孤独な王女

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はじめの角を曲がる

お勉強①

 それから、毎日どこかで時間を見つけては隠し部屋で時間を過ごすことが増えた。

 オルゴールを飽きるほど鳴らしながら果物の字の書き方を覚えて、純粋に絵本を絵だけで楽しんだり、子ども用の服も見つかったりしたから着てみたり。
 あの侍女の絵がついたものは、お辞儀をしていたりぴんっと立っている姿を描いてあったりして、<礼儀作法の練習になるかも>という姉さまの一声で、参考に立ち居振舞いを学んだりした。
 隠し部屋には姿見もあった。子どもらしくて小さいもの。鏡でおかあさまの遺してくれた服を着たり姿勢を整えたりして、髪飾りもつけたり変な顔をしたりして楽しんだ。





 あの侍女たちバカだけど、いつも寝室に鍵をかけてたら怪しまれるかも、ということで、隠し扉を直してからいつも地下に降りた。仕掛けを解く鍵が扉の裏側についてたから、隠し扉としての念の入れように驚いたりしたのは余談だ。

 姉さまは<これこそ秘密基地だ!>って目を輝かせてた。この時ようやく秘密基地の意味を知った。








 そんな日が続いたある日の朝のことだった。

 食事に盛られた毒が効いてないのがとうとうばれてしまった。

 侍女たちはぽかんとした顔で平然とごはんを食べる私を見つめていて、あ、やっちゃった、と思った。毒入りだったのかこれ。でも今さら残すのもったいないし完食しようと開き直って、初めてぺろりと平らげた。ああ、おいしかった。お腹いっぱい。

 いつもなら嘲笑を浮かべて毒の効きを待ってる間に、やれ作法がなってないだの醜い食べ方だの、最近増えてきたのは王子はちゃんとしてるのにっていう、とりあえず私を追い詰めたい言葉をつらつらと話すのだけど、この日はその「遊び」も忘れたようにじいっと私を見ていた。ここまで静かにごはんを食べられたのも久々かも。
 にしても仕事もろくにせず部屋にいないと思ったらあなたたち王子の方にかまけてたわけ。立派な心がけですこと。

 その日は結局昼ごはんも晩ごはんもそのまま出された。
 全部ぺろりと平らげた。
 侍女たちが一日中夢か幻かとかいう顔してたのが滑稽だった。結局私自身がぼろを出すまで気づかないなんて。
 あと最近、あの本を読んだから私の姿勢がよくなったことに気づいたのか、部屋に入った瞬間に私の方を見て固まることもあった。あれはよく分からないけど、まあアホ面を見れただけよしとしよう。

 さすがにこの日から数日は、隠し部屋に籠らず後宮内をうろつき回って毒が効かないなら次に何をするのか探った。同じようにご飯になにか盛るのか、他のものに手を出すのか……。 
 警戒しても足りない。正直、大切なものは全部隠し部屋に隠してしまいたかった。あそこは、私と姉さまの秘密基地だから。

 でももし隠し部屋が見つかったら?
 ふと恐怖する。
 あそこは秘密基地だけど、それ以上におかあさまの愛が形になった、たくさんつまった私だけの宝箱。あの屑たちにくれてやるものなんて何一つないんだ。
 奪われたら。壊されたら。踏みにじられたら。
 反抗できずに嘆き悲しむ私の姿はあの侍女たちの悪意を満たすだろう。

 ……知られてはいけない。見つかってはいけない。感づかれてはいけない。わずかたりとも隙を見せるわけには、いかない。

 うっかりですまされない事態に今さら気づいて、今さら戦慄する。

 けど、運が良かったのは、侍女たちが普段食事の時にしか私と関わってこなかったことだ。だから私の大切なものを知らない。普段私がどうしてるかなんて、欠片も興味なかったに違いない。
 今さら私の行動パターンを知ろうとするなら、ちょうどいい。

 それこそ大胆に。盛大に。
 ……踊らせてやる。







☆☆☆





 私が毒にのたうち回るのを見れなくなって気に入らないのか、とうとう行き当たりばったりの芸のない嫌がらせが始まった。

 手始めは浴室やトイレ汚し。
 居間以外めったに部屋に入らないくせに珍しく浴室から出てきたからなんだと思ったら、浴槽に塗料がぶちまけられていた。トイレには汚物がつまって異臭。

 初めて見たときは、呆気にとられた。
 侍女たちは立ち尽くす私を見てにやにや顔を取り戻していたが、それどころではない。とことん呆れた顔をしなかっただけましだ。
 ここまで頭が沸いてるとは思っていなかった。
 あなたたち自分がどんな立場で後宮にいるか忘れてない?侍女でしょ?
 普通に考えたら自分たちの仕事を増やしているようにしか見えないんだけど。
 よくぞここまで仕事に責任も持たずに生きてこられたなと、真剣に感心した。ほんとにこの国大丈夫なのかな。
 私に侍女の真似事をさせて王女としての価値を貶めたいのだろうが、自分たちの存在意義や価値を貶めていることにも気づかないとか。どれだけ間抜けな連中なんだ。
 そしてすでに掃除洗濯を一人でしていた私にとって、侍女たちのいたずらは何の効果もなさなかった。

 他にやられたことと言えば、外に干していた洗濯物に水をぶちまけられたりとか泥をぶつけられたり。どうせ大きなシーツだけだったし使えればいいからこれも効果なし。というか行動が幼稚すぎる。面と向かってせせら笑ってみたかったけど煽るのはさすがに怖いのでやめた。でももうすぐ六歳になる、常日頃蔑んでいる子どもに幼稚って言われるのってどんな気持ちなのか知りたくなったりする。

 最近ナヅミ姉さまはそんな私の独白を聞いては<ごめん、ごめんなさい>と何かに対して謝ってる。

<……いや、完璧に私の影響だからさ。口悪くなってるし、性格もひねくれ始めてしまった……>

 ナニヲイッテルノカヨクワカラナイ。 






 最後に、諦めたのか次の手段に及ぼうというのか、寝室に人の入った形跡を見つけたときはぞっとした。けれど仕掛けを見抜いた訳ではなさそうでほっとする。寝台の下に隠していた姉さまからのプレゼントはとっくに隠し部屋に仕舞っておいたし、外に盗られて困るものは置いてない。

 とにかく私が嫌いなのはわかったから、無意味ないたずらはやめればいいのに。








 二週間ほど経って、昼に散策に出ていくように見せかけて、庭を伝って寝室の窓から部屋に戻った。
 用心しいしい隠し扉を開けて、裏側に潜む。この扉は鍵もそうだがとことん気が利いていて、隠し扉の一部分は部屋の中が壁紙から透けて見えるようになっている。
 いい加減、誰が何のために寝室に出入りしているのか知りたかった。誰かが侵入した痕跡はあるのにいたずらを仕掛けた様子はなかったからだ。

 このところずっと、昼のこの時間帯は散策に当てていた。わざと人目につくところに出たり、侍女たちの溜まり場を見つけてこっそり聞き耳をたてたり。どのみちこの部屋にいたことがないから、侍女たちは今も私が部屋の外にいるのだと思っているのだろう。
 そう待つことなく、居間から寝室への扉がためらいなく開かれた。
 堂々と入ってきたのは私付きの侍女の一人。

(……)

 呼吸が控えめになる。侍女はこちらがずっと観察していることも知らず、慣れたように堂々と部屋を闊歩する。

<常習犯だね。この侍女なのは確定かな>
(みたいだね。……あ、え?)

 さっき私が入った窓の鍵が侍女によって開けられる。その影からひょこりと現れたのは……一人の若い男。確か、見覚えがある……。

<アーロン・コンティ!!>

 侍女たちの噂話で最近の注目を集める、ネフィルと同じくらいの歳の男。
 女王陛下の信頼篤く、王子の教育係に任命されたという男。

 ひゅっと息が鳴った。

 これまでずっと直接手出ししてこなかった、女王陛下が。

 ……その手駒が、私の部屋を人目を忍ぶように訪れた。                
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