もっと」
「うん」

 もっとしっかり抱き締めてと我が儘言ってもリオンは聞いてくれる。特別可愛がってくれる。寝る前に本も読んでくれる。「僕、文字が読めるんだよ。凄いでしょ」自信満々で本を開いて、一生懸命文字を指さししながら読んでいく。

「おそろし、い、魔女は……しまし、た……」

 コクコクと頭が揺れて、パタンと本の上でリオンがうつ伏せになった。
 大抵、リオンは欠伸をして先に寝てしまう。すーすーと寝息がピンクの小さな口から聞こえる。オレはリオンの身体に下敷きになった本を退かせて、リオンをじっと眺める。

「なんてキレイなんだろう」

 リオンの透けるように白い肌、小さな白い花のようにかわいい。何故だか見つめているだけで胸がドキドキしてくる。
 天国で生きるために、リオンがオレの心臓を動かしてくれたんだ。

 オレのとっておきの天使様だ……。




 天国で暮らし始めて沢山夜になり朝になった。沢山ご飯を食べて元気になっていくと、鈍感になっていた感覚も徐々に戻ってきた。

 ——オレがいい匂いだなんて、リオンの方がいい匂いがする。花のような匂いだ。くっついて離れたくない。リオンの一部になってしまいたい。


「一部?」
「離れたくない」

 ぎゅうぎゅうとリオンの身体にくっついて離さない。体温も何もかもリオンは良い。

「クスクス。一部になったら僕がガレを見ることが出来ないから嫌だな」

 見られる。そうか。リオンに見てもらえるのも嬉しい。

「そっか、一部にはならない」
「うん」
「ずっと一緒にいる」
「うん」


 ここはとても優しいところだった。
 リオンの母親であるリオ様も優しい方だった。オレを見て頭を撫でてくれる。

「ガレ、これからリオンのことを頼みますよ」
「……」

 なぜ、リオ様がそう言うのか分からなかった。そして、まだオレはリオン以外の人と話すことが怖くて声が出なかった。無愛想なオレにリオ様は微笑みかけた。

「お前が大きくなった時、リオンのことを支えてあげて頂戴」

 オレがリオンを……。
 その言葉に俺は、ハッとした。そして、それから慌てて屋敷から外に出た。庭に出て周りをキョロキョロと見渡した。

 ここが天国でないことに気づいた。ようやくと自分でも馬鹿げているが、本当にリオンに出会ってから、天国にいると信じて疑わなかった。

 あざといオレは、天国じゃないと知りつつ、暫くリオンの傍から離れなかった。ゆっくり頭でリオ様が言われた言葉“リオンのことを頼みます”と言った意味を考えた。
 自分から考えて行動することは初めてだった。


「ガレ? え? 農場で働きだすのかい?」
「はい。リオン様、ずっと甘えてばかりでごめんなさい」
「——え、なんでそんな畏まった言葉なの? 様なんていらないんだよ。どうして……?」

 オレは言葉を変えて態度を変えた。

 リオ様が言った言葉、俺はそうなりたい。
 リオンが頼れるような人間になりたい。大人になったらこの人を支える。

 そのために、オレはしなくちゃいけないことが沢山あることに気づいた。
 いつまでも離したくない温かな身体に離れた途端、くっつきたくなるような誘惑に耐えて、オレはその日から屋敷ではなく奴隷達と共同生活をし始めた。
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