自称『神様』との不思議な暮らし

宇彩

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ただただ賑やかな夕食

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 そうしてしばらく狐特有のふわふわとした毛をわさわさといじっていると、膝の上で私に撫でられるたびにころころと左右に転がっていた瑠璃からきゅうと小さくお腹のなる音が聞こえる。と、転がっていた瑠璃はお腹をこちらに見せた仰向けの状態で止まってくりくりとした小さな黒い目で私をじーっと見つめながら口を開いた。

『りー!お腹へった!』
「はいはい、私もお腹へったし夕飯にしようか」

 時間的にももう夕飯にしていいくらいの時間だろうと考え、瑠璃を座椅子に下ろして立ち上がる。何を作ろうかと考えながらキッチンに向かっているうちにそういえばと思い座椅子の上で自分の尻尾を追いかけてぐるぐる遊んでいる瑠璃の方を振り返って尋ねる。

「狐って何食べるの?」
 
 そう聞くとぴたりと回るのをやめた瑠璃は座って首をかしげて考えるようなそぶりをしていたが、しばらく待っているとぱあっと何か思いついたような顔をした。

『わかんない!』
「はあ!?考えてたのに結論簡単!」

 うんっ!と大きくうなずいてから少し寂しそうに続ける。

『ご飯食べたことはもちろんあるけど、今まであんまりお腹空いたな~って思わなかったから忘れちゃった』
「え?」
『最近は住む場所探ししてたし、その前は怖い人から逃げるためにうろうろしてたから…。でもなんかね、今はりーに出会って安心したらお腹空いたなって。』

 そう言いながらえへへと笑う瑠璃の顔を見ながら思っていたよりも大変な生活をしてたんだな…と少し胸が苦しくなる。しばらく考えてから私はこう聞いた。

「瑠璃の好きな食べ物は?」
『なんでも!』
「食べちゃまずいものは?」
『ないよ!神様だもん!』
「んー、分かった」

 大体何を作るか決まったので冷蔵庫を開け中の物を漁り始める。今日は引っ越し作業の合間にスーパーに買い出しに行ったので大体の物はそろっていたため作ろうと思っていた物は作れるだろう。確か他の必要な材料もそこの棚に入れてあるはずだ。
 必要なものをすべて調理台に出し、鍋に水を入れて火にかけた私は「よしっ」と勢いをつけるように呟いて包丁を取り出した。






「こんなもんかな」

 麺を茹でている間にテーブルの方にコップや飲み物などは持って行ってあったのであとはこれを運ぶだけだ。ちょうどいい硬さに茹で上がった麺を少し大きなお皿に盛り付けて上からソースをかけたた後、戸棚から自分用のお皿と少し小さめの取り皿を取り出してそれらをテーブルに運ぶ。瑠璃は私がテーブルのセッティングをしに戻ってきた時から、ずっと最初に会った時の様に礼儀正しく座りながら鼻歌を歌って待っていた。よほどお腹が空いていたのだろうか。

「はい、お待たせ」
『なになに?』

 テーブルの上に持っていた大皿を下ろすとそれをきらきらとした目で見つめているーー大きさの関係上覗き込むことは出来ないようだーー瑠璃を見て小さく笑ってから作ったものについて教えてあげた。

「これはね、ミートソースっていうの」
『みーとそーす?』
「うん。スパゲッティにいろいろと混ぜたソースをかけて食べるものだよ。今日のソースは引っ越し作業とかで事前に作れなかったからレトルトのだけど、もし瑠璃が気に入ったらちゃんと作ってあげる」
『ほんと!?』

 一層目を輝かせながらこちらに身を乗り出してくる彼女にうんっと頷いて見せてから先ほど瑠璃が話してくれた事を聞いて考えたとある案を伝える。

「なるべく時間があるときにはいろいろ作ってあげる。で、瑠璃が好きなもの見つけるのはどう?」
『好きなもの?』
「うん。私は昔からミートソースが大好きなの、それこそ一人暮らししても作りたいって思うくらいに。瑠璃もそんな好きなものを探そ」
『うん!』

 嬉しそうに何回もこくこくと頷く瑠璃の頭を優しく撫でてから二人そろって「いただきます」と言う。とりあえず食べられるか分からないのでまずはソースのかかっていないスパゲッティを小皿に分けて瑠璃の前に置いてあげる。『ありがとー!』と嬉しそうに言う瑠璃に「そういたしまして」と返してから瑠璃の全身を見てあーっと呟く。
 喋るから忘れていたけど瑠璃は狐なのだ。ということはフォーク使って食べることは難しいのでは?

「ごめん、狐には食べにくかったかな」
『平気だよ?瑠璃人間なれるもん!』
「そっか、なら平気だねよかった。………え?人間?」

 人間って言った?最初普通にスルーしちゃったけどなんか凄いこと言ってなかったかこの子?と考えながら目をぱちぱちとしていると、瑠璃はいたずらっ子のような声で『驚かせたいからいいよって言うまで目閉じてて!』というので言われた通りに目を閉じて瞼の上に手を添える。しばらくそのまま待っていると今度は『いいよ~』という声が聞こえたので恐る恐る目を開けた。

 先ほどまでのふわふわの毛と同じような色の少しウェーブのかかった長い金髪、くりくりの黒目、すべすべの肌に小さな鼻、子供用の浴衣のように上は袖に花のデザインがあしらわれた水色の浴衣の形で下はふわふわのスカート。服からはすらっとした人間と同じ手足が伸びているが、頭部にはぴこぴこと揺れる狐耳をつけふさふさの尻尾も生えている。見た目は5歳ほどだろうか、そんな少女が先ほどまで狐が座っていた場所にちょこんと座ってこちらを見ている。


 ……普通に可愛いやんけ。というか神様ってこんな格好でいいんだ。


 そんな少し論点の違うようなことを考えながらじーっと見つめていると、当の本人はテーブルの上にあったフォークを手でひょいと持ち上げながらまだ目の前の光景に頭が追い付いていないでフリーズしている私を見つめて首をかしげる。

「どうしたの?みーとそーす食べよ?」
「な……そり…」
「ん?」
「なんじゃそりゃぁぁぁ!」

 何なの今日よく分からないこと多すぎない!?
 よく分かんないけど狐が家にいて飴玉見ながらよだれたらしてて?しかも神様名乗るし喋っちゃうし?懐かれて一緒に住むことになって?挙句にその狐が耳と尻尾生えてるけど女の子になる?しかも結構可愛い?なんですかラノベかアニメかゲームの世界ですかここは!昨日までは少し田舎な町に暮らす普通の女子だったんですけど!?


 え?現実逃避するな?


 うん、だよね夢じゃないよね。




 とうとう脳内キャパがオーバーした様で一人ぎゃーぎゃーと騒いでいる私をよそに目の前の少女は「あ、これおいしい♪」などと呟きながら呑気にミートソースを食べている。取りあえずコップに注いであった緑茶を一気に飲み干してため息をついて思考を少し落ち着かせ、わなわなと震える手で隣で口周りにトマトソースをつけながら食事を楽しんでいる少女を指差す。人を指差しちゃけないとか今は考えられん。

「瑠璃…だよね?」
「そうだよ?」
「え、だって狐…でも耳と尻尾は…え…?」
「瑠璃は神様だもん、これくらい出来るよ?」

 当たり前じゃん?とでもいうように首をかしげながらあっけからんという彼女の声や小さなしぐさが先ほどの狐と似ていることから「そうだよね…普通にできるよね…」と何度も自分に言い聞かせるように呟く。そんなことをしているうちにそういえばお腹が空いていたんだと思い出して騒ぐのは後にして私も食べ始めようとする。
 と、その前にその可愛い服に付けちゃいけないから口の周りのソースを取ってあげようとティッシュの箱に手を伸ばしながら瑠璃に話しかける。

「瑠璃、口にソースついてる」
「え?どこ?」
「ちょ、取ってあげるから袖で拭おうとするなシミになっちゃう」
「取って取って~~!」
「そのひらひらした袖でバタバタするとソースついちゃうから落ち着けぇぇぇ!」


 一人暮らし初日から先行きが不安すぎる…と考えながら目の前でわさわさと動いている瑠璃を見つめため息をつく。

 頭の中ではそんな風に思いながらも私の顔は少し笑っていた。
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