白狼は森で恋を知る

かてきん

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第2章 白狼と秘密の練習

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近くの芝が少し揺れ、ミアがガイアスの屋敷正面の庭に現れた。

「ミ…ミア様!」

庭師見習いの青年がそれに気づき、慌てたように声をかけてくる。
見た目は自分と同じか少し年上だろうか。細いようでいて植木鉢を抱えている腕は太く、力仕事で鍛えられているようだ。

ミアが彼と会うのは2回目だ。まだ恋人ではない頃、初めて屋敷に来た時のことを思い出す。

(あれから何回も屋敷に来て、部屋にも行って、これからも来るんだよなぁ。)

しみじみしていたら、目の前の青年が話しかけてきた。

「あの…ガイアス様をお呼びしましょうか?」

「えっと、迎えに来たと伝えてくれますか?あの、」

礼をして主人を呼びに行こうとした青年に続ける。

「この庭いつも綺麗ですね。優しい雰囲気が好きです。」

「えっ、あ、は、はい!ありがとうございます!!」

にっこりと笑って言うと、青年は顔を真っ赤にして頭をバッと下げた。そして慌てて玄関に入っていく。

扉の閉まる音がして少しすると、既に準備をしていたのかガイアスが出てきた。横にいる執事から袋を受け取るとミアに目線を向ける。
後ろにはメイド長とメイドの1人が控えて礼をとっていた。

「ミア、待たせたな。」
「今来たばっかりだよ。今日も…かっこいいね。」

ガイアスは暗い紺色で上下を合わせた騎士服姿だ。首元や前の合わせに黒で縁取りがしてあり、全体的に装飾は少ない。
パーティというよりは厳かな式典に似合いそうだ。

「この姿の時はミアがよく褒めてくれるな。」

笑いながら、ミアの頬を優しく撫でる。

「いつもの服も好きだよ?けど騎士服はガイアスに似合いすぎてて、そわそわするんだ。」

ミアが照れたように言うと、ガイアスは目を細めて頬を撫でていた手をミアの肩に回した。

またしてもメイドが目を輝かせてそれを凝視していたが、メイド長に軽く腕をつかれてハッと我にかえっていた。

「では、夕方には戻るはずだ。」

ミアの肩を抱いたままのガイアスが執事に告げる。

「はい。もし自衛隊の方からお電話がありましたら、どういたしましょうか。」

「掛けてくるとしたら、マックスだろう。…『連絡が無い場合は欠席』と伝えておいてくれ。」

「かしこまりました。」
「では、行ってくる。」
「いってらっしゃいませ。」

その声を聞き、2人は玄関から姿を消した。



着いたのは、今回も王宮の前だ。
前と同じく正門を通り、王の待つ応接室へと歩いて向かう。

王妃も参加しお茶をすると聞いているため、今日の手土産はお茶菓子だ。もちろんカルバンへのナッツの蜜漬けも忘れてはいない。

正門には初めて見る狼。
前の若い男とは違い、目尻にシワがうっすら見える50代くらいの男だった。しかし服装からして門番ではないようだ。

近くにいた他の若い男がミアの姿を見つけて、頭を下げる。

壮年の男性は、ミアを確認すると明るい声で話しかけてきた。

「ミア様!今日はどうしました?正門から入るなんて。」

「俺の恋人が父上と兄様に挨拶するんだ。って言っても2回目だけどね。」

「あ…それでアイツ最近…。」

男は、前回失恋した門番の若い男のことを考えているようだ。
「あちゃー」といった様子で顎に手を当てている。

2人は仲が良いのか、その後も少し喋っていた。
ガイアスが頭を下げて門をくぐる時、その男は、にかっと笑って「頑張れよ。」と言ってきた。


「仲が良さそうだったな。」

「あの人は俺の護身術の先生だよ。今は他の王宮警備隊の教育係をやってるんだ。」

狼国シーバでは、王宮警備隊という王宮を守る組織がある。主に王族の警備をしているが、少数精鋭で、この大きな門も基本的に1人の隊員で対応している。

「すっごく強いんだよ!」と目を輝かせて話すミア。

「学校を卒業した今も体術を習うことがあるんだ。」と言うミアはあの男を尊敬しているようだ。

(頑張れ…か。)

カルバン様のミアへの溺愛っぷりを知っているから言ったのだろう。

とりあえず、ありがたい言葉を胸にシーバの王と第一王子が待つ部屋へ向かった。



「あれ?今日は乳繰り合わなくていいんですか?」

「うわっ!」
「!」

応接室の前、前回同様身見なりを確認するガイアスとミアの背後から、従者イリヤが声をかけてきた。

「イリヤ、びっくりするだろ?!いっつも急に出てくるなよ!」

「…転移するなと?」
「急に後ろに現れて急に話しかけるな、ってこと!」

「はぁ、注文がうるさい主人を持つと苦労しますね。」

「いつもうるさいのはイリヤだろ!」
「…さ、着いてきてください。」

ミアを無視してガイアスに視線を向け、そのまま扉に向き直り手をかける。

いつ見ても従者とは思えぬ立ち振る舞いのイリヤと、遠慮のないミア。そのやりとりの中に親しい者だけが醸し出す雰囲気を感じ、どこか羨ましい気持ちになるガイアスだった。



「陛下、殿下、ガイアス様がいらっしゃいました。」

扉の先には先週と同じく2人の狼がソファに座っている。
しかし、前回腕を組んで不機嫌そうにこちらを睨んでいた灰色の狼は、今は膝に手を軽く置いた姿勢で、落ち着いた様子だ。

バシバシと叩くように動いていた尻尾も、ふんわりとソファに鎮座している。

「よく来たな。座りなさい。」

「本日は、お時間を作っていただきありがとうございます。」

「いや、こちらから言ったことだ。私は今日、他の予定もない。ゆっくりと過ごしてくれ。」

にこやかに話しかけてくるアイバンに軽く頭を下げながら礼を言うと、ガイアスは向かいのソファに腰掛けた。
ミアはその横にちょこんと座る。

「ガイアス、よく来たな。」

カルバンがじっとガイアスを見て挨拶をした。

「カルバン殿下、二度目のご挨拶の機会、感謝いたします。」

「堅苦しい挨拶はいい。あれは持ってきたか?」
「はい。」

手土産の入った袋を手渡す。
中には、カルバンが求めていたナッツの蜜漬け。「よし」と満足げに頷く兄の姿に、ミアが呆れた声で口を開く。

「兄様、来てすぐ『土産よこせ』はないんじゃない?食い意地張りすぎ。」

「な、違う!確認しただけだ!約束していたことだからな!」

「えー、一方的に頼んだだけじゃん。ガイアス、意地汚い兄様でごめんね。」

「おい!違うと言って入るだろう!」

2人のやりとりがおかしくて、ふっ、と息をこぼし、くつくつと笑い出したガイアス。

アイバンは「2人とも喧嘩するんじゃない。」と、どうどうと2人の前に両手を広げている。

しばらくワイワイとやりとりがあった後、落ち着いたカルバンが従者を呼び、ガイアスが持ってきた土産を持って扉から出て行った。

「今日はテラスに行こう。うちの庭は私の自慢なんだ。」

アイバンがそう言うと、4人は立ち上がり中庭へと向かう。

中庭が見えてきた頃、一瞬ジェンと思われる後ろ姿が反対側の廊下に向かって歩いて行くのが見えた。

「!」

ガイアスは思わず身体ごと勢いよくそちらに向ける。

「どうしたの?」

隣にいるミアが不思議そうにこっちを見上げている。
前を歩く2人はそれに気付いてないようで、テラスを指差し何かを話している。

「いや、何でもない。」
「そう?」

(やはり、リース様が会っている人間はジェンなのか?)

ガイアスは自分の友人であり同僚が、シーバ国の第三王子と何度も謁見していることが不思議だった。

(最近、ジェンに会えてないな。)

自衛隊第7隊副隊長であるジェンと数名の隊員は、次の長期の遠征に第6隊の隊長・副隊長が同時に参加することが決定し、一時的に第7隊を離れている。
上司がいない間の連携や、他の隊員達に身の振り方などを教えることが目的だ。
塔自体が違う部隊にいるため、顔を合わせることもなく、ガイアスは気づけば陛下の恩賜の式以来、ジェンの姿を見ていなかった。

「さぁ、ここだ。」

ガイアスが少し考えている間に庭に着いたようだ。

従者が扉を開けると、美しくセットされたテーブルにガイアスが持ってきた土産の菓子が並んでいる。
その中にはカルバンが気に入ったナッツもあった。小さいパウンドケーキとともにスタンドの皿に乗せられている。

「華やかで素敵な庭ですね。」

ガイアスは思わずつぶやく。

心から出た言葉だった。
庭は色とりどりの花達が咲き誇り、360度すべてが目を楽しませる。
気候によるものか、大ぶりな花が多く1つ1つに存在感がある。

「そうだろう?常に楽しめるように、私の執務室とも繋がっているんだ。」

アイバンは得意げな顔で自分の執務室がある方向を指差す。



4人はテーブルに座り、いろんな話をした。主にカルバンが質問ばかりしていたが、逆にガイアスが聞き返すこともあった。

「本当は妻のシナも同席したがっていたんだが、どうにも都合がつかなくてな。」

アイバンが残念そうに告げる。

「母上は忙しいんだよ。父上よりしっかりしてるから、仕事が増えちゃうんだ。」

「はっはっは、シナには迷惑ばかりかけて申し訳ないな。」

「全く、父上が楽観的すぎるからです。」

うんうん、と頷くカルバン。

「だから、次回は妻も一緒に夕食でもどうかな?」

笑っていたカルバンがガイアスに向かって提案する。

「はい。もちろんご一緒したいです。ですが、良いのでしょうか?」

ガイアスはそう答えた後、ちらとカルバンを見た。
カルバンはそれに気づき口を開く。

「ガイアス、君は良い男だ。…ぜひ今度夕食に来てくれ。母上にも紹介したい。」

カルバンは照れているのか尻尾が少し揺れていたが、真っ直ぐ最後までガイアスの目を見て告げた。

「…ッ、ありがとうございます。」

「ミアはまだ子ども気分が抜けてないからな。しっかりした君のような存在がいてくれたら安心だ。」

「兄様!俺、家から出たらちゃんとしてるってば!ねぇ、そうだよな?」

「ああ、とても頼りになる。」

「言わされてるだけじゃないか。」
「違うってば!」

「はっはっは、息子が増えたみたいだ。次の食事会はうるさくなるだろうなぁ。」

美しい庭の中で、狼と人間の笑い声が混ざって響いた。
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