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第三章:不鮮明な苦悩
不鮮明な苦悩 2
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正に悩みなんてありませんといった笑みを俺に向け、妃夏ははっきりとそう言い切る。
「理想の手段ではあるよな。でも、世の中の人はどういうわけか、それがなかなかできなかったりするんだよ。悩みや不満を打ち明けるって、いざ自分がその立場になると怖気づく感じになっちまうみたいなさ」
「そう? あたしはないなぁ……。ただ、悩みの内容によっては、相手を選ぶくらい」
「内容?」
「うん。友達と喧嘩したとかなら、別の友達に相談しちゃうけど、もっとプライベートな……例えば身体の悩みとかならお母さんにするみたいな。自分の中で、そういう区別みたいなことをしちゃってるかな」
「ほぉん。なるほどね。まぁ確かに、そういうのはあるかもなぁ」
妃夏の言葉に納得しつつ、それでも悩みってのは言い出しづらいことが多いよなと、心の中で反論しておく。
妃夏は誰と話すのにも、億劫がったり気後れすることが昔からないタイプの女の子だった。
小学一年のとき、他の友達とボール遊びをしていて近所の家の窓ガラスを割ってしまったことがあったが、そのときもどうしようかとおどおどしてしまった俺と友達とは違い、妃夏は迷いも何もない風に「謝りに行かなきゃ!」と、俺たちの手を取って窓の割れた家へとずんずん歩いていったりしたものだ。
あれは、子供ながらに緊張したし勘弁してほしいと本気で思ったが、結果的にはすぐに謝りに来た素直さに免じて許してもらえたのだから、妃夏は最適解を導いていたということだろう。
それ以外にも、何かのやり取りで相手が間違えていると思えば躊躇なく意見をするし、おかしいことにはおかしいと遠慮の欠片もないくらい普通に言えたりしてしまう。
しかも、それらの意見は全て鼻につくような言い方をしないため、滅多なことでは――相手が喧嘩っ早い性格とかでなければ――口論のように場の空気が悪くなるような展開にもならないのだ。
それ故に、無駄に敵を作るようなこともなく、むしろ信頼できる人というイメージを持たれて友達も多い。
――改めて考えてみると、我が幼馴染ながらすげぇ奴だよなぁ。
機嫌良さそうな顔で隣を歩く妃夏の横顔をさり気なく見つめ、俺は今更ながらにそんなことを実感した。
「あ、そう言えばさ、あたし昨日の夜に新しい話思いついたんだよね。恋愛ミステリーっぽい話」
会話が途切れてから一分ほどの間を空けて、妃夏は唐突に創作の話題を口に出してきた。
「恋愛ミステリー? 浮気相手は誰か? みたいな感じの話でも思いついたのか?」
内容がうまく想像できず、俺は思いつきの適当な返しを口にする。
「ううん。あのね、主人公は男子高校生なんだけど、ある日から突然その主人公の元に差出人不明のラブレターが届くの。主人公のことが好きですって。でも、それが誰なのかは一切書かれていなくて、主人公は困惑しながらも相手が誰なのかを推理するっていう感じの話」
「何だそりゃ? 犯人は何のために匿名で告白してんだよ」
設定はちょっと面白いかもなと思い、俺は妃夏の考えた新たな物語に興味を示す。
「そこは普通のミステリーで言えば、犯人の動機に繋がりそうな箇所だから、簡単には言えないよね」
「理想の手段ではあるよな。でも、世の中の人はどういうわけか、それがなかなかできなかったりするんだよ。悩みや不満を打ち明けるって、いざ自分がその立場になると怖気づく感じになっちまうみたいなさ」
「そう? あたしはないなぁ……。ただ、悩みの内容によっては、相手を選ぶくらい」
「内容?」
「うん。友達と喧嘩したとかなら、別の友達に相談しちゃうけど、もっとプライベートな……例えば身体の悩みとかならお母さんにするみたいな。自分の中で、そういう区別みたいなことをしちゃってるかな」
「ほぉん。なるほどね。まぁ確かに、そういうのはあるかもなぁ」
妃夏の言葉に納得しつつ、それでも悩みってのは言い出しづらいことが多いよなと、心の中で反論しておく。
妃夏は誰と話すのにも、億劫がったり気後れすることが昔からないタイプの女の子だった。
小学一年のとき、他の友達とボール遊びをしていて近所の家の窓ガラスを割ってしまったことがあったが、そのときもどうしようかとおどおどしてしまった俺と友達とは違い、妃夏は迷いも何もない風に「謝りに行かなきゃ!」と、俺たちの手を取って窓の割れた家へとずんずん歩いていったりしたものだ。
あれは、子供ながらに緊張したし勘弁してほしいと本気で思ったが、結果的にはすぐに謝りに来た素直さに免じて許してもらえたのだから、妃夏は最適解を導いていたということだろう。
それ以外にも、何かのやり取りで相手が間違えていると思えば躊躇なく意見をするし、おかしいことにはおかしいと遠慮の欠片もないくらい普通に言えたりしてしまう。
しかも、それらの意見は全て鼻につくような言い方をしないため、滅多なことでは――相手が喧嘩っ早い性格とかでなければ――口論のように場の空気が悪くなるような展開にもならないのだ。
それ故に、無駄に敵を作るようなこともなく、むしろ信頼できる人というイメージを持たれて友達も多い。
――改めて考えてみると、我が幼馴染ながらすげぇ奴だよなぁ。
機嫌良さそうな顔で隣を歩く妃夏の横顔をさり気なく見つめ、俺は今更ながらにそんなことを実感した。
「あ、そう言えばさ、あたし昨日の夜に新しい話思いついたんだよね。恋愛ミステリーっぽい話」
会話が途切れてから一分ほどの間を空けて、妃夏は唐突に創作の話題を口に出してきた。
「恋愛ミステリー? 浮気相手は誰か? みたいな感じの話でも思いついたのか?」
内容がうまく想像できず、俺は思いつきの適当な返しを口にする。
「ううん。あのね、主人公は男子高校生なんだけど、ある日から突然その主人公の元に差出人不明のラブレターが届くの。主人公のことが好きですって。でも、それが誰なのかは一切書かれていなくて、主人公は困惑しながらも相手が誰なのかを推理するっていう感じの話」
「何だそりゃ? 犯人は何のために匿名で告白してんだよ」
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「そこは普通のミステリーで言えば、犯人の動機に繋がりそうな箇所だから、簡単には言えないよね」
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