白狼は森で恋を知る

かてきん

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後日談・番外編

俺を食べてね1

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「ふぅ……疲れたぁ」
 王宮での仕事を終え、サバル国にあるガイアスの屋敷に転移したミア。
 転移先であるガイアスの部屋の中は暗く、しんとしていた。
 伴侶である彼は、五日間の『結婚休暇』のしわ寄せで、今日は自衛隊所に寝泊まりすると言っていた。会えるのは明日の朝だ。
 それも、着替えに帰るほんの一瞬だけなのだが……
「やっぱり隊長って大変なんだなぁ」
 部屋は薄暗いままに上着とカバンを二人掛けの椅子に掛けると、自分が戻ったことを伝えるために階段を下りる。
「おかえりなさいませ、ミア様」
「ただいま」
 帰ってきた気配を瞬時に察知したのか、階段下には執事とメイド長がにっこりと笑顔で待っていた。
 食事は王宮で兄弟と済ませてきており、あとは風呂に入って寝るだけだ。
「お風呂を準備いたしますので、少しの間お待ちください。」
 メイド長が風呂と着替えの準備をしてくれるとのことなので、それまでゆっくりしていようと談話室のソファに腰掛ける。
 やっと落ち着いたと息をついていると、執事がお茶を用意してくれた。
「ミア様、明日はお休みだと伺っておりましたが、変更はございませんか?」
「うん、休みだよ」
 ミアの故郷であり仕事先であるシーバ国は祝日であり、明日は王宮の者も休みだ。
「かしこまりました」
 執事は予定の変更がないことを確かめると、ガイアスから伝言があると言った。
「ミア様がお眠りになる前に連絡を頂きたいとのことでした」
「隊長室に電話したらいいの?」
「はい。もし明日がお休みであれば、とのことでした」
「了解。じゃあ寝る前に部屋から電話するね……あっ!」
 忘れていたことを思い出し、ミアが顔を上げる。執事はどうしたのかと様子を伺った。
「明日の朝、ガイアスにお菓子を渡したいなって思ってるんだ。働いてばっかで疲れるだろうから甘いもの」
「それは喜ばれると思います。では、料理長に伝えておきましょう」
「あ、その……俺が作ったら駄目かな? 急だし、難しいならやめとくよ」
 ミアがおずおずと申し出ると、執事は目を丸くしていた。
「ミア様の手作りなら、ガイアス様もさらにお喜びになりますよ」
 執事は良い案だと頷く。そして、先に料理長へ早朝の予定を確認しに行こうとミアを連れて調理場へ向かった。

 料理長である強面の男は、ミアがガイアスの為に甘いものを作りたいと告げると、笑顔で頷いた。
「明日の昼の分まで仕込みは終わってますし、朝は菓子作りに集中できますよ」
「本当? ありがとう!」
 急な提案だったが、料理長が快諾してくれてホッとした。
「ガイアス様がお戻りになるのは午前七時ですので、早いですが五時半には作業を開始しても?」
「もちろん!」
「ちなみに何を作られるご予定ですか?」
「シーバの料理人に聞いたんだけど、クッキーなら俺にでも作れるだろうって」
「それは良い。簡単で美味しいレシピがあるんです」
 心なしか張り切っている料理長。さっそくミアでも作れる手順を考え始めた。
「あの、実は型も持ってきたんだ」
 ミアはガイアスの部屋へ戻って料理長へその『型』を見せた。
 それは、オオカミの顔の輪郭を模したもので、付属の型は狼の表情を作ってくれるスタンプのような形だ。輪郭の完成した生地に付属の型を押し込めば、にっこり笑う可愛らしい狼の顔が出来上がる。
「これは可愛らしい。明日はばっちりですね」
 料理長が手放しに褒めてくれるので、ミアも良かったと笑顔になった。
 ミアと料理長、執事の三人でわいわいと明日の話をしていると、メイド長が風呂の準備ができたと呼びに来た。

『こちらガイアス・ジャックウィル』
「ガイアス! お疲れ様。俺だよ!」
『ミア。電話してくれてありがとう」
 お風呂上りでほこほことした身体のまま、ミアはガイアスの部屋から彼の職場へ電話を掛けた。テーブルには、会話の邪魔をしないよう、執事によってお茶が静かに置かれた。
「何か用事があったの?」
『……ミアと会えないから、声だけでも聞こうかと』
「あ、そうだったんだ。えへへ」
 明日の予定を聞くとか、大きな事では無いにしろ何かしら用事があるものだと思っていたミアは、面食らって気持ち悪く笑ってしまう。ガイアスも照れているようで、語尾が若干まごついていた。
「今の時間は落ち着いてるの?」
『ああ。今はちょうど飯の時間で、深夜になったら夜警の隊員を見に行く』
「え……今ご飯なの? お腹空いてたでしょ、可哀想に」
『はは。ありがとな』
 ガイアスはミアの発言に笑う。自衛隊にとっては、こんな事日常茶飯事なのかもしれない。
 笑うガイアスの声が耳に心地よく、俺は調子に乗ってたわいもない話を沢山した。

 そろそろ見回りに行くと言うガイアスに、おやすみと言いかけてミアが最後の質問をする。
「俺、今日このままガイアスのベッドで寝ていい?」
「ああ、もちろんだ。いつもそうしてるだろう?」
「うん。でもガイアスが夜いないことってあんまりないから、眠れるかな?」
 つい甘えた声になってしまった。もう電話を切らなければいけないと思うと寂しくなって、油断するとクゥーンと鳴いてしまいそうだ。
「ミア、明日は抱き合って寝よう。今日だけ我慢してくれ」
「うん」
『いい子だ。おやすみ、俺のミア……っおい! お前らいつからッ』
「わッ、どうしたの?」
『ミア、すまない。また明日ッ…ガチャンッ、……」
 唖然としていたが、少しして電話を受話器に掛ける。きっとガイアスの部下であるマックスとケニーがこっそり隊長室に入ったのだろう。
「ふふっ……」
 二人を追いかけるガイアスを想像すると笑えてきて、寂しい気持ちが和らいだ。
「明日の朝は頑張るぞ」
 今の事件で相当ストレスが溜まっているだろうから……と、ミアは彼を甘い物で癒すため早々に布団へ入った。

「おはようございます」
「ミア様おはようございます。話は聞きましたよ!」
 約束していた朝五時半に調理場へ行くと、料理長と見習いである青年が朝の挨拶をした。昨夜はいなかった青年だったが、ミアがガイアスの為にクッキーを作ることは既に知っているようで、張り切って用意をしてくれていた。
「おはよう二人とも。まずは何をするの?」
 手を洗い、用意してあった白いエプロンを身に着ける。青年の計らいでお揃いの帽子も頭に被り、すっかりシェフ気分だ。
「さて、まずは生地を作りましょうか」
 手際よくバターとグラニュー糖を混ぜていく料理長。ミアも用意された材料を見様見真似で混ぜていく。
 言われたタイミングで卵黄を入れて、ガイアスが好きだからとみじん切りしたナッツも追加する。
「ここにある粉を入れて、なじんできたら成形して冷蔵庫へ入れましょう。三十分は置くので、型とラッピングの準備をしましょうか」
「うん。持ってきたよ」
 ミアは昨夜ここで披露した狼の型を広げる。すると見習いの青年が驚いた声を出した。
「おお! ミア様やりますね。『自分を食べて』ってことですか? いてっ!」
 お決まりのゲンコツが青年の頭に落ち、彼は大げさに痛がって料理長を睨んだ。
「何するんっすか! いってぇ~!」
「変なこと言うんじゃない」
「だって、これってミア様っすよね? ニコニコしててそっくりじゃないっすか」
 ミアは型を見下ろす。自分はこんなに朗らかな顔で笑っているのだろうか……? そもそも狼とは言っても形は人間であり、違うのはふさふさの耳と尻尾があるくらいだ。
「ガイアスもそういう意味に捉えるかな?」
「え! そ、そんなことは……ない、と思いますが」
 いつも仲良しなミアとガイアスを見ている料理長。ガイアスがこのクッキーを見て何も思わない……とは言い切れなかった。
「やっぱり、丸と四角の型にしようかな。なんか恥ずかしいし」
 ミアはせっかく用意した可愛らしい型を自分の背に隠してしまった。
 ミアは昨日から準備し、この型を使うとはりきっていたのだ。料理長としては、主人であるガイアスにこれを見て喜んでほしい。
「こいつは頭がおかしいんで、すぐそういう発想になるだけです! ガイアス様にはミア様のご用意された型を使うべきです」
「……はい」
 料理長は食い気味にミアに詰め寄る。その気迫にミアはつい頷いたのだった。

「よし、これで全部だね」
「これだけあれば隊員の方達にも行き渡るでしょう」
 ミアはお世話になっている第七隊の皆にもぜひ配りたいと、大量のお菓子を焼いた。
 三人で話をしながらラッピングをしていく。
 他の隊員へは丸や四角といった無難な形をしたものを青の袋へ。そして、ガイアスの分は分かりやすいようにと1つだけ黄色い袋にし、リボンにメッセージを通した。
 その内容は、『ガイアスお仕事お疲れ様。クッキーの形だけど、深読みしないでね。ミア』というものだ。深く考えられては困るので先手を打つ作戦だ。
「さぁ、このバスケットに入れてガイアス様にお渡ししましょう」
「一番上にガイアスのを置いとくね。メッセージもあるしすぐに気づくと思う」
「完璧ですね。では、そろそろお着替えを。ガイアス様がお帰りになるお時間でしょう」
「あ、本当だ! 二人とも本当にありがとう。忙しいのに我儘言ってごめんね」
 ミアが感謝を込めて二人の顔を見る。
「ミア様、俺も楽しかったです! ほら、仏頂面のおじさんとばっかいると疲れるから……いてっ!」
「お前は一言余計なんだよ」
 愉快な掛け合いを見て笑いつつ、バスケットを執事に預けて着替えるために二階へ上がった。

 着替えてすぐ玄関近くに控える。少しするとガイアスが馬車で帰ってきたのだと分かった。
「ガイアス、お帰り!」
 玄関の扉が開く前に飛び出して抱き着くと、ガイアスは驚きつつも嬉しそうに笑った。
「ミアおはよう。早起きだな。寝ているかと思った」
「ガイアスが頑張ってるのに、のんきに寝てるわけないだろ」
「優しい伴侶で嬉しいよ」
 ガイアスはミアをひょいっと持ち上げると、抱っこしたまま屋敷へ入った。

 ガイアスは本当に着替えに帰っただけなようで、食事も取らずすぐに戻るらしい。乗ってきた馬車も外で待機させたままだ。
「ミア、夕方に会おう」
「うん! 待ってるね。あ、ちょっと待って。これ……」
「ん? どうしたんだ」
 ガイアスはシンプルで大きなバスケットを見て頭をひねる。
「これクッキーだよ。習いながらだけど、俺が作ったんだ」
「ミア。甘い匂いがすると思ったら、これだったのか」
 耳の付け根辺りをスンスンと嗅がれ、むず痒くて耳がピルピルと動いてしまう。
「ありがとう。隊の皆へか?」
「うん! でも、一番上にある黄色の袋はガイアス専用だよ。メッセージ付きだから読んでから食べて」
「分かった。ミア、おいで」
 見送りということで使用人の皆が玄関にズラリと並んでいる。彼らは、ミアとガイアスがハグをしキスする姿を微笑ましく見ていた。
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