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第二章:懊悩の足枷
懊悩の足枷 6
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認めたくはないけれど、自分の中に焦りが生まれているのを自覚してしまう。
普段であれば、絶対に気にすることもないはずの日常の会話。
後輩である三人が同じ教室でただ話をしていただけなのに、私はそれに対して苛立ちを覚え逃げ出してしまった。
「……はぁ」
階段の踊り場で立ち止まり、大きく息をつきながら壁に寄り掛かる。そのまま上を見上げて、また一つため息をこぼした。
星咲さんが最終選考の報告をしたあの瞬間から、自分の中で嫌な変化が起きている。
認めたくはないから、気が付かない振りをして自分をごまかしていたけれど、これではっきりしてしまった。
――私は星咲さんに嫉妬している。それに……。
一方的な、嫌悪感。憎しみまで、星咲さんへ対して抱いている自分が存在している。
理性では、それが間違った感情であることくらいわかっている。
今日まで執筆を続けてきて、それなりには作品を作り上げてきて、それでもまだ何一つ夢を叶えるための結果が出せていない。
その原因が、全て自分にあり他人に八つ当たりできるものでないことだって、わかってはいるのだけれど。
それでも、星咲さんの姿を見て、声を聞いて、誰かと談笑をするその余裕のある態度を目の当たりにすると、黒く濁った感情が汚泥のようにジワジワと胸の中に染み出してくるのが止められなくなる。
だから私は、あの場から逃げることで自制心を保った。
「……情けない」
己の未熟さに、つい自虐的な言葉が漏れる。
年長者である自分が、部員の中で一番醜い人間性を露呈してしまっている現実に、自己嫌悪してしまう。
手にしていた鞄を抱くようにして身体へ押し付け、チリチリとした頭の中の不快感を和らげるよう試みる。
そのまま瞼を閉じ十数秒静止していると、
「九条さん? 具合でも悪いの?」
不意に聞き慣れた声が下から聞こえ、私は反射的に目を開き声のした方へ顔を向けた。
「大丈夫? 辛いなら、先生が家まで送るわよ?」
部室へでも向かおうとしていたのか、階段を上りかけていた有野先生が心配そうな顔で立ち止まり、私のことを見つめていた。
「平気です。ちょっと寝不足で、立ち眩みを起こしただけですから」
適当な嘘をつきながら壁に預けていた背中を離し、下へおりるため先生へと近づいていく。
「部活には顔を出しましたし、今日はもう帰ります」
「ええ、それは構わないけど……本当に大丈夫なの? 寝不足って、執筆に根詰め過ぎてたりしてるんじゃない?」
擦れ違いざま、軽く頭を下げて通り過ぎようとする私を視線で追いかけ、有野先生はそう言葉を続けて呼び止めてきた。
「今月が締め切りのコンテストがありまして。それに向けて書いてる作品の完成が、ギリギリになりそうなんです」
「……そう。でも、珍しいわね。九条さんくらい書くのが速い人が締め切りに苦しめられてるなんて」
心配する有野先生の顔に、意外だという感情が上塗りされる。
その顔に苦笑を返してから、私は逃げるように視線を自分が踏みしめている階段へと落とした。
「別に、書くのが速いだけじゃ何の意味もありませんけどね。それに、今私が書いているのは一作だけじゃないので」
「え?」
認めたくはないけれど、自分の中に焦りが生まれているのを自覚してしまう。
普段であれば、絶対に気にすることもないはずの日常の会話。
後輩である三人が同じ教室でただ話をしていただけなのに、私はそれに対して苛立ちを覚え逃げ出してしまった。
「……はぁ」
階段の踊り場で立ち止まり、大きく息をつきながら壁に寄り掛かる。そのまま上を見上げて、また一つため息をこぼした。
星咲さんが最終選考の報告をしたあの瞬間から、自分の中で嫌な変化が起きている。
認めたくはないから、気が付かない振りをして自分をごまかしていたけれど、これではっきりしてしまった。
――私は星咲さんに嫉妬している。それに……。
一方的な、嫌悪感。憎しみまで、星咲さんへ対して抱いている自分が存在している。
理性では、それが間違った感情であることくらいわかっている。
今日まで執筆を続けてきて、それなりには作品を作り上げてきて、それでもまだ何一つ夢を叶えるための結果が出せていない。
その原因が、全て自分にあり他人に八つ当たりできるものでないことだって、わかってはいるのだけれど。
それでも、星咲さんの姿を見て、声を聞いて、誰かと談笑をするその余裕のある態度を目の当たりにすると、黒く濁った感情が汚泥のようにジワジワと胸の中に染み出してくるのが止められなくなる。
だから私は、あの場から逃げることで自制心を保った。
「……情けない」
己の未熟さに、つい自虐的な言葉が漏れる。
年長者である自分が、部員の中で一番醜い人間性を露呈してしまっている現実に、自己嫌悪してしまう。
手にしていた鞄を抱くようにして身体へ押し付け、チリチリとした頭の中の不快感を和らげるよう試みる。
そのまま瞼を閉じ十数秒静止していると、
「九条さん? 具合でも悪いの?」
不意に聞き慣れた声が下から聞こえ、私は反射的に目を開き声のした方へ顔を向けた。
「大丈夫? 辛いなら、先生が家まで送るわよ?」
部室へでも向かおうとしていたのか、階段を上りかけていた有野先生が心配そうな顔で立ち止まり、私のことを見つめていた。
「平気です。ちょっと寝不足で、立ち眩みを起こしただけですから」
適当な嘘をつきながら壁に預けていた背中を離し、下へおりるため先生へと近づいていく。
「部活には顔を出しましたし、今日はもう帰ります」
「ええ、それは構わないけど……本当に大丈夫なの? 寝不足って、執筆に根詰め過ぎてたりしてるんじゃない?」
擦れ違いざま、軽く頭を下げて通り過ぎようとする私を視線で追いかけ、有野先生はそう言葉を続けて呼び止めてきた。
「今月が締め切りのコンテストがありまして。それに向けて書いてる作品の完成が、ギリギリになりそうなんです」
「……そう。でも、珍しいわね。九条さんくらい書くのが速い人が締め切りに苦しめられてるなんて」
心配する有野先生の顔に、意外だという感情が上塗りされる。
その顔に苦笑を返してから、私は逃げるように視線を自分が踏みしめている階段へと落とした。
「別に、書くのが速いだけじゃ何の意味もありませんけどね。それに、今私が書いているのは一作だけじゃないので」
「え?」
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