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同棲編
六 2
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「六、好きだ。」
初めて、東吾から好きだと言われたのは番になった二か月後の事だった。
下校中、俺が一方的に暴言を吐いて一人で帰ろうとした時に不意打ちだった。
東吾が自分から告白したり口説いたりするタイプとは思わなかった。
息が出来なくなる程、濃い空気が流れる。
それは、番だからか?番になったからオメガの俺を急に意識したのか?
たった一つの好きだの言葉に指先まで痺れて動けないでいる。胸が痛い。目から涙が溢れそうだ。
「俺を見ろ。六。」
東吾と番になってからも東吾の顔を見れずにいた。見たらその力強い目に引きずり込まれそうで怖いんだ。
引きずりこまれたら俺はどうなるのだろうか。東吾に他に好きな奴が出来たら俺は離れられるのだろうか。みっともなく東吾の足に縋りつき愛して欲しいとねだるのか…。
いや、頑張れ俺。ゆっくりだ。動揺しているのが東吾にバレないように強くなれ。
俺は、深呼吸をして、ギッと東吾を睨みつけた。
「俺は、お前が大嫌いだ。東吾。」
☆
「六。髪の毛が濡れている…。」
リビングでくつろいでいると東吾に声をかけられた。
スッと濡れた髪の毛を軽く東吾に触れられる。その手を鬱陶しいと手でどけた。
「ジョキングしてきたからシャワー浴びた。お前も早く大学行けよ。」
軽い触れ合いに眉間にシワが寄る。睨んでいるのにその眉間に東吾の唇が当てられる。
「…おい。」
コイツ、朝から何してんだ…?
「離れろよ。暑いのにくっつくな。」
体格のいい東吾の胸をグイっと押し離して、俺はサッとソファーに座った。
いつものことだというように東吾は気にした様子もない。
俺と同棲し始めてから東吾はやたらと機嫌がいい。
長年の付き合いだから分かるが表情が柔らかい。元々寡黙な奴だから多くを話したりはしないが、こんな風に身体に触れたりするのだ。明らかに今までとは違う東吾の態度に戸惑いを隠せない。
東吾はコーヒー豆を挽いてコーヒーを入れ始めた。アイスコーヒーもちゃんと豆から挽くタイプだ。
律儀にも俺の分までアイスコーヒーを淹れてソファー前のテーブルに置かれる。ソファーに座っている俺の横に東吾も座った。
「コーヒーどうも。」
「あぁ。」
大学は午後からで急がないそうだ。朝の九時だというのにのんびりしているわけだ。
「今日はいい天気だな。シーツを干しても構わないか?」
「そんなの…」
わざわざ俺に聞かず好きにすればと言いかけて止まった。
東吾を見ると、口角が上がっている。
「‥‥っ!」
クソ!もしかして、俺が東吾のいない時に東吾の布団に入っているのバレているのか!?
同棲初日以降バレないようにとご丁寧にベッドメーキングまでしてんのに。
「……お前の布団が気持ちよくて寝ていただけだし。」
つっぱり切れなくて声がごにょごにょしてしまった。
「そうか。俺は全く構わない。」
フッと笑う東吾がアイスコーヒーを飲む。
いたたまれない。ついやってしまう自分にも上機嫌の東吾にも。
東吾は、アイスコーヒーをテーブルに置いて俺の方を向いた。空気の濃度が高まるのを感じる。
嫌な予感がして立ち上がろうとした瞬間、腕を掴まれて立ち上がれない。
「鬱陶しいぞ!」
じぃっと俺の方を向いてどんどん距離を寄せられる。逃げる腰を片手で防がれ顔が近づく。
「いい加減、慣れろ。」
「…慣れてるだろ。」
「どうだか。」
もう何度と身体を繋いでいるのに、キスだけの行為に動揺する。そういう触れ合いは同棲するまで出来るだけ避けていた。
東吾の唇が降ってくる。ブラックコーヒーの味。
甘くなくてひたすら苦い。
「…っ、ん。」
角度を変えて唇を吸われて、絡まった舌がもっと絡めというように促される。互いの唾液が混ざりツゥっと口から流れる。
抱きしめられて東吾の匂いが鼻腔をくすぐって身体が火照ってくる。
「ふぅ、ン…もう…やめろっ!」
ドンっと東吾の肩を叩くと、東吾は離れた。
「一回のキスが長いわっ!」
午前中にするキスとは思えない。
「火照ったか?」
「親父くせぇ!やめろ。」
何の効果も発しないが睨みつける。まだ、東吾の香りが濃い。
「そう、色気を出すな。止まらなくなるだろう。」
下唇をペロリと舐めて獰猛な目つきで俺を捕獲しようとする。
何が色気だ…。俺にそんなモンあるかよ。それはどう見てもお前だろうが。
「朝から盛るな。俺、朝からとか無理だし。そんな事するなら同棲やめるからな。」
すると、東吾の眉間にシワが寄る。俺の身体に乗りかかろうとした身体をソファに戻す。
濃くなる空気に耐え兼ねて立ち上がり窓を開けた。風が室内に入る中、ようやく息が吐けた。
今度は、東吾と反対側の椅子に座って、先ほどのコーヒーを飲みなおす。
「折角、一緒に暮らし始めたのだから、口説くチャンスくらい欲しい物だな。」
「ぐぅっ!!ぎっ!げほっ!」
コーヒーが気管支に入ったぁ!!
ゲホゲホッとむせ込む。
どういう顔してそういう事を言っているのかむせ込みながら東吾を見る。
……相変わらずの無表情だし。
東吾は普段も連絡事項っぽい話し方をする。無駄がないと言えはその通りだけど愛想がないともとれる。俺以外にはビビらせるような話し方だ。
そんな東吾だか無骨な奴ではない。それは触れられる俺が一番分かってる。
「あのさ、そういうのやめにしようぜ。お前と俺は番だ。その事実は間違いない。でもそれ以外の関係じゃない。」
番という存在は離れられない事を知ってしまった今では無理して東吾から離れようとは思わない。だが、それ以上の何かを東吾に求めるつもりはなかった。
東吾は、やはりなというような顔をしてこちらを見た。
何か言いかけたが言わなかった。そのまま視線だけがやたらと強いまま俺を見つめてくる。
俺が視線を外すと、東吾も俺をみつめるのを止め俺の傍に置いてある求人誌に目を向けた。
そういえば、仕事決まったんだった。バイトで正社員じゃないけど。
「あぁ、俺、レストランで働く事にした。これから、帰りも遅くなる。」
同棲しているのに事後報告なのは悪い気がするな。無職中の食事は俺が当番だったし。
でも、東吾自身も割と料理は出来るし互いの時間が別々になった所で東吾に対して影響があるとも思えない。
「……夜遅くなる時には連絡しろ。とりあえず、9時以降になるようなら迎えに行く。」
9時!?学生だって一人で帰れる時間だろうが。
そういえば、東吾は俺に過保護だ。中学校から高校卒業するまでどんなに暴言吐いても俺と登下校するのを止めなかった。心臓に毛でも生えているんじゃないか。
「はぁ!?意味わかんねぇ。」
「意味は分かるだろう。」
カチンっと来た。
「おい。俺は社会人だ!そういう監視が鬱陶しいんだよっ!」
「心配だ。」
「余計なお世話だっ!」
これ以上話したくなくて自室に入った。
アルファによっては仕事もさせないで家に籠らすというタイプもいる。それに比べれば東吾は随分理解のあるアルファだと思う。基本、俺がやる事に文句や助言は言わない。
ただ…あの監視癖。昔からやたらと俺の事を監視したがる。
「これ以上暴こうとするなよな。」
わざと見なかった事、隠していた事が同棲し始めて、見え隠れしてくる。それは、東吾もそうだけど俺もそうだ。
それに対して、東吾はどんどん余裕になり俺は余裕がなくなる。
「早く、明日になって仕事始めたい。」
そして、目を閉じて先ほどの東吾の様子を脳裏に浮かべて俺はまた沈んでいく。
初めて、東吾から好きだと言われたのは番になった二か月後の事だった。
下校中、俺が一方的に暴言を吐いて一人で帰ろうとした時に不意打ちだった。
東吾が自分から告白したり口説いたりするタイプとは思わなかった。
息が出来なくなる程、濃い空気が流れる。
それは、番だからか?番になったからオメガの俺を急に意識したのか?
たった一つの好きだの言葉に指先まで痺れて動けないでいる。胸が痛い。目から涙が溢れそうだ。
「俺を見ろ。六。」
東吾と番になってからも東吾の顔を見れずにいた。見たらその力強い目に引きずり込まれそうで怖いんだ。
引きずりこまれたら俺はどうなるのだろうか。東吾に他に好きな奴が出来たら俺は離れられるのだろうか。みっともなく東吾の足に縋りつき愛して欲しいとねだるのか…。
いや、頑張れ俺。ゆっくりだ。動揺しているのが東吾にバレないように強くなれ。
俺は、深呼吸をして、ギッと東吾を睨みつけた。
「俺は、お前が大嫌いだ。東吾。」
☆
「六。髪の毛が濡れている…。」
リビングでくつろいでいると東吾に声をかけられた。
スッと濡れた髪の毛を軽く東吾に触れられる。その手を鬱陶しいと手でどけた。
「ジョキングしてきたからシャワー浴びた。お前も早く大学行けよ。」
軽い触れ合いに眉間にシワが寄る。睨んでいるのにその眉間に東吾の唇が当てられる。
「…おい。」
コイツ、朝から何してんだ…?
「離れろよ。暑いのにくっつくな。」
体格のいい東吾の胸をグイっと押し離して、俺はサッとソファーに座った。
いつものことだというように東吾は気にした様子もない。
俺と同棲し始めてから東吾はやたらと機嫌がいい。
長年の付き合いだから分かるが表情が柔らかい。元々寡黙な奴だから多くを話したりはしないが、こんな風に身体に触れたりするのだ。明らかに今までとは違う東吾の態度に戸惑いを隠せない。
東吾はコーヒー豆を挽いてコーヒーを入れ始めた。アイスコーヒーもちゃんと豆から挽くタイプだ。
律儀にも俺の分までアイスコーヒーを淹れてソファー前のテーブルに置かれる。ソファーに座っている俺の横に東吾も座った。
「コーヒーどうも。」
「あぁ。」
大学は午後からで急がないそうだ。朝の九時だというのにのんびりしているわけだ。
「今日はいい天気だな。シーツを干しても構わないか?」
「そんなの…」
わざわざ俺に聞かず好きにすればと言いかけて止まった。
東吾を見ると、口角が上がっている。
「‥‥っ!」
クソ!もしかして、俺が東吾のいない時に東吾の布団に入っているのバレているのか!?
同棲初日以降バレないようにとご丁寧にベッドメーキングまでしてんのに。
「……お前の布団が気持ちよくて寝ていただけだし。」
つっぱり切れなくて声がごにょごにょしてしまった。
「そうか。俺は全く構わない。」
フッと笑う東吾がアイスコーヒーを飲む。
いたたまれない。ついやってしまう自分にも上機嫌の東吾にも。
東吾は、アイスコーヒーをテーブルに置いて俺の方を向いた。空気の濃度が高まるのを感じる。
嫌な予感がして立ち上がろうとした瞬間、腕を掴まれて立ち上がれない。
「鬱陶しいぞ!」
じぃっと俺の方を向いてどんどん距離を寄せられる。逃げる腰を片手で防がれ顔が近づく。
「いい加減、慣れろ。」
「…慣れてるだろ。」
「どうだか。」
もう何度と身体を繋いでいるのに、キスだけの行為に動揺する。そういう触れ合いは同棲するまで出来るだけ避けていた。
東吾の唇が降ってくる。ブラックコーヒーの味。
甘くなくてひたすら苦い。
「…っ、ん。」
角度を変えて唇を吸われて、絡まった舌がもっと絡めというように促される。互いの唾液が混ざりツゥっと口から流れる。
抱きしめられて東吾の匂いが鼻腔をくすぐって身体が火照ってくる。
「ふぅ、ン…もう…やめろっ!」
ドンっと東吾の肩を叩くと、東吾は離れた。
「一回のキスが長いわっ!」
午前中にするキスとは思えない。
「火照ったか?」
「親父くせぇ!やめろ。」
何の効果も発しないが睨みつける。まだ、東吾の香りが濃い。
「そう、色気を出すな。止まらなくなるだろう。」
下唇をペロリと舐めて獰猛な目つきで俺を捕獲しようとする。
何が色気だ…。俺にそんなモンあるかよ。それはどう見てもお前だろうが。
「朝から盛るな。俺、朝からとか無理だし。そんな事するなら同棲やめるからな。」
すると、東吾の眉間にシワが寄る。俺の身体に乗りかかろうとした身体をソファに戻す。
濃くなる空気に耐え兼ねて立ち上がり窓を開けた。風が室内に入る中、ようやく息が吐けた。
今度は、東吾と反対側の椅子に座って、先ほどのコーヒーを飲みなおす。
「折角、一緒に暮らし始めたのだから、口説くチャンスくらい欲しい物だな。」
「ぐぅっ!!ぎっ!げほっ!」
コーヒーが気管支に入ったぁ!!
ゲホゲホッとむせ込む。
どういう顔してそういう事を言っているのかむせ込みながら東吾を見る。
……相変わらずの無表情だし。
東吾は普段も連絡事項っぽい話し方をする。無駄がないと言えはその通りだけど愛想がないともとれる。俺以外にはビビらせるような話し方だ。
そんな東吾だか無骨な奴ではない。それは触れられる俺が一番分かってる。
「あのさ、そういうのやめにしようぜ。お前と俺は番だ。その事実は間違いない。でもそれ以外の関係じゃない。」
番という存在は離れられない事を知ってしまった今では無理して東吾から離れようとは思わない。だが、それ以上の何かを東吾に求めるつもりはなかった。
東吾は、やはりなというような顔をしてこちらを見た。
何か言いかけたが言わなかった。そのまま視線だけがやたらと強いまま俺を見つめてくる。
俺が視線を外すと、東吾も俺をみつめるのを止め俺の傍に置いてある求人誌に目を向けた。
そういえば、仕事決まったんだった。バイトで正社員じゃないけど。
「あぁ、俺、レストランで働く事にした。これから、帰りも遅くなる。」
同棲しているのに事後報告なのは悪い気がするな。無職中の食事は俺が当番だったし。
でも、東吾自身も割と料理は出来るし互いの時間が別々になった所で東吾に対して影響があるとも思えない。
「……夜遅くなる時には連絡しろ。とりあえず、9時以降になるようなら迎えに行く。」
9時!?学生だって一人で帰れる時間だろうが。
そういえば、東吾は俺に過保護だ。中学校から高校卒業するまでどんなに暴言吐いても俺と登下校するのを止めなかった。心臓に毛でも生えているんじゃないか。
「はぁ!?意味わかんねぇ。」
「意味は分かるだろう。」
カチンっと来た。
「おい。俺は社会人だ!そういう監視が鬱陶しいんだよっ!」
「心配だ。」
「余計なお世話だっ!」
これ以上話したくなくて自室に入った。
アルファによっては仕事もさせないで家に籠らすというタイプもいる。それに比べれば東吾は随分理解のあるアルファだと思う。基本、俺がやる事に文句や助言は言わない。
ただ…あの監視癖。昔からやたらと俺の事を監視したがる。
「これ以上暴こうとするなよな。」
わざと見なかった事、隠していた事が同棲し始めて、見え隠れしてくる。それは、東吾もそうだけど俺もそうだ。
それに対して、東吾はどんどん余裕になり俺は余裕がなくなる。
「早く、明日になって仕事始めたい。」
そして、目を閉じて先ほどの東吾の様子を脳裏に浮かべて俺はまた沈んでいく。
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