獣人王の想い焦がれるツガイ

モト

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獣人の国の 王様

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 アウラ大陸には、人間、獣人、亜人──あらゆる種族が、それぞれ異なる価値観を持ちながらも共に生活を営み、ひとつの社会を築いている。
 その東方に位置するスビラ王国は、広大な領土を治め、圧倒的な力を誇っていた。
 かつて、スビラ王国が統一する以前、大陸には共通語が存在しなかった。それが幾度となく争いの火種となった。幾多の小国が興亡を繰り返し、やがて一つの巨大な王国へと姿を変えるまでには、長い歴史が刻まれている。無用な争いを避けるため、初代スビラ王はすべての民が理解できる言語──共通語を創り出した。
 それから二百年、共通語は王国や諸外国にまで浸透し、人々の暮らしを支えている。
「──貴方様は、その大国の王なのです」
 私の前に進み出たのは、元老院議長だ。
「はぁ、またか……」
 議会が終わり、話したいことがあると申すので、何かと思えば、言われなくても分かっている国の歴史を訥々と語られる。
 責務を果たせ。それは私──ケイネス・アウグストがスビラの第一王子と誕生して以来、幾度となく耳にしてきた言葉だ。耳と尾だけを持つ獣の王。歴代の王が獣の顔を備えていたのに対し、私は半端者として生まれた。それにより周囲の厳しい目に晒され続けてきた。
 そして王位に就いて三年目、ついに謀反を企てる者に命を狙われた。
「こうして公務に臨んでいる。何が不満がある」
「その逆でございます。陛下は隣国に出向かれた際に敵の攻撃を受け、一度は命を落としたとさえ噂されておりました。なのに、城に御帰還されてから不眠不休で務めを果たされておられると耳にしております! どうか、お休みください」
「休んでいる場合ではないだろう」
 命を狙われ、敵と味方の輪郭がはっきりと浮かび上がった。国中が大きな混乱に陥る前に敵を断つ。その根は既に捕えている。準備は着々と進んでいた。
 ただ……眠ることを忘れるほど焦燥に駆られるのは、ルムダンに心を残してきてしまったからだ。
 
「──何故、あの人は見つからない……⁉」
 元老院議長と別れたあと、謁見の間で、ルムダンから戻ってきた捜索隊からの報告書に目を通しながら、頭を抱える。
 あの人。赤毛で、白い肌にそばかすがあり、美しい翡翠色の瞳を持つ──私の運命のツガイ。
「彼ほど絶世の美青年はいないというのに」
 どこもかしこも可憐で、輝いて見えた。動く宝石のような人。あんなに目立つ人はいないだろう!
「僭越ながら申し上げます。獣人は自分のツガイを愛おしむあまり、第三者とは異なる見た目の印象を抱くことがございます」
「……」
 横に控える、捜査団隊長のサハンが静かに口を開く。
 サハンは虎獣人だ。ルムダン国を出た船の上で目覚めたら、この虎顔が間近にあった。
 今から四か月前──南方のモロ国への遠征の帰路、襲撃を受けた。
 敵に囲まれ絶体絶命の危機に陥ったが、側近アトレの機転により、真夜中に小船を出し、私だけルムダン国に辿り着いた。
 襲撃で負傷した身体を引きずりながら、休む場所を探していたところ、足を踏み外し、山から転落した。幸い落下距離は短く、積もった落ち葉がクッションとなり命は助かった。だが、足が折れていた。
 このままでは獣に喰われる。身を隠さねばと、茂みの中に入り──そのまま意識を飛ばした。
「そのあと、ツガイ様に助けて頂いたのですね」
「そうだ。ルムダン国は人間の国。彼は私を見て、とても驚き怯えていた。だが、恐怖しながらも勇敢に私を安全な洞窟内まで運び、手当をしてくれたのだ……」
 彼は私の胸元ほどしか身長がない上に、細身だった。
 大柄で意識のない人間を背負うのは骨がいることだっただろう。
 熱に浮かされ、はっきりとした意識がないときも、彼の優しい声はずっと聞こえていた。汗を拭ってくれ、水を飲ませてくれた。私は痛みに苦しみながらも幸せな心地だった。
 だが、目覚めて明るい場所で、改めて彼を見たときは驚いた。その身に纏っている服は、薄汚れ、袖口や裾は擦り切れていた。
 なのに──私の身体には、新しい布が巻かれていた。
 きっと、彼は自分を顧みず、他者に優しく出来る人なのだろう。
 自分は幼少期から王になるべき存在だと様々な訓練を受けてきた。感情に左右されず物事を見るように教え込まれていたのに、ツガイの前ではそれも形無しだ。
 彼が視界に入るだけで、全身が歓喜し、デレッと表情が崩れた。
「見ているだけで愛おしさに満ちていく。あんな興奮を覚えたのは生まれて初めてだった……」
 外見も内面も虜になっていく──その感覚は、自分の身体に直結した。
 発情したのだ。これも今までにない感覚だった。まるで彼に反応し、本能が目覚めたかのよう。
 まさか彼から「発散させてやる」と言われたのには驚いたが、彼自身も私の興奮に反応しているようだった。怪我も何も気にならないほど、私はどうしても彼が欲しかった。ツガイのことしか考えられず、本能のままにその身体を貪った。
 だが、初めて覚えた強い興奮と喜びは、あっさりと手放すことになった。
 ──次に目覚めると、私は船の上だった。
 周囲にいるのは、アトレとサハン。それから少人数の兵のみ。どこにもツガイの姿がなかった。
 移動の際に、開いた傷口が痛まないよう、鎮静剤を打たれていたのだ。迎えにきた臣下たちを見て、喜ぶどころか怒りを覚え発狂した。彼に会わせろと掠れた声で叫びながら暴れ狂った。
『国で陛下が死んだと誤報が流れております』
 アトレのその一言に、冷静になった。今自分が帰って騒ぎを鎮めなければ、益々混乱は大きくなる。
 彼とは──すぐに会える。アトレにツガイ探しを命じ、そのまま国へ戻った。
 国に戻ると、無事を伝えるためにすぐに国民の前に立った。軍を動かし、反逆者どもを制圧した。だが、根っこの腐った部分まで清掃する為には、準備が必要だった。だが、ようやくそれも整った。
 それもツガイを安心して国に迎えるための準備だった。
 なのに──ルムダン国から戻って来たアトレが言った言葉に耳を疑った。
『陛下、ツガイのことはお忘れください』
『ルムダンは人間の国。獣人は存在しません。いても断罪されているでしょう』
『人間のツガイなど聞いたことがございません』
 運命のツガイに出会える者は、稀だ。
 それに獣人には分かるフェロモンも、人間には感じ取れない。獣人と人間が“運命のツガイ”であったことは過去一度もない。
 アトレは、気の迷いだとでも思っているようだった。
 誤解などではない。匂いも何もかもあれほど強く惹かれ、胸を打つ存在には出会ったことがない。
 ……私が遭難した山は、ルムダンの地図にあるとおり。
 アトレの態度や捜査には疑念が残る。新たにサハンを隊長に任命し、捜索隊を編成して、再びルムダンへと向かわせた。
 だが、待てど暮らせど、有益な情報が入ってこない。
「はい。一帯の山や里は全て調査しております。あの国では、赤毛というのも珍しくなく、類似した人間はいるものの……ツガイ様の匂いとは異なりました」
 唯一の手掛かりは、私の身体にかけてくれていた彼の羽織りものだ。サハンにはその匂いを覚えさせていた。
「彼に何か起きたのでは……? 一刻も早く無事な姿を見たい」
「調査で分かりましたが、やはりあの国には獣人はただのひとりもいません。ツガイ様もまた人間ですよね?」
 アトレ同様、サハンも同じ疑問を持ったのだろう。
「……姿かたちは人間だった」
 だが、人間にはフェロモンは感じないはずだ。なのに、彼は私の匂いを「いい匂い」だと言い、ふたりして発情した。その肌は自分の手にしっくりと馴染み、甘い吐息を漏らす。それから、彼自身の内部が挿入後に、潤い始めた。男なのにそこが濡れる。
 獣人の男でもごくまれに、子を成す胎を持って生まれることがある。その場合は、後ろから愛液が分泌される。
 人間の男には有り得ないことばかりで、私は彼は獣人だと感じている。だが、完全に姿は人間だ。様々な謎は残るが、恐らく私と彼の間で子をなせることは出来る。
 ただ、例え子がなせぬとしても──
 誰に何を言おうとも、私は彼に生涯付き添って欲しいと告げたい。
 愚王と呼ばれようが、罵られようが、構わない。彼以外のすべては、政にかけよう。いくらでも策を講じ、私以上の王がいないことを民衆に知らしめればよい。
 彼は、このケイネスの唯一無二の最愛。王という立場で諦めねばならぬのなら、王族としての理すら変えてみせる。
「ルムダンの国に協力を呼びかけろ。赤毛や年齢制限をなくし、国中の男を全て捜査しろ」
 静かに命じると、サハンは深く一礼し、命令を遂行するためにその場を去った。
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