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同棲編
六 3
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「おはよう。」
登校前、いつものように俺ん家の前で立っている東吾。
学校内では話しかけないと承諾した東吾だが、送り迎えだけは決してやめようとしない。
俺の下校に合わせて剣道部も辞めようとする東吾を見て愕然とした。
あんなに胸を打った剣技を簡単にやめるのか?
努力をして積み重ねしたものを番の責任なんてつまらないものでやめるなんて有り得ない。
毎日のように突っかかっているけれど、この時ほど怒りを覚えた事はなかった。
東吾の頬を強く殴った。
なのに、これっぽっちも効かなかった。猫がじゃれついたくらいのあしらい。
どんなに強がったことで俺はオメガなんだと思った。
なら、強くなってやる。
結局、俺がボクシング部に入る事で、下校時間を合わせた形になった。
家の玄関を閉めて東吾を無視して勝手に歩く。
いつもはすぐ後ろをついてくるが、その日は俺の腕をグッと引っ張った。
「あ?」
振り向くと東吾が鼻と口を手で抑えている。
「六。お前、発情期に入っている。」
はぁ?発情期?何も感じない…いや、微かに貧血のようなだるさがある。だがその程度だ。
「勘違いだ。」
そう言って腕を振り払おうとしたのに、がっしり掴まれて解けない。
「違う。学校を休め。」
「はぁ?こんなんで学校休めるかよっ!それに番がいれば他の奴へ匂いの作用はない、のだ…ろ……?」
もう一度、東吾を見た。
じゃ、番である東吾は今…。
いつもは俺の事をまっすぐ見すぎる東吾なのに、ハッとしたように顔を背けた。
「お、お前、まさか。」
「襲われたくなかったら学校を休め。」
ほ…本当に俺に欲情をするのか?
東吾の端正な横顔から汗が伝う。何やっても余裕で同年代よりもずっと大人な東吾の顔が赤くなっていく。
「え……。」
番になった時の記憶は激しいヒートにつき全く覚えていない。だから、俺に欲情をする東吾を見て純粋な驚きと…それから言葉に出来ない感情。
東吾の様子をジッと見ているうちに、ジワリと身体が熱くなっていく。
「……っ!!」
東吾は俺の腕を引っ張って再び家の中に入れと言った。
「今日は絶対に来るな。」
初めて焦った顔を見た。サイボーグみたいな奴だと思っていた。
「………。」
いつもなら反抗するけれど、東吾が俺に欲情している顔に目が離せなくてドアが閉まりきる瞬間まで東吾の顔を見続けた。
ドアが閉まった瞬間、腰が抜けたように玄関前にしゃがみ込んだ。
母ちゃんがどうしたの?と聞いて近づいてきた。
「あのさ…発情期?だって。」
母ちゃんはベータだから、オメガの事はほとんど分からない。
「あら。東吾君に言われたの?じゃ、間違いないから休みなさいよ。」
「…。」
東吾は生真面目で俺の親に対しても真摯に向き合っている。俺の親だって初めは戸惑っていたのに、東吾の真面目過ぎる対応に納得するしかなかったようだ。今では母ちゃんはしっかり東吾のファンだ。
そうだ。番の責任なんだ。
だから、休めって。学校で発情に入ったらいけないからって。そう。俺の身体を重んじて…。
俺は自室に入った。
この時まで番の知識を頭に入れただけで、ちゃんと理解していなかった。
自分の事なのに、どこか分かっていなかった。
番というのは俺に対して欲情を感じるという事なんだ…。
俺の匂いを嗅いで欲情してしまった東吾の顔。鉄仮面の顔に人間らしい表情。俺がどんなに口うるさくつっかっても眉を寄せるだけで対処されるのが関の山だったのに。
「なにあの顔。」
東吾のあんな顔を俺がさせた。
思い出して身体が急に発情に入ったのが分かった。二度目の発情…。意識がある時では初めての発情。
自分のズボンを下にずらした。まだ、自分で数えるくらいしか自慰をしたことがなかった。
陰茎を擦りながら、溜まっていく性欲を発散する。
「ふっ…うっ…。」
学校を休んで自慰にふける自分に罪悪感を感じる。なのに、一度初めてしまえばやめられなかった。
「はぁ…。」
あの時、番となった保健室での出来事。
俺は東吾にどういう風に抱かれたのだろうか。
互いに記憶はない。本当に欠片も覚えていない。
荒々しく強引だったに違いない。キスはされたのだろうか?それともキスはされなかった?
どう触られた?東吾は俺のどこを触ったのだろう。今日みたいな欲情した顔をして…普段とは別人みたいな顔をして俺を抱いたのか?
思い出さない思い出を想像すると先端からグチャリと先走り液が出てきた。
「ふんっん…。」
いや…
もしかしたら、俺が東吾に乗りかかったのかもしれない。
アルファも発情で興奮すると動きが鈍くなると聞く。俺が東吾を押さえつけて東吾の身体を触ってそれから東吾のちんこを俺の中へと押し込んだのかもしれない。
本当は首を噛めと俺がねだったのかも。
後孔がずっと引くついている。
ツーっと尻から伝う液体に驚いた。
「なんだ?コレ……」
恐る恐る後孔を指で触ってみる。
これって…。
いつも夢精をした時に下着がやけに汚れていると思ったのは精液だけじゃなかった?
俺は、ずっとこうして東吾に挿れてもらいたいと後ろを濡らしていたのか…。
浅ましい。
俺という人間はなんて浅ましいんだ。
なのに、今、俺の頭の中は東吾の事だけ…。
他に考える事も思い浮かばない。俺には東吾の事しか思い浮かばない。
☆
「来栖、8番テーブルに料理持っていけ。」
「はいっ!」
料理を次々と運びながら、カウンター内で食器の整理をする。
俺が働き始めたレストランはイタリアンレストランだった。
厨房での仕事を希望したがホールスタッフの人手不足にホールスタッフとして働くことになった。
ホール内ではお洒落な料理を客が優雅に食べているが、裏では戦争だ。人手不足とあってかなり忙しい。
あと、厨房長の指示が細かくて怒鳴ってくる為、女の子や気の弱い人間が長続きしないのもよく分かった。
「来栖っ!!ちゃんと声出せ!基本だろうがっ!!」
「はいっ!」
厨房内はなかなか口が悪いが、働きがいがありそうな職場だと思った。
一組の男同士のカップルの席を見た。
一人は素朴な男、もう一人は遠目でも振り返ってしまう程整った顔をした男だった。
「いらっしゃいませ。」
その席のコップに水を入れる。
「あ!六、ここで働き始めたと聞いて食べに来たんだよぉ!」
素朴な男の名前は近藤満。
親しみやすい笑顔をしたオメガだ。東吾と住み始めて家が近所という事が分かり時折会ったりしている。
「こんにちは。」
近藤の向かいに座っていたキラキラ美貌の男が挨拶をした。
近くで見ても驚く美貌だな…。
「どうも。もしかして近藤の番の方ですか?」
「はい。満の番の工藤です。いつも満がお世話になっています。」
男は立ち上がり完璧な笑顔で名刺を渡してくれる。
工藤 縁さんね。優しく爽やかすぎて俺には少し怖さを感じる。
「来栖 六です。首輪を見ての通りオメガです。近藤とは仲良くしてもらっています。」
工藤にペコリと頭を下げる。
まだ、接客業らしく上手く笑えない。目の前にいる工藤の方がよっぽど接客業に向いてそうだ。
「な!縁!いい感じの奴だろう!!」
近藤がくったくのない顔で工藤に笑った。
こいつって、本当に裏表がない奴なんだな。
普段、俺と話している感じのそのままの様子で番に話しかけている近藤を見て思った。
俺は、ずっとオメガというのが引け目で人と仲良くしすぎるのはやめていた。だけど、この近藤のあっけらかんとしている姿には癒しを感じている。オメガで気の合う奴も初めてだったから単純に嬉しかった。
「では、料理は後程。ごゆっくり。」
「六も頑張ってね!」
その後も二人はとても仲睦ましく食事を楽しんでいた。
近藤の楽しそうな笑い声とそれが好きでたまらないという顔をした工藤。
お似合いだな。
調理場に戻るとまた怒鳴り声。
「来栖!予約客のテーブルのセッティングが出来てないぞ!」
「はい!」
そんな指示は入っていなかったが人手不足だから仕方ない。俺も早く指示なくてもその場に必要な事が分かるようにならなくては。俺は急いでセッティングの準備に取り掛かった。
クタクタになって店の外に出ると東吾がガードレールにもたれながら待っていた。
しかも、女の人に声かけられているし。仏頂面で「結構。」と断っているけれど女の人もしつこそう…。
時刻は九時。休憩時間もなくて遅くなるメールも入れることが出来なかったので予想していた。
やっぱり迎えに来たな。イチイチ声かけるの面倒くさい。帰ろ。
俺に気が付いた東吾が女の人を無視して俺の後についてきた。
俺の態度も対外だろうに。なんで何も言わないんだよ。
「迎えに来るなって言っただろう。」
振り向かず東吾に話しかけた。
「9時以降は迎えに行くとも言った。」
平然と話す東吾。俺と東吾は互いに一方通行だ。
お互いに歩み寄らない。自分の欲求ばかり。俺は逃げて、東吾は追いかけてくる。学生時代からちっとも進歩しない俺たちの関係。
でもここ最近は、それに少しホッとしている。
家に帰ると、夕飯が出来ていた。
「手洗ったら座れ。」
「…。」
テーブルの上には彩のいい食事が並んでいる。副菜3品、煮魚、栄養バランスも完璧だ。
まるで料亭じゃねぇか。
東吾が作ったんだよな?料理出来るとは思っていたけどここまでとは…。
あっけにとられているうちに、みそ汁を温め直してテーブルの上に置かれた。
東吾の目が、いつまで突っ立っている?と訴えかけて来たので俺も座る事にした。
「いただきます。」
互いに手を合わしてご飯を食べ始めた。
一口食べると煮魚の旨味が口に広がる。
煮魚に味がしみ込んでいる。
味噌汁もちゃんと出汁からとっている。俺なんか出汁のモトだぞ?手軽なんだぞ。
「うまいか?」
「上手すぎて味の感想出来ねぇ。今まで俺が作らない方がよかったな?」
俺が作る料理と言えば、牛丼とかカレーとか単品ばかりだ。
何も言わず食べていたけど本当は文句を言いたかったのかも。
なんだか急激に恥ずかしくなってくる。
「六の料理も上手い。」
「お世辞どーも。な?本当にコレなんでこんなにうまいの?お袋さん?」
東吾は幼い頃から武道を始め厳しい教育を受けてきたアルファ家庭だ。まさか料理も徹底して英才教育を?
「いや。これは六が番になった時、自分から始めた。同棲した時、六に快適に過ごしてもらうよ…」
「ぶっぐっごほごほごほっんぐ具…!!」
みそ汁が気管支に入ったー!!!
なんて言った!?コイツ。この鉄仮面!!
「大丈夫か。」
大丈夫じゃない。鼻腔と咽頭の間に入ったみたいで痛い。
東吾がこちら側へ回ってきて背中をさすり始めた。
ようやく落ち着いた所で、水を東吾から手渡される。水をチビチビと飲み始めて東吾の方を見れずに下を向く。
「もう大丈夫…だし。」
「そうか。」
そうか。と頷きながらも東吾は自分の席に戻る気配はない。恐る恐る視線をあげると東吾が真っすぐに俺を見つめている。
「見んなよ。」
「それは無理な話だ。」
「‥‥なんでだよ。俺の顔なんて毎日見てんだろ…。」
至近距離の東吾の目がライトの光で光っている。
大きな手を頬に当てられる。
キスの予感がし、思わず目をつぶってしまう。
唇に唇が当たりそうな瞬間「六、好きだ。」と告げられる。
耳まで赤くなる。
そろそろ気づかれているかもしれない。
俺が素直になれない理由を。
登校前、いつものように俺ん家の前で立っている東吾。
学校内では話しかけないと承諾した東吾だが、送り迎えだけは決してやめようとしない。
俺の下校に合わせて剣道部も辞めようとする東吾を見て愕然とした。
あんなに胸を打った剣技を簡単にやめるのか?
努力をして積み重ねしたものを番の責任なんてつまらないものでやめるなんて有り得ない。
毎日のように突っかかっているけれど、この時ほど怒りを覚えた事はなかった。
東吾の頬を強く殴った。
なのに、これっぽっちも効かなかった。猫がじゃれついたくらいのあしらい。
どんなに強がったことで俺はオメガなんだと思った。
なら、強くなってやる。
結局、俺がボクシング部に入る事で、下校時間を合わせた形になった。
家の玄関を閉めて東吾を無視して勝手に歩く。
いつもはすぐ後ろをついてくるが、その日は俺の腕をグッと引っ張った。
「あ?」
振り向くと東吾が鼻と口を手で抑えている。
「六。お前、発情期に入っている。」
はぁ?発情期?何も感じない…いや、微かに貧血のようなだるさがある。だがその程度だ。
「勘違いだ。」
そう言って腕を振り払おうとしたのに、がっしり掴まれて解けない。
「違う。学校を休め。」
「はぁ?こんなんで学校休めるかよっ!それに番がいれば他の奴へ匂いの作用はない、のだ…ろ……?」
もう一度、東吾を見た。
じゃ、番である東吾は今…。
いつもは俺の事をまっすぐ見すぎる東吾なのに、ハッとしたように顔を背けた。
「お、お前、まさか。」
「襲われたくなかったら学校を休め。」
ほ…本当に俺に欲情をするのか?
東吾の端正な横顔から汗が伝う。何やっても余裕で同年代よりもずっと大人な東吾の顔が赤くなっていく。
「え……。」
番になった時の記憶は激しいヒートにつき全く覚えていない。だから、俺に欲情をする東吾を見て純粋な驚きと…それから言葉に出来ない感情。
東吾の様子をジッと見ているうちに、ジワリと身体が熱くなっていく。
「……っ!!」
東吾は俺の腕を引っ張って再び家の中に入れと言った。
「今日は絶対に来るな。」
初めて焦った顔を見た。サイボーグみたいな奴だと思っていた。
「………。」
いつもなら反抗するけれど、東吾が俺に欲情している顔に目が離せなくてドアが閉まりきる瞬間まで東吾の顔を見続けた。
ドアが閉まった瞬間、腰が抜けたように玄関前にしゃがみ込んだ。
母ちゃんがどうしたの?と聞いて近づいてきた。
「あのさ…発情期?だって。」
母ちゃんはベータだから、オメガの事はほとんど分からない。
「あら。東吾君に言われたの?じゃ、間違いないから休みなさいよ。」
「…。」
東吾は生真面目で俺の親に対しても真摯に向き合っている。俺の親だって初めは戸惑っていたのに、東吾の真面目過ぎる対応に納得するしかなかったようだ。今では母ちゃんはしっかり東吾のファンだ。
そうだ。番の責任なんだ。
だから、休めって。学校で発情に入ったらいけないからって。そう。俺の身体を重んじて…。
俺は自室に入った。
この時まで番の知識を頭に入れただけで、ちゃんと理解していなかった。
自分の事なのに、どこか分かっていなかった。
番というのは俺に対して欲情を感じるという事なんだ…。
俺の匂いを嗅いで欲情してしまった東吾の顔。鉄仮面の顔に人間らしい表情。俺がどんなに口うるさくつっかっても眉を寄せるだけで対処されるのが関の山だったのに。
「なにあの顔。」
東吾のあんな顔を俺がさせた。
思い出して身体が急に発情に入ったのが分かった。二度目の発情…。意識がある時では初めての発情。
自分のズボンを下にずらした。まだ、自分で数えるくらいしか自慰をしたことがなかった。
陰茎を擦りながら、溜まっていく性欲を発散する。
「ふっ…うっ…。」
学校を休んで自慰にふける自分に罪悪感を感じる。なのに、一度初めてしまえばやめられなかった。
「はぁ…。」
あの時、番となった保健室での出来事。
俺は東吾にどういう風に抱かれたのだろうか。
互いに記憶はない。本当に欠片も覚えていない。
荒々しく強引だったに違いない。キスはされたのだろうか?それともキスはされなかった?
どう触られた?東吾は俺のどこを触ったのだろう。今日みたいな欲情した顔をして…普段とは別人みたいな顔をして俺を抱いたのか?
思い出さない思い出を想像すると先端からグチャリと先走り液が出てきた。
「ふんっん…。」
いや…
もしかしたら、俺が東吾に乗りかかったのかもしれない。
アルファも発情で興奮すると動きが鈍くなると聞く。俺が東吾を押さえつけて東吾の身体を触ってそれから東吾のちんこを俺の中へと押し込んだのかもしれない。
本当は首を噛めと俺がねだったのかも。
後孔がずっと引くついている。
ツーっと尻から伝う液体に驚いた。
「なんだ?コレ……」
恐る恐る後孔を指で触ってみる。
これって…。
いつも夢精をした時に下着がやけに汚れていると思ったのは精液だけじゃなかった?
俺は、ずっとこうして東吾に挿れてもらいたいと後ろを濡らしていたのか…。
浅ましい。
俺という人間はなんて浅ましいんだ。
なのに、今、俺の頭の中は東吾の事だけ…。
他に考える事も思い浮かばない。俺には東吾の事しか思い浮かばない。
☆
「来栖、8番テーブルに料理持っていけ。」
「はいっ!」
料理を次々と運びながら、カウンター内で食器の整理をする。
俺が働き始めたレストランはイタリアンレストランだった。
厨房での仕事を希望したがホールスタッフの人手不足にホールスタッフとして働くことになった。
ホール内ではお洒落な料理を客が優雅に食べているが、裏では戦争だ。人手不足とあってかなり忙しい。
あと、厨房長の指示が細かくて怒鳴ってくる為、女の子や気の弱い人間が長続きしないのもよく分かった。
「来栖っ!!ちゃんと声出せ!基本だろうがっ!!」
「はいっ!」
厨房内はなかなか口が悪いが、働きがいがありそうな職場だと思った。
一組の男同士のカップルの席を見た。
一人は素朴な男、もう一人は遠目でも振り返ってしまう程整った顔をした男だった。
「いらっしゃいませ。」
その席のコップに水を入れる。
「あ!六、ここで働き始めたと聞いて食べに来たんだよぉ!」
素朴な男の名前は近藤満。
親しみやすい笑顔をしたオメガだ。東吾と住み始めて家が近所という事が分かり時折会ったりしている。
「こんにちは。」
近藤の向かいに座っていたキラキラ美貌の男が挨拶をした。
近くで見ても驚く美貌だな…。
「どうも。もしかして近藤の番の方ですか?」
「はい。満の番の工藤です。いつも満がお世話になっています。」
男は立ち上がり完璧な笑顔で名刺を渡してくれる。
工藤 縁さんね。優しく爽やかすぎて俺には少し怖さを感じる。
「来栖 六です。首輪を見ての通りオメガです。近藤とは仲良くしてもらっています。」
工藤にペコリと頭を下げる。
まだ、接客業らしく上手く笑えない。目の前にいる工藤の方がよっぽど接客業に向いてそうだ。
「な!縁!いい感じの奴だろう!!」
近藤がくったくのない顔で工藤に笑った。
こいつって、本当に裏表がない奴なんだな。
普段、俺と話している感じのそのままの様子で番に話しかけている近藤を見て思った。
俺は、ずっとオメガというのが引け目で人と仲良くしすぎるのはやめていた。だけど、この近藤のあっけらかんとしている姿には癒しを感じている。オメガで気の合う奴も初めてだったから単純に嬉しかった。
「では、料理は後程。ごゆっくり。」
「六も頑張ってね!」
その後も二人はとても仲睦ましく食事を楽しんでいた。
近藤の楽しそうな笑い声とそれが好きでたまらないという顔をした工藤。
お似合いだな。
調理場に戻るとまた怒鳴り声。
「来栖!予約客のテーブルのセッティングが出来てないぞ!」
「はい!」
そんな指示は入っていなかったが人手不足だから仕方ない。俺も早く指示なくてもその場に必要な事が分かるようにならなくては。俺は急いでセッティングの準備に取り掛かった。
クタクタになって店の外に出ると東吾がガードレールにもたれながら待っていた。
しかも、女の人に声かけられているし。仏頂面で「結構。」と断っているけれど女の人もしつこそう…。
時刻は九時。休憩時間もなくて遅くなるメールも入れることが出来なかったので予想していた。
やっぱり迎えに来たな。イチイチ声かけるの面倒くさい。帰ろ。
俺に気が付いた東吾が女の人を無視して俺の後についてきた。
俺の態度も対外だろうに。なんで何も言わないんだよ。
「迎えに来るなって言っただろう。」
振り向かず東吾に話しかけた。
「9時以降は迎えに行くとも言った。」
平然と話す東吾。俺と東吾は互いに一方通行だ。
お互いに歩み寄らない。自分の欲求ばかり。俺は逃げて、東吾は追いかけてくる。学生時代からちっとも進歩しない俺たちの関係。
でもここ最近は、それに少しホッとしている。
家に帰ると、夕飯が出来ていた。
「手洗ったら座れ。」
「…。」
テーブルの上には彩のいい食事が並んでいる。副菜3品、煮魚、栄養バランスも完璧だ。
まるで料亭じゃねぇか。
東吾が作ったんだよな?料理出来るとは思っていたけどここまでとは…。
あっけにとられているうちに、みそ汁を温め直してテーブルの上に置かれた。
東吾の目が、いつまで突っ立っている?と訴えかけて来たので俺も座る事にした。
「いただきます。」
互いに手を合わしてご飯を食べ始めた。
一口食べると煮魚の旨味が口に広がる。
煮魚に味がしみ込んでいる。
味噌汁もちゃんと出汁からとっている。俺なんか出汁のモトだぞ?手軽なんだぞ。
「うまいか?」
「上手すぎて味の感想出来ねぇ。今まで俺が作らない方がよかったな?」
俺が作る料理と言えば、牛丼とかカレーとか単品ばかりだ。
何も言わず食べていたけど本当は文句を言いたかったのかも。
なんだか急激に恥ずかしくなってくる。
「六の料理も上手い。」
「お世辞どーも。な?本当にコレなんでこんなにうまいの?お袋さん?」
東吾は幼い頃から武道を始め厳しい教育を受けてきたアルファ家庭だ。まさか料理も徹底して英才教育を?
「いや。これは六が番になった時、自分から始めた。同棲した時、六に快適に過ごしてもらうよ…」
「ぶっぐっごほごほごほっんぐ具…!!」
みそ汁が気管支に入ったー!!!
なんて言った!?コイツ。この鉄仮面!!
「大丈夫か。」
大丈夫じゃない。鼻腔と咽頭の間に入ったみたいで痛い。
東吾がこちら側へ回ってきて背中をさすり始めた。
ようやく落ち着いた所で、水を東吾から手渡される。水をチビチビと飲み始めて東吾の方を見れずに下を向く。
「もう大丈夫…だし。」
「そうか。」
そうか。と頷きながらも東吾は自分の席に戻る気配はない。恐る恐る視線をあげると東吾が真っすぐに俺を見つめている。
「見んなよ。」
「それは無理な話だ。」
「‥‥なんでだよ。俺の顔なんて毎日見てんだろ…。」
至近距離の東吾の目がライトの光で光っている。
大きな手を頬に当てられる。
キスの予感がし、思わず目をつぶってしまう。
唇に唇が当たりそうな瞬間「六、好きだ。」と告げられる。
耳まで赤くなる。
そろそろ気づかれているかもしれない。
俺が素直になれない理由を。
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