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第三章:不鮮明な苦悩
不鮮明な苦悩 6
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「ただいま」
「ん……今日は、随分早いな」
家に帰り着くと、珍しくお父さんがリビングでテレビを観ていた。
普段であれば、仕事部屋である書斎に引きこもっていることがほとんどなので、こんなタイミングで会話を交わすことは滅多にない。
「ええ。来月までに応募しなくちゃいけない原稿があるから、部活に参加するのを控えることにしたの」
「……まだ小説を書いていたのか? 受験の方はどうなってる?」
原稿という単語が私の口から漏れ出た瞬間、お父さんの目元が僅かに硬くなったことを、私は見逃さなかった。
佐々目僧次郎。現役の小説家である、私のお父さんの作家名。
私が生まれた十八年前には既に新人賞を獲得しデビューしていたという話だから、間違いなく作家としての地位を確立させた成功者の一人と言える人物だろう。
その証拠に、今でもコンスタントに仕事の依頼は継続しているようで、暇を持て余している姿を見たことは過去に一度あったかどうかというくらい記憶に薄い。
そんなお父さんの書く小説を、私は小学三年生のときに初めて読み、それ以来自分の中では父親というだけではなく、一人の作家として尊敬する存在としてお父さんを認識している。
過去には一度――私が中学一年生のときだった――、直木賞の候補として世間に名が知れ渡ったこともあり、あのときは色々な意味で家の中の空気がピリピリしていたのを昨日のように覚えている。
そんなお父さんが、私にとって唯一の憧れと呼べる存在だった。
だからこそ、お父さんと同じ小説家になりたいと願い、小学生の頃から物語を創り始めて今日まで続けてきた。
けれど、そんな私の想いをお父さんはあまり好ましくは受け止めてくれていない。
作家なんて目指すよりも、普通の社会人として安定した人生を手に入れる方が重要だ。
そう言われたのは、高校一年生の秋くらいだったか。
言われた瞬間は、その意味を理解できずに呆然となった。
お父さんなら、私が同じ作家を目指すことを喜んでくれると思っていたし、それ以外のリアクションなんて想定すらしていなかったから。
だけど、現実は反対こそされないものの肯定もされないという、中途半端なもので。
“詩季の人生だから、基本的には自由にすればいい。だけど、ただ無計画に作家を目指すというのは無謀すぎる。高校を卒業するまでに結果が出なければ、その夢は諦めて勉強か就活に専念しなさい”
はっきりと告げられたこの台詞は、しっかりと私の脳裏に刻まれた。
高校卒業までに作家デビューを果たせなければ、ずっと追いかけ続けた夢を諦め進学か就職の道へ切り替える。
それはつまり、今挑んでいる賞の結果が私にとってのターニングポイントになるということ。
ここで落選してしまえば、この先の人生創作を続けることが厳しくなる。
それは、とても嫌なことだ。
「勉強はちゃんとしてるわよ。ただ、今は応募原稿を優先させてほしい。……一応、今書いてるのがひとまずのラストチャンスになると思うから」
真っ直ぐにこちらを見据えてくるお父さんから無意識に視線を逸らし、私はそう小さな声で返事をした。
「ただいま」
「ん……今日は、随分早いな」
家に帰り着くと、珍しくお父さんがリビングでテレビを観ていた。
普段であれば、仕事部屋である書斎に引きこもっていることがほとんどなので、こんなタイミングで会話を交わすことは滅多にない。
「ええ。来月までに応募しなくちゃいけない原稿があるから、部活に参加するのを控えることにしたの」
「……まだ小説を書いていたのか? 受験の方はどうなってる?」
原稿という単語が私の口から漏れ出た瞬間、お父さんの目元が僅かに硬くなったことを、私は見逃さなかった。
佐々目僧次郎。現役の小説家である、私のお父さんの作家名。
私が生まれた十八年前には既に新人賞を獲得しデビューしていたという話だから、間違いなく作家としての地位を確立させた成功者の一人と言える人物だろう。
その証拠に、今でもコンスタントに仕事の依頼は継続しているようで、暇を持て余している姿を見たことは過去に一度あったかどうかというくらい記憶に薄い。
そんなお父さんの書く小説を、私は小学三年生のときに初めて読み、それ以来自分の中では父親というだけではなく、一人の作家として尊敬する存在としてお父さんを認識している。
過去には一度――私が中学一年生のときだった――、直木賞の候補として世間に名が知れ渡ったこともあり、あのときは色々な意味で家の中の空気がピリピリしていたのを昨日のように覚えている。
そんなお父さんが、私にとって唯一の憧れと呼べる存在だった。
だからこそ、お父さんと同じ小説家になりたいと願い、小学生の頃から物語を創り始めて今日まで続けてきた。
けれど、そんな私の想いをお父さんはあまり好ましくは受け止めてくれていない。
作家なんて目指すよりも、普通の社会人として安定した人生を手に入れる方が重要だ。
そう言われたのは、高校一年生の秋くらいだったか。
言われた瞬間は、その意味を理解できずに呆然となった。
お父さんなら、私が同じ作家を目指すことを喜んでくれると思っていたし、それ以外のリアクションなんて想定すらしていなかったから。
だけど、現実は反対こそされないものの肯定もされないという、中途半端なもので。
“詩季の人生だから、基本的には自由にすればいい。だけど、ただ無計画に作家を目指すというのは無謀すぎる。高校を卒業するまでに結果が出なければ、その夢は諦めて勉強か就活に専念しなさい”
はっきりと告げられたこの台詞は、しっかりと私の脳裏に刻まれた。
高校卒業までに作家デビューを果たせなければ、ずっと追いかけ続けた夢を諦め進学か就職の道へ切り替える。
それはつまり、今挑んでいる賞の結果が私にとってのターニングポイントになるということ。
ここで落選してしまえば、この先の人生創作を続けることが厳しくなる。
それは、とても嫌なことだ。
「勉強はちゃんとしてるわよ。ただ、今は応募原稿を優先させてほしい。……一応、今書いてるのがひとまずのラストチャンスになると思うから」
真っ直ぐにこちらを見据えてくるお父さんから無意識に視線を逸らし、私はそう小さな声で返事をした。
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