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ストーカー編

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「リン」

 僕は薄目を開けた。カイル君の茶色の髪の毛に零れ日があたってキラキラと輝いている。

「ふ……」

 僕が笑うとカイル君は眉間にシワを寄せた。どうしてそんなに不機嫌な顔をするのだろう。

「寝ぼけて俺を呼ぶなよ。何事かと思うだろう」

「………」

 寝ぼけて……? 僕は目だけをぐるりと見渡した。
 そして現在の状況を確認する。カイル君に図々しくももたれかかっており、マントの中でぬくぬくとしておりますぅっ!!

 僕は飛び上がるように起き上がった!!

「うわぁああっ! す、すまないっ! もたれかからないように気を付けていたのにっ!!」

 退けるのを待っていてくれたようでカイル君も一緒に立ち上がった。

「気持ちよさそうにぐっすり寝ていたぞ」

「ぐっすり?」

 そうか、もう朝だから一度も起きる事なく寝てしまったようだ。



「体調はどうだ? 昨日より顔色がいい」

「ぐ、ぐぎぎ」

 前髪が耳にかけられているので僕は前髪をササっと元に戻して直射日光(カイル君)から目を守る。

「いや。大丈夫だよ! 心配かけたね! はははは……はーはーはぁ~」

 呼吸が乱れたのを整える。ついでに自分の身体の調子を確認する為、目を閉じる。

 魔力も戻りつつある。筋肉痛は痛むけれど膝が笑う程でもない。



「うん。今日はふもとまで歩けそうだ」

「そうか。この崖下の位置だがおおよそは把握できている。ここから山のふもとまでは半日程で辿りつけるだろう」

 僕も山の地図は暗記している為、帰りルートは把握できていた。

 カイル君が口頭でこれからルートを伝えてくれる。少し遠回りなのは、僕が付いて行けるようになだらかな道を選んでくれたのではないだろうか。

 こういうスマートな所が天然タラシである。

 荷物もないため、ルートを確認した後はすぐに出発する。

 カイル君の大きな背中を見ながら少し後ろを付いていく。歩調まで僕に合わせてくれているようだ。

 一時間程歩けば見晴らしの良い場所が見えはじめた。街が小さく目で確認できる。

「リチャードと待ち合わせしているのは、反対側だからまだ歩かなければならない」

 そう言って、カイル君は止まった。

「あぁ、そうだね。…………どうしたんだい?」

 立ち止るカイル君の横に僕は立った。

 山に大きな穴があった。深く底が見えず真っ暗だ。隕石や噴火の痕にしては周りに樹木が生えている。直径30メートルはあるだろう。こんな規格外の穴を作れる種族も知らない。

 奇妙だ。断面から最近えぐられて出来たようだ。

 えぐられて……? 何に?

 これは、すぐにマキタに調査を頼まなくては。

 カイル君は、付近にあった巨大な岩を担いでその中に放り込んだ。

「底についた音がしないな」

「…君は大胆だね。何の穴かも分からないのに」

 カイル君はじっとその穴を見つめる。深すぎて何も見れはしない。

 不可思議だが現在調査する術もない。

 いつまで彼は見ているのだろうか。先を進もうとカイル君に声をかけようとした時だ。

 スゥッとカイル君がその穴に吸い込まれるように傾いた。

「え!? カイル君ッ!!」

 僕は、カイル君のマントを引っ張ったがあまりの重さに手を滑らせた。

「―――カイル君っ!」

「……」

 僕は急いで地面に手を付けて魔力を送る。地面が浮き出る。カイル君が落ちてしまう前に横から地面を形成し穴を塞いでしまう。

「カイルッ!」

「ーーーー!!」

 僕が声を上げると、カイル君は意識を取り戻し僕が形成した地面へ足を着いた。

 落ちた高さはこちらから10メートルほどの深さ。

 よかった! 間に合った。

 ホッと息をつき、カイル君を見る。カイル君は呆然とした様子だったが、ナイフを付きさしてこちらへ登ってくる。

「どうしたんだい?」

 カイル君が「あぁ」と頷き謝ってきた。

「いくら君でも落ちて調査しては無事では済まないよ?」

 そうでなければ、体調が悪いのだろうか? 立ち眩み?

 僕はすぐにカイル君にヒーリングをかける為、カイル君の背中に触れる。

 しかし、触れることで分かるがカイル君の魔力も体力も減っていない。

 カイル君は僕の手を持ち、ヒーリングをやめさせる。


「いや。ただ、吸い込まれそうだったんだ」

「……」


 暗闇に吸い込まれる?カイル君が?

「暗闇に惹かれたって事かい?」

 人間には誰しも闇が存在する。ただ、闇を好く・好かれる人間というのは、全体的に陰に傾いている。

 勇者が闇を…………?

 こんなことは今までになかった。

 これは何かの暗示なのだろうか。それとも僕が気づいていないだけで彼は闇属性だったのだろうか。

「あぁ。お前、魔力ないのに俺に使おうとするな。悪かったな。地面形成見事だった。無駄な魔力使わせたから、やるよ」

「僕はそんなに非力じゃ……あっうあっ! んんんっ!」

 捕まれた手からカイル君の強制魔力が送られてくる。

「ひっ!……や、やめ、て…!」

 僕は腕をほどこうと身体をねじる。まずい。意識のない時ならまだしも意識のある時にされるものではない。

「礼だ」

 そう言って掴んだ手を離さない。

「い、いらぁ……いら、ないぃ」

 身体が急激に火照ってくる。腕からどんどん相性のよい温かな魔力が入ってくる。入ってくる度、か……身体が熱い……。強制的に気持ちよくなり足がグラグラする。

「ううぅん、んんっ!!」

 立っていられなくなり地面にへにょりと座り込んだ。


「はぁ……こっちが気持ちよくなってきた…っておい。大丈夫か?」

 カイル君がようやく手を離した。確かに魔力で身体は元気になった。


「うぅ~……なんて酷いぃ!」

「は?」

「カイル君の馬鹿者ぉ! あっちへ行けっ!!」

 フゥー! フゥー!!っと息を整えながら、カイル君を睨む。

 なんてことをするんだ。魔力の相性が良すぎる人間同士はむやみやたらと魔力を分け与えたりするものではないのだぞ。

 立ち上がれなくてただ、カイル君を詰る。


「なんで? 血色もよくなったし、魔力相性いいなら不快ではないだろう?」

「君は無神経なのかっ!とにかく、先に進んでくれたまえ。僕は後から向かうっ!」

 すると、カイル君が苦笑いをした。

「立てない事情があるのか。もしかして勃起した?」

 僕はカイル君の手に電撃をくらわせる。

「いてっ!!」
「ふ~~っ!!」

 今、僕の魔力は君のおかげで魔力は足りているからね。僕は怒ったよ。デリカシーのない人へは制裁をしなくてはならない。

「……え? マジか?」

「………」

 その瞬間、再び電撃を放つ。避けきれないように追跡付きだ。

 それをカイル君は魔剣をとり出して受け止める。しばらくその電撃と戦っておけばいい。


「……いやだと言ったのに」

 座り込んだまま泣き言をいう。みっともなさに気が沈んできたら身体の興奮も収まってきた。こんなみっともない身体になっても興奮するなんて……情けない。

 僕は息を吸って呼吸を整えた。




「悪い」

 カイル君が謝っているのに、僕は大人げなく返事が出来なかった。彼にとっては好意のつもりで魔力を分け与えただけなのだ。僕が過剰に反応してしまっただけ。

 僕は息を吐いて、自分の動揺を隠す。

「カイル君! 君には人との距離感を間違わないように常々言っているね? 貞操の危機をもっと持ちたまえ! 誘われているのだと勘違いさせても仕方ないのだよ。それは僕に限らず万人にも値する。君の美しさはもう森羅万象すべての美しさと匹敵するくらいなんだよ。それをしっかりと認識したまえ……(以下省略)」


 流石にそこまでじゃねぇだろ。とカイル君が呟いているが、構わずカイル君の魅力について語りカイル君をドン引きさせる。

「あぁ~……分かったから帰るぞ」


 ようやく帰るように促され、その場を離れた。





 帰り道、何度も手を貸そうとするカイル君に距離を置いて断る。断ると何故か毎回不機嫌な顔をするのに同じことをする。きっと世話好きの人が見せる“やりたがり”というやつだろう。

「あぁ!? もうふもとまで着いたじゃねぇか!」

「……」

 山のふもとまでカイル君の手助けなく降りたことを、カイル君に文句を言われる。僕が断る度、引っ込みが聞かなくて意固地になっているだけな気がする。


「カイル!! リンくん!」

 リチャードが大きく手を振ってカイル君と僕を呼んだ。無事三人と合流する。皆、無事でよかったと喜ぶ。

 僕は後ろの方で眺めていると、フルラが後ろまでやってきてコッソリと、「悪かったわよ。アンタ一人だけ魔力切れになるまで苦労させたって事でしょ?」と謝ってきた。

 彼女は正直で悪い子ではないのかもしれない。しかし、次の瞬間にはカイル君の腕に抱き着いていた。



 それから宿までは距離がなくて助かった。

 宿に入ると、女将さんがカイル君をみて目を輝かせていた。

 おかげで少しいい部屋で泊めてもらえることになった。イケメンとは得だ。カイル君もリップサービスを忘れない(天然タラシめ)


 夜まで部屋で身体を横にして休ませる。久しぶりのベッドに軋む身体が楽になる。

 僕はぼんやりと天井を見た。

 山での奇妙な穴についてマキタに報告しなくては。

 横になった姿勢で空に魔法陣を描く。魔術陣に魔力を注ぐとそこからグニャリと鳥が生まれる。

 鳥に伝えたい事を記憶させてその記憶をマキタに渡してもらう。


 僕は、ベッドから起き上がって窓を開けて鳥を飛ばした。

 王都のマキタの場所までは30分もかからないだろう。












「やぁねぇ。男どもって若い女を見れば舞い上がっちゃって」

 横でめかしたフルラが葉巻を吸う。

 フルラが言った男ども3人は女性相手にダンスを踊っている。

 宿屋の女将は、時折男前の宿泊者がいると小さなパーティーを催すようで、宿泊者は全員強制参加となる。疲れていようと関係ない。

 パーティルームには、音楽が鳴り響いていた。各自ペアで踊るようにと言われ、音楽に合わせて踊り合う。

「どう見たって男の数が足りないじゃないのよぉ~!! しかも、カイルに群がってるしっ!」


 カイル君の周りを複数女性が囲っている。その周りにはいつ声をかけようか企んでいる女性の図。

 アンディ、リチャードもなかなかモテているようだ。



「アンタ……、私の横に並ばないでよ。私まで貧相に見えるでしょう」

 フルラが酔っ払った顔でこちらを睨む。

「ふむ」

 僕は、パーティーが苦手なのだ。

 透明化しようかと思ったのだが、人数チェックが女将により行われている為、それも出来ない。

 しかし、見知らぬ女性の横に並んで、僕の容姿で脅かすわけにもいかない。そんなわけでフルラの横で立っている。

「君は、カイル君の争奪戦に参加しなくてもいいのかい?」

「行きたいわよ。でも、ほら、あのカイルの死んだ表情。仕方なくって顔が凄いわ。これで私まで行ったら、カイルが可愛そうじゃない」


 あぁ。確かにカイル君の顔が先ほどから義務的にこなしているだけだ。それでも、あの美貌に相手にされれば女性たちは興奮するだろう。

 女性側は多分宿泊者だけじゃなくて、近辺の村に住む女性達も入っているのだろう。女将による婚活かもしれない。


 カイル君に比べ、アンディとリチャードはそれなりに楽しんでいる様子だ。お持ち帰りする気満々だろう。

「あー……、せめて好みの男がいれば、私も楽しかったんだけどなぁ」

 テーブルに肘を付きながらつまらなさそうな顔で言った。

 まぁ、パーティー嫌いな僕もその気持ちは分からなくもない。

 彼女にスッと新しいシャンパンを差し出す。

「どうぞ。お嬢さん」

 あんぐりと大口を開けたフルラが見てハンッと笑った。

「それで、気持ち悪くなかったら良かったんだけどね」

「……………」

 柄でもない事をするのじゃなかった。



 その後も壁際でカイル君の様子を眺めた。カイル君の横には可愛い女性。とても似合っていた。

「ほら! ストーカー!! あの子、今呪いなさいよ!!」

 横で酔いが回ったフルラが僕に指示をする。何かとずっとうるさい。

「嫌だよ。なぜ僕が」

「呪うのがアンタの仕事でしょう~~!」

「……」

 それにしてもフルラの酒癖がこんなに悪いなんて。どんどん声も大きくなっているし。

 彼女に水を飲むように声をかけるが、全く飲まない。それどころか、益々シャンパンを飲みほしていく。先ほどから身体を支えているのは僕だ。もう既に自力ではしっかり立ってはいない。筋肉が身体にガッシリ付いているフルラはかなり重い。

 酔っ払いの面倒を見るのは面倒くさい。


「あぁ。もう。仕方ない」

 僕は、自分の身体に魔術をかけた。

「失礼」

 フルラの身体を持ち上げた。

「きもいぃ!! 何するの――……よ?」

 フルラは僕を見て目を見開いた。

「え?」

 驚いて大人しくなったため運びやすくなった。

 パーティルームをぬけてフルラの部屋に運びベッドに寝かす。

「あ、あ、あ、あ、あんた……な、なにぃ!? 何よ!? その顔ぉ!?」
「顔が何か?」
「びっ!?……」

 そんな彼女の額に指をトンっと突いた。その瞬間、彼女はスーッと眠りについた。

「顔か……」 

 僕は、顔を触った。
 3年前の身体を魔術で呼び戻したのだ。3年前の僕は彼女を持ち上げるくらいの筋力があった。頬の肉も落ちていない……。

 彼女の部屋から出る前に術を解いて身体を元に戻した。


 フルラの部屋を出るとカイル君がこちらに向かってきた。

「リン」

「……カイル君」

 何故、カイル君がフルラの部屋の前に……?

 まさか、この二人はそういう仲だったのか。いや、それにしてはカイル君がフルラに対する態度は普通だ。


 カイル君はツカツカと僕の方へ歩いてきて、僕の手を掴んだ。

「っ!!」

「いつもの細い手……? 見間違えたのか?」

「……」

 パーティルームの隅なんか誰も見ていないと思ったのに、見ていたのか……。

 カイル君から手を離して距離をとった。

「フルラにずっとベタベタしてたよな? 急に仲良くなったみたいだな」

 何か盛大に勘違いしている。互いにパーティに一緒にいる相手がいなくて壁民になっていただけなのに。

 カイル君も顔色は変わっていないけれど、酔っ払っているのだろうか。

「この身体でどうやってフルラを持ちあげたんだよ」

「……君には関係ない」

 僕の腕を掴む手を払う。そして、いつものように彼から距離を置いた。今日はもうこのまま部屋に戻ろう。

「お前、普段俺には距離置く癖に。フルラの身体には安易に触れるんだな」

 カイル君の目が何故か怒りを含んでいる。もしかして、フルラの事が好きなのだろうか……。

 ツキンと胸が痛むのを堪える。

 そうだとしても、僕に八つ当たりするのは間違っている。それならフルラをダンスに誘えばよかったではないか。

「……言っていることが訳分からないよ」

 これまでの旅の疲れが溜まっているのだろう。冷静な会話とは思えない。

 僕は自室に戻ろうとする。

「確かに、俺も変だと思う」

 カイル君が僕を見て呟く。変なことを言った自覚があるようで首を傾げている。



「もう寝た方がいいよ。おやすみ」

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