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第三章:不鮮明な苦悩
不鮮明な苦悩 7
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「ラストチャンスか。本当に、その覚悟で書いているんだな?」
「……ええ。約束は守るわ。この執筆が全部終わったら、創作活動は中断して受験勉強に集中する。小説賞の結果が駄目だった場合、小説家になる夢は捨てるから」
「…………」
「だから今だけは、執筆を優先させて」
私の独白みたいな言葉を、お父さんは険しい表情を浮かべたまま黙して聞いている。
「今月中には全て終える予定だから、それまで――」
「わかった。悔いのないよう好きにしろ」
不意に、お父さんの声が私の言葉を遮った。
「何度も言ってきたことだが、作家として生きていくのは、想像しているよりもシビアで難しい。父さんの時代と違って、今の時代は特にそうだろう。今更な話だが、生半可な覚悟で飛び込む世界ではないからな。それだけは肝に銘じておきなさい」
それだけを一方的に言い置いて、お父さんは書斎の方へと去っていってしまう。
“作家は、夢として追っているうちは輝いて見えるだろうが、現実になるとひたすらに苦しい仕事だ”
過去にも何度か、言われたことがある言葉。
常に創作と向き合い続けてきたお父さんを間近で見てきたのだから、私だって楽な仕事でないことくらいはわかっている。
だからこそ、書くことの楽しさと自分に人生を賭ける価値のある作家という職業の存在を教えてくれた当人からそんなことを言われる度に、不条理にも似た気持ちを味わってきた。
――お父さんは、私が同じ作家を志すことを嬉しくは思ってくれていないのかしら。
これまでに何度となく自問してきたことが、頭に浮かぶ。
本人に訊ねてみようかと思ったこともあったけれど、物怖じしてしまい問いかけたことはまだ一度もなかった。
作家を目指すなとは、言われたことはない。だから、根本から私の夢を否定しているわけではないのだろうと、そう信じている。
それを踏まえた上で、作家の道を諦め就職や進学に専念することも大事だと言ってくるのは、私には小説家になる才能がないと、暗に伝えているのだろうか。
今までは、その自分の至らない力量を思い知らせるために、あえて好きにやらせてくれていただけ。
そういうこと、なのだろうか。
お父さんは普段から口数が多い人ではないため、自分の考えを他人に話ことが滅多にないから、何を考えているのか家族である私でも把握が困難なのがもどかしい。
「……あ」
ぼんやりとお父さんの去っていった廊下を眺めていた私は、ハッとしながら壁に掛けられた時計を見上げた。
今は、お父さんのことを考えている場合ではない。
一秒でも早く、執筆の続きを再開しなくては。
お父さんが何を考えていようと、星咲さんが小説賞でどんな結果を残そうと、私自身が作家になることさえできれば、この胸の中を満たす靄は全て綺麗に消え失せるのだ。
気を取り直す意味を込め、私は大きく深呼吸をしてから、駆けるように階段を上り自室へと向かった。
「……ええ。約束は守るわ。この執筆が全部終わったら、創作活動は中断して受験勉強に集中する。小説賞の結果が駄目だった場合、小説家になる夢は捨てるから」
「…………」
「だから今だけは、執筆を優先させて」
私の独白みたいな言葉を、お父さんは険しい表情を浮かべたまま黙して聞いている。
「今月中には全て終える予定だから、それまで――」
「わかった。悔いのないよう好きにしろ」
不意に、お父さんの声が私の言葉を遮った。
「何度も言ってきたことだが、作家として生きていくのは、想像しているよりもシビアで難しい。父さんの時代と違って、今の時代は特にそうだろう。今更な話だが、生半可な覚悟で飛び込む世界ではないからな。それだけは肝に銘じておきなさい」
それだけを一方的に言い置いて、お父さんは書斎の方へと去っていってしまう。
“作家は、夢として追っているうちは輝いて見えるだろうが、現実になるとひたすらに苦しい仕事だ”
過去にも何度か、言われたことがある言葉。
常に創作と向き合い続けてきたお父さんを間近で見てきたのだから、私だって楽な仕事でないことくらいはわかっている。
だからこそ、書くことの楽しさと自分に人生を賭ける価値のある作家という職業の存在を教えてくれた当人からそんなことを言われる度に、不条理にも似た気持ちを味わってきた。
――お父さんは、私が同じ作家を志すことを嬉しくは思ってくれていないのかしら。
これまでに何度となく自問してきたことが、頭に浮かぶ。
本人に訊ねてみようかと思ったこともあったけれど、物怖じしてしまい問いかけたことはまだ一度もなかった。
作家を目指すなとは、言われたことはない。だから、根本から私の夢を否定しているわけではないのだろうと、そう信じている。
それを踏まえた上で、作家の道を諦め就職や進学に専念することも大事だと言ってくるのは、私には小説家になる才能がないと、暗に伝えているのだろうか。
今までは、その自分の至らない力量を思い知らせるために、あえて好きにやらせてくれていただけ。
そういうこと、なのだろうか。
お父さんは普段から口数が多い人ではないため、自分の考えを他人に話ことが滅多にないから、何を考えているのか家族である私でも把握が困難なのがもどかしい。
「……あ」
ぼんやりとお父さんの去っていった廊下を眺めていた私は、ハッとしながら壁に掛けられた時計を見上げた。
今は、お父さんのことを考えている場合ではない。
一秒でも早く、執筆の続きを再開しなくては。
お父さんが何を考えていようと、星咲さんが小説賞でどんな結果を残そうと、私自身が作家になることさえできれば、この胸の中を満たす靄は全て綺麗に消え失せるのだ。
気を取り直す意味を込め、私は大きく深呼吸をしてから、駆けるように階段を上り自室へと向かった。
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