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<リエンちゃん、五歳の誕生日おめでとう!!>
生まれてはじめて姉さまに祝ってもらった誕生日。姉さまはようやく準備ができた、と満面の笑みで小部屋で言った。ゆっくり表層に浮上しようとする意識がそのいつぶりに見たかわからない素敵な笑顔に引き留められて、ぎゅっと抱き締められた。
<準備?>
<プレゼントだよ!どんなものかは目覚めてみてからのお楽しみ>
<え……いつの間に?>
目覚めてからということは現実にプレゼントがあるということだ。姉さまだから嘘じゃないと思うけど、そんなものを用意する暇なんてあったのか……と首をかしげて、ようやく、昨日一日姉さまと入れ代わっていたことを思い出した。
<その時に?>
<うん。気づかれないようにするの大変だったー。私自身に体があればもっとたくさんできるのにさ、去年はそれどころじゃなかったし>
最近、前みたいに疲れて一日姉さまと入れ代わって、心の底で休んだりして小部屋にもいられないことが多かった。姉さまはその隙をついてこっそり準備を進めてくれていたらしい。もうその話だけで泣きそうなんだけど。
<ふふふ。だーめ、泣かないで。泣くのはプレゼント見てからよ>
ぷにっとほっぺをつままれて思わず笑ってしまった。最近の姉さまはよく<ほっぺ気持ちいいー>ってぷにぷにすることが多い。姉さまが喜ぶならいくらでもつまんでもらってもいいのだけれど、今日はプレゼントが気になる。
いつもなら負けん気で起きるけど、今日は久しぶりに幸せに起きられそうだった。
最近、あれだけ寒かった朝夕がだんだん暖かくなってきて、日の巡りもゆっくりとしてきた。姉さまが「春」って呼ぶ季節。それが私の生まれた日。
ぱっちり目覚めると、天蓋をぼんやり見上げて目を闇に慣れさせた。
分厚いカーテンの隙間から薄く光が差している。ぴろぴろと朗らかな鳥の鳴き声も聞こえてきた。起き上がって重いカーテンを開くと少し目が眩んで、それでも立ち去りがたくてぼうっと窓を見つめた。
窓に水滴がついているのは、結露というらしい。仕組みまで教えてくれたのは姉さまだ。姉さまはなんでも知っていて、字が読めないからって、本の代わりにたくさんのことを教えてくれる。ネフィルの言う「常識」とは少しずれているらしいけど、姉さまがまあいいかと笑ってるから、私も知らない。
曇った窓の奥に、見慣れた庭が見える。元は物置小屋だったらしいあの部屋の庭みたいに荒れてないけど、ちゃんとした手入れもされていない庭。どこにどんなものが咲いてどんな実がなるのか、多分ちゃんと知ってるのは私と姉さまだけ。毒入りのごはんが出されるようになってから、痩せてしまわないように必死に食べれるものを探し回ったから。
私付きって言ったのに、食事の時しかろくにこの部屋に来ることもなく、姉さまが見つけてくれた呼び鈴を鳴らしても無視する侍女たち。居室の掃除も洗濯も全部私がやって、最初の頃は慣れないことだし体力ないしでへろへろに疲れたんだった。
でも逆にありがたいこともある。暖炉でとかげを焼くとき人目を気にしなくていいし、雨上がりの庭で泥だらけになっても、嫌な顔してるのを見なくてすむ。ほんのちょっとでも気を使わなくてもいいって言うのはすごい楽だ。
まあその分、仕事をしてないあの人たちは普段何をやってるんだろうって思うけど。姉さまは「給料泥棒」とか言ってたな。
おっと。いても邪魔なだけの愚かな侍女たちのことはどうでもいい。
「プレゼントー」
振り返って明るくなった寝室の中を見渡す。寝台の横のテーブルに、見慣れない布包みがあった。
「これかなぁ……?」
結構前に姉さまが風呂敷~便利な風呂敷~って歌いながら布をちょきちょき切っていたのを思い出す。この包みもプレゼントのひとつ?
<そうだねー、もしいいなら、荷物包んだり地面に敷いたりしてさ、これから暖かくなるし庭で日向ぼっこしながらごはんも食べられるよー>
とてつもなく素晴らしい意見なのでいつかやりたいと思った。
「わあ……!」
風呂敷を開いてすぐにそれがなにかわかった。
「姉さま、これ……」
<気づいた?>
「いいの?これ」
<あったり前だよ>
小部屋のなかで姉さまはくすくす笑ってる。私も思わず笑ってしまった。
そのプレゼントを持ち上げて、日の光に翳す。絹の光沢がきらきらと柔らかく光を纏って、とてもきれいだった。
薄青の、居間に飾ってあるおかあさまの肖像画と同じ形のドレス。フリルと言うらしい袖や襟のひらひらは白色で、鮮やかな青い糸や宝石で縫い止められている。胸元には花を模した大きめの淡い緑の宝石があしらってあって、爽やかな雰囲気ながら可愛らしさもある。ゆったり伸びたスカートの部分はだんだん濃い青になっていっていて、裾は金糸で蔓草模様がぐるっと囲んでいる。
クローゼットルームに見つからなかったから、捨てられたのだと思ってた。
<それねぇ、実はワンピースとして保存されてたのよ>
姉さまが驚くべきことを教えてくれた。
<宝石は全部取り外されて宝石箱に入ってたし、腰から下の濃い青の部分は刺繍ごと取り外されてスカーフの場所に安置。そりゃ見つかんないよなー>
まさか分解された状態だったとは。
「どうしてそんなこと」
<さあ、私もよくわからない。もしかしたらもともとこうして着回しするものだったのかもしれないけど……似た系統のワンピースはたくさんあるから違うかな?なら、逆の発想もありだね>
「逆って?」
想像できなくて姉さまに聞くと、とても優しい声で言われた。
<ドレスとして着れなくなって捨ててしまうのが嫌なくらい、それだけこのドレスが大切だった。もしそうなら、そんなドレスがリエンちゃんの手元にあることはとてもいいことだと思ったんだ>
おかあさまの部屋で過ごしていると、だんだんおかあさまのいた頃の名残を見つけて嬉しくなるときがある。可愛らしいけれど地味な小物とか、クローゼットルームにある似た系統の色や型の服。宝石箱にしまわれた、女王陛下がつけていたものとは違って大人しいデザインのネックレスや指輪。
目の前におかあさまはいないし、誰もおかあさまのことなんて話してくれない。
だから今、おかあさまが本当に好きだったものがわかってとても嬉しくなった。
<ね、リエンちゃん。これね、裾上げしてるから、今でも着られるし、大きくなっても再調整すれば着られるんだ。着替えてさ、おかあさまの前にお披露目しよう。大きくなったリエンちゃんを見せてあげよう>
「うん。ありがとう、姉さま。とっても嬉しい!」
この瞬間に薄青い色も好きになった。
そしてこの次の年も、その次の年も……。毎年毎年、誕生日にはおかあさまの絵の前でそのドレスを着ることになる。
ドレスに感動して小躍りしていたら、姉さまがまだ他にもあるよ、と苦笑気味に教えてくれた。え、と思ってテーブルを見ると、確かに風呂敷にはまだ何か入っている。それだけ喜んでしまったことがなぜだか恥ずかしかった。
結局誕生日のプレゼントは、おかあさまのドレス、みかんののはちみつ漬けの小瓶、散策しやすいようにと動きやすい半ズボンとシャツだった。
<はちみつはねぇ、侍女が持ってくる食事で調味料はまともだったからね、使うふりしてためてた分だよ>
みかんは庭に自生していたのを集めたらしい。この間初めて食べて酸っぱいって諦めてたのを姉さまは覚えていてくれてたようで、これなら食べれるよ、と言ってくれた。
実は最近になってようやく耐性がついてきたのか、侍女たちが持ってくる毒入り料理をまともに食べられるようになった。
侍女たちのろくでもないところは、毒が入ってないごはんも普通に出して、こちらの反応を楽しむところだ。毒が入ってるんじゃないかってびくびくしてるのをにやにや笑いながら見て、どうしたんですか冷めますよって煽る。毒が入ってるときも似たようなことをするけれど、そちらは最初から愉快そうなので、毒入りかそうでないかの見分けもつくようになった。
今は、わざと侍女の期待通りに動いてる。まだ楽しんでるうちは下衆たちは他になにもしようとしないだろうって姉さまが言った。私も、侍女たちは私で遊んでるんだから、毒が効かないとなると次に何をするかわからないので素直に従った。少なくとも私の反応に飽きるまではずっと毒入りのごはんを出してくるだろう。それを演技するだけして、証拠としてごはんも残さなきゃいけないからもったいないのだけど。庭が意外に食糧の宝庫だから、なんとかなってる。
散策用のズボンとシャツは、これもおかあさまの服をちょきちょきして作ったものらしい。襟から赤いリボンを通して結ぶのが唯一のおしゃれ。着てみたらほんとに動きやすかった。姉さまのお願いでクローゼットルームの姿見の前で、背中の中程まで伸びた髪まで紐でくくったら、
<可愛い!リエンちゃん可愛い!!まじ天使!>
って大興奮で言われてちょっと引いた。
<もうちょっと上の部分で結んだらきりってして男の子みたいに見えるね、これなら後宮も少しは歩きやすくなるよ。外宮にだって行けるかも>
「そっか。男の子なら、あまり見られないもんね」
基本男子は入っちゃいけないと思われた後宮だけど、警備で私の部屋の前にいる兵士さんや、ちょっとお使いに出されて監視がつく小さい男の子とか、意外にいる。
いつからか後宮内をぐるぐる歩き回ってるときに気づいたことだ。
前の部屋だと出たら女王陛下がすっ飛んできたけど、今となってはあの人、私のことなんて忘れてるんだろう。庭だけじゃなくて建物のなかも自由に歩き回って、色んな視線にさらされたり、隠れて色んな話を盗み聞く。文字が読めないなら耳だけでも肥やすしかないのだ。いつかここから出ていくときに、勝つときに私に一番必要なのは、情報だ。
だから歩き回りながら今女王陛下がどんな風に過ごしてるとか、生まれてもう一歳になるらしい王子がどれだけ可愛いかって話をよく聞く。そのまますくすく育って母親に似ない王さまになってくれって姉さまと二人で願った。
体力もついてきたから、最近ようやく後宮内の全体を把握することができた。どこが暇のできた侍女の溜まり場かとか、どこからが女王陛下のすみかかなのかとかもばっちり確認。触らぬ神ならぬゴミに祟りなし。
<……リエンちゃん、最近思うんだけど、口悪くなってない?>
「そうかな?」
<ああ……うん私のせいだよねわかってる。話できる相手私しかいないから真似するしかないよね。……ごめんネフィル。私には無理だ>
姉さまが何を言いたいのかよくわからないけど、とりあえずこれからは男の子の格好でならもっと無能な侍女たちの目を掻い潜って好き勝手できるかもしれない。
それに姉さまは外宮って言った。男の子の格好ならもしかしたら後宮から出られるかもしれない。外宮にも、ここの人たちをこてんぱんに負かすための情報があるなら行きたい。
期待が膨らんだ五歳の誕生日だった。
でもそれとは別に。
「姉さま、ありがとう」
<どうしたの?>
「私を助けてくれてありがとう。お祝いしてくれてありがとう。生きてていいよって言われてるみたいで、とても嬉しいの」
<私こそ。生まれてきてくれてありがとう、リエンちゃん。頼ってくれてありがとう。一緒にまた頑張ろう>
どうして幸せってこんなにふわふわして淡いものなんだろう。苦しみはなにもしなくても毎日やって来るのに、幸せは頑張らないとやってこない。
耐えてよかった。ぎりぎりまで、毎日すり減らしてまで頑張ってよかった。
今日は私の生まれた日。
この朝のわずかなひとときでも。一日じゃなくていいから。
ほんのちょっとだけでも幸せが続きますように。
生まれてはじめて姉さまに祝ってもらった誕生日。姉さまはようやく準備ができた、と満面の笑みで小部屋で言った。ゆっくり表層に浮上しようとする意識がそのいつぶりに見たかわからない素敵な笑顔に引き留められて、ぎゅっと抱き締められた。
<準備?>
<プレゼントだよ!どんなものかは目覚めてみてからのお楽しみ>
<え……いつの間に?>
目覚めてからということは現実にプレゼントがあるということだ。姉さまだから嘘じゃないと思うけど、そんなものを用意する暇なんてあったのか……と首をかしげて、ようやく、昨日一日姉さまと入れ代わっていたことを思い出した。
<その時に?>
<うん。気づかれないようにするの大変だったー。私自身に体があればもっとたくさんできるのにさ、去年はそれどころじゃなかったし>
最近、前みたいに疲れて一日姉さまと入れ代わって、心の底で休んだりして小部屋にもいられないことが多かった。姉さまはその隙をついてこっそり準備を進めてくれていたらしい。もうその話だけで泣きそうなんだけど。
<ふふふ。だーめ、泣かないで。泣くのはプレゼント見てからよ>
ぷにっとほっぺをつままれて思わず笑ってしまった。最近の姉さまはよく<ほっぺ気持ちいいー>ってぷにぷにすることが多い。姉さまが喜ぶならいくらでもつまんでもらってもいいのだけれど、今日はプレゼントが気になる。
いつもなら負けん気で起きるけど、今日は久しぶりに幸せに起きられそうだった。
最近、あれだけ寒かった朝夕がだんだん暖かくなってきて、日の巡りもゆっくりとしてきた。姉さまが「春」って呼ぶ季節。それが私の生まれた日。
ぱっちり目覚めると、天蓋をぼんやり見上げて目を闇に慣れさせた。
分厚いカーテンの隙間から薄く光が差している。ぴろぴろと朗らかな鳥の鳴き声も聞こえてきた。起き上がって重いカーテンを開くと少し目が眩んで、それでも立ち去りがたくてぼうっと窓を見つめた。
窓に水滴がついているのは、結露というらしい。仕組みまで教えてくれたのは姉さまだ。姉さまはなんでも知っていて、字が読めないからって、本の代わりにたくさんのことを教えてくれる。ネフィルの言う「常識」とは少しずれているらしいけど、姉さまがまあいいかと笑ってるから、私も知らない。
曇った窓の奥に、見慣れた庭が見える。元は物置小屋だったらしいあの部屋の庭みたいに荒れてないけど、ちゃんとした手入れもされていない庭。どこにどんなものが咲いてどんな実がなるのか、多分ちゃんと知ってるのは私と姉さまだけ。毒入りのごはんが出されるようになってから、痩せてしまわないように必死に食べれるものを探し回ったから。
私付きって言ったのに、食事の時しかろくにこの部屋に来ることもなく、姉さまが見つけてくれた呼び鈴を鳴らしても無視する侍女たち。居室の掃除も洗濯も全部私がやって、最初の頃は慣れないことだし体力ないしでへろへろに疲れたんだった。
でも逆にありがたいこともある。暖炉でとかげを焼くとき人目を気にしなくていいし、雨上がりの庭で泥だらけになっても、嫌な顔してるのを見なくてすむ。ほんのちょっとでも気を使わなくてもいいって言うのはすごい楽だ。
まあその分、仕事をしてないあの人たちは普段何をやってるんだろうって思うけど。姉さまは「給料泥棒」とか言ってたな。
おっと。いても邪魔なだけの愚かな侍女たちのことはどうでもいい。
「プレゼントー」
振り返って明るくなった寝室の中を見渡す。寝台の横のテーブルに、見慣れない布包みがあった。
「これかなぁ……?」
結構前に姉さまが風呂敷~便利な風呂敷~って歌いながら布をちょきちょき切っていたのを思い出す。この包みもプレゼントのひとつ?
<そうだねー、もしいいなら、荷物包んだり地面に敷いたりしてさ、これから暖かくなるし庭で日向ぼっこしながらごはんも食べられるよー>
とてつもなく素晴らしい意見なのでいつかやりたいと思った。
「わあ……!」
風呂敷を開いてすぐにそれがなにかわかった。
「姉さま、これ……」
<気づいた?>
「いいの?これ」
<あったり前だよ>
小部屋のなかで姉さまはくすくす笑ってる。私も思わず笑ってしまった。
そのプレゼントを持ち上げて、日の光に翳す。絹の光沢がきらきらと柔らかく光を纏って、とてもきれいだった。
薄青の、居間に飾ってあるおかあさまの肖像画と同じ形のドレス。フリルと言うらしい袖や襟のひらひらは白色で、鮮やかな青い糸や宝石で縫い止められている。胸元には花を模した大きめの淡い緑の宝石があしらってあって、爽やかな雰囲気ながら可愛らしさもある。ゆったり伸びたスカートの部分はだんだん濃い青になっていっていて、裾は金糸で蔓草模様がぐるっと囲んでいる。
クローゼットルームに見つからなかったから、捨てられたのだと思ってた。
<それねぇ、実はワンピースとして保存されてたのよ>
姉さまが驚くべきことを教えてくれた。
<宝石は全部取り外されて宝石箱に入ってたし、腰から下の濃い青の部分は刺繍ごと取り外されてスカーフの場所に安置。そりゃ見つかんないよなー>
まさか分解された状態だったとは。
「どうしてそんなこと」
<さあ、私もよくわからない。もしかしたらもともとこうして着回しするものだったのかもしれないけど……似た系統のワンピースはたくさんあるから違うかな?なら、逆の発想もありだね>
「逆って?」
想像できなくて姉さまに聞くと、とても優しい声で言われた。
<ドレスとして着れなくなって捨ててしまうのが嫌なくらい、それだけこのドレスが大切だった。もしそうなら、そんなドレスがリエンちゃんの手元にあることはとてもいいことだと思ったんだ>
おかあさまの部屋で過ごしていると、だんだんおかあさまのいた頃の名残を見つけて嬉しくなるときがある。可愛らしいけれど地味な小物とか、クローゼットルームにある似た系統の色や型の服。宝石箱にしまわれた、女王陛下がつけていたものとは違って大人しいデザインのネックレスや指輪。
目の前におかあさまはいないし、誰もおかあさまのことなんて話してくれない。
だから今、おかあさまが本当に好きだったものがわかってとても嬉しくなった。
<ね、リエンちゃん。これね、裾上げしてるから、今でも着られるし、大きくなっても再調整すれば着られるんだ。着替えてさ、おかあさまの前にお披露目しよう。大きくなったリエンちゃんを見せてあげよう>
「うん。ありがとう、姉さま。とっても嬉しい!」
この瞬間に薄青い色も好きになった。
そしてこの次の年も、その次の年も……。毎年毎年、誕生日にはおかあさまの絵の前でそのドレスを着ることになる。
ドレスに感動して小躍りしていたら、姉さまがまだ他にもあるよ、と苦笑気味に教えてくれた。え、と思ってテーブルを見ると、確かに風呂敷にはまだ何か入っている。それだけ喜んでしまったことがなぜだか恥ずかしかった。
結局誕生日のプレゼントは、おかあさまのドレス、みかんののはちみつ漬けの小瓶、散策しやすいようにと動きやすい半ズボンとシャツだった。
<はちみつはねぇ、侍女が持ってくる食事で調味料はまともだったからね、使うふりしてためてた分だよ>
みかんは庭に自生していたのを集めたらしい。この間初めて食べて酸っぱいって諦めてたのを姉さまは覚えていてくれてたようで、これなら食べれるよ、と言ってくれた。
実は最近になってようやく耐性がついてきたのか、侍女たちが持ってくる毒入り料理をまともに食べられるようになった。
侍女たちのろくでもないところは、毒が入ってないごはんも普通に出して、こちらの反応を楽しむところだ。毒が入ってるんじゃないかってびくびくしてるのをにやにや笑いながら見て、どうしたんですか冷めますよって煽る。毒が入ってるときも似たようなことをするけれど、そちらは最初から愉快そうなので、毒入りかそうでないかの見分けもつくようになった。
今は、わざと侍女の期待通りに動いてる。まだ楽しんでるうちは下衆たちは他になにもしようとしないだろうって姉さまが言った。私も、侍女たちは私で遊んでるんだから、毒が効かないとなると次に何をするかわからないので素直に従った。少なくとも私の反応に飽きるまではずっと毒入りのごはんを出してくるだろう。それを演技するだけして、証拠としてごはんも残さなきゃいけないからもったいないのだけど。庭が意外に食糧の宝庫だから、なんとかなってる。
散策用のズボンとシャツは、これもおかあさまの服をちょきちょきして作ったものらしい。襟から赤いリボンを通して結ぶのが唯一のおしゃれ。着てみたらほんとに動きやすかった。姉さまのお願いでクローゼットルームの姿見の前で、背中の中程まで伸びた髪まで紐でくくったら、
<可愛い!リエンちゃん可愛い!!まじ天使!>
って大興奮で言われてちょっと引いた。
<もうちょっと上の部分で結んだらきりってして男の子みたいに見えるね、これなら後宮も少しは歩きやすくなるよ。外宮にだって行けるかも>
「そっか。男の子なら、あまり見られないもんね」
基本男子は入っちゃいけないと思われた後宮だけど、警備で私の部屋の前にいる兵士さんや、ちょっとお使いに出されて監視がつく小さい男の子とか、意外にいる。
いつからか後宮内をぐるぐる歩き回ってるときに気づいたことだ。
前の部屋だと出たら女王陛下がすっ飛んできたけど、今となってはあの人、私のことなんて忘れてるんだろう。庭だけじゃなくて建物のなかも自由に歩き回って、色んな視線にさらされたり、隠れて色んな話を盗み聞く。文字が読めないなら耳だけでも肥やすしかないのだ。いつかここから出ていくときに、勝つときに私に一番必要なのは、情報だ。
だから歩き回りながら今女王陛下がどんな風に過ごしてるとか、生まれてもう一歳になるらしい王子がどれだけ可愛いかって話をよく聞く。そのまますくすく育って母親に似ない王さまになってくれって姉さまと二人で願った。
体力もついてきたから、最近ようやく後宮内の全体を把握することができた。どこが暇のできた侍女の溜まり場かとか、どこからが女王陛下のすみかかなのかとかもばっちり確認。触らぬ神ならぬゴミに祟りなし。
<……リエンちゃん、最近思うんだけど、口悪くなってない?>
「そうかな?」
<ああ……うん私のせいだよねわかってる。話できる相手私しかいないから真似するしかないよね。……ごめんネフィル。私には無理だ>
姉さまが何を言いたいのかよくわからないけど、とりあえずこれからは男の子の格好でならもっと無能な侍女たちの目を掻い潜って好き勝手できるかもしれない。
それに姉さまは外宮って言った。男の子の格好ならもしかしたら後宮から出られるかもしれない。外宮にも、ここの人たちをこてんぱんに負かすための情報があるなら行きたい。
期待が膨らんだ五歳の誕生日だった。
でもそれとは別に。
「姉さま、ありがとう」
<どうしたの?>
「私を助けてくれてありがとう。お祝いしてくれてありがとう。生きてていいよって言われてるみたいで、とても嬉しいの」
<私こそ。生まれてきてくれてありがとう、リエンちゃん。頼ってくれてありがとう。一緒にまた頑張ろう>
どうして幸せってこんなにふわふわして淡いものなんだろう。苦しみはなにもしなくても毎日やって来るのに、幸せは頑張らないとやってこない。
耐えてよかった。ぎりぎりまで、毎日すり減らしてまで頑張ってよかった。
今日は私の生まれた日。
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