遠い空のデネブ

雪鳴月彦

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第三章:不鮮明な苦悩

不鮮明な苦悩 3

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 話に乗っかってきたことを快く思ったか、妃夏も嬉しそうに笑いながら言葉を返してくる。

「容疑者は、男子から人気のクラスメイト、部活の後輩、幼馴染、近所のお姉さんから義理の妹……あ、後は学校の先生もありかな。一応ミステリーでもあるから、ワトソン的なポジションキャラもいた方が良いよね。主人公の悪友か、義理の妹がワトソン役に合うのかなぁ? もし義妹が犯人だったら、意外性ある感じもするし」

「……書いてみたら良いんじゃないか?」

 話を聞いているうちに読んでみたいという好奇心が湧いてきて、俺は執筆を勧めてみるが妃夏は迷うように首を傾け

「すぐには無理かなぁ。漠然としたストーリーが浮かんだだけだし、細かい部分のプロットなんて考えてもいないよ。そもそも、犯人の動機も不明。あたしが教えてほしいくらいだし」

 そうとぼけるように言葉を返してきた。

「そこは頑張って考えてくれよ。俺は妃夏の最高傑作が読んでみたい。てか、そこまで話されたら嫌でも中身が気になるだろうが」

「あたしはいつでも、そのときの自分に書ける最高傑作を書き上げてるつもりです。つまり、才樹は今まで何作もあたしの最高傑作を読むことができてたってことだよ。それでもまだそんなことを言ってくるなんて、才樹はどこまで欲しがりなのよ」

「うるせぇ、欲しがってるわけじゃねぇよ」

 さらりと自分の書い作品を最高傑作と言えてしまう妃夏のメンタルに、少しばかり羨ましさを覚えつつ、ぶっきらぼうな返答を口にする。

 常に全力を尽くしてはいるけれど、それでも自分の書いた物語を最高傑作だと人に言うのは、俺は絶対に気恥ずかしさからはばかられてしまうだろう。

「でも真面目な話、面白そうなのは確かだよ。次作として前向きに検討してもありじゃねぇの。でも妃夏、お前自分の作品が最終選考までいってるこの時期に、次作書く余裕あるのもすごいな」

「え? 何で?」

「だって、普通は選考の結果が気になって、他の創作活動に身が入らなかったりするもんじゃないのか? 俺だったら気がそわそわして落ち着かないけど。そういうの、ないのか?」

 問うと、妃夏は「うーん」と考え込むように晴れた空を見上げ、すぐに

「特にないね」

 という簡潔な答えを返してきた。

「最終結果はすごく気になってるけど、それと次作を書くことは別件でしょ。一緒に紐づけて考えちゃうことは、違うかなって思う」

「……なるほど。立派だな」

「ん? どういうこと?」

 素直に褒めたつもりだが、妃夏には嫌味かからかいと受け取られたようで、ムッとした眼差しで見つめられてしまった。

「考え方というか、精神が大人だなって思っただけだよ。それより、もう少し歩くペースあげようぜ。喋るのに夢中で少し遅れてるぞ。遅刻ギリギリになっちまう」

「え? そう? 別に大丈夫じゃないかな」

「いや遅刻は駄目だろ」

 九条先輩の悩みについても、創作に関する意見の出し合いも、両方大切ではあるが、今の俺たちが成すべきことは時間内に学校へ辿り着くことだ。

 話の続きは、教室へ着いてからいくらでもできる。

 スマホで時刻を確認しつつ危機のないぼやきをこぼす妃夏に発破をかけ、俺は歩くスピードを速めた。
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