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愛欲編
4 (※微)
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これは、僕の過去だ。
師匠が人柱である事を告げたのは、王宮に連れてこられる直前だった。
「僕は、その後継者に選ばれたのですね」
師匠は静かに頷いた。
今思えば、師匠は自分の死期を悟っていたから僕を王宮へと連れてきたのだと思う。
王都の奥には人柱専用の部屋がある。その部屋には見た事のない魔術師の本が並んでいた。
一冊の本を師匠に勧められる。
その本には、ラウル王国と魔術師の歴史が記されていた。国と魔術師の関係性を僕はこの時、初めて知った。
「夢か……」
自室の真っ白な天井。
夢を見ていたらしい。何故か、僕は王宮へ来る直前のことをよく夢に見ていた。何かその夢を見ると、大切な何かを忘れている気がしてならない。
僕は、ベッドから起き上がり、僕専用の結界を張った部屋に向かう。その部屋は寝室とは違い魔術道具や本で散らかっていた。そこに無造作に積み上げている一冊の本を手に取った。
ラウル王国の歴史本。
ラウル王国が国になる以前、この土地は干ばつや地震の災害が多く、それに生き残れる強いモンスターが生息していた。人間が住める地域は極僅かであったのだ。
もっと人間の住みよい土地にしたい。
災害を鎮めるために魔術師が結界を張った。それが始まりであった。 自然の理を長年抑える事は闇が増幅するとも知らずに、結界のある地域に人々は増えていった。
人が死ぬリスクは減り、緑は豊かで国が栄える一方、闇が膨れ上がる。
それは、災厄という形で人々に降りかかる。200年から300年に一度の頻度で起こるとされていた。
「……」
ページをパラパラ読む。
この王宮へ来た当初、そんな脆い上に成り立っている国だと知り、不安で仕方がなかった。僕の代で来なくても後継者や人々に来る災厄。そんなモノを知って平然といられる人間ではなかった。
導き手の師匠が亡くなって、不安は大きくなるばかり。
災厄を上手く交わせる方法がないのか。
その為の研究をし始めると、そもそもこの結界を張っている状況は正しいのだろうか。危うい形で国を守るのではなく、違う視点で考えれば何か方法があるのではないか。
秘密を知る限られた魔術師に伝えてみた。
「ご自分の使命を果たしてください。金も地位も権力も全ては貴方様のモノです」
金も権力も欲しいと思った事はない。守るべきは人の命だと何度言っただろう。
「結界はこの国そのもの。そのような考えはお捨てください」
「僕は、自分の命が心配で言っているわけではない!」
「貴方様はどうぞ使命を果たしてください」
二言目にはそれだった。
頭の固い上の人間には言っても無駄だった。しかし、これは秘密事項。誰にも言えない。そして次の後継者であるマキタに不安な面を見せるわけにはいかない。
パタリと重い溜息をつきながら、歴史書を閉じた。
青空を見ながら自分の魔術で作った割れないシャボン玉を揉んでいた。
今、僕は王都外にいた。
僕の結界に微かな揺れがあり、調査をすることにしたのだ。本当に大したことがなかったから同行者もつけていなかった。
移動魔術で転移したが、やはりどこにも異常はなかった。
王都外には久しぶりにきた。
岩に腰をかけて少しのんびりする。王都とはそれほど離れていない漁業がとても盛んの街だ。海の周りには白い家が立ち並んでいて、王都とはまた違った景観が楽しい。
潮風が気持ちいいな。
ここ最近、僕の周りがとても賑やかであった。その原因は、茶色い男ことカイル君だ。
彼は大変察しがいい。
気がつくとカイル君のペースになっている。僕が少しでも嫌だと思えば“引く”ことも上手い。
また、子供達との時間を邪魔されることもなくなった。子供たちの前に現れても挨拶したり菓子を置いていくだけ。それが、彼の手なのだろうか……。すぐに諦めると思ったのに、子供の学年も上がり、季節が変わっても彼の態度は変わらなかった。
王都ですれ違っても挨拶だけ。そんな日もある。
人間関係がマキタと生徒と保護者だけの自分には、こうして外で親しい友人のように声をかけられる事はなんだか不思議な気分だった。
このまま僕への気持ちなど恋ではなくなってくれればいいのに。
「……こんな気持ちいい風に当たりながら考える事ではないな」
僕は自分の魔力が半減している事を感じる。帰りは馬車で帰ろうか。この街からは半日程で帰れるはず。
師匠のお下がりのローブを頭深くまで被って町を探索する。
港町は活気があった。市場が路上に並んで商売人の声が飛び交う。
「いい町だ……」
暫く町の様子を眺めた後、馬車を見つけたので乗り込む。
僕のボロボロのローブを見て金はあるのか聞かれたので王都までの賃金を先払いした。
ゴトゴトと揺れる馬車内で暇を持て余した僕は魔術で本を出して読書を始めた。
山にさしかかった所で馬車が一度止まる。
どうしたのか。僕は、魔術で周りを探知する。
モンスターが数匹と人間が5人か……。
程なくして馬車が走り始めた。
「モンスターが出ているようです。急ぐので揺れますよ」
御者が慌てて馬車を動かしたが、すぐに止まるように指示をする。
「様子をみたい」
僕は馬車から出て外を見た。この山道の下から気配を感じる。
この気配からしてオーガか?
少し動くと樹木の間から人が見えた。オーガは8匹に旅人4人、そして勇者が1人で対戦していた。
なんという偶然だろう。カイル君だ。 彼には、よく遭遇する。何かの因果だろうか。
「ふむ」
助太刀しようかと思ったが、しばらく様子見することにした。透明魔術で姿を消す。念の為に気配も。
カイル君の一太刀は凄まじい。オーガはレベルの高い種族なのに一人でも完全に彼の有利だ。一太刀に込められた精度が素晴らしいな。相当鍛錬を積んでいる証拠だ。
ただ、一般人の安全確保が一番重要だ。彼ならば守りきれるだろうが驕りは危険。何があるか分からないのだ。
僕は旅人4人の周りに結界を張った。
うん。これでいい。
その瞬間、透明化となっている僕を彼が見た。目が合っているような気分になる。
「……?」
いや。バレているはずがない。気のせいだ。僕は見つからないように馬車に戻り座った。透明魔術を解いて御者に声をかける。カイル君のあの様子なら間もなくにオーガを倒してしまうだろう。
「馬車を止めてすまないね。出発してくれ」
「え!? いつの間に!?」
突然馬車から戻った僕に御者が驚いたが、モンスターのいる場所で足止めされたくないのだろう。すぐに出発した。
その時だ。
馬車が傾いた。客車の窓を力強く掴まれている。
「!!」
「はは! 偶然!」
「カイル君……」
驚いた。もう倒したのか……。
僕は被っていたフードを深く被り直し御者に声をかける。
「早く出発して」
「お、お知り合いでは……?」
早く。と言うと御者は出発しようと馬に鞭を叩いたのだが……。
「ちょっ、ちょっと!何故窓から入ってくるんだい!?」
「今帰りか? 俺も丁度帰る所だから一緒に帰ろう」
そう言って彼が僕の横に座ろうとする。
この客車は二人乗りだけど、それほど大きくない。無理に座ってくるので、つい咄嗟に端に寄ってしまう。
はっ! 魔術で跳ね返せばよかった。
「お客さ~ん。何でもいいですが、その人の乗車料金ちゃんと払ってくださいよ」
「あ、いや」「あぁ! 金な」
カイル君は腰を浮かせて御者にお金を払ってしまう。金を払ってしまったのなら仕方がない……。
「しかし……狭い」
思わず愚痴が出る。肩が触れ合ってしまうではないか。せっかくのどかな気分を味わっていたのに。台無しだ。
「さっきの結界、リンだな。キレイな結界だったからすぐに分かった」
そんな僕のことなどお構いなしに嬉しそうに話し出す彼。何がそんなに嬉しいのか。
普段、生徒にはこのような話し方はしないけれど、彼は別だ。
「君は0点だね。いやマイナスかな。君が強い事は認めるけど、それだけ。君程ならばもっと人を守るべきに行動すべきだ」
「……」
それだけ話して窓の外を見た。
彼が、そうだな。と頷く。
「——アンタはいつも誰かを守る動きをするよな。絶対人を守る動きをする。……見惚れる原因はそれか。今気づいた」
見惚れなくてもいいが、気付いたのならばそれでいい。彼が優先度を間違わなければ完璧だ。
まぁ、それは言わなくてもいいか。
深く被っているフードをふわりととられてしまう。彼と目が合うと嬉しそうに笑った。
「久しぶり」
「……」
そういえば、一か月は忙しくて王宮外へ出ていなかった。子供と接する時間が減ってこちらも癒しがない。
「あぁ、久しぶりだね」
「アンタに会いたかったし、無理していないか心配した」
心配した。ね。
「君は見目がいいのだから引く手数多だろう。僕などは忘れて他を当たりなさい」
「俺はアンタが良い。アンタを欲しいと思っている。逃げられないように必死だ」
「……」
僕はふいっと馬車の外を見た。その後、彼も何も話してはこなかった。
ただ、時折、彼の視線を感じた。再びフードを深く被る。
揺れる馬車の中で目を瞑った。自分の魔力が思った以上に減っているのを感じる。
魔力が保てない日が年に2、3回あるのだ。少し前まで大したことのない状態でも急激に調子を崩す時がある。
こういう時に限って魔石を持ってきていない。
何とか意識だけは保っておかなければ。
たけど、魔力が減っていくととても身体が寒くなる。ブルリっと震える。その震えが真横にいたカイル君にも伝わってしまったのだろう。
「……寒いのか?」
「平気だ」
そう言うのに、僕の手をグッと握る。
「冷たい。寒い気候じゃないのに凍り付きそうな手じゃないか」
風邪かと彼が問うが返事をしないでいると、彼はマントを僕の身体に巻き付ける。
「体調悪かったのか。話しかけて悪かった。王都までもうすぐだ」
君が謝る必要などない事を言おうとするけれど、横になれと彼の膝に頭を誘導される。
「ゴリゴリの膝枕では夢見が悪い……」
起き上がろうとするけれど、彼が肩を強く掴んで動けない。さらに目が彼の手で覆いかぶされる。
「いいじゃねぇか。そんな事言ってないで目閉じて寝ていろ」
「……」
彼は偉そうだ。何様だと他の者ならば思うかもしれないのに、カイル君には、そんな風には思えない。
カイル君とは深い関係ではないが、彼も僕と同じ属性なのは分かる。人を守る宿命者。そして、それを当たり前に受け入れられる人間。彼が僕を求めるのは、同類を探しているのかもしれないな。
目に被された大きな手が冷えた僕の身体にはとても温かい。
子供の時、師匠に支えられた手のような安心感。懐かしいような気がする
目を瞑ると本当に眠ってしまった。
目を開けると、知らない天井だった。
身体が動かない。僕はどうしていたんだっけ。馬車に乗ってから…
あれ? 手が温かい。
「目を覚ました……よかった」
「…………カイル君」
彼が僕の手を握っている。どうやら、僕はあの後眠ってしまって起きられなくなったのか。
「俺の家だ。死んだように冷たいから心配した」
この家は彼が一人で暮らしている家だそうだ。弟君たちは別の家らしい。
「……すまないね……時折、こういう事があるんだ」
迷惑をかけてしまった。しかし、起き上がる事が出来ない。王宮内であれば僕の一言の言霊でマキタを呼べるが、ここでは少し遠すぎる。伝言鳥を作る魔術が今はない。
「リンの状態、魔力低下か? 今、魔力を供給しようと思っていたんだ」
「……結構」
僕と相性の合う魔力は少ない。殆ど気持ち悪くて受け入れられないのだ。
師匠の魔力でさえ受け入れられなかった。受け入れられるのは、この世界でマキタ一人だけ。
歩いて帰る。そう言おうとした時、僕の手を握っている彼の手が光った。
「!!」
じゅわ……。
身体全体がカッと熱くなり、掴まれている手から彼の魔力を感じる。炎みたいな赤くてキラキラした魔力が僕の魔力に溶け込んでいく。
強すぎて、息が苦しい。目を見開いて彼を見た。
「気持ち悪くないか? ……俺は気持ちいいから、上手くいったと思うけど」
「……はぁ? あ、はぁはぁはぁ……」
驚きすぎて声にならない。
なんだろう。この強すぎる力は……。強引に開かれて引きずりこまれそうだ。
熱すぎて上手く意識が保てない。
「……はぁはぁ、う……」
苦しい——……。苦しいほど、気持ちがいい。
止めさせなければ。こんなのは知らない。この魔力は危険だ。僕と相性が合い過ぎる。僕がこの魔力を欲している。奪いつくしたいと思ってしまう。
「……気持ち悪い反応ではないな」
「はぁはぁはぁ……ん。だ、め、……だか、ら、いれ、ないで……」
何とか返事が出来た。言葉に出しながらも、彼の魔力を身体の奥が欲してしまう。僕には今の彼がとても美味しそうに見える。奪ってしまいたい。
「いいよ。魔力ならあり余っている。奪いつくせるなら奪えばいい」
「はぁはぁはぁ……」
「それに、まだ手が冷たい。顔色も良くならない。全然足りてないんだろう」
彼が僕の手を握りしめる。
「……嫌なのは分かっている。分かっているが我慢してくれ」
彼の顔が僕の方に寄せられる。何をされるのか予測できたが身体が動かなかった。ゆったりとした動きで唇が触れ合った。
ピクリと指が拒否で動いただけだった。ゆっくりと彼が僕の口腔内へ舌を差し込んでくる。
唇も舌も驚くほど熱い。
その瞬間、口腔内に魔力を供給され始めた。
「んんっ!!」
僕の身体が驚いてびくりと飛び上がる。
さきほどまでの少量ではなく一気に魔力が入ってくる。身体が震える。僕の身体が魔力に魅了されている。
その僕の反応を見たカイル君が、口腔内で少しずつ舌を動き始める。
先ほどまでどこか遠慮していた彼の舌が唇を舐め、歯をなぞり、口腔内を弄る。
「あっ! ん、ん……はぁ、ん、ん」
魔力もキスも強すぎて溺れそうなのに僕は美味しいと啜ってしまう。
強すぎる快楽で頭が働かない。内側から溶かされていくような快楽だ。
舌が僕に絡まる。そこからも魔力を足され舌がビリビリする。
少し離された……。ぼんやりした僕をカイル君の目が覗き込む。
「まだ……いるか?」
まだくれるのだろうか。この美味しい魔力を…。
魔力を奪いつくしてはという心配がもう僕の頭にはなかった。
僕の表情を見て、ベッドの端に中腰になっていたカイル君だったけれど立ち上がって僕を横抱きにしてベッドに座る。
僕の身体は彼にすっぽり包み込まれる。
「要らなくなったら言ってくれ。止めるから」
要らなく……? 要らなくなんてならない。
まるで、僕は催促するかのように彼の唇を見る。すると、また近づいてくる。
軽いキスであった。
だけど、もうそれですら敏感になってしまった唇はブルリと震える。
何度も唇だけの軽いキスを交わして、僕は口を開けるとまた口腔内に彼の舌が入ってくる。
それからまた魔力が入ってくる。
気持ちいい。
猫にマタタビ。彼に力強く抱きしめられていなければ僕の身体はグニャリと崩れてしまっただろう。
「……リン、腰が動いている。発散したい?」
「……」
彼がそう言うので僕の下半身を見る。僕のズボンは膨らんでいて……彼の言う通りなら、僕はキスされながら腰を動かしていた?
じわぁっと目尻から涙が溢れる。
「あぁ、別に変な事じゃない。泣くな。相性良ければ誰でもこうなるから」
こうなる? 本当に? 僕だけじゃない? みっともなくない?
「リンの嫌がる事は絶対しない。熱を発散するだけ」
頭が熱と快楽で浮かされていなければ、有り得ない事だと分かるのに、今はただ身体が熱くて少しでも熱を逃がしたい。
コク。と頷くと彼の手が僕のズボンに手をかけ、するりとズボンをはぎ取る。
本当だ。……恥ずかしいくらいに股間が勃起して濡れている。
「あ……やだ」
一瞬、理性が戻り恥ずかしくなる。だがまたカイル君の唇が降ってきて欲望が勝ってしまう。
この唇はダメだ。頭をおかしくさせる。口腔奥まで熱い舌でかき回された時、カイル君が陰茎まで濡れている僕のペニスを握り、ゆっくりと扱き始めた。
キスの動きと連動するように器用に手が動く。ぬちゃぬちゃと淫猥な音が響いている。
彼が言うように腰が揺れてしまう。あっという間に僕は精を出した。
「リン、気持ちよさそうでよかった」
「……あ……はぁ、はぁ……はぁはぁ」
彼が上機嫌で傍に置いてあるタオルで手と僕のペニスを拭いてくれる。だけど、その動きですら気持ちいい。
「ずっと萎えないな……」
「あっ……んんっ」
つぅっと彼の指が僕の陰茎を上から下までなぞる。
「もう一回出す?」
そう言いながらチュウっと僕の唇を吸う。僕は首を振る。
「あっ、……もう、いい……」
もういい。と言っているのに、彼の手が陰茎を再び擦り始めた。
「…!!」
また彼の唇で口を塞がれる。そのキスで治まるモノも治まらなくなってしまう。
キスの合間に彼が言う。
「あんまり触らない? 誰かとはしないのか? キレイな色している」
そんな事言いたくないのにコクコクと頷いてしまう。この年にもなって人との交流を避けているのが丸わかりのようで恥ずかしい。
そんな人の刺激になれない僕に、口から快楽物質を与えられながら精を吐き出す行為は刺激が強すぎた。
「はっ……、爆発しそう……」
彼は嬉しそうに言う。でも、ギラギラと獲物を狙うよう目をしている。ここで彼が強引に事をなそうとしたら抵抗など出来なかっただろう。だが、次に精を出した後はもう彼は手を出すことはなかった。
師匠が人柱である事を告げたのは、王宮に連れてこられる直前だった。
「僕は、その後継者に選ばれたのですね」
師匠は静かに頷いた。
今思えば、師匠は自分の死期を悟っていたから僕を王宮へと連れてきたのだと思う。
王都の奥には人柱専用の部屋がある。その部屋には見た事のない魔術師の本が並んでいた。
一冊の本を師匠に勧められる。
その本には、ラウル王国と魔術師の歴史が記されていた。国と魔術師の関係性を僕はこの時、初めて知った。
「夢か……」
自室の真っ白な天井。
夢を見ていたらしい。何故か、僕は王宮へ来る直前のことをよく夢に見ていた。何かその夢を見ると、大切な何かを忘れている気がしてならない。
僕は、ベッドから起き上がり、僕専用の結界を張った部屋に向かう。その部屋は寝室とは違い魔術道具や本で散らかっていた。そこに無造作に積み上げている一冊の本を手に取った。
ラウル王国の歴史本。
ラウル王国が国になる以前、この土地は干ばつや地震の災害が多く、それに生き残れる強いモンスターが生息していた。人間が住める地域は極僅かであったのだ。
もっと人間の住みよい土地にしたい。
災害を鎮めるために魔術師が結界を張った。それが始まりであった。 自然の理を長年抑える事は闇が増幅するとも知らずに、結界のある地域に人々は増えていった。
人が死ぬリスクは減り、緑は豊かで国が栄える一方、闇が膨れ上がる。
それは、災厄という形で人々に降りかかる。200年から300年に一度の頻度で起こるとされていた。
「……」
ページをパラパラ読む。
この王宮へ来た当初、そんな脆い上に成り立っている国だと知り、不安で仕方がなかった。僕の代で来なくても後継者や人々に来る災厄。そんなモノを知って平然といられる人間ではなかった。
導き手の師匠が亡くなって、不安は大きくなるばかり。
災厄を上手く交わせる方法がないのか。
その為の研究をし始めると、そもそもこの結界を張っている状況は正しいのだろうか。危うい形で国を守るのではなく、違う視点で考えれば何か方法があるのではないか。
秘密を知る限られた魔術師に伝えてみた。
「ご自分の使命を果たしてください。金も地位も権力も全ては貴方様のモノです」
金も権力も欲しいと思った事はない。守るべきは人の命だと何度言っただろう。
「結界はこの国そのもの。そのような考えはお捨てください」
「僕は、自分の命が心配で言っているわけではない!」
「貴方様はどうぞ使命を果たしてください」
二言目にはそれだった。
頭の固い上の人間には言っても無駄だった。しかし、これは秘密事項。誰にも言えない。そして次の後継者であるマキタに不安な面を見せるわけにはいかない。
パタリと重い溜息をつきながら、歴史書を閉じた。
青空を見ながら自分の魔術で作った割れないシャボン玉を揉んでいた。
今、僕は王都外にいた。
僕の結界に微かな揺れがあり、調査をすることにしたのだ。本当に大したことがなかったから同行者もつけていなかった。
移動魔術で転移したが、やはりどこにも異常はなかった。
王都外には久しぶりにきた。
岩に腰をかけて少しのんびりする。王都とはそれほど離れていない漁業がとても盛んの街だ。海の周りには白い家が立ち並んでいて、王都とはまた違った景観が楽しい。
潮風が気持ちいいな。
ここ最近、僕の周りがとても賑やかであった。その原因は、茶色い男ことカイル君だ。
彼は大変察しがいい。
気がつくとカイル君のペースになっている。僕が少しでも嫌だと思えば“引く”ことも上手い。
また、子供達との時間を邪魔されることもなくなった。子供たちの前に現れても挨拶したり菓子を置いていくだけ。それが、彼の手なのだろうか……。すぐに諦めると思ったのに、子供の学年も上がり、季節が変わっても彼の態度は変わらなかった。
王都ですれ違っても挨拶だけ。そんな日もある。
人間関係がマキタと生徒と保護者だけの自分には、こうして外で親しい友人のように声をかけられる事はなんだか不思議な気分だった。
このまま僕への気持ちなど恋ではなくなってくれればいいのに。
「……こんな気持ちいい風に当たりながら考える事ではないな」
僕は自分の魔力が半減している事を感じる。帰りは馬車で帰ろうか。この街からは半日程で帰れるはず。
師匠のお下がりのローブを頭深くまで被って町を探索する。
港町は活気があった。市場が路上に並んで商売人の声が飛び交う。
「いい町だ……」
暫く町の様子を眺めた後、馬車を見つけたので乗り込む。
僕のボロボロのローブを見て金はあるのか聞かれたので王都までの賃金を先払いした。
ゴトゴトと揺れる馬車内で暇を持て余した僕は魔術で本を出して読書を始めた。
山にさしかかった所で馬車が一度止まる。
どうしたのか。僕は、魔術で周りを探知する。
モンスターが数匹と人間が5人か……。
程なくして馬車が走り始めた。
「モンスターが出ているようです。急ぐので揺れますよ」
御者が慌てて馬車を動かしたが、すぐに止まるように指示をする。
「様子をみたい」
僕は馬車から出て外を見た。この山道の下から気配を感じる。
この気配からしてオーガか?
少し動くと樹木の間から人が見えた。オーガは8匹に旅人4人、そして勇者が1人で対戦していた。
なんという偶然だろう。カイル君だ。 彼には、よく遭遇する。何かの因果だろうか。
「ふむ」
助太刀しようかと思ったが、しばらく様子見することにした。透明魔術で姿を消す。念の為に気配も。
カイル君の一太刀は凄まじい。オーガはレベルの高い種族なのに一人でも完全に彼の有利だ。一太刀に込められた精度が素晴らしいな。相当鍛錬を積んでいる証拠だ。
ただ、一般人の安全確保が一番重要だ。彼ならば守りきれるだろうが驕りは危険。何があるか分からないのだ。
僕は旅人4人の周りに結界を張った。
うん。これでいい。
その瞬間、透明化となっている僕を彼が見た。目が合っているような気分になる。
「……?」
いや。バレているはずがない。気のせいだ。僕は見つからないように馬車に戻り座った。透明魔術を解いて御者に声をかける。カイル君のあの様子なら間もなくにオーガを倒してしまうだろう。
「馬車を止めてすまないね。出発してくれ」
「え!? いつの間に!?」
突然馬車から戻った僕に御者が驚いたが、モンスターのいる場所で足止めされたくないのだろう。すぐに出発した。
その時だ。
馬車が傾いた。客車の窓を力強く掴まれている。
「!!」
「はは! 偶然!」
「カイル君……」
驚いた。もう倒したのか……。
僕は被っていたフードを深く被り直し御者に声をかける。
「早く出発して」
「お、お知り合いでは……?」
早く。と言うと御者は出発しようと馬に鞭を叩いたのだが……。
「ちょっ、ちょっと!何故窓から入ってくるんだい!?」
「今帰りか? 俺も丁度帰る所だから一緒に帰ろう」
そう言って彼が僕の横に座ろうとする。
この客車は二人乗りだけど、それほど大きくない。無理に座ってくるので、つい咄嗟に端に寄ってしまう。
はっ! 魔術で跳ね返せばよかった。
「お客さ~ん。何でもいいですが、その人の乗車料金ちゃんと払ってくださいよ」
「あ、いや」「あぁ! 金な」
カイル君は腰を浮かせて御者にお金を払ってしまう。金を払ってしまったのなら仕方がない……。
「しかし……狭い」
思わず愚痴が出る。肩が触れ合ってしまうではないか。せっかくのどかな気分を味わっていたのに。台無しだ。
「さっきの結界、リンだな。キレイな結界だったからすぐに分かった」
そんな僕のことなどお構いなしに嬉しそうに話し出す彼。何がそんなに嬉しいのか。
普段、生徒にはこのような話し方はしないけれど、彼は別だ。
「君は0点だね。いやマイナスかな。君が強い事は認めるけど、それだけ。君程ならばもっと人を守るべきに行動すべきだ」
「……」
それだけ話して窓の外を見た。
彼が、そうだな。と頷く。
「——アンタはいつも誰かを守る動きをするよな。絶対人を守る動きをする。……見惚れる原因はそれか。今気づいた」
見惚れなくてもいいが、気付いたのならばそれでいい。彼が優先度を間違わなければ完璧だ。
まぁ、それは言わなくてもいいか。
深く被っているフードをふわりととられてしまう。彼と目が合うと嬉しそうに笑った。
「久しぶり」
「……」
そういえば、一か月は忙しくて王宮外へ出ていなかった。子供と接する時間が減ってこちらも癒しがない。
「あぁ、久しぶりだね」
「アンタに会いたかったし、無理していないか心配した」
心配した。ね。
「君は見目がいいのだから引く手数多だろう。僕などは忘れて他を当たりなさい」
「俺はアンタが良い。アンタを欲しいと思っている。逃げられないように必死だ」
「……」
僕はふいっと馬車の外を見た。その後、彼も何も話してはこなかった。
ただ、時折、彼の視線を感じた。再びフードを深く被る。
揺れる馬車の中で目を瞑った。自分の魔力が思った以上に減っているのを感じる。
魔力が保てない日が年に2、3回あるのだ。少し前まで大したことのない状態でも急激に調子を崩す時がある。
こういう時に限って魔石を持ってきていない。
何とか意識だけは保っておかなければ。
たけど、魔力が減っていくととても身体が寒くなる。ブルリっと震える。その震えが真横にいたカイル君にも伝わってしまったのだろう。
「……寒いのか?」
「平気だ」
そう言うのに、僕の手をグッと握る。
「冷たい。寒い気候じゃないのに凍り付きそうな手じゃないか」
風邪かと彼が問うが返事をしないでいると、彼はマントを僕の身体に巻き付ける。
「体調悪かったのか。話しかけて悪かった。王都までもうすぐだ」
君が謝る必要などない事を言おうとするけれど、横になれと彼の膝に頭を誘導される。
「ゴリゴリの膝枕では夢見が悪い……」
起き上がろうとするけれど、彼が肩を強く掴んで動けない。さらに目が彼の手で覆いかぶされる。
「いいじゃねぇか。そんな事言ってないで目閉じて寝ていろ」
「……」
彼は偉そうだ。何様だと他の者ならば思うかもしれないのに、カイル君には、そんな風には思えない。
カイル君とは深い関係ではないが、彼も僕と同じ属性なのは分かる。人を守る宿命者。そして、それを当たり前に受け入れられる人間。彼が僕を求めるのは、同類を探しているのかもしれないな。
目に被された大きな手が冷えた僕の身体にはとても温かい。
子供の時、師匠に支えられた手のような安心感。懐かしいような気がする
目を瞑ると本当に眠ってしまった。
目を開けると、知らない天井だった。
身体が動かない。僕はどうしていたんだっけ。馬車に乗ってから…
あれ? 手が温かい。
「目を覚ました……よかった」
「…………カイル君」
彼が僕の手を握っている。どうやら、僕はあの後眠ってしまって起きられなくなったのか。
「俺の家だ。死んだように冷たいから心配した」
この家は彼が一人で暮らしている家だそうだ。弟君たちは別の家らしい。
「……すまないね……時折、こういう事があるんだ」
迷惑をかけてしまった。しかし、起き上がる事が出来ない。王宮内であれば僕の一言の言霊でマキタを呼べるが、ここでは少し遠すぎる。伝言鳥を作る魔術が今はない。
「リンの状態、魔力低下か? 今、魔力を供給しようと思っていたんだ」
「……結構」
僕と相性の合う魔力は少ない。殆ど気持ち悪くて受け入れられないのだ。
師匠の魔力でさえ受け入れられなかった。受け入れられるのは、この世界でマキタ一人だけ。
歩いて帰る。そう言おうとした時、僕の手を握っている彼の手が光った。
「!!」
じゅわ……。
身体全体がカッと熱くなり、掴まれている手から彼の魔力を感じる。炎みたいな赤くてキラキラした魔力が僕の魔力に溶け込んでいく。
強すぎて、息が苦しい。目を見開いて彼を見た。
「気持ち悪くないか? ……俺は気持ちいいから、上手くいったと思うけど」
「……はぁ? あ、はぁはぁはぁ……」
驚きすぎて声にならない。
なんだろう。この強すぎる力は……。強引に開かれて引きずりこまれそうだ。
熱すぎて上手く意識が保てない。
「……はぁはぁ、う……」
苦しい——……。苦しいほど、気持ちがいい。
止めさせなければ。こんなのは知らない。この魔力は危険だ。僕と相性が合い過ぎる。僕がこの魔力を欲している。奪いつくしたいと思ってしまう。
「……気持ち悪い反応ではないな」
「はぁはぁはぁ……ん。だ、め、……だか、ら、いれ、ないで……」
何とか返事が出来た。言葉に出しながらも、彼の魔力を身体の奥が欲してしまう。僕には今の彼がとても美味しそうに見える。奪ってしまいたい。
「いいよ。魔力ならあり余っている。奪いつくせるなら奪えばいい」
「はぁはぁはぁ……」
「それに、まだ手が冷たい。顔色も良くならない。全然足りてないんだろう」
彼が僕の手を握りしめる。
「……嫌なのは分かっている。分かっているが我慢してくれ」
彼の顔が僕の方に寄せられる。何をされるのか予測できたが身体が動かなかった。ゆったりとした動きで唇が触れ合った。
ピクリと指が拒否で動いただけだった。ゆっくりと彼が僕の口腔内へ舌を差し込んでくる。
唇も舌も驚くほど熱い。
その瞬間、口腔内に魔力を供給され始めた。
「んんっ!!」
僕の身体が驚いてびくりと飛び上がる。
さきほどまでの少量ではなく一気に魔力が入ってくる。身体が震える。僕の身体が魔力に魅了されている。
その僕の反応を見たカイル君が、口腔内で少しずつ舌を動き始める。
先ほどまでどこか遠慮していた彼の舌が唇を舐め、歯をなぞり、口腔内を弄る。
「あっ! ん、ん……はぁ、ん、ん」
魔力もキスも強すぎて溺れそうなのに僕は美味しいと啜ってしまう。
強すぎる快楽で頭が働かない。内側から溶かされていくような快楽だ。
舌が僕に絡まる。そこからも魔力を足され舌がビリビリする。
少し離された……。ぼんやりした僕をカイル君の目が覗き込む。
「まだ……いるか?」
まだくれるのだろうか。この美味しい魔力を…。
魔力を奪いつくしてはという心配がもう僕の頭にはなかった。
僕の表情を見て、ベッドの端に中腰になっていたカイル君だったけれど立ち上がって僕を横抱きにしてベッドに座る。
僕の身体は彼にすっぽり包み込まれる。
「要らなくなったら言ってくれ。止めるから」
要らなく……? 要らなくなんてならない。
まるで、僕は催促するかのように彼の唇を見る。すると、また近づいてくる。
軽いキスであった。
だけど、もうそれですら敏感になってしまった唇はブルリと震える。
何度も唇だけの軽いキスを交わして、僕は口を開けるとまた口腔内に彼の舌が入ってくる。
それからまた魔力が入ってくる。
気持ちいい。
猫にマタタビ。彼に力強く抱きしめられていなければ僕の身体はグニャリと崩れてしまっただろう。
「……リン、腰が動いている。発散したい?」
「……」
彼がそう言うので僕の下半身を見る。僕のズボンは膨らんでいて……彼の言う通りなら、僕はキスされながら腰を動かしていた?
じわぁっと目尻から涙が溢れる。
「あぁ、別に変な事じゃない。泣くな。相性良ければ誰でもこうなるから」
こうなる? 本当に? 僕だけじゃない? みっともなくない?
「リンの嫌がる事は絶対しない。熱を発散するだけ」
頭が熱と快楽で浮かされていなければ、有り得ない事だと分かるのに、今はただ身体が熱くて少しでも熱を逃がしたい。
コク。と頷くと彼の手が僕のズボンに手をかけ、するりとズボンをはぎ取る。
本当だ。……恥ずかしいくらいに股間が勃起して濡れている。
「あ……やだ」
一瞬、理性が戻り恥ずかしくなる。だがまたカイル君の唇が降ってきて欲望が勝ってしまう。
この唇はダメだ。頭をおかしくさせる。口腔奥まで熱い舌でかき回された時、カイル君が陰茎まで濡れている僕のペニスを握り、ゆっくりと扱き始めた。
キスの動きと連動するように器用に手が動く。ぬちゃぬちゃと淫猥な音が響いている。
彼が言うように腰が揺れてしまう。あっという間に僕は精を出した。
「リン、気持ちよさそうでよかった」
「……あ……はぁ、はぁ……はぁはぁ」
彼が上機嫌で傍に置いてあるタオルで手と僕のペニスを拭いてくれる。だけど、その動きですら気持ちいい。
「ずっと萎えないな……」
「あっ……んんっ」
つぅっと彼の指が僕の陰茎を上から下までなぞる。
「もう一回出す?」
そう言いながらチュウっと僕の唇を吸う。僕は首を振る。
「あっ、……もう、いい……」
もういい。と言っているのに、彼の手が陰茎を再び擦り始めた。
「…!!」
また彼の唇で口を塞がれる。そのキスで治まるモノも治まらなくなってしまう。
キスの合間に彼が言う。
「あんまり触らない? 誰かとはしないのか? キレイな色している」
そんな事言いたくないのにコクコクと頷いてしまう。この年にもなって人との交流を避けているのが丸わかりのようで恥ずかしい。
そんな人の刺激になれない僕に、口から快楽物質を与えられながら精を吐き出す行為は刺激が強すぎた。
「はっ……、爆発しそう……」
彼は嬉しそうに言う。でも、ギラギラと獲物を狙うよう目をしている。ここで彼が強引に事をなそうとしたら抵抗など出来なかっただろう。だが、次に精を出した後はもう彼は手を出すことはなかった。
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