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ルムダンでは暮らせない
しおりを挟む話し声がする。知っている声だ。
ひとりはスーリャだ。……そうだ。彼が部屋をでたあと、眠気に襲われ横になった。そのまま眠ってしまったのか。
薄目を開けると、見覚えのある町医者が俺の衣をめくって身体を触診していた。丸い眼鏡をかけて猫背の男はどこか怪しく胡散臭い。だが、経験豊富であらゆる分野に精通している。金さえあればスラム街の人間だろうとドブネズミだろうと診てくれる。
いつもは足の音さえ敏感なのに、久しぶりに街に来て疲れていたんだろう。また瞼が落ちていく……
「なるほど。町一番の美貌のスーリャが慌てて頼ってくるなんざ、よっぽどイイ男が倒れているのかと思いきや、そうか。コバか」
「ごたくはいい。それよりどうなんだ? アンタは胡散臭いけど、腕を見込んでいるんだ、国一番だぜ!」
「まさか悪態吐きのスーリャに褒められるとは驚きだねぇ」
この二人のやり取りを聞くのは、久しぶりだ。
スーリャは子供の頃、身体が弱くて、しょっちゅう町医者に世話になっていた。懐かしい。
「今から言うことを、スーリャは誰にも言わないと誓えるかい?」
「勿論」
即答するスーリャに、町医者は苦笑いしながら告げた。
「コバは妊娠中だ。男だが、胎に子供がいる」
「……ん?」
子供の言葉に、俺も眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「つまり、コバは獣人だ。それも獣人でも珍しい胎持ちってことになる。男が妊娠するのは、それ以外あり得ない」
「…………は?」
言われている言葉が理解出来ないのか、スーリャは腕を組み、首をかしげる。
「ん? んん? んんん?」
「おそらく、コバは隔世遺伝だろう。人間の国だと言ったって、獣人が隠れてやってきているかもしれない……。心当たりがあるんだろう? コバ」
「……」
俺は瞼を開けて、二人を見た。
ずっと風邪ひきにしては、おかしいと思っていた。
自分の原因不明の胃のむかつきや、吐き気、熱っぽさ、身体の状態を思い浮かべ、不思議と納得してしまえた。
「あぁ。けど、相手はここにはいない」
それを伝えると、スーリャの顔がぐにゃっと歪んだ。
「獣人と会ったのか⁉ それで妊娠したって言うのか⁉ ──ゆ、許せねぇよ。なんだよ、そいつ!」
「スーリャ、落ち着け。済んだことを嘆いても仕方ない。胎の子をどうするかだ」
「それは……」
「コバは人間の姿をしている──が、獣人の姿をした子ならば、この国では暮らせない。それに男が妊娠しているのがバレた時点で、コバ自身も閉鎖的な国では暮らしてはいけないだろう」
俺はへへへっと笑った。
「──なぁ、先生、俺が獣人って本当か?」
俺がベッドから起き上がろうとすると、医者が背中を支えてくれる。
「あぁ。背中の羽、妊娠……獣人に違いない。妊娠の変化に耐えられるように急激に身体が変わっているんじゃないだろうか」
「……」
やけに詳しい。
「コバ、俺が獣人に詳しいのが不思議でならないって顔しているな。、俺はよ、この目で見たことがあるんだ」
「え?」
「お前たちが子供の頃に、俺は本を読んでやっただろう。覚えているか?」
そういえば、診療所に置かれた本を、よく医者に読めと強請ったっけ。
「内容は覚えていないかも」
「こういう話さ。【はるか大昔、世界は獣人の覇権に覆われていた。人間たちは圧倒的な強さに怯え、逃げるように海を渡り、断崖絶壁に囲まれた小さな島国へと移り住んだ。地形そのものを盾とし、異種の侵入者を拒み続け、そうして、人間の国<ルムダン>が生まれた】」
「あぁ、その本か」
獣人は鋭い牙と爪を持ち、人間の肌など簡単に引き裂いてしまえる……。
獣人のイメージもその本からで、子供心にはとても怖かったものだ。
「この本には書かれていないがね。スビラ王国が、大陸を統治してからは変わった」
「スビラ?」
「あぁ」
ルムダン国は対外交流を禁じている。
しかし、限られた人や物の往来は認められている。たとえば医療分野だ。国家試験に合格した者には、一時的に大陸で学ぶ許可が与えられるという。
若き日に大陸へ渡った医師は、人と獣人が当たり前のように共に暮らす光景に、日々驚かされた。さらに、稀に隔世遺伝によって先祖の種族の特徴を受け継ぐ者がいることも知ったのだ。
「人の行き来はあるんだ。混血の奴がいてもおかしくはない」
「……頭がついていけねぇ」
スーリャが呆気に取られた表情で呟く。俺もそう変わらない。
「けど、色々分かって……俺はスッキリした」
「コバは納得出来たのか⁉ つーか、そのあっさりした様子で分かったが、お前──、産むつもりでいるな?」
「うん。ひとりで山で子供を産むよ」
町はとても生きにくい。でも、山は自由だ。
例え俺が獣人で生まれてくる子供も獣人でも、バレなければいいんだ。きっとひとりでも育てていける。
「いや、お前は獣人だ。この国から出ていけ」
「はぁ⁉ てめぇ、クソ医者! 身重のコバになんて酷いこと言うんだ! コバの出産時には、何があってもてめぇを山にしょっぴくからな」
スーリャが医者の腰をドカリと蹴った。
「あのなぁ、何も俺は意地悪でそう言ったんじゃない。獣人には獣人の住みやすい国がある。ルムダン国では、その子もお前も見つかれば危険だ。でもこの国から出ればお前もその子ものんびり暮らしていける」
いつも山頂から見ていた海の向こうの島……
「いいか。ここから大事な話だ」
医師は声を落ち着けて続けた。
「大陸へは、五か月に一度往復する貨物船がある。その船に乗れるよう医師が手配してくれるという。港町についたら馬車で大陸を横断し、スビラ王国へ入国するんだ」
スビラ王国は難民の受け入れをしている。ひとり親には保証があるのだそう。
「ルムダンでは有り得ないが、向こうでは一般市民としても働けるぞ」
その言葉に俺は、スーリャと顔を見合わせた。
「……ぷっ、あーはっは。医者、それ騙されてるぞ! そんな夢物語な国あるわけないだろう!」
「いくら俺らだからってからかいすぎだって! はははっ!」
町医者の話を黙って聞いていたが、有り得ない話に俺たちは大笑いしてしまう。
そんな国があるわけがない。国には金を払うのが義務で、逆はない。
「行ってみれば分かる」
「……」
医者はからかっている様子はなく、俺たちは笑うのをやめた。
「ふぅん、笑って悪かったよ。でもさ、俺にはそこに行く金はないよ。今日生きていくだけの金で精一杯なのに、旅をする金がどこにある? 先生も知っているだろう」
この話はおしまい。
なんらかの病ではないと聞いて、気持ちが楽になった。病は気からと言うのは本当だな。
俺がベッドから立ち上がったとき、隣でスーリャが言った。
「医者……、コバとコバの子が暮らすのは海を渡った方がいいんだな?」
「スーリャ、もういいよ」
「ここで生きてどうする。小さい子にずっと孤独を背負わせるのか」
その一言に俺は固まった。折角浮上した気持ちが沈む。
俺にはスーリャがいた。独りじゃなかった。それに山のふもとの里にも優しい人達とやり取りが出来た。
でも、獣人の見た目で生まれたら、それが出来ない。
竦めた肩をポンッとスーリャが叩いた。
「大丈夫だ。金なら俺が出してやる。お前は海を渡って、スビラって国へ行け」
「何を言ってるんだよ! スーリャだって生活があるじゃないか」
「蓄えがあるんだ。この街で一番人気のスーリャ様を見くびんじゃねぇよ!」
でもと言うと、でもはなし! と話を遮られた。それでも、彼に大金を払わせるわけにはいかないと首を振る。
「コバ。スーリャはお前になら払うと言っているんだ。コイツの気持ちを汲んでやれ」
「……っ」
医者がこの話を持ち掛けたのは、スーリャの目の前だからなのだろうか。
俺が断っても、スーリャなら金を払うと思って……。
「男に二言はねぇぜ」
「……できっこない」
「難しく考えるな。……というかさ、コバは病弱だった俺を兄貴分として何千回と助けてくれたじゃん。時には、身体まで売ってくれてよぉ。子供のころ、優しくしてくれたのはお前ただ一人だけだった。今こそ、恩を返させてくれよ」
「スーリャ……」
「俺を育ててくれたコバなら、きっと子供も立派に育つ。間違いないぜ」
そう背中を押してくれる。
信じられないが、スーリャの決意は既に固まっている。
「いつか──絶対、返すから」
「あー、期待しないけど。じゃあ、とりあえずお前の腰に巻いている帯をくれ。俺のお守りにする」
「……うん……!」
俺は腰に巻いていた布をスーリャに手渡して、それから抱きしめ合った。
「お前達を見てると、百合見てるみたいで悪くないねぇ」
医者が下品なことを言って笑ったが、次には表情を変え、俺の周産期の状態から安全に渡航できる期間が迫っていることを告げた。
「船は三か月後だ。その間、お前は俺の診療所で匿ってやる。窮屈だがここから一切出るな。誰にもバレないようにしろ」
「……分かった」
そうして、三か月後。
俺は貨物船に乗り、スーリャに大きな恩を感じながらこの国を出た。
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