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婚約の許可(ベルト視点)
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馬車が停まる。
それまで、邪な妄想でいっぱいだったベルトは、急激に体の自由が奪われていくような感覚に陥った。
「あの……?」
マリアの戸惑う声が聞こえてからぎこちなく体勢を整えた。
ものすごく、心拍が早い。体がうまく動かせない……なるほど。これが緊張するというやつか。
ベルトは人生初の、体が震えるほどの緊張を体験していた。
これから、愛する人の両親に会って、結婚の許可をもらうのだ。失敗は許されない。ベルトは、マリア以外を愛せる気がしない。彼女以外に考えられない。
周囲を確認する余裕なんてない。
辛うじてマリアをエスコートしながら一歩を踏み出す。
何だか妙に使用人がたくさんいて、ものすごくじっくりと見られている気がするが、彼らに反応する余裕がない。
マリアのご両親に会ったら、なにをどう言えばいいのか、皆目見当がつかない。
自分の口数の少なさを、今ほど悔やんだことは無い。
もっと社交術を学ぶべきだった。騎士だから、ほぼ話さなくていいと思っていた。貴族同士で行う腹の探り合いなどやったことがない。
救いを求めるように、マリアの手を握り締めた。
緊張したまま、応接室に通される。
そこには、喜色満面なコンフィール伯爵夫妻が出迎えてくれた。
「おかえり!待っていたぞ!」
喜んでもらえるはずがない求婚だ。
王太子の婚約者候補に選ばれるほどの令嬢。彼女を貰いうけたい家は数多いだろう。それが、候補リストの末端に位置する騎士からの求婚。落胆するには充分な要素のはず。
それでも、自分の良さをアピールして了承してもらおうと……
「そうか、ロベール伯爵令息か。なかなかいい商売相手を連れてくるじゃないか。ああ、どうぞ座ってくれ」
マリアをちらりと見ると、不満気に口をとがらせている。
特に驚いた様子も見せないことから、通常仕様なのだろう。
「ベルト・ロベールと申します。騎士爵を賜り、王太子殿下の近衛の任に当たっております」
考えていたよりも歓待されている雰囲気を感じつつ、ベルトは頭を下げた。
挨拶くらいはできる。
さあ、後は……
「ロラン・コンフィールだ。お父上と呼んでくれ」
「かしこまりました。お父上」
「サラ・コンフィールよ。では、私はお母様がいいわ」
「かしこまりました。お母様」
ベルトが何か言うよりも先に、他のことを言われたので、そのまま、了承の意を伝える。
了承した後で、何かおかしいと思うが、伯爵夫妻は満面の笑みだ。
なんだ。これは、どういう意味だろう。裏の意味を読もうにも、経験が少なく無理だ。
「この度は、急な訪問で申し訳ありません。マリア様と結婚させてください」
仕方が無く、直球で結婚の意思を伝えた。
「ああ。もちろんだ。こちらこそ、よろしくお願いする。こんなに良い縁に恵まれて嬉しいよ」
コンフィール伯爵は、微笑んで頷いてくれる。
その後に何か言葉が続くかと考えていたが、何もない。
隣に座る夫人もニコニコと笑っている。
本当に、あっさりと了承されてしまった。
マリアを見下ろすと、嬉しそうに見上げてくる。
ベルトは、伯爵家出身だが、三男のため、ロベール伯爵家の財産を受け継ぐことは無い。これほどに利益のない求婚を、こんなにあっさりと許されて、ベルトはなかなか動けなかった。
本来ならば、了承を貰った後に謝辞を述べて、令嬢を幸せにすることなど定型文を伝えるのだが、頭が真っ白だった。
――本当に?
どうしても、疑う気持ちが出てしまったのだ。
「それにしても、よかったわ。陛下からの候補の方で。マリアったら、城に上がっている人じゃなかったら誰でもいいって、リストを見もしなかったのだもの」
それに気が付いたのか、コンフィール伯爵夫人が、いたずらっぽく目をきらめかせる。
驚くようなマリアの行動を冗談のように言って、
「ああ、これで安心したわ!ねえ、あなた!」
「そうだな」
そうして、ベルトのことも安心させてくれる。
これは、裏などない話なのだと。
さすがマリアの母親だなと思う。似ているなと、思わぬ暴露話に青くなったり赤くなったりしている彼女を見下ろして思う。
そうして、わざとらしく二人きりにしてくれるコンフィール伯爵も。
「ベルト殿。すまないね。妻は叱っておくよ」
本当に結婚の了解を取り付けることが出来たのだと、ようやく、体を動かすことが出来て、立ち上がって礼を取った。
戸惑いながら見上げてくるマリアが可愛い。
どうしてあんな話をされたのか分かっていないのだろう。
もちろん、わざわざ自分の拙く弱い部分を教えるわけがない。
ベルトは微笑みつつ……とんでもないことを計画した彼女へ少々警告をしてから、婚約者としてのキスを彼女の手に落とし、職務へと戻った。
それまで、邪な妄想でいっぱいだったベルトは、急激に体の自由が奪われていくような感覚に陥った。
「あの……?」
マリアの戸惑う声が聞こえてからぎこちなく体勢を整えた。
ものすごく、心拍が早い。体がうまく動かせない……なるほど。これが緊張するというやつか。
ベルトは人生初の、体が震えるほどの緊張を体験していた。
これから、愛する人の両親に会って、結婚の許可をもらうのだ。失敗は許されない。ベルトは、マリア以外を愛せる気がしない。彼女以外に考えられない。
周囲を確認する余裕なんてない。
辛うじてマリアをエスコートしながら一歩を踏み出す。
何だか妙に使用人がたくさんいて、ものすごくじっくりと見られている気がするが、彼らに反応する余裕がない。
マリアのご両親に会ったら、なにをどう言えばいいのか、皆目見当がつかない。
自分の口数の少なさを、今ほど悔やんだことは無い。
もっと社交術を学ぶべきだった。騎士だから、ほぼ話さなくていいと思っていた。貴族同士で行う腹の探り合いなどやったことがない。
救いを求めるように、マリアの手を握り締めた。
緊張したまま、応接室に通される。
そこには、喜色満面なコンフィール伯爵夫妻が出迎えてくれた。
「おかえり!待っていたぞ!」
喜んでもらえるはずがない求婚だ。
王太子の婚約者候補に選ばれるほどの令嬢。彼女を貰いうけたい家は数多いだろう。それが、候補リストの末端に位置する騎士からの求婚。落胆するには充分な要素のはず。
それでも、自分の良さをアピールして了承してもらおうと……
「そうか、ロベール伯爵令息か。なかなかいい商売相手を連れてくるじゃないか。ああ、どうぞ座ってくれ」
マリアをちらりと見ると、不満気に口をとがらせている。
特に驚いた様子も見せないことから、通常仕様なのだろう。
「ベルト・ロベールと申します。騎士爵を賜り、王太子殿下の近衛の任に当たっております」
考えていたよりも歓待されている雰囲気を感じつつ、ベルトは頭を下げた。
挨拶くらいはできる。
さあ、後は……
「ロラン・コンフィールだ。お父上と呼んでくれ」
「かしこまりました。お父上」
「サラ・コンフィールよ。では、私はお母様がいいわ」
「かしこまりました。お母様」
ベルトが何か言うよりも先に、他のことを言われたので、そのまま、了承の意を伝える。
了承した後で、何かおかしいと思うが、伯爵夫妻は満面の笑みだ。
なんだ。これは、どういう意味だろう。裏の意味を読もうにも、経験が少なく無理だ。
「この度は、急な訪問で申し訳ありません。マリア様と結婚させてください」
仕方が無く、直球で結婚の意思を伝えた。
「ああ。もちろんだ。こちらこそ、よろしくお願いする。こんなに良い縁に恵まれて嬉しいよ」
コンフィール伯爵は、微笑んで頷いてくれる。
その後に何か言葉が続くかと考えていたが、何もない。
隣に座る夫人もニコニコと笑っている。
本当に、あっさりと了承されてしまった。
マリアを見下ろすと、嬉しそうに見上げてくる。
ベルトは、伯爵家出身だが、三男のため、ロベール伯爵家の財産を受け継ぐことは無い。これほどに利益のない求婚を、こんなにあっさりと許されて、ベルトはなかなか動けなかった。
本来ならば、了承を貰った後に謝辞を述べて、令嬢を幸せにすることなど定型文を伝えるのだが、頭が真っ白だった。
――本当に?
どうしても、疑う気持ちが出てしまったのだ。
「それにしても、よかったわ。陛下からの候補の方で。マリアったら、城に上がっている人じゃなかったら誰でもいいって、リストを見もしなかったのだもの」
それに気が付いたのか、コンフィール伯爵夫人が、いたずらっぽく目をきらめかせる。
驚くようなマリアの行動を冗談のように言って、
「ああ、これで安心したわ!ねえ、あなた!」
「そうだな」
そうして、ベルトのことも安心させてくれる。
これは、裏などない話なのだと。
さすがマリアの母親だなと思う。似ているなと、思わぬ暴露話に青くなったり赤くなったりしている彼女を見下ろして思う。
そうして、わざとらしく二人きりにしてくれるコンフィール伯爵も。
「ベルト殿。すまないね。妻は叱っておくよ」
本当に結婚の了解を取り付けることが出来たのだと、ようやく、体を動かすことが出来て、立ち上がって礼を取った。
戸惑いながら見上げてくるマリアが可愛い。
どうしてあんな話をされたのか分かっていないのだろう。
もちろん、わざわざ自分の拙く弱い部分を教えるわけがない。
ベルトは微笑みつつ……とんでもないことを計画した彼女へ少々警告をしてから、婚約者としてのキスを彼女の手に落とし、職務へと戻った。
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